短歌の新時代を牽引し、その面白さを広める伝道師、木下龍也さんが東京のランドマーク的建造物や、由緒ある空間をテーマに5首を作歌。名所とリンクするファッションで、どんなケミストリーが生まれるのか。ファッション×短歌×東京名所のオムニバスストーリーが幕を開ける
レインボーブリッジ
さびしさも渡ってしまうまなざしの橋だから目を閉じてするキス
浅草寺 雷門
つなぐ手の影がちいさな提灯のようでふたりはできたての門
サンシャイン水族館
水槽の外のぼくらの身体にもたしかに恋の浮力が宿る
東京タワー
恋の軸として写した鉄塔をいつでも思い出せますように
上野恩賜公園
一歩ずつ大人を脱いでゆきながらこぼれる子どものころの笑顔
歌人・木下龍也が紡ぐ短歌の世界
『あなたのための短歌集』などで、与えられたお題から作歌することでも知られる木下さん。今企画では東京名所を下敷きに5首の歌を制作。誰もが知っていて強い印象を持つ名所というお題から、歌をどのように立ち上げ、着地させたのか。今回の歌の背景から創作の秘密、そして普段の木下さんの姿に迫った
情景をしっかり見つめて、映像から言葉にしていく
今、短歌ブームが起きている。その先頭を行く一人が木下龍也さんだ。人気を牽引する木下さんは5首をどう作り上げたのだろう。
「ファッション×短歌×東京名所という企画をいただいて、パッと思い浮かんだのがデートという設定でした。ふたりで名所を巡りながら写真を撮り合う。そんなイメージです。ただ、この企画では短歌を先に作って、そのあとに撮影をするという順番でしたので、自由度は高かったですが、難しくもありました。お題としてあるのは名所の名前だけ。なので、たとえば雷門なら門と提灯、サンシャイン水族館なら水槽とペンギン、と要素で捉え、短歌として組み上げたとき、その名所の新たな一面を見せつつ、読者の頭に具体的な映像が浮かぶよう意識して作りました」
歌を作るときには、対象を普段とは違う距離感で見つめて言葉にしたり、別の要素を掛け合わせたりして、何が生まれるのか様子を見る。その際、映像が大切な役割を果たす。
「最初から五・七・五・七・七で言葉が出てくるのではなく、まずは頭に浮かんだ映像に似合う言葉を探していきます。映像を文章化し、定型の三十一音に圧縮していくという流れです。あとは読者の立場になってそれを読んでみて、自分が最初に思い浮かべた映像に近いものを想像できるかどうかを検討します。もちろん違う映像が浮かんでもいい。短歌は余白の多い詩型です。イメージや感情のすべてを書くのは無理で、一瞬や一点しか捉えられない。だから読者の頭に浮かぶ映像が多岐にわたるのは当然です。でも、その余白に甘えてしまうと言葉の精度が落ちてしまうので、毎回自問自答しながら納得がいくまで三十一音に向き合っています」
旅先では観光名所にも足を運ぶという木下さん。名所に来た人が何を見るのかを知って、それを捉え直してみたり、その裏側を書いてみたり。でも歌を作っているとき以外は、できるだけ"市井の人"でいるようにしている。
「僕は、短歌を作るときとそうでないときを明確に分けるタイプです。作るときはパソコンの前に座って"歌人モード"に入り、完成するまではそこを動かない。反対にオフではなるべく一般的な人であろうとしています。僕にとっての歌人という職業はひたすら自分の中を掘っていく仕事だから、そうしないとどんどん世間からずれていくような気がして。"旅先で一首"ができる歌人もいますが、僕にはできないので、旅が思い出になった頃に改めて書いてみることが多いですね。メモも取らないので、あとで映像として思い出せるようになるべくしっかりと観察し、書くときに映像として思い出す。そうすると冷静な目でもう一度捉え直すことができるんです」
優れた作品が読みたいから短歌人口を増やしたい
木下さんが短歌を作り始めたのは、穂村弘さんの歌集『ラインマーカーズ』(小学館文庫)を読んだことから。会社員時代、詩が好きで書店の詩集の棚を眺めていたところ、隣のコーナーにあったこの歌集をふと手に取った。
「短歌は遠い存在でした。教科書にあって、テストに出るから覚えるというような。でも穂村さんの歌集を読んで、今の自分の表現方法としてありなんだと思った。残しておかなければ忘れてしまいそうな些細な感情や風景を入れられる器だと気づいたんです。それで雑誌『ダ・ヴィンチ』で穂村さんが連載している『短歌ください』というコーナーに投稿したら採用されて、そのときのうれしさのまま今に至っています」
詠むモチーフは今見ているもの、つまり身の回りや人間関係から見つけることが多い。
