キノコの謎を解き明かし、噂の手芸【ダーニング】に初挑戦!

ずいぶん昔に、チェコのプラハで購入した、寄木細工のキノコのオブジェがあります。「チェコの人々は秋になるとキノコ狩りをせずにはいられません」と現地の方に聞き、立ち寄ったヴィンテージショップでなんとはなしに手に取ったもの。長く我が家の書棚に置いてありました。これがまさか「危険なキノコ」だとは思いもよらなかったのです……!

岸本佐知子さんのエッセイ集で、キノコの正体が判明

ダーニング マッシュルーム 手芸 岸本佐知子 エッセイ

岸本佐知子著『わからない』(白水社)¥2300と「危険なキノコ」ことダーニングマッシュルーム。300コルナのシールが貼ってあったので、日本円にして¥2100くらい

昨年、発売を待ち望んで読んだ、翻訳家岸本佐知子さんのエッセイ集『わからない』。全編わからないことだらけ不思議だらけで抱腹絶倒、風味絶佳の大傑作です。この中に「危険なキノコ」と題した一編がありました。書き出しはーー

なぜそのキノコを買ってしまったのか、今となっては思い出せない。

さらに引用します。

「キノコはなんだかお洒落げな箱に、さまざまな色と質感の糸を束ねたものといっしょに入ってやってきた。
 付属の冊子の説明書と首っぴきで、かかとに穴のあいたのに愛着があって捨てられずにいた靴下を手はじめに繕(つくろ)った。布地の裏側から木製のキノコ型をあてがい、穴を覆うようにタテ、タテ、タテと糸を張っていき、次にタテ糸を交互にすくいながらながらヨコ、ヨコ、ヨコと糸を渡していく。」
引用元:岸本佐知子著『わからない』(白水社)

エッセイでは、この繕い術=ダーニングにのめり込んだ岸本さんが、タイトル通り「危険なキノコ」に日常と世界を侵食されていくさまがユーモラスに描かれ、そして壮大なSF的結末を迎えます(本書2ページに満たないエッセイですが、本当にすごい展開なのでぜひ読んでみてください)。
私はハタと膝を打ちました。そうか、我が家のキノコはこれだったのか……!

ダーニングマッシュルームとして、いよいよ本来の使い方に

ダーニング マッシュルーム 手芸 刺繍糸

本来のすがたへ! 刺し子糸は各色¥100くらい、針は毛糸とじ針で¥500くらい。いずれもユザワヤで購入。

キノコは、西洋の繕いものの技術であるダーニングの、布の土台として使われる「ダーニングマッシュルーム」だったのです。これまでただの置き物として扱っていてすまなかった。本来の威力を発揮してもらおう! 私は手芸の一大ショップ、世界のホビーハウス「ユザワヤ」に駆け込みました。調べてみると、ダーニングは、布にあいた穴を、織物のようにタテヨコにくぐらせた糸でとじるというのが基本。刺しゅう糸、刺し子糸、毛糸など、組み合わせは自由だそうです。カラフルな色の洪水にときめきながら、刺し子糸を選び、太い糸が通る針穴の、毛糸とじ針を購入。ワクワクします。

没頭していると、確かになんらかの脳内物質が分泌される気がする……

ダーニング マッシュルーム 手芸 岸本佐知子 エッセイ

ヘタクソだけど、できた!

手始めは、うちの猫どもが立てた爪で穴の空いたシーツ。キノコに施術箇所をかけて握り、穴を塞ぐようにタテタテ、ヨコヨコ……と針を運んでいきます。糸をすくいそこねてしまったり、糸が途中で足りなくなり、あわてて違う色に変えてみたり、格闘すること小1時間。不格好だけど、シーツの穴はなんとかとじられました。

岸本さんは先の「危険なキノコ」の中で、頭のどこかでジュワッと、なんらかの脳内物質が分泌されたのを感じたと綴っています。わかる。小1時間と書いたけれども、集中しすぎていてはっきりと記憶にはありません。1万時間くらいやっていたような気もするし、一瞬で時間が溶けたような気もします。この没頭はすごいぞ!

穴が跡形もなく消えるリペアではなく、新しい色と素材で痕跡を残すダーニング。下手くそでも、ものが長持ちするし、多少ヘンテコな形になっても愛着が湧いてきそうです。なによりも、趣味として、仕事と関係ないことに没頭する快感とリフレッシュ効果がすごい! このままキノコの誘惑に溺れる秋となりそうです。

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エディターKUBOTA

幾星霜をこえて編集部に出戻ってまいりました。活字を読むこと、脂と塩気、2匹の保護猫、平和と雑談を愛します。

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