ライジングデザイナーの想いに迫る 日本ファッションの新たな鼓動

作る楽しさ、着てもらう幸せを感じつつ、クリエーションに向き合う次世代デザイナーたち。共通するのは物作りへの真摯な姿勢と、オルタナティブでユニークな活動内容。読者へのメッセージとともに、それぞれの現在地にフォーカスする

 

ロマンティックなものが好きな自分を解放してエネルギーを形にしたかった
田中大資( tanakadaisuke デザイナー ) × 橋本 愛( 俳優 )

ショーで着用したドレスを橋本さんが再びまとう。田中さんはフィッティングの際の彼女の反応やしぐさから発想し、装飾前のドレスにリボンやビーズ刺しゅうを施していった。

ドレス¥396,000・中に着たメッシュインナー¥47,300・グローブ(参考商品)・ステッキ¥121,000/パッチワークス(タナカ ダイスケ)

Daisuke Tanaka
大阪文化服装学院卒業後、国内コレクションブランドを経て独立。衣装制作や刺しゅう作家として活動。2021年に自身のブランド「tanakadaisuke」を立ち上げる。今春東京コレクションに初参加し、2022-’23年秋冬の新作を発表。

Ai Hashimoto
1996年生まれ、熊本県出身。2010年、映画『告白』の演技で注目される。出演作は映画『桐島、部活やめるってよ』(’12)、『ここは退屈迎えに来て』(’18)など多数。現在放送中の水曜ドラマ「家庭教師のトラコ」(日本テレビ)に主演。

クリエイター同士の信頼感が通い合う。
(橋本さん)ジャケット¥94,600・中に着たシャツ¥94,600・パンツ¥74,800・(田中さん)シャツ¥69,300/パッチワークス(タナカ ダイスケ) パンツ/本人私物

 

着る人に合わせた服作り。だから無限に生み出せる

 2021年にブランドをスタートさせた田中大資さんは、今春初めてのランウェイショーを行なった。そのトリを飾ったのがブランドのファンだった橋本愛さん。話を聞いてみたいとずっと願っていた二人の相思相愛対談が実現した。
橋本 田中さんの服を知ったのはスタイリストの高山エリさんのインスタグラムで。載っていたドレスを見て、「なんだ、この可愛いものは!」と一気に引き込まれました。
田中 初展示会を開いたときの服で、スタイリングを高山さんにお願いしたんです。橋本さんに最初に仕事で着てもらったのは、テレビ番組用にと、スタイリストの清水奈緒美さんがススキの刺しゅうのドレスを借りてくださったとき。
橋本 私が清水さんにおすすめしたんです。田中さんのインスタグラムをフォローしてよく見ていたのですが、そのうち私のことを言及してくださるようになって「知られている?」と(笑)。
田中 随分前からフォローしていました。
橋本 田中さんは一番好きなものを作ってくれるデザイナー。私はロマンティックでドリーミーで少女性のあるものに惹かれるのですが、その気持ちをグッチやセシリー バンセン、シモーネ ロシャの服で満たしていました。ところが田中さんの服に出合ったら、なぜ私の好きなものを全部知っているのだろうと思うくらい、運命的なつながりを感じ、虜になってしまって。
田中 ショーのドレスは、フィッティングでアトリエに来られたときに何を見てどこをさわるのかを観察して、そこから橋本さんに寄せていきました。紫が似合うから、絶対どこかに入れたいと考えていて、あとは白と黒、そして金も。間違ったら趣味が悪くなりそうだけれど、橋本さんなら攻めた色使いでも着こなしてくれる信頼があったので、ギリギリを攻めました。
橋本 紫は自分では選ばない色。魔力のある色だから、似合うと言ってもらえてうれしいです。今回のショーは、最初フロントローに招待されたのに、自分が着たくなって出演したいとお願いしました。とにかく田中さんの服が着てみたかったし、ショーピースを着られる機会は貴重なので。本格的なランウェイは初めてでしたが、ショーの世界観が作り込まれている現場を体感することで、デザイナーの表現したいものにより近づけた気がしました。現場での田中さんの佇まいを見て、本当に純粋にものを作る人、やっぱり私の好きな服を作る人だと思いました。
田中 ランウェイショーだとモデルの顔がわかるので、最終デザインを変えたものもいくつかあります。自分が言いたいこと以上に、着る人本人が生かされているのが大事だから。
橋本 服のデザインは言ってしまえば着る人は問わないものだと思っていたのですが、田中さんは服の先に人がいる作り方をしている。だからたくさんのものを生み出せるのかなと。
田中 ありがとうございます。最初に自分が作る服はこれだと思い、「浪漫について」というテーマで自分の浪漫を表現しました。
橋本 田中さんの浪漫というのは?
田中 幼い頃に「美少女戦士セーラームーン」のアニメを姉と見入っていました。でもあるときから、「自分は男だし」と、意識して「ウルトラマン」を見始めたものの興味が持てず。親からの押しつけがあったわけではなく、自分で勝手にバランスを取っていました。そうした抑圧を解放したのが今作。「こういうのが好きだった」と自分で言う必要があったし、「みんなも好きだったよね」というエネルギーを形にしたかった。
橋本 田中さんの服は生きる力に満ちあふれています。男になりたいとずっと思っていた私が、女性である自分を肯定できる唯一の手段が服でした。多彩な服を楽しんでいる人を見て、こんなに多くの選択肢があるなら私も、と思ったことで、生きている自分を祝福できた時期があって。それでファッションにのめり込み、救われた気がします。でも自分では服を作れないし、他者との出会いでしか満たされない。だから田中さんやアレッサンドロ・ミケーレ、セシリーの服でこの先も生きていこうと思います。

