YouTubeとPodcastで配信されている「ゆる言語学ラジオ」。身近な「ことば」を入り口にしながら、縦横無尽に繰り広げられる知の応酬と奥深さに、"沼"にハマっていくファンが後を絶たない。今回はそんな人気チャンネル監修のもと、言語学的なアプローチでモードなビジュアル表現に挑戦。語源や発音、文法理論まで、いつもとは違った角度からファッションを考えてみよう
このチャンネルの本質は、「ゆる抽象化同じ構造探しラジオ」?
——「ゆる言語学ラジオ」、なぜこんなにはやったのかと問われたら、どう答えますか。
堀元見(以下、堀元) 今の世の中、おしゃべりをお笑い芸人的文脈に振るか、専門家が滔々と話すほうに振るかの二択になりがち。そのどちらでもないポジションだったからかもしれません。
水野太貴(以下、水野) 知識量でいえば、上位互換といえる人はいると思っています。インテリがインテリっぽく話す番組はたくさんあるんですが、そうならないようにしています。
堀元 みんな、賢く見られようとしちゃうんですよね。
水野 僕、言語学に限っていえば、役に立つ話をまったくしたくないんです。「明日からすぐ役に立つような知識」が最も嫌いで、むしろ、「役に立たない」を標榜していきたい。そこが、いわゆるYouTubeの教養コンテンツとの大きな違いかもしれません。
——そもそものきっかけは、堀元さんが水野さんを食事に誘ったことだったそうで。
堀元 月一くらいのペースで、Twitterを使って、「誰かおごってくれませんか?」とツイートする習慣があったんです。そこで出会ったのが水野で、断トツ波長が合いました。
水野 彼の書いた記事をすべて読んだ状態で、彼に受けそうな話を複数用意していきました。
堀元 覚えているのは「半島=ペニンシュラ」と「男性器=ペニス」の語源が一緒だという話で盛り上がったこと。しかも、お礼のメッセージとともに、「厳密には間違っていて、正しくはこうでした。失礼しました」と添えられていた。一緒にPodcastをやったら面白そうだなと考えたんです。
——この放送回からリスナーがついてきたと感じられる回はありましたか。
堀元 「象は鼻が長い」、この文の主語は象なのか鼻なのかという話をした第10回ですね。1カ月で30万回以上再生されたんです。
水野 これぞまさに「明日から役に立たない」。
——お二人のラジオを聴いていると、言葉遣いのタイプが違うのがいいですよね。あくまでもたとえですが、堀元さんがナイフで刺すタイプで、水野さんが周囲をセメントで固めて動けなくするタイプ、というか。
水野 そうかもしれませんね。物理学や科学、宇宙の知識について語るPodcastって結構あるんです。だからこそ、外堀を埋めるような話し方をするのかも。でも、言葉はあまりなかった。誰もがある表現が自然か不自然か判断できるのに、その理屈だけわからない状態だったんです。ところで、一部の言語学者や日本語学者って、これまで「正しい日本語」という虚構の存在を宣伝して回っていた節があります。ですが今主流の言語学者からすると、それは、御法度と言われる作法です。言語学者はあまり規範を作ってはいけないし、とりわけ言語学を自然科学として捉えたい人たちには違和感があったんです。
堀元 たとえば「ら抜き」言葉って、体系として正しいんです。正しいというか、きれいというか。
水野 あれは整合性のある体系だよねと、肯定的に捉えたいんです。
——堀元さんの著書を読むと、口が悪いですよね。自分は長年、皮肉ってもっと可能性のあるものだと考えてきたんですが、堀元さんの言葉遣いにその可能性を感じます。でも、いわゆる「論破」みたいなところと、どう距離を取るかが難しいですよね。
堀元 そうですね。だから、僕がひろゆきさんにならないために心がけているのは、「僕は何も知らない」ということを一生懸命アピールしているんです。
水野 わかりやすさを標榜しているだけにならないようにしないといけません。勉強してみたけどわかりませんでしたと肯定的に言っていきたい。窪薗晴夫先生という言語学者が「30歳を過ぎた頃に、知識が増えるにつれて疑問も倍増することに気がつきました」と書いています。
