サスティナブルとルーツ。オユーナ・セレンドルジュがカシミアに求めるもの

英国を拠点とするデザイナー、オユーナ・セレンドルジュ。彼女のつくるカシミアウエアが、フレッシュかつ特別である理由とは


「カシミアと聞くと、肌さわりのよさとか、ベージュやグレーの素朴な色合いのものを思い浮かべますよね? でも私のコレクションは、もっとダイナミックな存在でありたい。それを着て、地の果てまで旅に出たくなるような」

 英国を拠点とするカシミアウエアブランド、「OYUNA(オユーナ)」。デザイナーのオユーナ・セレンドルジュは、2019-20年秋冬コレクションを見せながら、そう話した。会場に並ぶのは、ビビッドなオレンジやブルーのチュニック、ダブルスリーブのワンピース、またフロントが2枚仕立てになったコートなど。シグネチャーであるカシミアに、シルクやウールを棍紡したアイテムもあり、素材や編み地のバリエーションも豊富だ。

「テーマは、デュアリティ(二重性)。光と闇、男と女。この世界のたいていのものには対になる存在があります。今回のコレクションでは、かたちや色、テクスチャーにおいて、対にあるものをどうひとつの服のなかで表現できるかということに挑戦しました」とオユーナは話す。「ただ、面白いのは、ひとつのコンセプトについて考え、ものごとをよく観察していくと、そうではないものも見えてくること。たとえば、白と黒のような正反対の関係でない対もある。どこかで繋がっていたり、連続性が見られたりーーそういったリズムやバランスは、そもそも自然のなかにもあるもの。デザインをする上での大きなヒントにもなりました」

画像: オユーナの2019-20年秋冬コレクション。ブランドを始めたきっかけについて「学生時代、英国の友人にモンゴルのお土産としてカシミア製品を選んでいたとき、なぜもっとカラフルなものがないのだろう、と。ならば自分で作ってしまおう、と思った」と、オユーナは話す

オユーナの2019-20年秋冬コレクション。ブランドを始めたきっかけについて「学生時代、英国の友人にモンゴルのお土産としてカシミア製品を選んでいたとき、なぜもっとカラフルなものがないのだろう、と。ならば自分で作ってしまおう、と思った」と、オユーナは話す

画像: オユーナの2019-20年秋冬コレクション。これ見よがしではない、洗練されたウエアが揃う。ユニセックスのアイテムも多いのも今シーズンの特徴だ

オユーナの2019-20年秋冬コレクション。これ見よがしではない、洗練されたウエアが揃う。ユニセックスのアイテムも多いのも今シーズンの特徴だ

 オユーナは、ラックからコートを一着選んで自ら試着してみせた。タグに目をやると、メイド・イン・モンゴリアの文字が見えた。彼女はロンドンでデザイン作業を行い、自身の生まれ故郷であるモンゴルに生産の拠点を置いている。もちろんカシミアもモンゴル産だ。彼女がモンゴルカシミアにこだわる理由のひとつは、その品質にある。「カシミアの繊維は、天然繊維のなかでもっとも長く、中にたくさんの空洞があります。だから温度調節機能に優れていて、軽いんですね。実は、カシミアの生産地のなかでもっとも寒いのがモンゴル。そのためモンゴルのカシミアの原毛は、特に長くて良質なのです」とオユーナは説明する。

 また、カシミアは、彼女自身のルーツを示し表す素材でもあるようだ。彼女が初めて出会ったカシミアは、母のおさがりの緑色のセーター。「すごく綺麗で明るい色合いのニットでしたが、形が好きではなくて。だから、ハサミで切って、ローエッジ(糸がほつれた状態)に自分で直したんです」と言い、笑う。彼女は都会育ち。カシミヤ山羊に囲まれて幼少期を過ごしたわけではないが、かつて父が遊牧民だった。「あまり大きなものを持たず、おさがりのニットのように、自分が必要でなくなったら別の人に贈ったり。そうしたノマドたちの知恵や価値観は、わたしのものづくりの大切な要素になっています」と言う。また「なによりカシミアという素材を扱う上で、遊牧民たちの存在は欠かせないもの」とも。

画像: OYUNA TSERENDORJ(オユーナ・セレンドルジュ) デザイナー。モンゴル生まれ。ハンガリーでファッションテクノロジーを学び、その後、英国のセントラル・セント・マーチンズのファッションプロダクトのコースに入学。2002年、ロンドンで100%カシミアのホームコレクションブランドをスタートさせ、現在は、ファッションアクセサリーやウィメンズウエア、トラベルの4コレクションを展開

OYUNA TSERENDORJ(オユーナ・セレンドルジュ)
デザイナー。モンゴル生まれ。ハンガリーでファッションテクノロジーを学び、その後、英国のセントラル・セント・マーチンズのファッションプロダクトのコースに入学。2002年、ロンドンで100%カシミアのホームコレクションブランドをスタートさせ、現在は、ファッションアクセサリーやウィメンズウエア、トラベルの4コレクションを展開

 聞けば、1枚のニットをつくるのに必要なカシミアは山羊4頭分ほど。その山羊たちを育ていているのが遊牧民だ。「モンゴルに帰ると、彼らに会うためカントリーサイドに行くのですが、みんな働き者。1年中365日、山羊たちの世話をしているのですから。また、山羊たちに囲まれながら暮らす彼らのキラキラと美しく輝く目に、いつも心を奪われてしまうんです」とオユーナ。

 遊牧民たちとのコミュニケーションの成果として、彼女は『HANDS』という写真プロジェクトを発表した。遊牧民やモンゴルの工場で働く人たちの「手」を主人公に、山羊の育成や梳毛、工場での毛選、紡績といったニット製品が世に送り出されるまでのプロセスを追ったものだ。「いろいろな人の手を経て、時間をかけて、カシミア製品は、良いものになっていく。パンやワインと同じですね」

画像: 『HANDS』プロジェクトより。遊牧民たちのライフスタイルにもフォーカスしている

『HANDS』プロジェクトより。遊牧民たちのライフスタイルにもフォーカスしている

画像: 年に1度、山羊の毛が自然に抜け落ちる春に、遊牧民は山羊の毛を梳く

年に1度、山羊の毛が自然に抜け落ちる春に、遊牧民は山羊の毛を梳く

画像: ハンドステッチを加え、オユーナのニット製品は完成する PHOTOGRAPHS: COURTESY OF OYUNA

ハンドステッチを加え、オユーナのニット製品は完成する
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF OYUNA

 インタビュー中、オユーナは、数年前に起こった、ちょっとしたハプニングを明かしてくれた。「春になると、遊牧民たちが山羊の毛を梳くのですが、予定より数週間たっても、原毛が届かなかったんです。そこで遊牧民たちに連絡したところ、カシミヤ山羊たちが寒そうにしているので、毛を梳いたらかわいそうだ、と。暖かくなるのを待っていたんですね。つまり、誰の“ミス”でもなかったわけです」。そして、遊牧民がカシミア山羊の毛を梳いている写真を見ながら、こう言い、微笑んだ。「マッサージされているようで、気持ち良さそう。これで、カシミア山羊たちも夏をハッピーに過ごせるの」

問い合わせ先
AUGUST
TEL. 03(6434)1239
公式サイト

SOURCE:「Brand to Know: OYUNABy T JAPAN New York Times Style Magazine:JAPAN BY MASANOBU MATSUMOTO NOVEMBER 07, 2019

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