私たちにも、「クッマ」が必要です

昨年5月の緊急事態宣言下、デザイナー23人へのリモートインタビューを敢行し、まとめた特集SPUR8月号「デザイナーたちは希望を紡ぐ」。トム・フォード、トム・ブラウン、ヴァージル・アブロー、クリストフ・ルメール、マリーン・セル、ウエールズ・ボナーなど錚々たる顔ぶれの方々が協力してくださいました。今読み返しても、今後のファッション業界を生き抜くヒントとなる、パワフルな言葉が満載です。
中でも印象的だったのが、doubletのデザイナー、井野将之さん。しっかり厳しい現状を見据えつつ、その目は未来に向かってポジティブに開いている。抽象的な理想論ではなく、具体的に「この状況下でどういう服を作っているか、作って行きたいか」を語ってくださいました。

緊急事態宣言が解かれた7月に伺った21年春夏コレクションの展示会では、度肝を抜かれました。テーマは「なんでもない日おめでとう」。畳んで収納するとギフトボックス型になるシャツや、付属のアルファベットワッペンをフロントに自由に取り付けてメッセージをカスタマイズできるフーディなど、見るだけで思わず笑顔になるアイテムで溢れていたのです。
それは井野さんから私たちへの、ファッションの夢を詰めこんだプレゼントに思えました。特に心奪われたのは、キュートなテディベアがポケットから顔を出すネルシャツ。見た瞬間「可愛い〜!」と絶叫しました。けれどその場では、自分がまとうにはちょっと遊び心が過ぎるというか、正直うまく着こなせる自信がなく。どちらかというと、いつか撮影したいな〜という気持ちで会場を去りました。

しかしその後、じわじわとぬいぐるみブーム到来。大人もセラピーとして「日常にぬいぐるみを取り入れたっていいじゃない」という話を頻繁に耳にするようになりました。
展示会から半年ほど経った今年1月、ちょっとモヤモヤすることがあって、ネット通販をしていたところ、このクッマシャツに再会したのです。その日は、在宅勤務を終えて家で晩酌しており、ほろ酔いだったということもあります。今の私には癒しが必要だ〜と、このシャツをWISMのサイトで見つけた瞬間、ポチっておりました。でも正直、家に届くまでは不安でした。冷静になると、私が着てちょっとした痛みは出やしないかしらと(笑)。そうこうしているうちに、到着。恐る恐る鏡の前で腕を通してみたところ……なんか、意外にいける……!いけたんです。その理由を分析してみます。

まず第一に、全体の面積に対してこのテディベアが小さい点。もっと「クッマ〜!」感が強いと記憶しておりましたが、意外にこじんまり。次にシャツのシルエット。こちらはメンズアイテムなのでそもそもが大きいのですが、Mを選択したこともあり尚更ゆったりとしたサイズ感。それもあってややストリートなムードが漂い、ラブリーなクマと良いコントラストを描いているのです。そしてダブレットの素晴らしさは、ユーモアを備えつつもパターンがとてもきれいであるということ。だから決してチープに見えません。今のところはジーンズにタックインするスタイルが気に入っています。会社にも着て行きましたが、先輩が「あ〜!それ買ったんだね〜♡」と褒めてくれたり、オリエンでは「可愛いですね〜!」とクライアントさんとの会話のとっかかりになったりと、空気を温めるのに一役買ってくれています。
何よりすごいのはテディベアの解毒効果。ひと撫ですれば、ネガティブな感情もスーッと消えていきます。パソコンでキーボードをタンタンターンと打っている時も、クッマが一緒に画面を見守っている格好になるので非常に心強いんです。

今、ファッションのあり方が問われています。こんな状況の中で、わざわざ服を買うってどういうことだろう。その答えは先ほど紹介したインタビューの記事より、井野さんの言葉の中にありました。以下、引用です。

なぜ服を買うのか、着るのか? ただ“かっこいい”や“似合う”からではなく、これからは“共感”を着るのではないかと考えました。たとえばTVとYouTubeの違い。TVはチャンネルの番組が時間軸で決まっていて、自分が興味あること以外の情報も入ってくるけど、YouTubeは自分で選択ができる。その選ぶ基準は、共感。服も同じように、作り手の思いや、なぜ作るのか、という部分が問われている。これからはもっとパーソナルな部分と、強い意志を持った服作りになっていくはず」

 動物愛護を理念にしているステラ・マッカートニーや環境破壊に対してのメッセージを打ち出すマリーン・セルのように。「『その服が着たい』の前に活動や理念に共感し、その思いも一緒に着る。“衣食住”では“衣”だけ分離されがちだけれど、思いのある服は、食や住と同じ生活の一部になるはず」 interview&text: Yu Masui

ちょうど佐久間裕美子さんの著書「Weの市民革命」を読んだばかりということもあり、消費行動=思想の表明という考え方には非常に共感できます。発売中のSPUR3月号にも井野さんへのインタビューが掲載されており、そちらも大変面白いので是非読んでみてください。

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エディターITAGAKI

ファッション、ビューティ担当。音楽担当になったので耳を鍛えてます。好きなものは、色石、茄子、牧歌的な風景。

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