70年代の高度経済成長の末期、空前のバブルを迎えていたわが家は、父の友達の成金家族とともに、夏休みを軽井沢で過ごすことになった。小学校3年生だった私は、普段禁止されている自転車に好きなだけ乗れることが何よりうれしく、あのプリンスコテージに泊まることや、父たちのゴルフにも母たちのおしゃべりにも無関心。おハイソな軽井沢で避暑というベタな記号のもつ意味が、関西の子どもにわかるはずもなく、どうすればテニスコートを通らずにホテルの敷地内を高速で一周できるかを日々模索していた。
休暇の最終日、3 家族揃って繁華街で夕食をとる予定が組まれた。毎日ズボン姿でペダルをこぎまくっているのを見て、おめかしをさせようと考えた両親は、姉と私をブティックに連れて行き、ワンピースを選ぶように促した。しかし着慣れないワンピースなんてそう簡単には選べない。急かされるなか、姉が「これがいい」と指さしたのは、ラコステのポロワンピースだった。今よりももう少しシルエットがストレートだった以外は、小さな襟、鹿の子素材、ワニのマークと、変わらないスタンダードなデザイン。当時、姉の持っているものが何でも欲しくなる病にかかっていたため、私も当然のようにそれに決めた。ただし合うサイズに同じ色がなく、しぶしぶレモン色にした。本当は姉が選んだメロン色のほうがよかったのだけど。
数年後、記憶の奥にしまってあったポロワンピースに再び出会ったのは、クリスマスに見た映画『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』だった。グウィネス・パルトロウ演じるマーゴは、いつもラコステのポロワンピースにフェンディのファーコートを重ね、エルメスのバーキンを持ち、ローファーを履いている。DVDをぼんやり見ながら「あのポロワンピース可愛かったな」「どこいっちゃったんだろう」「むしろ今着たい」「分厚いファーコートを羽織れば冬でも着られるかも」と頭の中で想像をめぐらせた。マーゴの着ているボーダーを、メロン色に置き換えて。
(エディター 綿貫あかね)
― 期間限定 ―
SPURスタッフの冬の服のはなし
プロの作家やクリエイターでなくても、服にまつわる忘れられない記憶は必ずある。みなさんからご応募いただいたエピソード以外に、今月はSPURの誌面づくりに関わる人々に思い起こしてもらった「ストーリー」を期間限定でピックアップしました。
日本発のモード誌『SPUR』は参加型の新企画「SPUR ナショナル・ファッションストーリー・プロジェクト」を2016年4月より始動しました。このプロジェクトは、皆様のファッションにまつわるエピソードを、SPURが物語としてまとめていくものです。お寄せいただいたエピソードのうち、こちらのコーナーでご紹介させていただいた方には、同時に掲載する描き下ろしイラストをポストカードにしたものと、iTunesギフト1,500円分を差し上げます。性別や年齢は問いません。あなたのファッションとのエピソードを応募してみませんか? 詳しくは特設ページにて。