政治やカルチャー、すべて新しく生まれ変わった60年代。若者は社会の制約を打ち壊し、ロンドンの街は自由な空気に満ちていた。混沌とした今の時代こそ、彼らの姿は私たちを勇気づける。そんな"スウィンギング・ロンドン"の精神を、2023年にアップデートする。
映画と展覧会がやってくる! 今ふたたび、マリー・クワント
ドキュメンタリー映画の監督を務めたサディ・フロストの肉声とともに、彼女のクリエーションと時代背景を考える。
Interview with Sadie Frost
マリーは社会的な制約をなくそうとしたし、
まさにそういう時代に出てきた人
60年代マリー・クワントの精神が現代に蘇る
若者たちが親たちの生き方、古い価値観を揺るがし、次々に新たなカルチャーを生んだスウィンギング・ロンドン。その爆発の真ん中にいた女性デザイナー、マリー・クワントを再評価し、ワクワクするようなドキュメンタリーに仕立てたのは、なんと俳優でファッショニスタのサディ・フロストだった。しかもこの映画は彼女の監督デビュー作になる。
「きっかけは知り合いの製作会社に誘われたこと。私自身戸惑って、『どこから始めよう?』と思ったくらいです。でも、とにかくリサーチに着手して、ドキュメンタリーのコースで勉強して。そのうち、自分にはこの映画を作るスキルがあるんじゃないか、って。それに、私はマリー・クワントを理解していると思った。繊細なバランスというか、ひとりの人を慎重に描く必要を感じました。だから徹底的に調べて、分析して、そのうえでフェミニンで美しい映画を作ろうと思ったの」
コロナ禍もあり、マリー本人へのインタビューはかなわなかったが、構成を考え抜き、ケイト・モスら知人からも証言を集め、再現映像を加えた。前半では特に60年代ロンドンの記録映像が楽しめる。若者がコーヒーバーに集まり、踊りに出かけ、バンドが観客の服を真似て……そんな磁場からマリー・クワントとミニスカートが飛び出してくるのだ。
「マリーは社会的な制約をなくそうとしたし、まさにそういう時代に出てきた人。彼女はアートスクールで夫となるアレキサンダーと出会い、上流階級出身の彼が彼女の着想源になった。男性的な服を女性のために作ったり。女性も走ってバスに乗れるようにしたい、という想いも芽生えたり。そういう全部がベビー・ステップ、小さな一歩となって、社会における女性像を変えていったんです。同時に性革命も起きて、避妊ピルが流通すると、みんながミニスカートをはき始めた。いろんなことが連動することで、ムーヴメントが生まれるんだと思います。政治的な動き、ファッションや写真、全部がばちんとハマって、変化を起こして。私はあの時代そのもの、そこから出てきたカルチャーに魅了されているんです。次はモデルのツイッギーのドキュメンタリーを撮る予定」
本作はあの時代を振り返って、マリーが男性社会で企業を経営したことや彼女のワークライフバランスなど、現代的な視点から検証しているところも興味深い。
「突然時代の寵児になって、巨大な影響力を持つようになって。でも難しいのは迎合せずに、常に時代に先駆けること。ビジネス面にも注意を払わなければならないし。彼女は本当に偉業をやり遂げたと思います。夫の病気やつらいことを乗り越え、自分を再定義し、社会のシステムに挑んだんです。40年、50年前に彼女がやっていたことは今でも意味がある。日本ではずっと人気なのよね?」
マリー・クワントによる「セクシー」の解釈が人気の秘密だと思う、と答えると、サディ自身が80年代、日本に滞在した体験について語ってくれた。
「マリー・クワントの服ってキュートでアンドロジナスだから、そこが日本の感覚にアピールするんじゃないかな。私は16歳の頃、2カ月日本にいました。モデルとして雑誌の仕事で引っ張りだこになって!まだ子どもっぽくて、黒髪のボブカットで、中性的な感じが気に入られた。私が好きなピースは“バナナ・スプリット・ドレス”。可愛くてアンドロジナスで、体を包み込むのにセクシーでしょう。展覧会を見るとわかるけど、どれも今でも着たくなる服なんです。タイツや靴もコンビネーションになってて」
サディから見て、マリー・クワントが残した最大のレガシーは何なのだろう。
「女性に自信を与えたこと。自分を表現し、解放するための自信ね。マリーは女性が自由になるムーヴメントを始めました。彼女がいなかったら、ほかの人がやったかもしれない。でも彼女があの時代、あそこにいて、当事者になった。それが以後何十年も社会全体に波及したの。真に女性を解放した人だと思うんです」
Sadie Frost
1965年ロンドン生まれ。俳優として『ドラキュラ』(’92)などの映画、舞台に出演。プロデューサーとしては数々の映画を製作、自身のファッションブランドも立ち上げた。ジュード・ロウとの間に生まれた娘、アイリス・ロウとともに日本を再訪したいそう。
『マリー・クワント スウィンギング・ロンドンの伝説』
1960年代ロンドン。マリー・クワントが作り、ツイッギーがはくミニスカートは若者たちの革命=ユースクエイクの象徴に。その時代背景と、彼女の人物像を鮮やかに描くドキュメンタリー。(11月26日公開)
Exhibition その軌跡を追いかける
2019年、ロンドンのV&A(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)にて催された展覧会が、日本に初上陸。1955年に25歳という若さでオープンしたブティック「バザー」から60〜70年代にかけて大きなうねりを巻き起こしたマリー・クワントの軌跡を、6章立てでたどる仕立てに。約100点の衣服と、雑誌や写真など貴重な資料からは、当時の若者たちの熱狂がうかがえるよう。「誰にでも手が届くおしゃれな服を作ること、それがファッションの使命」と語った彼女の言葉の通り、広く深く熱狂を生んだミニドレスやタイツなど、象徴的なルックも数多くラインナップ。
(右)ベストとスカートを組み合わせた「コール・ヒーバー(石炭担ぎ)」を着るセリア・ハモンド(写真左)とジーン・シュリンプトン
© Ronald Dumont/Daily Express/Hulton Archive/Getty Images
(左)マリー・クワントと、ヘアスタイリングを担当していたヴィダル・サスーン(1964年)
photograph by John French © John French / Victoria and Albert Museum, London
『マリー・クワント展』
「スウィンギング・ロンドン」を牽引したマリー・クワントの日本初の回顧展。2023年1月29日まで、Bunkamura ザ・ミュージアムにて開催。
開:(月〜木・日)10時〜18時 ※最終入館17時30分 (金・土)〜21時 ※最終入館20時30分 休:12月6日、2023年1月1日