ニュー・エトロの秘密が知りたい。新クリエイティブ・ディレクターの哲学とは?

メゾンの創業以来、初めてエトロファミリー以外でクリエイティブ・ディレクターに就任したマルコ・デ・ヴィンチェンツォ。2023年春夏シーズンに誕生した、フレッシュなデビューコレクションを深掘り!

伝統とテキスタイルへの知見を融合して、新たなエトロを創りたい
─マルコ・デ・ヴィンチェンツォ

ニュー・エトロの秘密が知りたい。新クリエの画像_1

エトロが得意としてきた"ボーホースタイル"を、ブラトップとデニムで若々しくクリーンに表現。初コレクションのシンボルは、メタルのネットに入った"リンゴ"。愛、フェミニニティ、センシュアリティ、誘惑の意味を内包する。新たな世界に一歩踏み出す決意を象徴だ。モチーフはブランドが資料として所有する、1700~1800年代の布からインスピレーションを得たもの。豊かな表情を演出し細部まで凝ったテキスタイルで、エレガントに昇華させたのはマルコならでは。

【インタビュー】マルコ・デ・ヴィンチェンツォ

エトロのクリエイティブ・ディレクター、マルコ・デ・ヴィンチェンツォ

エトロ本社にあるライブラリーにて。貴重なアンティークのテキスタイルを収めた革表紙の本に囲まれた空間は、マジカルで荘厳なムード。今回のコレクションのベースはここから生まれた。一見シャイなマルコだが、ひとたびテキスタイルの話となると、次々と話題が立ち上がり、インタビューが予定していた倍の時間に及んだほど!


クリエーションの出発点は〝リンゴ〟との遭遇から?

2022年6月、エトロのクリエイティブ・ディレクターに就任し、9月のミラノ・ファッションウィークのランウェイショーでデビューを飾ったマルコ・デ・ヴィンチェンツォ。アイデンティティを継承しながらも生まれ変わった〝新生エトロ〟は、世界のプレスやバイヤーにとって、「次は何を繰り出してくるのか」と、もっとも期待が寄せられるブランドとなった。

ファーストルックは、ペイズリー柄のようにも見える大きな鳥のモチーフが施された、ジャカードデニムのワイドパンツと、果物柄のブラトップ(1)。思わず目に留まったのは、モデルが手にした〝金色の網に入ったリンゴ〟だ。

「アーカイブスや資料を収蔵した社内のライブラリーで偶然目に留まって魅せられたのが、リンゴが織り込まれた1700年代の布。本当にきれいだった! 同時に以前、ローマの青果店でラフィアのネットに入ったリンゴのディスプレイが面白かったことを思い出して。アダムとイブは、禁断の実・リンゴを食べて楽園を追放された。けれど、そのひと口をかじってみなければ、何も起きない。僕にとってデビューコレクションの発表は、リンゴをひとかじりした瞬間であり、美しく、楽しい世界へと導かれるきっかけだったんだ」

エトロは創業以来、常にファミリーの一員がクリエーションを手がけてきた。マルコのように外部から人を迎えるのは初のことだ。

「既存の決まりごとを破りたい。もちろん、ブランドのいい部分はきっちりと受け継ぎながら、革新したいんだ」

継承していきたい魅力について、マルコはこう語る。
「エトロは、僕にとって〝テキスタイル・マイスター(名匠)〟。50年以上前にテキスタイルメーカーとして創業しただけあって、ものすごい経験とアーカイブスがあるんだよ」

現在休止中の自身のブランド「マルコ・デ・ヴィンチェンツォ」では、10日間かけてイタリアを縦断するテキスタイル探求の旅に出ていた。コレクションはその経験をもとに生まれていたというほど、テキスタイルは彼の創造性のベースなのだ。

「素晴らしく膨大なアーカイブス、ライブラリーに揃う歴史的なテキスタイルを集めた希少本・資料は、インスピレーションの宝庫。尊重すべき伝統に、僕なりの知見を融合して、新しいイメージを生み出したい」と、〝テキスタイル・オタク〟の心に火が灯る。彼のそんな情熱は、創作に欠かせないエネルギーであるようだ。また、〝ボーホー〟も継いでいきたいスタイルのひとつ。

「服装だけではなく、エフォートレスな生き方も体現しているもの。これからも軸としていきたい。ただしヒッピーな要素は、あまり僕らしくないので抑えめに。それから、何層ものレイヤードは美しいけれど、混乱を生むことも。若々しく、クリーンなイメージを打ち出すために、今季は1体のルックにつきひとつかふたつのピースから構成して、シンプルに表現している」

そんな言葉を裏打ちするような、潔い無地のミニドレスのルックも登場。張りのあるシルクを、フリンジに至るまでクチュールライクに仕立てるなど、細部にこだわりが見える。逆に象徴的なペイズリー柄は皆無。ショーのあと、「ペイズリー柄が消えた!」と現地マスコミに報じられたという。

「ジャカードデニムの大きな鳥柄をペイズリー柄だと思った人もたくさんいたんだよ(笑)。僕にとって、エトロはひとつの世界観であり、〝ペイズリー柄〟だけで語るものではないんだ。今、エトロと自分のアニマ(魂)が日に日に、融合している。少しずつこの柄を理解して親しみを感じるようになってきたから、今後コレクションに入ってくる可能性はあるね」

Profile
マルコ・デ・ヴィンチェンツォ
イタリア、シチリア島メッシーナ出身。ローマのヨーロッパ・デザイン学院卒業後、フェンディのアクセサリーデザイナーとして活躍。2009年、自身のブランドをスタート(現在は休止中)。テキスタイルと独特の色使いに定評がある。エトロでは、ウィメンズのほか、メンズ、ホームコレクションも担当。