小さい頃に憧れていた夢の世界やドラマティックな気持ちを思い出して、という想いが込められたショー。ロマンティシズムがビーズ刺しゅうなどで表現されている。基本的に受注生産
田中さんの想いが伝わる直筆のメッセージ。"ロマンティック"を形にしたステッキとともに

 

ファッションと手芸の世界をもっと融合させたい
村上亮太( pillingsデザイナー )

定番のセーターに使用する花のモチーフがすごいスピードで形になっていく。レオパードの編み針はアトリエK’sKのオリジナル

ランウェイは理想。
ピアノは社会(現実)のメタファーとして
ショー会場に配置しました。
向き合って配置された「理想」と「現実」の間で、
葛藤しながら生きていく人間の愛おしさを
コレクションで表現しました。

もしもピアノが弾けたなら、
もっとうまく生きられるのかもしれませんが
僕は、不器用さに人間らしい魅力を感じます。

コレクションを見てくれた人が、
ピアノを自分の何かと置き換えて
想像していただけたらとてもうれしく思います。

pillings
村上亮太

 

凄腕ニットクリエイターと次世代デザイナーのコンビ

 神戸の住宅街にある一軒家。ここは村上亮太さんがニット制作を依頼しているアトリエK’sKの工房兼教室だ。主宰のニットクリエイター、岡本啓子さんは、手芸雑誌や書籍にデザインや作品を提供し、指導者として全国の編み物教室に大勢の生徒を持ち、糸の製作販売も手がける手芸界では知られた存在。打ち合わせや制作状況の確認は、忙しい岡本さんがここにいるタイミングを図り、村上さんが東京から来神して進めている。奥の部屋には長テーブルが置かれ、その周りでニッターたちが黙々と編んでいる背後から、岡本さんがアドバイスを送る。教室といっても、それぞれ異なるキャリアの人が、時間内に入れ代わり立ち代わりやってきて、作品を編んだり仕事をしたり。つまり、初心者も村上さんの商品を編むニッターも、等しくこのテーブルを囲んでいるのだ。
 村上さんが岡本さんと協業を始めたのは約3年前。出会いは共通の知り合いの紹介だった。
「岡本先生は発想も技術もすごい」「村上くんはユニーク。そのうち海外へ進出すると思う」と、お互いをリスペクトする二人。当初は、村上さんがデザインとともに指示書を渡していたけれど、指示書どおりよりもアイデアを擦り合わせながら進めるほうがいいものに仕上がるとわかり、今では村上さんのデザインと岡本さんやニッターのアイデアとが融合した形になっている。秋冬コレクションに登場した花のニットは、かぎ針編みで編んだ花のモチーフをそのままつけるのではなく、メリヤス編みのセーターに花びらを食い込ませ、しかもダメージ風に穴を開けながら編んでいる。ビビッドな発想とテクニックが合わさった唯一無二の一枚だ。
 母親が編み物の先生だった岡本さんは、幼い頃から毛糸が身近にあり手芸が好きだった。小学生でマフラーに挑戦すると、編み目はガタガタだったけれど、祖母が端にポンポンをつけてくれたら「可愛くなるやん」とうれしかったという。結婚や出産を経て、自分が編んだものを子どもに着せていたら評判になり、それがニットクリエイターとしてのスタートになった。