「何かを見て心が動いた瞬間、面白いとか変だなと思ったシーンを覚えておいて、あとから言葉にしてみる。日々の生活や記憶の中に歌の材料がたくさんありますね」
今、短歌が注目されていることは素直にうれしいという。素晴らしい歌を読みたいし作りたいから、もっとプレーヤーを増やしたい。それにはさらに短歌のよさが知れ渡る必要があると考えているから、普及活動は厭わない。
「僕が読者として感じる短歌のよさは、一首について数秒で読めるにもかかわらず読む前と読んだあとの世界が変わるところ、数秒前まで見つからなかった人生のお守りが見つかるところですね。そういう歌に出合いたくて歌集を読んでいます。作者としては、三十一音しかないから、書きたいことについて焦点を絞ったり、いろんな角度から眺める過程で、感情を整理できたり、見えていなかったものが見えるようになる。それを未来の自分に向けて手紙のように保存できます。また、それを誰かが読んだときに、その誰かの別の記憶や感情を引き出すこともあります。余白の多い詩型だからこそ、いろんな人が自身を重ねることができるのではないでしょうか」
歴史的に見ても短歌には時代の社会性が反映されてきた。今はコミュニケーションツールが発達して言葉が加速し、そのことに息苦しさを感じる人も増えている。このファストの時代に短歌に触れる意義とは何だろうか。
「速さが求められる時代において、短歌を作るのは手間がかかって遅い。でもその遅さが自分の中に眠っている言葉に出合わせてくれる。短歌を作る時間は内面を見つめ直す時間にもなり、それは自分や他人を大切にすることにもつながるでしょう。それが今の時代に短歌を作る意義なのだと僕は思います」
木下龍也が作歌した5首を解説
東京を代表する5つの名所はどう作品に織り込まれたのか。イメージから言葉へ、歌ができる過程を歌人自らが解説
レインボーブリッジ
シンプルに「橋」と捉えました。橋は何かをつないでいるものであり、恋愛の要素は絡めやすい。絡めやすいからこそ、何か新しい発見を組み込まなければと思いました。見つめ合うふたりの間に架かる見えない橋。目を合わせると言葉にしなくても感情が相手へ渡ったり、こちらに渡ってきたりしますよね。そういう意味での「まなざしの橋」です。会えなくて寂しかった。そんな感情が渡らないようにキスは目を閉じてするのかもしれません。
浅草寺 雷門
5首のうち一番に取り組んだのが雷門だったのですが、風景としてのインパクトが強すぎて、短歌の入る隙間がほとんど見つけられず、難航しました。何首か作ってみたものの納得はできなくて、最初から考え直すことに。デートで雷門に来ているふたりが手をつないでいる。恋人つなぎの手の影が小さな提灯に見える。すると、ふたりの影は門になる。雷門を門と提灯という要素として捉えることで、何とか一首にできました。
サンシャイン水族館
訪れたことがなかったのでウェブサイトを見たところ、ペンギンの画像が出てきました。真っ青な水槽の中を、まるで飛んでいるようにふわふわと浮かんでいるペンギンたち。ペンギン以外にもたくさんの魚たちが浮力を得て漂っている。そんな光景を水槽の外から眺めているふたりも、きっと高揚感に包まれて夢心地でいるはず。それを「恋の浮力が宿る」という言葉で表現しました。水槽の中だけではなく水槽の外にも浮力を広げてみた歌です。
東京タワー
東京スカイツリーと比較し、その関係性を短歌にすることも考えましたが、今回は東京タワーだけを見つめてみました。並んだふたりの間に東京タワーが写っている。そんな写真をイメージしながら作った一首です。写真は思い出として長く残るもの。つき合いたてのふたりの恋が今後どのように変化しても、その写真を見返せば、恋愛初期の気持ちや距離感が蘇ってくる。そんな祈りを込めて、東京タワーを「恋の軸」と名付けました。
上野恩賜公園
上野公園はとても広く、デートとなるとふたりは結構歩くはずです。公園は幼い頃によく遊んでいた場所。でも大人になるとあまり行かなくなります。大人になればなるほどさまざまなものに縛られながら生きることになりますが、公園という憩いの場ならそういうものがひとつひとつ自然にほどかれていって子どもの頃を思い出すのではないでしょうか。「昔こんなことがあってね」と記憶があふれ始め、お互いの過去がゆっくりと明かされていく。そんなゆるやかな時間を描いた一首です。
1988年、山口県生まれ。2013年に『つむじ風、ここにあります』、2016年『きみを嫌いな奴はクズだよ』(ともに書肆侃侃房)を上梓。ほかに短歌入門書『天才による凡人のための短歌教室』や、歌集に『あなたのための短歌集』(ともにナナロク社)などがある。