コトバから衣服にズームイン! ゆるモード言語学

YouTubeとPodcastで配信されている「ゆる言語学ラジオ」。身近な「ことば」を入り口にしながら、縦横無尽に繰り広げられる知の応酬と奥深さに、"沼"にハマっていくファンが後を絶たない。今回はそんな人気チャンネル監修のもと、言語学的なアプローチでモードなビジュアル表現に挑戦。語源や発音、文法理論まで、いつもとは違った角度からファッションを考えてみよう

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はじまりは白と黒、そして赤

世界の言語の基本的な色彩語を整理すると、その発展には「おおむね一般法則がある」という。フィールドワークを通しこの法則を発見したのは、文化人類学者のブレント・バーリンとポール・ケイ。色彩を表す言語の発生第一段階としては、「白色と黒色」が登場する。ニューギニアの高山地帯の民族の言語であるジャレ語や、ピラミッド=ウルドゥー語、ローワーバレー=ウルドゥー語などに見られた現象だ。そしてその次に登場する色は、「赤」。ナイジェリアのティヴ語や、パプアニューギニアのナシオイ語などにも見られる。血や炎、果実が熟したときの色など、最も原初的な本能が反映されているのかもしれない。この「すべての民族の言語には白と黒が必ず存在し、次に現れるのは赤」というルールは、普遍的なものなのだ。

白と黒の美学を体現してきたガブリエル・シャネルは、洗練されたエレガンスを生み出し続けた。端正なシャツとジャケット、パンツが形づくるミニマルな世界にインクを垂らすように、赤に染まった唇がぱっと映える。
ブラウス¥475,200・ジャケット¥652,300・ケープ¥334,400・パンツ¥319,000・靴¥169,400/シャネル

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なぜボンデージをボンテージと呼んでしまうのだろう?

やまとことばでは「ガ行・ザ行・ダ行・バ行」にあたる濁音の連続が珍しい。そのため、「ボンデージ(bondage)」のような濁音続きの語を、日本語話者は無意識に「ボンテージ」と清音化してしまうのだ。日常会話でバッグのことをバック、ビッグのことをビックと発音してしまうのも同じである。ベンジャミン・スミス・ライマンによって発見された、有名なライマンの法則もこの習性を裏づける。これは、「すでに濁音を含む語を連ねる場合、連濁が起こらない」というルールで、たとえば「かつお+ふし=かつおぶし」と「ふ」が濁音に変化するのに対して、「まっこう+くじら=まっこうくじら」と「く」音が変わらないのは、後半の語句にすでに濁音が含まれているから。このように、日本語では避けられがちな音にまつわる法則から類推して、ボンデージのことをついボンテージと発音してしまうのだと考えられる。

ハードなボンデージベルト調のビスチェで、テイストの相反する柔らかなドレスを引き締める。その内にはフェティッシュなストッキングを。音が変化する清濁の二面性が、レイヤリングとも共鳴する。
ドレス¥467,500・ビスチェ¥106,700・アンダーウェア(ブラ・ショーツのセットで販売)¥132,000・ストッキング¥23,100・サンダル¥143,000/グッチ ジャパン(グッチ)

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主語はどこにある?

「このジャケットは袖が長い」の主語は「このジャケット」か、「袖」か? 実は同じ構造で、日本語学者がおよそ100年間論争し続けている、とある特別な文がある。「象は鼻が長い」だ。この文章をタイトルにした本を出版し、"主語廃止論"を唱えたのは、高校の数学教師であった三上章。彼はこの問題の本質は「は」にあるという。彼が言うところ、まず「は」は主語ではなく、主題(トピック)。「象は=象について言えば」と言い換えられ、大きな題目を提示する役割を担っている。さらに「は」で立てられたトピックはその後の文章に大きく、広く係る。時には文章をまたいでも、その効力は持続する(例:「象は鼻が長い。灰色で、耳も大きく……」)。「は」の役割はほかにもあり、たとえばこの文章を「象の鼻が長い(こと)」と言い換えてみよう。出現した「の」の役割はそもそも「は」が果たしていたと三上は主張する。「は」は助詞「が」「の」「に」「を」を兼務するのだ。このように、最大の論点に対するひとつのアンサーとして提唱されたのは、「主語はない」という革新的な論。主語と述語があるヨーロッパ言語に日本語文法を当てはめるのではなく、すでに存在する日本語に則して、独自の理論で日本語を捉え直そうとしたのだ。