堀元 僕と水野の共通点としてあるのが、アナロジーを探すのがめっちゃ好きというものです。「抽象化したときに同じ構造になっているものって何だろう」と探すのが好きなんです。
——お二人のラジオ、全部それっちゃそれですよね。
堀元 そうです、「ゆる抽象化同じ構造探しラジオ」。ここに来るまで、シンガーソングライター・majikoさんの「さよならミッドナイト」という曲を聴いていたんですが、「古池や蛙飛びこむ水の音」と一緒だなと思ったんです。「テーブルの上に缶ビールとコンドーム」という歌い出しで始まるんですけど、この描写すごいなって。六畳のワンルームに住んで、ベッドが壁沿いにあって、ダイニングテーブルにも作業スペースにもなる低いテーブルがあるはず。これをわずかな言葉で伝えている。あっ、俳句と同じ圧縮率じゃん、と。「古池や〜」のすごさは、静けさを一言も描写せずに伝えているところですが、「さよならミッドナイト」もまったく同じなんです。こういうのをライフワークとしてやっています。
——お二人はさまざまな本を紹介していますが、ほかの本の紹介コンテンツの中で一番面白くないと思うのは、ビジネス雑誌の「社長が愛読する本」特集です。なぜって、その本を紹介したいんじゃなくて、オレの体の中にある経営哲学を伝えたいだけだから。
堀元 めちゃくちゃわかります。
——お二人のラジオはそういう本の使い方に対する、ラディカルな作法だなと。
水野 確かに。カッコつけようと思って本を紹介してないもんね。
——カッコつけるのってめちゃくちゃ簡単ですからね。
堀元 めっちゃ簡単です。
水野 何でも教訓にしちゃう病。損をしたくないっていう。
堀元 抽象化する能力があれば、そんなこと起こらないんですよ。
——これから取り上げていきたいテーマはありますか。
水野 大きく分けると三つです。一つが存在詞。「いる・ある・おる」、これが何なのか。そして、21世紀を代表する言語学者のノーム・チョムスキーが提唱した「生成文法」、あともう一つは、「言語は思考にどこまで影響するのか」という問いです。
——ファッション誌の言葉にも突っ込み続けてほしいです。「透け感」「抜け感」みたいな言葉って、最初は結構適当だったと思うんで。
水野 たとえば、「春らしいニットを身にまとって」みたいな文章は、ファッション誌でしか見ない文体ですが、こういった「言いさし」についてもちゃんと研究があるんです。
堀元 僕、定型化されたエモいミュージックビデオが好きじゃないんです。錆びたベランダで干されている洗濯物をバックにタバコ吸っとけばいいと思っているでしょ、「頭使った? それ」って。もっと頭を使いたい。
水野 感情を先取りされたくない。主導権はこっちに欲しい。本当は違うのに、似た容器があるから、収まったように見えるだけじゃないか……そうやって考え続けたいんです。
インタビュー・文:武田砂鉄
[この特集内の参考文献・資料]
『基本の色彩語: 普遍性と進化について』ブレント・バーリン、ポール・ケイ著/日髙杏子訳(法政大学出版局) 『アクセントの法則』窪薗晴夫著(岩波書店)
『象は鼻が長い』三上章著(くろしお出版)
『象は鼻が長い』入門—日本語学の父三上章』庵 功雄著(くろしお出版)
『象は鼻が長い』の謎-日本語学者が100年戦う一大ミステリー」
ゆる言語学ラジオ https://youtu.be/yzTqAU_kiKM
『DICTIONARY of WORD ORIGINS』John Ayto著(Arcade Publishing; Reprint版)
『言いさし文の研究』白川 博之著(くろしお出版)
『モードの迷宮』鷲田清一著(ちくま学芸文庫)
「ゆる言語学ラジオ」「ゆるく楽しく言語の話をするラジオ」として2021年よりYouTube、Podcastにて配信スタート。さまざまな角度から解説するのは言語学を専門に学んだ、名古屋大学文学部卒の水野太貴さん(写真右)。主に聞き手を務めるのは、堀元見さん(左)。慶應義塾大学理工学部卒、専門は情報工学。著書に『教養悪口本』(光文社)などがある。
SOURCE:SPUR 2022年8月号「ゆるモード言語学」
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