最初は、赤でなければ。その決意に、迷いはなかった

ヴァンドーム広場のシャネルのファイン ジュエリーブティックの階上には、広場を望むサロンがある。マドモアゼル シャネルが定宿としていたホテル・リッツとは、広場を挟んで向かい側だ。4月、そこにルチアは黒いシャネルジャケットにパンツ姿で現れた。手首には新たなアイコンウォッチ「ボーイフレンド」。マニッシュな雰囲気の中にも、ダイヤルの中にきらめくギヨシェパターンはとても繊細で、トムボーイなものと出会ったときに相対的に輝いてくるルチア自身の女性らしさがそこに凝縮されているようだった。同時に、妙な錯覚に陥ったのも事実で、黒髪に深い赤口紅の端麗な容姿にマドモアゼル シャネル自身の残像が重なって、少し戸惑ってしまう。「マドモアゼル シャネルこそ最初のパンクだったと思う」、ルチアが考えるシャネル像は、こうだ。 

「彼女は反逆心の人。既存の概念にとらわれず革新を受け入れる一方で、きちんと女性の立場でスタイルやものごとを刷新していた。女性を解放し、そっと背中を押すけれど、飛び越えすぎない。さじ加減がわかっていたのよね。そのバランス感覚こそ素晴らしいと思うし、私のインスピレーションになっているわ」

マドモアゼル シャネルは生涯で数多くの金言を残しているけれど、ルチアのお気に入りのひと言には、ごく自然に「口紅」が入っていた。

「彼女の言葉で好きなのは『好きな色が似合う色』『レス・イズ・モア』。そして『口紅をつけて挑みなさい』。自分の第一作を手がけるとき、直接的でシンプルで、強くてわかりやすいものにしたかった。だからシャネルのコードである赤を選んだの。ごく自然にね」

「マドモアゼル シャネルは、最初のパンクだったと思う」

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(右)ウォームなトーンの3つのブラウンと、ブリックレッド。主役は左下の「赤」。日本人のオークル肌へのなじみがよく、驚くほどナチュラルにセンシュアルな魅力を呼び覚ます。いずれもパールやグリッターは含まない、イノセントな発色。ドラマティックにも、ナチュラルにも演出できる守備範囲の広いアイパレットは、普段の生活で自ら目もとを彩る女性だからこそ生み出せた絶妙の色材設計。フューチャー・ベーシックとなること間違いなしの逸品だ。 レ キャトル オンブル 268 ¥6,900

(左)ローマ神話の春の女神・プロセルピナはザクロの実を口にしたことで知られるが、まさにザクロを思わせる鮮やかな発色。ルチアがもっとも気に入っている口紅。 ルージュ アリュール 169 ¥4,200〈ともに8月26日発売〉/シャネル

強さともろさと官能。赤にはそのすべてがある

そういって彼女は製作過程での道しるべとなったムードボードを見せてくれた。大好きだという芍薬や蘭、ゼラニウムの花弁の写真、マティスの切り紙絵などが色とりどりにコラージュされている。「私はずっと、赤に恋をしてきたのかもしれない」、そう呟いて続けた。 

「赤は女性のパワーを物語る色。情熱と強さだけではなく、脆(もろ)さもある。官能性もある。それは女性の二面性とも重なる点で、赤のもつ矛盾や複雑さを、コレクションに込めたかった。赤のクラシックな美しさをコンテンポラリーに見せることを命題に、静物写真を編集することから色作りを始め、色の設計と質感の研究に取り組んだんです」 

そういって披露した赤のシェードは、ご覧のとおり、こんなに饒舌だ。名前は、ル ルージュ コレクシオンN°1。気高くて気品に満ちていて、色っぽい。なによりも、余計なパールを省いたところが、なんとも強くて潔い。いち早くレンガ色のアイカラーや赤い口紅の数々、モダンな質感のネイル エナメルを見て「欲しい」、そうシンプルに思った。「つけたい」と素直に感じたその理由は、その新色をまとったルチア自身が、とびきりきれいだったからだ。マットで濃厚な直球勝負。クラシックで重厚感があるけれど、モダンで美しく仕上がっているのは、黄みと青み、そして絶妙に質感を計算した色設計のたまものだ。

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エディターIGARASHI

おしゃれスナップ、モデル連載コラム、美容専門誌などを経て現職。
趣味は相撲観戦、SPURおやつ部員。

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