2017.03.02

紅白歌合戦と古川日出男訳『平家物語』と耳で聞くファッション

大晦日の夜に台所の片づけをしながら紅白歌合戦をラジオで聞くのが我が家の慣例でした。居間ではテレビがついていて、目当ての歌手になると慌てて見に行き、また戻る。ラジオの紅白には、歌の前後に実況ナレーションがあって、食器を拭きつつなんとはなしに聞いていると、これが面白いのです。とくに歌手が何を着ているかは大事な要素で、例えば「衣装は輝く銀色のドレス。裾をいっぱいに広げて、ゆっくりと階段を降りてきました」という具合。着物だとさらに本領発揮で、京都のだれそれの手による着物は、染めはどうこう、帯はどうこう、髪型がどんなに見事かというのがテンポ良く語られる。そうなると、もう気になって、見に行かないわけにはいかない。

池澤夏樹個人編集、日本文学全集シリーズ、古川日出男による新訳『平家物語』を読んで思い出したのは、そんな昔のワクワク感でした(壮大な歴史物語に対して、身近な話ですみません)。琵琶法師が語ったという平家物語だけれど、現代の私たちが原文からその語りをイメージするのは簡単ではありません。でも、新訳からは、声が聞こえてくるんですよ。自分が声に出して音読したい、というのとはちょっと違う。黙読していると頭の中で誰かの声が聞こえる、そういう訳なのです。

それでいて、予備知識が必要な言葉も丁寧にフォローされているので、平家物語は中学高校の授業で習ったきり、という私のような人間にも取っつきやすい。個人的に嬉しかったのは、原文ではついつい読み飛ばしていた装束の描写(と、ついでに人名の列挙も)が古川訳なら読めること。「赤地の錦の直垂に唐綾威の鎧を着て」(本書より)という、戦の前の人物描写に欠かせないくだり。あ、これはラジオの紅白だ、と思ったわけです。想像して、気になって、目で見たくなる。耳で聞くファッションは、普段とは違う感覚を刺激されるようです。ランウェイショーに声だけの実況解説があったら面白いかもと妄想したけれど、実際やったら大変でしょうね(笑)

古川日出男訳『平家物語』(河出書房新社)。エンターテイメント巨編の全訳ということで、紙の本は分厚さに少し躊躇しますが、キンドル特製試し読み版で、名場面の抜粋を無料で読むことができます。ぜひ有名な「祇園精舎の~」だけでも読んでみてください。

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エディターIWAHANA

日々、モード修行中。メンズとレディースを行ったり来たりしています。書籍担当。どうぞよろしくお願いします。

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