この夏3度目の熱波に見舞われていたパリで開かれた、2026年秋冬オートクチュール・コレクション。中でも際立っていたのはディオール、シャネル、そしてバレンシアガだ。いずれも奥が深く卓越したコレクションだったが、それぞれのクリエイティブ・ディレクターのアプローチの違いが浮き彫りになった。ここで紹介するのは、ディオール。ショーレビューに洞察を加え、数々の逸話を交えつつお届けする。
この夏3度目の熱波に見舞われていたパリで開かれた、2026年秋冬オートクチュール・コレクション。中でも際立っていたのはディオール、シャネル、そしてバレンシアガだ。いずれも奥が深く卓越したコレクションだったが、それぞれのクリエイティブ・ディレクターのアプローチの違いが浮き彫りになった。ここで紹介するのは、ディオール。ショーレビューに洞察を加え、数々の逸話を交えつつお届けする。
ジョナサン・アンダーソンによるコレクションは、アートとの対話
人一倍近代・現代アートへの造詣が深い、ジョナサン・アンダーソン。今回のコレクションでは、リンダ・ベングリス(Lynda Benglis)による作品の再解釈に取り組んだ。リンダはギリシャ系アメリカ人。身体や自然に触発されて、意外な素材使いとフォルムを探求する彼女のアートは、立体的な絵画からオブジェ、セラミック、写真や動画と多岐にわたる。ジョナサンはこれらに着想源を求めたというよりは、自身の元来の視点をさらに深める形で彼女とやり取りを重ね、コラボレーションを実現。折りたたむ、結ぶ、撚る、包む、シワを寄せるといった手法を融合させて行き着いた、構築的なフォルムの数々から成るコレクションだ。
ファーストルックは「プリーツ」。シアリングのストールでもシルクサテンのシャツでも、大きな結び目(ノット)が体を包み込むような形を作る。ボトムはトロンプルイユでリボンをあしらった、手作りプリーツのパンツ。ディオールの長年のコラボレーター、スティーブン・ジョーンズによる帽子も、メタリックなプリーツだ。また66ルック中30番目のドレスの後ろ側に配されたカラフルで巨大な扇が表すのは、扇子ではなく孔雀の羽。ベングリスが滞在していたインド・アーメダバードで日々目にし、玉虫色のラッピングペーパーを使ったオブジェに落とし込んだピーコックに由来する。インドはジョナサンのクリエーションに少なからぬ影響を与えたらしい。18世紀のインド産チンツ(光沢のあるコットン)やインディエンヌ(更紗)はハンドバッグに取り入れられ、ジェムストーンを使ったジュエリーの多くはクラフツマンシップの聖地であるインド・ジャイプールで制作された。またベングリスが一時期暮らしたニューメキシコの、インドとは対極的な乾燥気候の植物も着想源の一部を成すが、ジョナサンの手にかかるとそれらはエキゾチックに転ぶことなく、あくまでもコンテンポラリーだ。
直線または曲線のプリーツ、ノット、シワ加工のルックの数々が一望できる、フィナーレ。Photo: © ADRIEN DIRAND
玉虫色とメタリックな輝きが特徴的な手前のルックは、リンダによるオブジェと密接に結びついている。Photo: © ADRIEN DIRAND
前述のフィナーレカットで手前に見えるルックをインスパイアした、ベングリスのオブジェ『Lagniappe I』(1978年)。素材は色素を加えた紙粘土、アクリル、光を反射する砂、そして熱可塑性プラスチックのポリプロピレン。古代の謝肉祭で祀られた女性の体のミニチュア彫像からヒントを得た。Photo: © BEN PEXTON
さまざまな素材でプリーツを表現した、ファーストルック。Photo: © DIOR
細かいスモッキングが緩やかなドレープを生み出すドレスには、孔雀の羽に見立てて極彩色のモチーフを配した扇を。Photo: © DIOR
毎回の課題、メゾンの象徴であるバージャケットの再解釈は、ここではパンツとのセットアップでソフトに仕立てられた。Photo: © DIOR
コレクションを紐解く「フォルムの法則」展
「このコレクションのテーマは、素材の本質と形を新しいアングルから見ることでした。そして素材が抽象的な表現となる過程に目を向けました。突き詰めれば『そこからどのように現実を引き出すか?』という問いかけです」とは、このショーに関してのジョナサンの声明。多角的かつ統一感のあるアートの再解釈はさらにメゾンのアーカイブスと結びつけられ、ショー翌日から6日間にわたり、エキシビション『フォルムの法則(Grammar of Forms)』が開かれた。
ショーが開かれたのと同じロダン美術館庭園内の仮設会場に展示されたのは、本コレクションからの抜粋とベングリスの作品、関連するクリスチャン・ディオールのドレスの数々。ショーの演出をそのままに場内にはシダの木が配され、両脇の壁は全面オープン。美術館の庭のグリーンが相まって全景を成す。インド・アーメダバードの緑豊かな環境につながるアイデアだ。展覧会は、1月のジョナサン初のオートクチュール・コレクションに続き、モード関係者や顧客たちに限らず一般にも公開され、彼のクリエーションへの理解を深める絶好の機会となった。特に子どもたちに向けては、前知識がなくともわかりやすい展示説明を導入。塗り絵や折りたたみを提案するページを盛り込んだ手帳が色鉛筆とともに用意されたのは、画期的なことだ。
これまでクチュールというとプレタポルテとは別格で限られた顧客だけに向けられたラグジュリアスなコレクションとみなされてきたが、ディオールではクリエイティブ・ディレクターの姿勢がより自由に打ち出されたという意味で、プレタポルテとの距離が近くなったように感じられる。
『フォルムの法則』展より、ベングリスのオブジェ(左)とジョナサンによる本コレクションのキーピースを並列した展示。Photo: © CHRIS LENSZ
『フォルムの法則』展より、シルクタフタを使い、プリーツを駆使したクリスチャン・ディオールのドレス(1950年春夏オートクチュール)。Photo: © CHRIS LENSZ
『フォルムの法則』展より、ベングリスのオブジェに呼応するドレス2点。Photo: © CHRIS LENSZ
パリ在住。ファッション業界における幅広い人脈を生かしたインタビューやライフスタイルルポなどに定評が。私服スタイルも人気。
https://www.instagram.com/minakoparis/