袖が長く、オーバーサイズで仕立てられたジャケットは、バレンシアガらしい脱構築の精神を感じさせる。そのムードは全体に波及し、同じツイル素材のパンツの上からスカートも重ねて、ミニマルなトーンにひねりをひとさじプラスする。
ジャケット¥221,100・スカート¥128,700・パンツ(参考商品)/バレンシアガ クライアントサービス(バレンシアガ)

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SHIRTとSKIRTの祖先は同じ?

実はシャツとスカートの語源は「SHORT」だと知っているだろうか? よく見ると綴りも似ている。シャツそのものの起源は古代ローマのチュニックで、ほぼワンピースのような着丈。またスカートも歴史的には今よりもっと長く、女性の社会進出や情勢に伴ってミニ丈が登場するのは20世紀に入ってから。ただ「短い布」であった本来の言葉の意味に立ち返るなら、実は「短いシャツとスカート」こそが語源を正しいあり方で表現しているのかもしれない。ちなみに「SHORT」という言葉を遡ると、インド・ヨーロッパ語族由来の語基「sker-(切る)」や、ゲルマン語の「skurtaz(短い)」が挙げられ、シャツとスカート丈がたどるデザインの変遷も思わせる。

ミュウミュウが2022年春夏シーズンから提案する、短いシャツとスカートは言葉の原型に忠実ともいえる。プレフォールではそのスタイルを更新し、プレッピーな襟元のラインをきかせた。
シャツ¥137,500・スカート¥156,200・アンダーウェア¥35,200・ベルト¥63,800・ピアス¥44,000・ソックス¥28,600・靴¥149,600(すべて予定価格)/ミュウミュウ クライアントサービス(ミュウミュウ)

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想像の翼を広げる、"言いさし表現"

SPURでもよく見られる「自由奔放に羽ばたいて」「全身で体現して」「コートをふわりと羽織って」という接続助詞「て」で終わる文章。その解釈として浮上するひとつの説に、「言いさし」がある。普通であれば「羽織って、(心地いい)」など、最後まで言い切らなければならないところをなぜあえて省略するのだろう? 言いさし文の研究で知られる日本語学者の白川博之は、「テ形節による言いさしは、感嘆の意味を持つことがある」という。その説明では、主節に相当する部分(「羽織って、心地いい」)は、言語化されたときには情報的には無価値である。それをあえて言わず、文法的には不完全な表現を選択することによって、影の意味として余情が暗示されるのだ、と。

哲学者の鷲田清一は、体へのまなざしを遮るものとして衣服を考える。「想像力は隠れているものへと向かうように見えながら、実は隠されているということを発火点として、隠されているものの彼方をめがけているようなのだ」。つまり体を、そしてある文章の一部分を"見えなくする"ことによって、それが想像力の資本として機能するのだ、ともいえる。

ふわっとしたシルクモヘアのダブルフェイスニットが体を暖かく、やさしく覆う。巻き方のアレンジが自在なトップスで、ダイナミックな輪郭を与えて。薄手のヴェールの向こう側に、カンマヒールが特徴のポインテッドブーツもうっすらと透けている。
セーター¥511,500・スカート¥327,800・ピアス¥99,000・ブーツ¥173,800/ジルサンダージャパン(ジル サンダー バイ ルーシー アンド ルーク・メイヤー)

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Interview with Yuru Gengogaku Radio
「明日すぐに役に立たない」ことを考え続ける

今回の特集で異例のコラボレーションを果たした「ゆる言語学ラジオ」。YouTubeではチャンネル登録者数14万人(※6月1日現在)を突破し、2021年度のJAPAN PODCAST AWARDSではリスナーズ・チョイスも獲得。その根底にある思想や、面白さの"本質"とは何なのか?ラジオを運営する堀元見さんと水野太貴さんに、ライター・武田砂鉄さんが聞く

このチャンネルの本質は、「ゆる抽象化同じ構造探しラジオ」?

