’20年春夏、パリコレの大きなニュースのひとつがドリス ヴァン ノッテンのショーだった。フランスを代表するデザイナーのひとりであるクリスチャン・ラクロワが、ともにフィナーレに現れたからだ。共作によって完成した特別なコレクションをふたりの肉声、またクリスチャンを知る人のコメントとともにお届けしたい。唯一無二の、力強い「スタイルの作り方」がその言葉から見えてくる!
ふたりが語る、創造という名の共同作業
ファッションの純粋な楽しさ、ドレスアップの高揚感を一緒に追求したふたりが、コレクション、そしてスタイルを作る過程の一部始終を語る。
(右)CHRISTIAN LACROIX 1951年、南仏・アルル生まれ。ジャン・パトゥを経て’87年にパリでオートクチュールを、その後プレタポルテをスタート。並行してエミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクターを務めた後、2009年にファッション界から退く。
(左)DRIES VAN NOTEN 1958年、ベルギー・アントワープ生まれ。王立芸術アカデミーでファッションを学び、’86年にブランド設立。’91年〜メンズ、’93年〜ウィメンズのコレクションをパリで発表。2014年にはパリ装飾美術館で「インスピレーションズ展」を発表。
自由な発想で、クリスチャンをアトリエに招いたドリス
2019年9月25日、パリ・ファッションウィーク3日目は、予期せぬ出来事で沸き立った。ドリスヴァンノッテンのショーのフィナーレに、ドリスと並んでかのクチュリエ、クリスチャン・ラクロワが登場。ふたりが一緒にこのコレクションを作り上げたというサプライズが、ショーの前日、直前、最中とヒントの数を増やした末、最後に公表されたのだ。
言うまでもなく、ベルギー・アントワープ出身のドリスによるスタイルは、アートや映画からフォークロアまでの幅広いインスピレーションを見事に折衷した、独特のミックス&マッチ。一方クリスチャンは南仏・アルルのルーツ色濃く、ファンタジーあふれるオートクチュールで80年代末〜90年代に一時代を築いた、フランスを代表するクチュリエ。1990年に発表された彼の香水「C'est la vie!(セ・ラ・ヴィ!)」は“これぞ人生!”を意味するネーミングからその香り、ボトル、パッケージのすべてで時代のオプティミズムを象徴した。その約20年後に自身によるメゾンをクローズして以来、彼は室内装飾やバレエのコスチュームなどのプロジェクトを重ね、2012年にスキャパレリの復刻に当たってワンショットのコレクションを手がけた以外は、ファッションのサイクルから離れている。
北のロマンティシズムと、南の情熱。そのふたつの出会いは、ドリスによる“ジョイ”つまり楽しみへの渇望から始まった。2019ー’20年秋冬コレクションを発表したばかりの3月初旬、彼が次のコレクションについて考え始めたときのこと。何か面白いことをしたい、大胆で華やかなファッションで、ドレスアップする楽しみを提案したいと思ったドリス。考えを巡らすうちに、それは彼のファッション・デザイナーとしてのキャリアの初期、80年代末〜90年代初頭のワクワクとした気持ちだったことに気づく。メディア戦略やセレブ効果といった雑音に惑わされず、ファッションが、純粋に完成度の高い服が、面白かった時代。それを象徴するのは、ほかでもないオートクチュール。その第一人者はそう、遊びのあるデザインを揺るぎのないテクニックで作り上げたクリスチャン・ラクロワだ!
そこで、彼を招いて一緒にひとつのコレクションを作るという奇想天外なアイデアを思いついたドリスはクリスチャンの連絡先を調べ、電話をかけた。ドリスの色使いが大好きで自身も彼のニットをよく着ていると言うクリスチャンは、二つ返事で承諾。21世紀もすでに20年目に入った今、ファッションではすべてのことが成された感があったけれど、まだまだ未知の可能性があったのだ。
最初のフィッティングで開かれた、創造性への鍵
ファッションの楽しみ方に、ルールはない。ルックに加えて、このコレクションでショーの楽しさを最大限に引き出したのは、秘密の解き明かし。彼らはまるで子どもたちがプレゼントを隠すようにして、トリックを仕掛けた。まずは、知る人にはすぐにそれとわかる独特の筆跡を持つクリスチャンがショーのインビテーションを書く手もとをビデオに収め、ドリスのインスタグラムに投稿。そしてオペラ・バスティーユの誰も見たことがなかった倉庫に設えたショー会場の座席には赤いバラの花、ドリスのイメージとは結びつかないドラマティックな赤い花を。かつてクリスチャン・ラクロワのショーでは、席に置かれた赤いカーネーションをゲスト全員がランウェイに投げて幕を閉じるのが常だった。しかしなぜカーネーションではなくバラなのか? そのタネ明かしは、後に譲ろう。とにかくこれらのヒントから、ショーのゲストの中にはクリスチャンの存在に感づいていた人もいたものの、フィナーレというオチで、やっと全員が理解したわけだ。
