自他ともに認める熱狂的な服好きで、“ファッション・ファンダム”に住まう人、橋本愛。先行き不透明なこんな時代だからこそ、心のケアにその癒やし力を取り入れたい。泣きたいとき、怒りが湧いたとき、服はあなたの精神にどう作用するだろう? 橋本愛がまとい、考えた。
ありのままの自分に帰れる服
ライトキルティングダウンをインに施したトラぺーズラインのフローラルドレス。デイジーの花をちりばめたチュールをふわりと重ねた。「生命力のある、血の通った服が好きなんです。ここまで運ばれてくる間にどれだけ手をかけられてきたかが想像できるような。大好きなデザイナーが作るドレスに包まれて、インナーのダウンもふわふわで気持ちよくて。自分の心に近い服という感じがします」(橋本)
誰かに会いに行きたくなる服
カシミヤ素材のノーカラーコート、ドレス、ヘッドスカーフ、ストールのオールピンク!「大胆で、自分のギアを上げてくれる服ですね。人と会うのって気を張るし体力がいるから、自分を守る服とも言えるかな。おしゃれな友人と会うときに着ていきたいな。彼女と会うときは、身につけているものを延々褒め合ってます(笑)。たまに地元の友人に、『目立ちたくないならもっと派手じゃない格好で来たら』と言われるのですが、見られたくないけど、見られちゃう服が好きだから仕方ないんです(笑)」
怒りをパワーに変える服
テーマは90年代のブルジョア。ラテックスのパンツにタータンチェックのボウタイブラウス、同柄のビッグシルエットなジャケットを合わせ、エナジェティックな着こなしに。「このスタイリング、すごい挑戦でした! いい意味で自分が自分じゃないみたいな、強い者になったかのような錯覚が起こります。これを利用すれば怒りも力に変えられるし、会える人、やれることが増える気がします」
泣きたいときにまとう服
シルク混モヘアのケープ型ドレスは、サイドのショール部分を首元に回したり、垂らしたりと着こなしの自由度が高い。裾に入ったラインがアクセントに。「水色がすごくきれいですよね。ブランケットのような感触が心地よくて、撮影中思わず眠ってしまいそうになりました。悲しいとき、私の場合は気持ちを無理に切り替えようとはしません。ダメなときはダメだから、そのままでいいと思う。そういうときには、安らげる場所を求めますよね。この服には安心感があって、服そのものがシェルターのようでした」。
自分最高!と思える服
フリルつきカラーのブラウスには、バンビのモチーフが刺しゅうされて。千鳥格子柄のショート丈ジャケットとティアードスカートを合わせてゴシックに。厳かながらも甘やかさが薫るスタイルは、幼き頃を想起させる。「最高でしたね。白い襟もグローブもレースもロングスカートも、全部が大好物。デザイナーのアレッサンドロ・ミケーレは、服に込めるエネルギーが前向きで重厚。きっと世界の真理に何度も触れている人なんでしょうね。まとうとゾワゾワ〜と高揚感が生まれる、『鎧』になる服」
日常でできる心の癒やし方
インスタグラムのライブ配信でファンから寄せられた質問に答えた橋本愛さん。独特の着眼点から発する言葉はやさしく、悩める人に寄り添う回答が話題となった。精神科医Tomy先生はクリニックで診察に当たる傍ら、あらゆる悩みを軽くするコツをツイートし、多くの支持を集める。そんな二人に、心を楽にする考え方について話を聞いた。
魂マウンティングで悪意をかわす
――今日は現代多くの人が抱える悩みへの対処法をお話しいただきます。まずはストレスとの上手な向き合い方を。
Tomy 漠然とストレスを抱えてしまうと、「なんかつらい!」とパニックになってしまうんです。まずはストレスの正体を解き明かすべく、具体化していきましょう。何に一番困っているかを順に分解していって、最も強い要因に対処する。すると、絡みついていたほかの要素もスーッと解きほぐれて楽になっていくことが多いんです。
橋本 私は自分ではどうしようもないようなつらい出来事が起きたら、悲しみのピークまで行かせます。泣きたいなら泣いて、ダウンタイムが過ぎるのを待つ。コントロールしないことでコントロールするというのかな。
Tomy 確かに怒りや悲しみといった激しい感情には必ずピークがあるので、時間の経過に頼るのは有効です。怒っているときは誰にも会わず何もしないと決める。お茶を飲んだりしながら過ごすとだんだん収まってきます。それでもまだ怒りが残っているなら、そこではじめて対処すればいいのです。
――仕事場における人間関係―上司のパワハラや同僚の些細な嫌み、マウンティングなどに悩む人も多いですね。
橋本 上司でも、私の場合たとえば監督でも、どんなに立場が違う人も全員同じ人間だと思って接しています。ただそんな中でも「魂レベル」は人それぞれ違うと思っていて。この人、役職は高くないかもしれないけど、魂の位が高い! という具合に。逆にどんなに偉い人でも、ひどい対応をされたらひそかに私のほうが魂レベルが上だな、と考えます。私は悪口も嫌みも言わないしマウンティングもしないから。心の中で魂マウントは取りますが(笑)。
Tomy 仕事の人間関係で悩む患者さんによく言うのが、上司は仕事場にしかいないということ。嫌な上司もさすがに家にまではついてこない。そして仕事をする場所には、「言いつける場所」があります。逃げ道はあるんです。
――自分を好きになれない、自己肯定感が低いという悩みもよく聞きます。
橋本 そもそも自分のことを好きになろうとしなくてもいいと思うんです。目の前の好きなことに集中する時間は好きでも、それをする自分自身についてどう思うかは考えない。自分を好きって粗い言葉ですよね。もっと解像度を高めて、何をしているときの自分がよくて、どういう状態の自分が嫌なのか、というところは考えてもいいのかな。土台としての自分が好きかどうかって考える必要あるのでしょうか?