——「ゆる言語学ラジオ」、なぜこんなにはやったのかと問われたら、どう答えますか。

堀元見(以下、堀元) 今の世の中、おしゃべりをお笑い芸人的文脈に振るか、専門家が滔々と話すほうに振るかの二択になりがち。そのどちらでもないポジションだったからかもしれません。

水野太貴(以下、水野) 知識量でいえば、上位互換といえる人はいると思っています。インテリがインテリっぽく話す番組はたくさんあるんですが、そうならないようにしています。

堀元 みんな、賢く見られようとしちゃうんですよね。

水野 僕、言語学に限っていえば、役に立つ話をまったくしたくないんです。「明日からすぐ役に立つような知識」が最も嫌いで、むしろ、「役に立たない」を標榜していきたい。そこが、いわゆるYouTubeの教養コンテンツとの大きな違いかもしれません。

——そもそものきっかけは、堀元さんが水野さんを食事に誘ったことだったそうで。

堀元 月一くらいのペースで、Twitterを使って、「誰かおごってくれませんか?」とツイートする習慣があったんです。そこで出会ったのが水野で、断トツ波長が合いました。

水野 彼の書いた記事をすべて読んだ状態で、彼に受けそうな話を複数用意していきました。

堀元 覚えているのは「半島=ペニンシュラ」と「男性器=ペニス」の語源が一緒だという話で盛り上がったこと。しかも、お礼のメッセージとともに、「厳密には間違っていて、正しくはこうでした。失礼しました」と添えられていた。一緒にPodcastをやったら面白そうだなと考えたんです。

——この放送回からリスナーがついてきたと感じられる回はありましたか。

堀元 「象は鼻が長い」、この文の主語は象なのか鼻なのかという話をした第10回ですね。1カ月で30万回以上再生されたんです。

水野 これぞまさに「明日から役に立たない」。

——お二人のラジオを聴いていると、言葉遣いのタイプが違うのがいいですよね。あくまでもたとえですが、堀元さんがナイフで刺すタイプで、水野さんが周囲をセメントで固めて動けなくするタイプ、というか。

水野 そうかもしれませんね。物理学や科学、宇宙の知識について語るPodcastって結構あるんです。だからこそ、外堀を埋めるような話し方をするのかも。でも、言葉はあまりなかった。誰もがある表現が自然か不自然か判断できるのに、その理屈だけわからない状態だったんです。ところで、一部の言語学者や日本語学者って、これまで「正しい日本語」という虚構の存在を宣伝して回っていた節があります。ですが今主流の言語学者からすると、それは、御法度と言われる作法です。言語学者はあまり規範を作ってはいけないし、とりわけ言語学を自然科学として捉えたい人たちには違和感があったんです。

堀元 たとえば「ら抜き」言葉って、体系として正しいんです。正しいというか、きれいというか。

水野 あれは整合性のある体系だよねと、肯定的に捉えたいんです。

——堀元さんの著書を読むと、口が悪いですよね。自分は長年、皮肉ってもっと可能性のあるものだと考えてきたんですが、堀元さんの言葉遣いにその可能性を感じます。でも、いわゆる「論破」みたいなところと、どう距離を取るかが難しいですよね。

堀元 そうですね。だから、僕がひろゆきさんにならないために心がけているのは、「僕は何も知らない」ということを一生懸命アピールしているんです。

水野 わかりやすさを標榜しているだけにならないようにしないといけません。勉強してみたけどわかりませんでしたと肯定的に言っていきたい。窪薗晴夫先生という言語学者が「30歳を過ぎた頃に、知識が増えるにつれて疑問も倍増することに気がつきました」と書いています。

堀元 僕と水野の共通点としてあるのが、アナロジーを探すのがめっちゃ好きというものです。「抽象化したときに同じ構造になっているものって何だろう」と探すのが好きなんです。

