コロナ禍を生きる私たちにデザイナーが次々提示したのは軽やかさを備えたバルーンシルエットのドレス。袖を通し大きなボリュームに包まれれば深い安心感が生まれる。春の空気に運ばれてゆっくり浮遊する……。「風の時代」が幕を開けた今、そんな風景を想像してみよう。
花にも蝶にもなれる
トモ・コイズミをゲストデザイナーに迎えたカプセルコレクション。プッチのアーカイブテキスタイル「Vetrate」の色彩から着想を得て、幾重ものチュールからなる花のようなドレスが生まれた。蝶を思わせるシルエットが愛らしい。揃いのサンダルで軽やかに宙を舞う。
晴れた日のダンス
新時代のリトルブラックドレスは美の概念を刷新する形を選びたい。ティアード状にシャーリング加工を施し、凹凸ある独特のシェイプに仕上げた。所々に中綿としてチュールを内包させ、ボリュームを演出。ふんわりと膨らんだ袋状のベルトは、装着する位置に応じて新たなシルエットをもたらす。
家をまとう安心感
もしも服が、着る人に穏やかな安心を与える住居として変化したら? そんな発想から生まれたドレス。シルクリネン生地の間にクッション用ビーズを注ぎ込み、柔軟性のあるボリュームを表現した。座ったり立ったりするたびビーズが揺れ、シルエットは無限に変化する。トワルドジュイ風のテキスタイルも美しい。
自分を守ること、自由であること
先シーズン、ピンクで作ったドレスに春夏バージョンが登場。フロントにボウがついた白いコットンツィードのドレス。そこに、建築の骨組みに使われる資材を用いて作られたクリノリン型のケージをまとう。可憐ななかにも凛とした強さと安心感を漂わせるルックだ。
ボリュームのある「浮遊服」はなぜ今、頻出しているのか?
不安や恐れが蔓延しているとき人々は服に夢を見たくなる
コロナ禍を経た社会に対して、ファッションデザイナーが初めて本格的にクリエーションを示すシーズンとなった2021年春夏。大きなボリュームをたたえたドレスや19世紀にスカートを膨らませる骨組みとして流行したクリノリンを思わせるピースが見受けられた。他者との距離を保つ性質を持つクリノリンが、ソーシャル・ディスタンシング時代の今復活するのは理に適ったことに思える。この潮流をより深く読み解くべく、ファッションと社会の関わりに詳しい幾田桃子さんに話を聞いた。
「クリノリンは、姿勢の悪さや体型の欠点を隠し体を美しく見せるために重宝されていましたが、一番の目的は階級の顕示でした。開発されて以降どんどん大きさを増していったため、クリノリンは着せつけてくれる使用人と、広い部屋があってこそ身につけることができるものに。即ち貴族が一般市民と自分たちを区分けし、大げさなシルエットで神格化させることに寄与していたのです。そうして民衆からの反発やデモを避ける狙いがありました。今これが復活してきた背景には、コロナ禍における社会不安、混乱から自分を守りたいという人々の気持ちが影響していると思います」
バルーンスリーブの服や、チュールや中綿を内包した大胆なボリュームのシルエットの服も多い。
「不安や恐れが現実社会に蔓延しているとき、人は痛みを受け止めることができず、現実から目を背けたくなるものです。ファッションはこういった社会の気分に非常に敏感。ボリュームは、逃避先の非現実の象徴ではないでしょうか。人間の体の形を自由に変形させ、まとうことで手軽にファンタジーを運んでくれるのです」
ただ、今シーズンのドレスは19世紀の貴族がまとっていたような重量感のあるタイプではなく、あくまでもふんわりとした軽やかさを備えている。
「しばらくトレンドとして続いている動きやすさ、機能性、着心地のよさへの需要が前提にあるからでしょうね。以前から求められてきた快活に過ごせる服に、ファンタジーの要素が融合し、『浮遊服』というトレンドが生まれたんだと思います」
奇しくも幾田さん自身が22020-’21年秋冬に「MOMOKO CHIJIMATSU」でクリノリンを彷彿させるピンクのドレスを一足早く発表していた。このユニークなデザインはどんな背景から生まれたのだろう。
「ロックダウンが長引くなか、家庭内でのDV被害、性被害が世界中で急増しています。実はこのドレスは、そういった被害を受けた方の心のケアができる服を、という思いを込めて作ったんです。20年前から、性被害撲滅のために必要なことはなんだろうとずっと考えてきて。まず子どもの頃からのしっかりとした性教育と、被害者のケア、そして社会への問題提起の3つが大切であるという結論に至りました」
教育面においては、幾田さんは2013年に産婦人科医の対馬ルリ子さんと性教育の本を作り、それをもとに東京の10代の女子生徒、男子生徒に向けて性教育の授業を継続して行なっている。被害者のケアという面では、女性を対象としたシェルター・シェアハウスを提供する「Colabo」と連携する計画を立てているという。
「ファッションが担うことができる部分としては、心のケアと問題提起。たまたま読んだこの記事が、家庭内の性被害が今現実に起きていることを知るきっかけになってほしいし、「Colabo」が運営する避難場所があることを少しでも多くの人に伝えたい。このドレスはクリノリンのようなケージに覆われていますが、鳥かごと違って跳ねたり走ったり自分の足で動き回ることができます。守ってくれる場所はちゃんとあって、同時に自由でもあるということを、服を通して伝えたかった。実際お客さまから、『このドレスを見て深い安心感に包まれた』という感想をいただきました」
服は、まとう人はもちろん、着た姿を見る人に対しても影響を与える。「浮遊服」は、不安な気持ちから自身を守るとともに、周りの人への小さな癒やしになりえるのだ。
Momoko Ikuta
実業家、芸術家、教育者、アクティビスト。南カリフォルニア大学で政治学を専攻。ファッションを通じて社会問題の解決を目指すことをモットーに、幅広く活動。卒業後、ブランド「ル・シャルム・ドゥ・フィーフィー・エ・ファーファー」をスタート。2003年に南青山に同名の店舗を構える。2020年に夫の千々松由貴氏とともにブランド「MOMOKO CHIJIMATSU」を立ち上げた。
バルーンスリーブにエネルギーをたくして
定番のシャツドレスも、風の時代を生きる私たちは一味違うものをセレクトしたい。「シェイプ、シルエット、ボリューム、必要最低限の美しさのみを残し本質をむき出しにした」というサラ・バートンによるアレキサンダー・マックイーンの春夏コレクション。ハリのあるコットンポプリンのドレスは、シャーリングによってエネルギッシュなバルーンスリーブに仕立てられている。ウエストは高めの位置でベルトマークし、そこからエレガントにフレアシルエットを描く。新しさとクラシックが見事に融合。
悲しみよ、空へ
黒いパイピングを施したチュールフリルが、全身を腕ごとすっぽりと包み込むシュガーピンクのドレス。そこに重ねた袖なしのポンチョ風ジャケットは、白いチューブをエステルオーガンジーでくるんだ「糸」を編み込み作られている。砂糖菓子のようなやわらかいピンクに覆われた瞬間、不安や悲しみはひとときだけ空へと飛んでいく。
SOURCE:SPUR 2021年4月号「軽やかなボリュームに守られる 浮遊服」
photography: Bungo Tsuchiya〈TRON〉 styling: Tomoko Iijima hair: HORI〈bNm〉 make-up: Kie Kiyohara〈beauty direction〉 model: Viktoriia