激動のファッションマンスが終わったところで、9月のロンドン・ファッションウィークを振り返ってみる。数々のデビュー・コレクションに加え、はっきりとしたトレンドを見せたミラノとパリに比べ、ロンドンは依然として三者三様。コロナ以降、ブレグジットと免税廃止も相まって、ファッションが低迷する中、今季はブリティッシュ・ファッション・カウンシルの新しいディレクター、ローラ・ウィアーを迎えての初シーズンとあって、再建なるかが注目された。

ロンドンで見た、ガールフッドと新しいブリティッシュネス
激動のファッションマンスが終わったところで、9月のロンドン・ファッションウィークを振り返ってみる。数々のデビュー・コレクションに加え、はっきりとしたトレンドを見せたミラノとパリに比べ、ロンドンは依然として三者三様。コロナ以降、ブレグジットと免税廃止も相まって、ファッションが低迷する中、今季はブリティッシュ・ファッション・カウンシルの新しいディレクター、ローラ・ウィアーを迎えての初シーズンとあって、再建なるかが注目された。
ウイメンズパワー:シモーン・ロシャ、ユハン・ワン、コンプリーティッドワークス、そしてトーガ。
風変わりなガールフッドを追求し続け、多感な少女時代のフラジャイルさと冒険心を表現する、シモーン・ロシャ。彼女の最新コレクションの着想源は、ジャスティーン・カーランド(Justine Kurland)の写真集Girl Picturesと、モーリーン・フリーリー(Maureen Freely)によるエッセイ My Dress Rehearsal: Or How Mrs. Clarke taught Me How to Sew。 毎シーズン、ショーノートは技巧に富んだ文ではなく、幾つかの言葉のみで綴られるが、今回は“あるジェスチャー”、“遊びがあり、かつ挑発的な姿勢”、“気まずい時”、“街角の小さな店で買った花”、“甘く切ない気持ち”といった表現がコレクションを見事に要約した。会場は歴史的な邸宅。古臭いドレスを着せられて落ち着かないまま、初めてのダンスパーティに来た少女という想像上のキャラクターが歩くには、ぴったりの環境だ。ランウェイでは、ミラノやパリでも多く見られたブラトップが続き、小花柄のクリノリン・スカートがふわふわと揺れる。コントラストを成すのは、プラスチックで覆ったテーラードピース。フリルをあしらったピローバッグと共にフィーチュアされた小物は、バレリーナ・プラットフォームだ。クロックスとのコラボレーションの新ドロップとして、公式サイトで10/23より販売開始の予定。

シモーン・ロシャのファーストルック。Photo: Courtesy of Simone Rocha

プラスチックで覆ったスカートが、ロマンティックな小物と対照的。ピロー・クラッチを抱えて。Photo: Courtesy of Simone Rocha
ガーリーを、ロックでオルタナティブな路線で料理するのは、ユハン・ワン。“ばらの鎧”と題された最新コレクションは、ヴィンテージの車をバックドロップに、デヴィッド・リンチの映画「マルホランド・ドライブ」のシーンを切り取ったようなミステリアスな演出で始まった。コケティッシュなランジェリーとロマンティックなラッフル・ドレスの一連は、次第にTシャツやスウェットとの組み合わせでトーンダウン。後半は甲冑を思わせるシルエットやディテールに移行した。また小さなバラのプリントには、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で開催中の「マリーアントワネット・スタイル」からの影響が少なからずあるかもしれない。

鎧を着想源としたルックもあくまでロマンティックに、フェミニンに。Photo: Courtesy of Yuhan Wang
ジュエリーブランドながら毎回女性アーティストを招き、パフォーマンス形式でプレゼンテーションを展開するコンプリーティッドワークス。デザイナーのアンナ・ジュスベリーは、企画を練って友人のライターたちにシナリオを依頼する。今回のゲストは、なんとジェリー・ホールだった。会場ではアンナがデザインしたソファーに腰を落ち着けたジェリーの背後に巨大スクリーンが設置され、まるでテレビのトークショーの収録スタジオのよう。ジェリーはCWTV (CompletedWorks TeleVision)を紹介し、ブランドのプロダクツへの言及を絡めながら、トレンドや将来の予見など、様々な話題を自由に語る。最後にはフロントロウから数人を選んで彼女たちの心を読むシーンもあり、ゲストたちはウィットの効いたパフォーマンスに興じた。

