4本の白いステッチ、「タビ」シューズ、真っ白な世界、解体再構築の手法……一見してメゾン マルジェラだとわかるけど、どんな意味が込められているのか知っている? 歴史や哲学を学んで、もっと好きになろう
メゾンの哲学を知る
1988年の設立以来、数々のアイコンを生み出してきたメゾン マルジェラ。それらに宿るDNAとは?
ブランドのはじまり
1988年、ベルギー出身のマルタン・マルジェラがパリでブランドを設立。メゾン マルタン マルジェラと冠し2009年までデザイナーを務める。’14年、ジョン・ガリアーノがクリエイティブ・ディレクターに。翌年ブランド名をメゾン マルジェラに改名した。’15年初の「アーティザナル」コレクション(オートクチュールに相当)、’18年にウィメンズとメンズの「デフィレ」(プレタポルテ)を統合した初の「Co-Ed」コレクションを発表。現在に至るまでジェンダー・フリュイードの概念を進化させている。写真はパリ本社。かつては修道院で、のちに工業デザイン学校として使用されていた歴史的建造物を改装した。
匿名性とは?
プロダクトがメゾンのすべてを表現するというポリシーのもと、スターデザイナーが前面に出るファッション界の慣習とは一線を画す匿名性。「メゾン」そのものが人格化され、主語は「私」ではなくチームを示す「私たち」を使用する。ランウェイでモデルが目を隠したり、顔を覆ったりする表現も、匿名性を表す一環。
スタッフが白衣を着る意味
スタッフのユニフォームである白衣は、メゾンに属していることを示すシンボル。階級を拒絶し、誰がどの役割を果たしているのかを曖昧にする匿名性の表現でもある。同時に、白衣を身につけてオートクチュールを手がける職人、クチュリエへの敬意と、クチュールメゾンとしてのルーツを表している。
4本の白いステッチが表すもの
白いラベルを仮留めした4本の白いステッチは、当初は後から取られることを意図していたが、今では遠くから見ても一瞬でブランドを判明できる象徴に。
コレクションはどうつながっている?
オートクチュールに相当する「アーティザナル」は、メゾンのクリエーションの頂点に位置し、ここでジョン・ガリアーノによって提起される概念、テクニック、アイデアがメゾンの全コレクションへと派生。ピラミッド型のクリエーションプロセスを実践している。「アーティザナル」で示されるハウスコードは、プレタポルテである「Co-Ed」(男女共通)、プレコレクションに相当する「アヴァン・プルミエール」、さらにシューズやバッグに濾過されていく。
ナンバリングシステムとは?
メゾンの各ラインは番号で区分されており、0から23までの数字が刻印されたラベルにはアイテムが属するラインの番号が〇で囲まれている。2021年、ジョン・ガリアーノによって、白い無地のラベルが男女共通を意味する「Co-Ed」と再定義された。さらにライン4と14は「アイコンズ」として新定義され、ジェンダーレスでタイムレスなワードローブとして進化する。
ライン0 「アーティザナル」コレクション
白い無地のラベル 「Co-Ed」コレクション
ライン1 ウィメンズのためのコレクション
ライン3 フレグランス・コレクション
ライン4 ウィメンズのための「アイコンズ」
ライン8 アイウェア・コレクション
ライン10 メンズのためのコレクション
ライン11 アクセサリーのコレクション
ライン14 メンズのための「アイコンズ」
ライン22 シューズのコレクション
番号のないライン 「レプリカ」
番号のないライン 「レチクラ」
「タビ」シューズの歴史
日本の足袋に着想を得た「タビ」シューズは、1989年春夏コレクションのプレゼンテーションで初めて登場。おなじみの円柱ヒールのショートブーツのほか、バレエシューズやローファー、スニーカーなど、毎シーズン素材やデザインが加わり、ジェンダーレスシューズとして進化している。2017-’18年秋冬より本格的にメンズコレクションがスタートし、男性のヒールブーツ人気に火をつけた。
「レプリカ」というコンセプト
時代を超えた普遍性を見いだすべく1994年にスタートしたカプセルコレクション。世界中から集めたヴィンテージの服やシューズなどを忠実に再現して現代的に再解釈し、ラベルには元の生産国、機能、年代を記載している。2012年には本コレクションに着想を得たフレグランスラインもスタート。日常生活におけるシーンや記憶を香りで再現している。
新しいボキャブラリー「レチクラ」
「レプリカ」のコンセプトを拡大し、ジョン・ガリアーノが世界中から探し出したヴィンテージピースを修復・復元、あるいは製造過程で生まれた余剰の革や布を再利用してアップサイクルされたカプセルコレクション。元となったピースの原産国と年代、アイテム名を示すラベルがつけられている。サステイナビリティへの関心の高まりから生み出され、2020-’21年秋冬「デフィレ」Co-Edコレクションでお披露目された。
ハウスコードを知る
ハウスコードとは、ジョン・ガリアーノが提起するメゾンの創造的精神を体現した技術やアイデアの数々。2021-’22年秋冬「アヴァン・プルミエール」コレクションからその定義を読み解いてみよう
the Memory of...【メモリー・オブ】
ひとつのアイテムの中に異なるピースの一部分をトロンプルイユのように融合させ、その機能やストーリーの記憶を呼び起こして新たな価値を見いだすこと。スポーツウェアを思わせるシルエットのジャケットには、ワークウェアに用いられる実用的なウールのポケットが。
Work in Progress【ワーク・イン・プログレス】
