ヴァンドーム広場のシャネルのファイン ジュエリーブティックの階上には、広場を望むサロンがある。マドモアゼル シャネルが定宿としていたホテル・リッツとは、広場を挟んで向かい側だ。4月、そこにルチアは黒いシャネルジャケットにパンツ姿で現れた。手首には新たなアイコンウォッチ「ボーイフレンド」。マニッシュな雰囲気の中にも、ダイヤルの中にきらめくギヨシェパターンはとても繊細で、トムボーイなものと出会ったときに相対的に輝いてくるルチア自身の女性らしさがそこに凝縮されているようだった。同時に、妙な錯覚に陥ったのも事実で、黒髪に深い赤口紅の端麗な容姿にマドモアゼル シャネル自身の残像が重なって、少し戸惑ってしまう。「マドモアゼル シャネルこそ最初のパンクだったと思う」、ルチアが考えるシャネル像は、こうだ。
「彼女は反逆心の人。既存の概念にとらわれず革新を受け入れる一方で、きちんと女性の立場でスタイルやものごとを刷新していた。女性を解放し、そっと背中を押すけれど、飛び越えすぎない。さじ加減がわかっていたのよね。そのバランス感覚こそ素晴らしいと思うし、私のインスピレーションになっているわ」
マドモアゼル シャネルは生涯で数多くの金言を残しているけれど、ルチアのお気に入りのひと言には、ごく自然に「口紅」が入っていた。
「彼女の言葉で好きなのは『好きな色が似合う色』『レス・イズ・モア』。そして『口紅をつけて挑みなさい』。自分の第一作を手がけるとき、直接的でシンプルで、強くてわかりやすいものにしたかった。だからシャネルのコードである赤を選んだの。ごく自然にね」
SPUR2016年9月号掲載
おしゃれスナップ、モデル連載コラム、美容専門誌などを経て現職。
趣味は相撲観戦、SPURおやつ部員。