テレビの収録スタジオ風の演出では、新作ジュエリーやバッグのほか、オリジナルの陶器やグラスウエアも展示。家具はアンナがデザインし、4月にミラノのデザインウイークで披露されたもの。Photo: Minako Norimatsu
トーガの最新コレクションにあたって古田泰子を触発したのは、ポップアートの彫刻家、クレス・オルデンバーグの30分に渡るインタビュー。彼はそこで、シンプルなものがいかに予想外でユニークなものに発展していくか、について延々と語っていたのだ。そこで古田がイメージしたのは、例えば丸いスプーンで掬い取ったアイスクリームが、地面に落ちてしまって形が崩れたところだとか。彼女のこんな発想から、一見シンプルと思われるシャツやスカートは、抽象的な形へと変化を遂げた。

シンプルな形の変化が顕著なルック。Photo: Courtesy of Toga
それぞれのブリティッシュネス: バーバリーとアーデム
今シーズンのバーバリーで、チーフ・クリエイティブ・オフィサーのダニエル・リーをインスパイアしたのは、音楽とファッション。古くから、二つは常にインタラクティブな関係を育んできた。またいずれのジャンルでも、カリスマ性の強いミュージシャンはスタイル・アイコンとして末永く影響を与えている。そんな観点から、ダニエルは様々なジャンルの典型的スタイルをピックアップし、磨きをかけて、バーバリーのDNAを吹き込んだ。ファーストルックは、ビートルズが一世を風靡した時代、スウィンギング・ロンドンを思わせるボクシーなミニ。鮮やかな色のチェックで仕立てたトレンチコートもこのシルエットだと、ドレスのように纏える。メゾンのシグネチャーであるトレンチはグリーンやイエロー、そしてスネークスキンやペイズリーモチーフ、タロット・プリントで大胆に、遊び感たっぷりに展開。一方ロングマフラーやフリンンジのバッグと言った小物は70年代ヒッピーのスピリットを、クロシェ編みのドレスにパーカやハーフブーツと言ったミスマッチなスタイリングはミュージックフェスのムードを、ピンクやパープル、アップルグリーンと言った色合いはサイケデリック・ブームを、そしてスリムなパンツは2000年代のインディーズ・バンドを思わせる。ちなみにトラックリストは、ヘヴィメタルのブラック・サバスに終始。ダニエルの父がファンだと言う。音楽や60年代にちなんでか、フロントロウにはエルトンジョンやツイッギーの顔が見られた。日本からのセレブリティ・ゲストは、水川あさみと向井康二。
また最新コレクションとは関係ないが、最近公開された広告フィルムも一見の価値あり。トレンチコートをまとったツーリストガイド役のオリヴィア・コールマンが好演だ。
毎シーズン、知られざる女性をミューズとし、ストーリー仕立てのコレクションを展開するアーデム。今回のアーデム・モラリオグルのヒロインは19世紀フランスのアーティスト、エレーヌ・スミスだ。彼女が霊媒師としても知られていたことから、レースや刺繍を多用するロマンティックで装飾的なアーデムお馴染みのスタイルには、ミステリアスなタッチが加えられた。

19世紀の室内装飾を思わせる刺しゅうを施した、ガウン。Photo: Courtesy of Erdem

マニッシュなスーツを、キモノ風のジャケットで。photo: Courtesy of Erdem
ロンドンを支える新世代: アーロン・エッシュ、パオロ・カルザナ、そしてアリータ
セントラル・セントマーチンズでファッションを学び、ブランド設立1年後の2023年にはLVMH賞のファイナリストに選ばれたロンドンの新星、アーロン・エッシュ(Aaron Esh)。彼らしいミニマルでシャープなリアルクローズは1シーズンのブランクの後、ますます完成度を高めてロンドンのランウェイに戻って来た。ミューズやテーマはたてず、カラーパレットは依然としておさえめ。持ち前のカッティングの技術は、流れるようなシルエットのドレスに顕著だ。サテンのパイピングを施したトレンチやタキシードジャケットは、ロンドン北部の著名テーラー、チャーリー・アレンによる仕立て。クチュールの手仕事も取り入れ、一部にはシフォンを手作業で切り裂いて束ねた、フェザーかと見まごう装飾も施された。また洗練されたロッカー・スタイルを貫くアーロンはコミュニティを確立させていて、ショーの翌日には、ドーヴァーストリート・マーケット・ロンドンで彼のキャップがローンチされた。

スポーティなトップと、クチュール的なドレープスカートの組み合わせは、アーロンらしいルックの一つ。DSMLで先行発売のキャップをかぶって。Photo: Courtesy of Aaron Esh

