ルチア ピカの誘う「赤」、挑む「赤」

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photography:©CHANEL

黒子のような立場でありながら、いやが応でも視線を集めてしまう人が、ときどきいる。ルチア ピカは、まさにそんな女性だった。初めて彼女に会ったときのことは、よく覚えている。それはシャーロット・ティルブリーとの現場で、ルチアは彼女の第一アシスタントだった。イビサ育ちのイギリス人で今や大御所のシャーロットは、明朗で豪快な性格と、弾けるようなボヘミアンなドレス姿、そしてストロベリーブロンドのロングヘアでメイクアップ・アーティストのなかでも稀有な存在。その傍らに寄り添っていたのが、ルチアだった。

赤い唇は、まるでスポットライトのように

アクアマリンのような青い瞳とそれを際立てる艶やかなダークヘア、陶器を連想させる白い肌。唇はいつも赤、鮮やかな緋色に染まっていた。ロセッティが描いた女神「プロセルピナ」の残像が重なるような人、という印象以上に心に刻まれたのは、時折そっとシャーロットがルチアに「どう思う?」とささやくしぐさだった。厳格な師弟関係というよりは気の合う女友達、あるいは姉妹のような穏やかな関係。モードのきらびやかな表舞台とは裏腹に、目まぐるしく、ときに殺伐としたバックステージやメイクアップブースに唐突に現れた、まるで太陽と月のようなふたりの可憐な空間に、不思議な心地よさと共感を覚えた。ルチアは言う。

「あるときこんなことがあったの。メイクアップをしながらシャーロットがあれちょうだい、とさっと手を伸ばしたとき、私は直感で彼女は何が欲しいかわかった。その手に、ある色を手渡した瞬間、シャーロット自身も『そう、これが欲しかったの、なぜわかったの?』と目を丸くして」 きっと彼女は、シャーロットの目に、心に気持ちを重ねてビジョンを見つめていたのだろう。控えめに振る舞い、ショーでは右腕としてチームを統率する彼女は誰の目にも優秀なアシスタントだったし、なによりもシャーロットの美学のいちばんの理解者だった。

だから、感覚のレベルで響き合える関係だったマスターから独立し、モードの最前線で活動し始めた頃のルチアの作品から放たれる力強さは意外でもあった。芯の強さを見たように思った。繊細でクラシカルな美しさに重きを置きながらも、鮮やかな色を、狙い定めて投下する。いつだって何かに挑戦しているのがわかる表情ばかりだったからだ。ラファエル前派の絵画から飛び出したような美しいアーティストは、ここから飛走する。ポップな色を大胆に駆使しながらも、常にモダン。抑制のきいた美しさが、いつでも彼女の筆から紡がれていた。      
なかでも彼女の手がけるメイクアップのステートメントとなったのが、赤い唇だ。グラマラスでクラシカルだけれど、知性のあるレッドリップス。フォルムを厚く強調する、豊潤で官能的な線のとり方はうっとりするほど美しく、正確で、その口もとは自信に満ちている。トップフォトグラファーのユルゲン・テラーやミカエル・ジャンソン、マリオ・テスティーノのお気に入りとしてキャンペーンシーンでも活躍し、セレブリティのメイクアップも数多く手がけた。そして迎えたのが、2014年暮れの、シャネルとの契約を告げるビッグニュースだ。

PROFILE
イタリア・ナポリ生まれ。22歳のときにロンドンに移住。のちにシャーロット・ティルブリーに師事する。独立後、ケイト・モスをはじめとしたセレブリティやトップモデルとの仕事を経て、2015年よりシャネルのグローバル クリエイティブ メークアップ&カラーデザイナーに就任。

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エディターIGARASHI

おしゃれスナップ、モデル連載コラム、美容専門誌などを経て現職。
趣味は相撲観戦、SPURおやつ部員。

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