ニュー・エトロの秘密が知りたい。新クリエの画像_3

1 肌見せもヘルシーに 
2 1800年代のリボンのプロトタイプを集めた本に収められた、ボウタイのための草案"トンボと花"が刺しゅうされた小さな布。それを巨大化してミニドレスに 
3 シグネチャーアイテムのストライプシャツは、シルクを織り込んだプレシャスな素材。ジャカードデニムのオーバースカートと組み合わせた 
4 ミニドレスは色鮮やかなピンクを採用 
5 1800年代の鳥のモチーフをジャカードで織ったデニム。ブラトップにも凝った刺しゅうが

アーカイブスから起こる、偶然性の魔法

エトロ社内のライブラリー

1 今回SPURのために撮影がかなったエトロ社内のライブラリー

エトロ社内のライブラリー、アンティークテキスタイルの本

2 世界のファッションやアートなどの数多くの本が並ぶ。中でも圧巻なのは、革表紙で装丁されたアンティークテキスタイルの本。この分野に関して造詣の深かった創業者ジンモ・エトロ氏が主にオークションで蒐集した、貴重な資料のコレクション
3 1800年代のリボンと刺しゅうのプロトタイプを集めた本。ロマンティックなモチーフが華やか。今回のコレクションでは、この本の左ページ上部の小さな布がそのまま拡大され、ミニドレスになった

偶然性を信頼しながら、アーカイブスを参照する


創業者ジンモ・エトロ氏が蒐集した歴史的なテキスタイルの希少本や資料が並ぶライブラリーは、インスピレーションが生まれる場所だ。デビューコレクションの〝鳥〟や〝植物〟は、1800年代の希少本から引用したモチーフ。たとえば〝トンボと花〟が刺しゅうされた小さな布は巨大化され、そのままミニドレスに。

「デビューコレクションの準備期間は、わずか3カ月。デッドラインが迫る中、数時間をライブラリーで過ごし、そのときに目に留まり心に響いたものをコレクションに仕上げたんだ。もしほかの日に違うページを開いていたら、花やペイズリー柄がテーマになっていたかもしれないね」と言うマルコ。
「僕のデザインのアプローチは、偶然を信じること。何かを示唆されたら、それを活かす。偶然性は魔法のように美しいんだ」

その言葉通り、彼はデザインをスタートするときにテーマを設定しない。
「決めることで限界を作ってしまう。アーカイブスとも、曇らない目で先入観なく出合うことを大切にしている」

ファッションの仕事の一番好きな点は、「仕事を進める中で、さまざまな要素との相互作用があり、予測不可能な方向へ変化していくこと」と語る。
「すべて説明しようとするのは、ファッションが犯しやすい間違い。『なぜ鳥のモチーフなのか?』と聞かれても説明できるようで、できない。解釈は与えても、どこか曖昧さのあるものが好きなんだ」

その意味は着る人との出会いによっても変化していく。マルコが放つ、偶然性の魔法にかかってみたくなる。

LOVE TROTTER | 生まれ変わるアイコンバッグ

エトロのファブリック

4 色彩豊かなファブリックが眼福

エトロのファブリック

5 職人が一点一点、丁寧にバッグを手がける。付属の布袋にもアーカイブスのファブリックを採用
6 ライナーにも貴重な柄がお目見え
7 全工程をイタリアでハンドメイド。ストライプのジャカード素材の裏地も手作業で縫いつけている

ニュー・エトロの秘密が知りたい。新クリエの画像_8

日本限定で発売されるアイテムから、一部を厳選した。
8 首から提げられるカードケースは、6つのポケットを備えていて使い勝手も抜群。カードケース〈H10.2×W14.5×D4〉¥103,400/エトロ ジャパン(エトロ)
9 日常使いにぴったりなサイズ。マチもたっぷり。バッグ〈H23×W27×D18〉¥192,500/エトロ ジャパン(エトロ)
10 ピンクの"ベガソ"と小花柄が愛らしい。ポーチ〈H14.5×W18×D4〉¥88,000/エトロ ジャパン(エトロ)
11 チェック柄がトラッドなムードを漂わせる。バッグ〈H23×W27×D18〉¥192,500/エトロ ジャパン(エトロ)

新たなアイコンバッグはOne of a Kindな名品


ショーに登場し、只者ではないオーラを放っていたバッグ「ラブトロッター」。マルコが発案した新たなアイコンであり、アップサイクルのものもある。バッグの一部は倉庫に眠るファブリックを用い、裏地で補強。再生プラスチック製のロゴ入りハンドルを組み合わせた。立体的な刺しゅうで表現したブランドのアイコン〝ペガソ〟は、そのモチーフの3Dっぷりに高級感があふれる。全工程、メイド・イン・イタリー。匠の技が際立つ。

「クリエイティブ・ディレクターに就任して6日目に、ミラノの北の街・コモにあるメゾンのアーカイブスを訪れ、そこにあったエトロの家具用テキスタイルに惹きつけられたんだ。それらはすでに製造中止になったもので、10年前のデッドストックもあった。このままではこんなに素晴らしいものが廃棄の運命をたどる。何としても生かさなくてはと感じたんだ。
エトロに来る前の’22 年2月に、ベーシックなヴィンテージウェアをアップサイクルする自身のコレクション〝スペルノ〟を発表した。そのとき、自分の中に強力なエネルギーが湧き起こるのを感じたんだ。それを契機にサステイナビリティは、自分が歩むべき方向のひとつになった。持続可能であることとファッションを自分なりの方法で結ぶことは、僕の生き方や考え方と親和性があると感じている」

新たなカプセルコレクションは、2月15日より伊勢丹新宿店 本館1階 ザ・ステージにて世界先行で発売する予定だ。

FEATURE