ベーシックなシャツと透けるニットの組み合わせは、パンクとプレッピーと言う意外なスタイルミックス。photo: Courtesy of Aaron Esh
パオロ・カルザナ(Paolo Carzana)も、セントラル・セントマーチンズに学び、LVMH賞のファイナリストという道を辿ってきたニュージェネレーションの一人。現在はポール・スミス財団からアトリエの提供を受け、植物ベースの手染めを極めている。ブリティッシュ・ライブラリーで開かれた今回のショーでは大地から海へと目をむけ、海藻やシーソルトによる染色を試みた。シルエットに取り入れたのは、大自然に見る抽象的な形。
オフィシャル・カレンダーではデジタル・プレゼンテーションのみだったが、ドーヴァーストリートマーケット・ロンドン一押しの有力新人が、このアレッタ(Aletta)。ロエベにいたフレディ・クームス(Freddy Coomes)とJW Andersonに師事したマット・エンプリングハム(Matt Empringham)によるデュオだ。彼らの師匠、ジョナサン・アンダーソンに通じる、遊び感と誇張したボリューム、解体・再構築が魅力。次シーズンはランウェイ・デビューなるか?
新人ではないけれど、ロンドンファッションウイークでのデビューを果たしたのは、ウクライナのクセニア・シュナイダー。ジオメトリックでボリューム感で遊んだコンセプチュアルな最新コレクションでは、リー・クーパーとのコラボレーションによるリサイクル・デニムを使ったアイテムを数型含めた。
街の話題はJWアンダーソン、ライトハウス、そしてデヴィッド・ボウイ・センター
JW アンダーソンのソーホー旗艦店が、ライフスタイルを打ち出したストアコンセプトで、改装オープンを遂げた。ジョナサンのキュレーションの才能を大いに発揮できる、新しい舞台だ。品揃えはシンプルに、彼が美意識と直感で収集したもの。クラフツマンシップを愛するだけに、ラインナップには平井明子の陶器作品、手づくりのムラーノ・ガラスウェア、ルーシー・リー(Lucie Rie)のマグカップなどが含まれる。家具ではチャールズ・レニー・マッキントッシュによるランプやスツールの復刻版と、ジェイソン・モッセリJ(ason Mosseri)による「Hope Spring Chair」が。テキスタイル製品では日本製のデニムからウェールズ産ブランケット、イングランド製の昔ながらのシルクダマスク織り、アイリッシュ・リネンなど、それぞれの産地の特性に着眼。さらにハチミツやポストカード・ティーズの紅茶、そして書籍やアンティークの園芸道具も加え、ショップ全体がまさにキャビネ ドゥ キュリオジテだ。もちろんJW アンダーソンのコレクションはメンズ、ウィメンズとも、規模は縮小しつつ毎シーズン刷新されていく。

右はアイコニックなローファーバッグ。左はスコットランドの伝統的なモチーフの羊を豚に置き換えたニット。Photo: Courtesy of JW Anderson

ヴェルヴェットのジャケットドレスには、ローファーブーツを合わせて。手に持ったのは、フランスのアンティークのじょうろ。Photo: Courtesy of JW Anderson

ウエッジウッドとのコラボレーションによる、磁器のカップ&ソーサー。Photo: Courtesy of JW Anderson
9月、ソーホーでのもう一つのオープンは、ライトハウス。1865年以降つい数年前まで開業していたシャンデリア・ショップを、ヴィヴィアン・ウエストウッドの息子ジョー・コレが買取り、コンフィデンシャルなショップに変化させた。入ってすぐのドアの向こうにはメンバーズオンリーのバーやヴィンテージ・フロア、ランジェリーやボンデージウェアのフロアが広がるが、特記したいのはユニークピースのベルト一連。0階で見られるこれらはアクセサリー・デザイナー、マルコ・マティジック(Marko Matysik)による、サステイナブルな手作り品。中には元来のシャンデリアショップに残されていたパーツを使ったものもある。ちなみに上のフロアへのアクセスはアポ制。公式サイトより、コンタクト可。

マルコ・マティジックによる一点もののベルト。リサイクルデニムと、シャンデリアショップで実際に使われていた鍵・鍵穴をあしらった。Photo: Minako Norimatsu
4か月前にイースト・ロンドンのハックニー地区にオープンした、ヴィクトリア&アルバート美術館イースト ストアハウス。ここはいわゆる、見学可能な倉庫。保管方法を見るのも面面白い。オランダ・ロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館に比べると保管方法の見せ方は消極的だが、とにかく広大な3フロアには美術品からオブジェ、家具、コスチュームまで、V&Aの貯蔵品がずらりと並んでいる。中でも必見は、デヴィッド・ボウイ・センター。V&Aのサウスケンジントンの本家は2015年、その後数都市を巡回することになるデヴィッド・ボウイ展を開催した。その絡みもあって、ボウイのコスチュームや資料、アート作品など膨大な遺品が、関係筋より寄贈されてパーマネントコレクションとなったのだ。美術館自体は無料だが、このセンターのみ公式サイトから要予約。
Victoria & Albert Museum East Storehouse
2 Parkes Street, London E20 3AX

デヴィッド・ボウイ・センター。Photo: Minako Norimatsu

パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/