「アーティザナル」のプロセスと技術を喚起させる「作業中」の意味を持つアイデア。服づくりの途中で一瞬フリーズしたようなディテールが施される。トワルを思わせる生成の上にボルドーを重ねたニットは、切りっぱなしになっていたり、しつけ糸でラフに縫いつけられたりしていて、メゾンのクラフツマンシップを再認識させる。
Anonymity of the lining【アノニミティ・オブ・ライニング】
ライニングという内側の要素を匿名化し、デザインや機能として第二の用途を見いだす手法。2016年春夏「デフィレ」コレクションでデビューしたアイコンバッグ「5AC」(インターネット上のアルファベット表記法に着想を得て、フランス語でバッグを意味する「sac」を符号化して名付けられた)にもその考え方が。引き出したライニングがフラップポケットとなり、内側の白いステッチとラベルが現れる。
Décortiqué【デコルティケ】
2017年春夏「アーティザナル」コレクションで初めて提起された、「殻を取る・皮をむく」を意味するワードから命名されたカットテクニック。衣服の本質的な輪郭だけを残して解体し、本来隠されているライニングや構造をあらわにする。スリップドレスのボトムは背面の表地が丸くカットされ、内側の大胆なドレープが露出する。
クリエーションの最新形を知る
2021-’22年秋冬「アヴァン・プルミエール」のテーマは「マルジェラのための新ユニフォーム」。 メゾンのコードが具現化された最新コレクションをチェック
学校の制服、ミリタリーウェア、作業着など、あらゆるジャンルの普遍的なユニフォームが「マルジェラのための新ユニフォーム」というコンセプトを通して、個性的なジェンダーレスピースとして生まれ変わる。落ち着いたトーンのチェック柄の素材はイギリスのパブリックスクールの制服から着想を得たもの。「メモリー・オブ」の手法を採用し、コートの袖や背面にはワークウェアの記憶を呼び起こす切りっぱなしのポケットのディテールが。「アノニミティ・オブ・ライニング」に則った左のドレスは、スカートの内側を表に出し、ライニングがデザインとして昇華している。どのアイテムもジェンダーを問わず着用が可能。
マルジェラを愛する人の声を聞く
スタイルを持つ人々に支持されるメゾン マルジェラ。愛用者たちに、マルジェラとの出合い、身につけ方、思いを聞いた
村上虹郎さん(俳優)
父に借りたカーディガンが、初めて着たマルジェラの服
マルジェラのことを知ったのは、俳優を始めたのをきっかけに父、村上淳さんの家に数年間住んでいた頃。「親父はレコードやギターはきれいに保管していたのに、洋服は乱雑に山積みにしていて。そこから適当にピックして着ていたら、周囲から『それ〇〇やん』と指摘されて、いろいろなブランド名を知るようになりました。ある日同じように何げなく手に取ったカーディガンを借りて母親(UAさん)に会ったら、『あんたマルジェラ着てんの。(10代でそんなオシャンなもんを生意気に)』と(笑)」。のちに古着屋で買ったのも、左写真のメゾン マルタン マルジェラ時代のカーディガン。「黒と白の絶妙な配色のバランスや、裏返しにしたようなデザインが気に入りました。それに着心地がよくて暖かい。寒い時期のレイヤードにも重宝しています」。ここ数年はモノトーンがしっくりくるようになっていて、今の気分にも合うそう。「メゾン マルジェラにはマイルドとパンクを併せ持ったモダンアート的な感覚があると思います」
Profile
むらかみ にじろう●1997年東京都生まれ。2014年、河瀨直美監督の映画『2つ目の窓』で主演し俳優デビュー。’21年後期の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)ではヒロインの同級生役を務める。8月9 日から大パルコ人④マジロックオペラ『愛が世界を救います(ただし屁が出ます)』へ出演。出演映画の公開も多数控えている。
山本マナさん(スタイリスト)
大事な場面で身につけて気分の変化を楽しむ
「駆け出しの頃からアーティスティックなビジュアルづくりに注目していて、いつか着られる人になりたい」と憧れていたと語る山本さん。数年前初めてパリコレクションへ行き、生でショーや展示会を体験したのがきっかけで、手に取るように。以来、袖がカットされたオーバーサイズのジャケット、パテントの「グラム スラム」バッグ、メタリックピンクの「タビ」ブーツと徐々にワードローブにメゾン マルジェラが増えていった。「ちょっとクセのある質感やデザインなら私にも着られるかな、と思うようになりました。トラックスーツやオーバーオールなど、私が好きなアイテムにも意外となじむんです。ジョン・ガリアーノが手がけるようになってから取り入れやすくなりましたよね」。とはいえ、普段使いというよりは、大事なときに身につけるブランド。「買うときも、緊張感を持ってちゃんと悩みます。その感覚もすごく好きなんです。自分のいつものスタイルをキープしながら、ひとつ取り入れるだけで変化を楽しめます」
Profile
やまもと まな●北海道出身。ポップで大胆な発想のスタイリングを持ち味とし、モード誌や広告などさまざまな分野で活躍。昨年ウェブ上で架空のギャラリー「SNÖ」(http://www.sno.gallery/)を開設し、独自の表現を発信している。
SOURCE:SPUR 2021年8月号「今さら聞けない歴史と最新を深掘り! 改めて『メゾン マルジェラ』学」
photography: Kazuhiro Fujita styling: Mana Yamamoto hair & make-up: Shinya Kawamura 〈mod’s hair〉 model: Senping, Matt text: Itoi Kuriyama