 村上さんは「ニットは布帛と違って一から自分で作れるのがいいですよね。特に手編みは技術の前に作りたい気持ちが勝るもの。自由度が高く、僕には合っている」。小学生のときに母親が趣味で編んだセーターを着ていていじめられたのがショックで、みんなと同じ服を着たいと考えた。周囲を観察し、おしゃれな人のまねをし始めたところ、褒められたのを契機に、服に興味を持つようになった。編んだ子どもの服を褒められた岡本さんと、母親が編んだ服をけなされた村上さん。両極端な経験をした二人のコンビネーションはいい即興性があり、ニットの可能性を大きく広げる予感がしてくる。
「『ここのがっこう』で自分らしさとは何かと問われ、自分にとってオリジナルで可能性があるのは、あの母親のニットだと気づいた。ブランドを始めようとしたときに、下手だけど息子に着せたい、という熱い思いだけで成立するような服を作りたかったんですが、自分では作為が感じられて無理でした。そこで母親とデビューしたんです。2019年秋冬から制作はK’sKで行なっていますが、大変失礼ながらニッターさんの失敗を狙っているときもあります。その失敗から作為的ではない意外な発想が生まれ、いい仕上がりになることもあると思うんです」
 2020年には岡本さんとニットスクールのアミットを設立。手芸とファッションの垣根を超えた新しいニットを生む土壌を整えている。
「編み物の世界は高齢化が進んでいます。手芸がファッションと融合すれば若い人も興味を向けやすいし、若い編み手は発想が個性的でハマってくれる。作る面白さに目覚めてほしいです」

1 ある日のアトリエ。いい頃合いでおやつの時間が入り、納期が近づくとみんなで食事を作り食べることもある
2 (右)アランセーターにインターシャで迷子のロバが描かれている。同じ糸でつけ襟も。
ニット¥217,800・つけ襟¥61,600・(左)枯れたチューリップ柄が刺しゅう糸のインターシャで編み込まれて。¥217,800
3 蟻の行列セーターはかぎ針編みで編まれている。穴から描かれているのはpillingsのp。¥85,800/pillings
4 モチーフの食い込ませ方を説明する岡本さん。右は村上さん

(右)2022-’23年秋冬コレクションのテーマは「社会と私」。すべてアランセーターをベースにしている。天井のピアノは社会のメタファー
(下右)定番のクロシェモチーフを拡大
(下左)花のモチーフを食い込ませながら編んだニット

Profile
Ryota Murakami
上田安子服飾専門学校卒業後、山縣良和運営の「ここのがっこう」で学ぶ。リトゥンアフターワーズのアシスタントを経て独立。2014年に母とともにRYOTAMURAKAMIをスタート。2020年にpillingsに改名、ニットクリエイターの岡本啓子とアミットを設立。

 

よそ行きの着物を普段着るデニムへとアップデート
砂川卓也( mister it.デザイナー )

1 中古着物は白系、金糸銀糸、その他と主に色分けされて届く。色や品質を均一化させるため3箱からバランスよく着物を取り出し、カット機に数回かける
2 バラバラになったシルク生地をさらに反毛機にかけて綿状にしていく
3 グレーが着物の再生繊維。これに白いバージン綿を混ぜて強度を調節。加える割合は作るアイテムで変化し、デニムは強度を高くするためバージン綿を多めに混ぜる
4・5 長さあたりの重さを揃え精紡機にかけて完成

 