Tomy 必要ないかもしれません。自分を好きになろうとしすぎると苦しくなる。よく僕は「犬になった気持ちで」と表現しますが、犬は将来を不安視したり自分を好きかで悩んだりしませんよね。犬になれないときは、余計なことを考える暇を脳に与えている状態だから、その暇を除いてあげたらいい。自分をゼロにして、起点にして世界を見る。あそこに楽しそうな場所があるから行ってみようというように、自身に矢印を向けないようにするんです。
理由のない「好き」こそ最大のセラピー
橋本 私も自分が悩んでつらかったときに映画館に通って励まされた経験があります。あの頃は信頼できる人がいなくて、美術館や映画館など「場所」に頼るほかなかった。場所はものを言わないし、味方でも敵でもないからほっとできたんです。そして私にとっての最大の心の支えは服。服は、精神につながっている気がして。自分がその服を好きな理由って言語化できないんですよ。細かく細かく自分の人生で積み重ねてきた何かが、それを可愛いと思う今の私を形成した。なぜこの服がよくて、反対になぜときめかないかには明確な理由がない。説明できないからこそ、服と接している時間は素直な感性のままいられるんです。
Tomy その、「理由がない好きなこと」って実はものすごいセラピーですよね。問題は好きなことがないという人。そういう人には「質問に対して好き、嫌いをなるべく考えずに即答してください」とお伝えして、どんどん答えを積み上げていく。するとその人の好きが自ずと導き出せるんです。
――SNSで他者との比較が容易な時代。「楽しそうな友人がうらやましい」と、劣等感を持つ人も多いですね。
Tomy それも、自分の考えが暇になってしまっているときにもたらされる感情ですよね。SNS上でうらやましく見える友人は、実は楽しそうな画面を作るのが上手な人というだけで、幸せとは限らないですよ。それにうらやましいと思いだすと、何をどれだけ満たされてもキリがない。上には上がいるから、一生終わらないんです。他人の生活に思いを馳せるという思想自体を切り替えて、自分の一日の計画を立ててみるといいんです。今日はどう過ごそう。海でも行ってみようか、やっぱり昼寝しようかなって。
橋本 人と比較してしまうことは私もあります。でもそういうときって、たいていは体調が悪いとき。よく寝て食べて、太陽の光を浴びればおおかたの劣等感は薄まっていきます。それでも抜け出せないときは、自分の声が聞こえていないのかも。昔からの習慣なのですが、悩んだり迷ったりしたときは自分の中の「本音」に質問します。たとえば「おーい本音、この服は何点でこっちの服は何点?」。すると「Aは80点、Bは90点」って返ってくるんです。
Tomy 面白いですね。悩んでいるときの気持ちって実は本来の思考ではなくて、その日の体調などによってたまたま「思わされている」ことが多い。特にネガティブな感情ほど染みつきやすいから、早く寝て取っちゃうほうがいい。本音さんも深刻な状況ではすぐに登場させず、一晩寝てから聞いてみたほうがいいってことないですか?
橋本 その方がよりクリアになるかも。
Tomy みんな、頭でなんとかしようとしすぎていますが、もうちょっと気持ちを素直に見て。そういう意味では「書き出す」というのも効果的です。
橋本 書くって魔法ですよね。日記をつけていたとき思ったのは、書いているとその日の本音が頭を通さずそのまま出てくるんですよ。書きながらびっくりします。今日は荒れてるな、今日は落ち着いているというようにその人格は日によってちょっとずつ違う。本音さんに聞くのが難しいなら、書くことから始めてみるといいかも。
Tomy 書くという行為にはカウンセリングみたいな効果があります。まず自分の行動や考え方を書き出して、あ、私こんなこと考えてるんだ、おかしいじゃん! と客観的に眺めて気づき、直す。これは認知の歪みを治しているのと一緒で、書くことで認知行動療法と同じようなことができるんです。
――最後に、日本はまだまだメンタルクリニックに行くのをためらう風潮があると思います。どういったタイミングで行くのがいいのでしょう。
Tomy 日常生活が保てなくなったらですね。まずは睡眠。だいたい寝不足の翌日はぐっすり眠れますよね。でも眠れない日が三日、四日、一週間と続いたら受診を検討してみても。次は食欲。食べられなくなってきて体重も減り、どんどん力がなくなってきたら注意。ためらう人も多いですが、粘ることはなくて、むしろ早く行ったほうが回復も早いパターンが多いです。一回行っておけば、本当に大変な状況になったときに再訪しやすくなります。安心料と思って行くのもいいと思いますよ。
女優。1996年熊本県出身。2010年に映画『Give and Go』でデビュー。その後多くの作品に出演。日本テレビ10月期ドラマ「35歳の少女」、2021年NHK大河ドラマ「青天を衝け」を控える。SPUR.JPにて「橋本愛の武装MODE」連載中。
ドレス¥64,000・靴¥41,000/コム デ ギャルソン(トリコ・コム デ ギャルソン) ソックス/スタイリスト私物
精神科医 Tomy
精神保健指定医、日本精神神経学会専門医。精神科病院勤務を経て、現在はクリニックに常勤。ツイッター「ゲイの精神科医Tomy」(@PdoctorTomy)での投稿が話題に。新著に『精神科医Tomyが教える1秒で悩みが吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)。
イラスト:©カツヤマケイコ
SOURCE:SPUR 2020年11月号「精神に寄り添う服」
model: Ai Hashimoto photography: Yuichiro Noda styling: Tamao Iida hair & make-up: Hiroko Ishikawa head prop: Shizuka Aoki