——お二人のラジオ、全部それっちゃそれですよね。

堀元 そうです、「ゆる抽象化同じ構造探しラジオ」。ここに来るまで、シンガーソングライター・majikoさんの「さよならミッドナイト」という曲を聴いていたんですが、「古池や蛙飛びこむ水の音」と一緒だなと思ったんです。「テーブルの上に缶ビールとコンドーム」という歌い出しで始まるんですけど、この描写すごいなって。六畳のワンルームに住んで、ベッドが壁沿いにあって、ダイニングテーブルにも作業スペースにもなる低いテーブルがあるはず。これをわずかな言葉で伝えている。あっ、俳句と同じ圧縮率じゃん、と。「古池や〜」のすごさは、静けさを一言も描写せずに伝えているところですが、「さよならミッドナイト」もまったく同じなんです。こういうのをライフワークとしてやっています。

——お二人はさまざまな本を紹介していますが、ほかの本の紹介コンテンツの中で一番面白くないと思うのは、ビジネス雑誌の「社長が愛読する本」特集です。なぜって、その本を紹介したいんじゃなくて、オレの体の中にある経営哲学を伝えたいだけだから。

堀元 めちゃくちゃわかります。

——お二人のラジオはそういう本の使い方に対する、ラディカルな作法だなと。

水野 確かに。カッコつけようと思って本を紹介してないもんね。

——カッコつけるのってめちゃくちゃ簡単ですからね。

堀元 めっちゃ簡単です。

水野 何でも教訓にしちゃう病。損をしたくないっていう。

堀元 抽象化する能力があれば、そんなこと起こらないんですよ。

——これから取り上げていきたいテーマはありますか。

水野 大きく分けると三つです。一つが存在詞。「いる・ある・おる」、これが何なのか。そして、21世紀を代表する言語学者のノーム・チョムスキーが提唱した「生成文法」、あともう一つは、「言語は思考にどこまで影響するのか」という問いです。

——ファッション誌の言葉にも突っ込み続けてほしいです。「透け感」「抜け感」みたいな言葉って、最初は結構適当だったと思うんで。

水野 たとえば、「春らしいニットを身にまとって」みたいな文章は、ファッション誌でしか見ない文体ですが、こういった「言いさし」についてもちゃんと研究があるんです。

堀元 僕、定型化されたエモいミュージックビデオが好きじゃないんです。錆びたベランダで干されている洗濯物をバックにタバコ吸っとけばいいと思っているでしょ、「頭使った? それ」って。もっと頭を使いたい。

水野 感情を先取りされたくない。主導権はこっちに欲しい。本当は違うのに、似た容器があるから、収まったように見えるだけじゃないか……そうやって考え続けたいんです。

インタビュー・文:武田砂鉄

[この特集内の参考文献・資料]
『基本の色彩語: 普遍性と進化について』ブレント・バーリン、ポール・ケイ著/日髙杏子訳(法政大学出版局) 『アクセントの法則』窪薗晴夫著(岩波書店)
『象は鼻が長い』三上章著(くろしお出版)
『象は鼻が長い』入門—日本語学の父三上章』庵 功雄著(くろしお出版)
『象は鼻が長い』の謎-日本語学者が100年戦う一大ミステリー」
ゆる言語学ラジオ https://youtu.be/yzTqAU_kiKM
『DICTIONARY of WORD ORIGINS』John Ayto著(Arcade Publishing; Reprint版)
『言いさし文の研究』白川 博之著(くろしお出版)
『モードの迷宮』鷲田清一著(ちくま学芸文庫)

「ゆる言語学ラジオ」「ゆるく楽しく言語の話をするラジオ」として2021年よりYouTube、Podcastにて配信スタート。さまざまな角度から解説するのは言語学を専門に学んだ、名古屋大学文学部卒の水野太貴さん(写真右)。主に聞き手を務めるのは、堀元見さん(左)。慶應義塾大学理工学部卒、専門は情報工学。著書に『教養悪口本』(光文社)などがある。

SOURCE:SPUR 2022年8月号「ゆるモード言語学」
photography: Saki Omi 〈io〉 styling: Yuuka Maruyama 〈makiura office〉 hair: HORI 〈BE NATURAL〉 make-up: Mai Kodama 〈SIGNO〉 model: Julia B cooperation: Yuru Gengogaku Radio, BACKGROUNDS FACTORY

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