ショーの翌日、ドリスのオフィスにふたりを訪ねる。この半年間を振り返り、彼らの想いは、このコレクションのキー・ルックに及んだ。最初のパリでのミーティングでまずはドリスがクリスチャンに生地のスワッチやインスピレーション・ビジュアルを見せたのに続いて、クリスチャンはアントワープに足を運び始めた。そしていよいよ、最初のフィッティングでのこと。「スウェット風のトップスはタイガープリントのフォー・ファー。ボリュームのあるスカートはプラスチック・ボトルをリサイクルして作られたダッチェス・サテン。その生地にはリボンがプリントされている。私がシルエットを探っていたところ、クリスチャンは服に手を入れる代わりにひとつの羽根を、そしてまたもうひとつの羽根を頭に加えた。そしたら信じられないことに、ルックが完成! 彼のしぐさにも目を見張ったね。ちょっとしたことで、クリスチャンは創造性の鍵を開けてくれたんだ。これをきっかけに、私はコレクション作りに新しい取り組みができるようになった」。ドリスは当日のエキサイティングなシーンを描写して、こう語ってくれた。
一方刺激を受けたのは、ドリスだけではない。クリスチャン側にも、新しい発見があった。「ドリスは自身のアトリエとは別に、パリのクチュール専門のアトリエが必要かもしれないと考えていた。でも彼が選んだ生地では、クチュールでは必須の“支えとなる構造”、たとえばクラン(張り感を出すための馬のたてがみ)がなくてもいい。それだけで形ができ上がる生地を選んでいるし、第一彼のデザインはプロポーションが素晴らしい。つまりクチュールに見えるけどシンプルで、モダン。僕たちのボキャブラリーは、こうしてフィッティングを通じてでき上がっていったんだ。実際にあまり言葉は交わさなかったけどね」。こう笑うクリスチャンに、ドリスは同感を示す。「とにかくとても波長が合った。言葉を必要としない説明。しぐさや目配せは、どんな長い会話よりも効果的だ」
’20年春夏ドリス ヴァン ノッテンのランウェイ。
1 フューシャピンクは最もラクロワ的な色のひとつ
2 映画『バリー・リンドン』を着想源としたファースト・ルック
3 マリエとともにフィナーレに姿を現したドリスとクリスチャン
4 ドリスらしい花のプリント
5 最初にフィッティングをしたルック
新しい共同作業の形、対話という名のマリアージュ
ところで羽根は、このショーの演出において、大切な脇役。その由来は映画『バリー・リンドン』(スタンリー・キューブリック監督、’75)にある。マリサ・ベレンソン演じるリンドン夫人のコスチュームを飾っていたのが、大きなオーストリッチの羽根なのだ。ドリスは続ける。「コレクションのインスピレーションと言えど、映画のストレートな解釈はしたくなかった。表現したかったのは、リンドン夫人のメランコリックなムード」。ちなみに映画のポスターでは、主人公バリー・リンドンの足もとを示すモノクロのイラストに、唯一色を使った要素として赤いバラが描かれている。実は前述のカーネーションとバラのすり替えは、これがレファレンスだったのだ。
『バリー・リンドン』の主題に使われているシューベルト作曲のアンダンテを奏でるピアノの生演奏でショーが幕を開けると、ファースト・ルックは黒のミリタリー・ジャケット。これも、色やディテールは異なるものの、バリー・リンドンが着ていた軍服の再解釈だ。2ルック以降はモノクロームのルックを挟みつつ、マトンスリーブやポルカドット、ラッフル・スカート、マタドール風ジャケット、赤と黒の組み合わせといったクリスチャンのシグネチャー的要素、そしてドリスの自宅の庭を想起させる大輪の花のジャカードやプリント、ドリスが得意とするルーズ・シルエットのロングドレスやマスキュリン・アイテムなどが次々と続く。クチュール色が強いルックは、白のタンクトップやパンツでトーンダウン。「ふたりのビジョンと創造性はうまい具合に融合したね。クリスチャンだけでもドリスだけでもないコレクション。ルックによっては彼のスパイスがきいたものもあれば、自分の作風が強いものもあるけれど」と、ドリス。ショーが純白のマリエで幕を閉じたのは、従来のオートクチュールのショーを思わせる。ドリスによれば、彼らの仕事こそが、対話、意見交換を通じての真の“マリアージュ”だったとか。
「“コラボレーション”じゃない。この言葉は昨今ではマーケティングやプロダクツにつながるからね」。すると横からクリスチャンが「これはあくまでドリスのコレクションだよ。僕は映画制作のうえでの歴史考証アドバイザーみたいなもの」と絶妙なタイミングで口を挟む。「ただし、アドバイザーは、大切な存在だ」と、笑いながら。まるで長年の親友同士のようなふたりは、“パートナー・イン・クライム”(直訳すると“共犯者”。あうんの呼吸で物事を、特にちょっとしたいたずらを一緒にこなすふたり)という表現がぴったりだ。「共同コレクションは一度限りだけど、とにかくこの仕事は楽しかった。刺激になったね。でも一番の成果は、クリスチャンとのフレンドシップ」。と、ドリスは満足げだ。「かつてのオートクチュールの顧客たちは写真に撮られるためではなく、自分の好みに忠実にドレスを選び、純粋に楽しむために着飾っていた」と言うクリスチャンの言葉も耳に残る。“ドレスアップする楽しみの再発見”というドリスの目的は、力強く達成できたようだ。
SOURCE:SPUR 2020年3月号「ドリスとラクロワが出会うとき」
photography: Kiyoe Ozawa styling: Tamao Iida hair: ASASHI make-up: NOBUKO MAEKAWA〈Perle〉 model: Alyssa edit: Kaori Watanabe interview & text: Minako Norimatsu