サステイナブルな糸で作る新時代のデニムアイテム

「ちょうどコロナ禍の最中に、糸を使ってもらえませんか?と誘いを受けました。ミスターイットのコンセプトである『身近なオートクチュール』という考え方に共感してもらったんです。現代ではオートクチュールのように仕立て、特別なときしか着ないものになった着物。それを普段着として身につけられる形に変えて提案したい、と考えて3型のデニムアイテムを制作しました」。デザイナーの砂川卓也さんが2022—’23 年秋冬コレクションで発表したデニムアイテムは、柔らかくしなやかな肌ざわりのシャツ、サイドに切り替えの入ったフレア状のパンツ、バックスタイルに大きな横スリットの入ったワンピースと、3型ともプレイフルなデザイン。しかし最も大きな特徴は糸にあった。使用しているのは中古着物の買い取りを行なっているバイセルと、繊維メーカーのクラボウが共同企画した〝サイシルク〟という糸。シミがついていたり日焼けで変色したりして着られなくなった中古着物を、シルクの綿状に戻して糸にした、サステイナブルな再生素材なのだ。
 実際に糸作りをしているのは、愛知県安城市のクラボウ安城工場。社内で最大規模を誇り、敷地には昭和8年建造の建物のそばに最新の棟が建つ。まずここにバイセルから、色や柄、金糸銀糸の有無などに分けた中古着物が届く。それを、端切れや裁断くずを再生させる、独自のアップサイクルシステム〝ループラス〟を使ってシルク混の再生糸へ生まれ変わらせる。
「バイセルとの共同企画は約1年間準備して、中古着物を〝サイシルク〟にすることに成功しました。もともとシルクは繊維が長く、何度も裁断する必要があって反毛(綿状)にするのが難しいんです。次に、試行錯誤の末にできたこの糸を使って商品を作ってもらいたいと考えて、私たちのサステイナブルな思想に共感してくれるデザイナーを探したところ、共通の知り合いから砂川さんを紹介されました。実験的なチャレンジで品質の不安もあるなか、砂川さんには根気よく取り組んでもらい、話し合いながら進められたことはとても有意義な時間だったと思います」とクラボウの田中啓之さん。
〝サイシルク〟はコットンやリヨセル(木材で作られた再生繊維)などほかの素材を合わせることも可能で、今回のシャツとワンピースも砂川さんの希望で、サイシルク30%、リヨセル70%の糸でできた新しい生地で作られている。パンツは横糸に〝サイシルク〟を使い、縦糸にはインディゴ、または黒に染めたコットン糸を使用。糸の太さもパンツは7番手、シャツとワンピースは20番手と変えている。砂川さんは「デニムラインはこれから定番化したくてWednesdayと名付けました。毎シーズン、時代に合ったものを作ってアップデートしていくつもりです」。

読者の皆さま
はじめまして。デザイナーの砂川です。
初めてブランドのデニムラインを作り
名前をWednesdayと名付けました。
週の真ん中のど平日に
このデニムを着てくれる人が
増えると僕はうれしいです。

mister it.
砂川卓也

(右上から時計回りに)サイドの切り替えの上にロゴラベルを配したのは、脚を組んだときに自然と目立つことを狙った。パンツ¥43,450
取りはずし可能なリングを数カ所のホールに通すとドレープができる。着物のたすき掛けからの発想。
シャツ¥39,050
リングの人型チャームはメゾン マルジェラ勤務時代の同僚から着想した。
ワンピース¥59,950/ミスターイット

Profile
Takuya Isagawa
エスモードパリを卒業。2012年メゾン マルジェラに入社し、メインコレクション、オートクチュールのデザインチームに参加する。2018年よりmister it.のコレクションを発表。

SOURCE:SPUR 2022年9月号「ライジングデザイナーの想いに迫る 日本ファッションの新たな鼓動」
photography: TOKI (p.112, p.113 portrait), Takashi Ehara (p.114〜p.117) styling: Naomi Shimizu (p.112, p.113 portrait) hair & make-up: Hiroko Ishikawa 〈eek〉 model: Ai Hashimoto edit: Akane Watanuki

FEATURE
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