約2年の休業をいただき4月にシュプール編集部へと戻ってまいりました。休業中はイギリスの大学院にてファッションの歴史を社会、経済、政治の観点から考察する研究を行っていました。ここで学んだことを生かし、また新たな視点をもってみなさんに楽しい記事をお届けできればと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。さて、今日はその長い旅のお供として携えていたスカーフの話をしたいと思います。
同僚から贈られた旅のお供
出発前の2022年6月、編集部の同僚達が送る会を催してくれました。そこでプレゼントとして贈られたのが、エルメスの45センチ四方のスカーフ。「板垣さんは水色が好きなので」という理由で選んでくれた清らかなベースカラーに、ピンクやミントブルーといったパステルカラーが配されています。パターンはエルメスらしく、馬具モチーフをジオメトリックに構成したデザイン。このスカーフをスーツケースの一番安全な場所に大切に仕舞って、その1週間後にイギリスへと旅立ったのでした。
しかし行ってみたは良いものの、最初から困難の連続。英語は十分勉強してきたつもりでしたが、なんせイギリス人の「生」の英語は早すぎて何を言っているのか正直全然わからなかったのです。バスに乗ったり電話をかけたり医者に症状を説明するといった日常の当たり前のことすらままならず、泣きそうに。言語が通じないと、まるで赤ん坊に戻るような感覚になるんです。そうこうしているうちにあっという間に大学の授業が始まり、友人もでき、イギリス人の友人たちが話すスピードにも少しずつついていけるようになり……。とにかく一段一段階段を上るように過ごしていました。このスカーフは、ここぞという特別な日はもちろん、Tシャツとショートパンツのようなカジュアルなスタイルにも添えて、日常的に身に着けていました。たとえば修士コース授業の初日、ホームパーティに呼ばれた日、海辺のヴィンテージショップを訪れた日など、自分の世界がちょっとずつ広がっていく瞬間を、このスカーフはいつも首元で支えてくれていたのです。
ファッションは言語である
このスカーフを着けていて実感したことがあります。それは、「ファッションはひとつの言語である」ということ。イギリス到着後4か月ほど経ったときのことでした。友人のフラットに遊びに行ったとき、そのフラットメイトにとてもおしゃれなゲイの男の子がいたんですね。それまで何回か彼を見かけたことはあっても、シャイな性格からか会話を交わすことはなく。でもその日、「そのスカーフすごく素敵!どこで買ったの?」と興奮気味に話しかけてきたんです。そこから話が広がり、大学で薬学を専攻しているけれど卒業後はファッションの修士に通って、デザインの勉強をしたいと思っていることなどを熱く語ってくれました。その頃はまだまだ英語を聞き取るのには苦労していて、友人何人かでパブに行けばとたんについていけなくなり、まるでぼーっと宙に浮いているようなさみしい気持ちで過ごしていたのですが、その彼の会話だけはおおかた理解することができたんです。その後彼には古着の量り売りキロセールに連れて行ってもらい、膨大な服の山から珠玉の数点を選び出すその審美眼にほれぼれしたものです。
こんなふうにスカーフから端を発して仲が深まった経験は1回ではありません。クラスメイトのクールな女の子とスカーフをきっかけに話が弾んだり、ベーカリーで店員さんに褒められたり、カフェで知らないおしゃれな女性から話しかけられたりしたこともあります。イギリスではそんなふうに知らない人に対しても着ているものを褒めるということが日常に浸透していて、とても素敵な文化だと思います。そのいった経験を通して、ファッションはひとつの「言語」として、同じコード、趣味を共有している人たちでつながりあい、わかりあえるよう働くことを肌で感じるようになりました。それはときにエスニシティやジェンダー、年齢、知識や資本の有無を超えて機能する言語です。(各グループを象徴するよう働くことも多いですが)
約2年間の間、たくさんの出会いと思い出を彩ってきたこのスカーフ。留学という長い旅はいったん終わってしまいましたが、帰ってきたあとも続く人生の旅のお供として、新たなシーンを彩ってくれることでしょう。