【シャネル 2022-’23年 メティエダール コレクション】手仕事をめぐる旅と出会い

毎年、シャネルの歴史や現在と結びつきのある都市をテーマに、シャネル傘下の専門アトリエの仕事をフィーチャーする、メティエダール コレクション。2023年6月には日本でも開催され話題を呼んだ。ここでは、2022年12月にセネガルのダカールで発表されたコレクションを紐解く。

メティエダール、それは熟練を極めた職人技の代名詞

ダカールの創造性とハッピーで自由なスピリットを、ヴィルジニー・ヴィアールのディレクションのもとパリの職人たちが表現する

シャネル 2022-23メティエダール コレクション

1970年代からのインスピレーションが顕著なルックは、刺しゅう工房・モンテックスによるタッセルで装飾したレースのケープに、デニムのセットアップ。ピンク、ブラック、シルバーのステッチを思わせるディテールでツイード風に

シャネル 2022-23メティエダール コレクション

今季を象徴する、フィットしたツイードのロングコートに、フレアパンツ、プラットフォームシューズを組み合わせた。インナーは、ダブルCをあしらったジオメトリック柄のプルオーバーに、同柄をモンテックスが総刺しゅうしたベストをレイヤード

シャネル 2022-23メティエダール コレクション

イブニングウェアは、シンプルなシルエットのレースのドレスに、手刺しゅうのカーフスキン・ジャケット

シャネル 2022-23メティエダール コレクション

ダカールの旧司法宮の、中庭と回廊で開かれたショーのフィナーレ。左から2番目は、3月のシャネル・2023-’24年秋冬プレタポルテ コレクションでショーの顔を務めた小松菜奈がゲストとしてフロントローに現れた際、纏っていたルック

ダカールに触発され、同地旧司法宮で発表された、2022-’23年のメティエダール コレクション。それは、アーティスティック・ディレクターのヴィルジニー・ヴィアールと、セネガルのアーティストたちとの出会いを発端に、コロナ禍を挟んで3年がかりで実現した。一つのテーマにとらわれず、複数のインスピレーションを立体的に構成していくヴィルジニー。今回ダカールにクロスオーバーさせたのは、1970年代のスピリットと魅惑的な自由だ。エネルギーにあふれ、アップビートなコレクションは、目が覚めるような色合いと、対照的なアフリカの大地のトーンが基調。そしてモダンな幾何学パターン、繊細なレース、細長いシルエット、フレアパンツなどをキーワードに構成された。趣向を凝らしたテキスタイルや小物の数々を実現したのは刺しゅうのルサージュやモンテックスから、靴のマサロ、金細工のゴッサンスまで、シャネル傘下専門アトリエの一連だ。

また、ショー前後のプログラムに組まれたのは、コンサートやダンス・パフォーマンス、そしてトークショー。パリのダンサー兼振付師のディミトリ・シャンブラスと、現地からはダンス・スクール「エコール・デ・サーブル」の創立者、ジャメイン・アコニー、舞台芸術家のマミー・トール、ラッパーのNIXらが、セネガルの音楽とダンスの分野でのアート表現について語り合った。そして同コレクションの最終目的地は、なんと東京。6月1日に開かれたショーでは、サヴォアフェールが織りなす自由奔放な創造性が、場所を変えて再現された。

シャネル 2022-23メティエダール コレクション

ショーに先んじて披露されたのは、エネルギッシュなダンス・パフォーマンス。メゾンと懇意にしているパリのダンサー&振付師で、同コレクションのティザービデオのディレクションも手がけたディミトリ・シャンブラスと、セネガルのダンサー&振付師、ジャメイン・アコニーとの、共同コレオグラフィで

シャネル 2022-23メティエダール コレクション

ツイードの襟つきベストを飾るのは、ダイヤモンド型刺しゅう。メティエダール工房の中でも最も歴史があるルサージュの、独自のサヴォアフェールを駆使した

シャネル 2022-23メティエダール コレクション

ダブルCをストラスで装飾したトップスとコントラストを成すのは、セネガルの自然を象徴するアースカラーの、ツイードのベスト。ロングネックレスの重ねづけで、異国テイストもシャネルらしいルックに

シャネル 2022-23メティエダール コレクション

ショーのフィナーレで拍手を浴びる、アーティスティック・ディレクターのヴィルジニー・ヴィアール。背景に見えるダカールの旧司法宮のフロアのタイルは、同コレクションのジオメトリック柄と重なる

パリとダカール、職人たちのダイアローグ

シャネル傘下の専門技術工房を1カ所に集めた、パリ19区のle19M。併設ギャラリーの初となる場外展の開催地は、ダカールだ

それまで点在していたシャネル傘下のメティエダール工房を集めて2022年1月末にオープンした、le19M。場所はパリ郊外の開発が盛んな地区、オーベルヴィリエと19区の境目だ。各分野の職人たちが一つ屋根の下で仕事をすることの利点は、意見を交換し、刺激し合えること。併設のギャラリーでは、ビジターに工房の作品の展示とワークショップを提案している。

そんなパリ/オーベルヴィリエのギャラリー、la Galerie du 19Mの場外展として披露されたのが、期間限定のギャラリー、le19M ダカールでの『Sur le fil展』だ。去る1月から3カ月間にわたり開催。ここではシャネル・メティエダールの代表として、刺しゅう工房のモンテックスがパリとダカールの合作を展示。もともとはパリで制作され、2022年10月に南仏イエールの国際モードフェスティバルで発表された作品だ。そこにダカールの古着店で調達したデニムや、廃物のプラスチックを素材に、現地のアートセンターの協力による制作ピースを合わせた。そしてキュレーターがテキスタイルをテーマに制作を任せたのは、フランスとアフリカ各地のアーティストたち。つまりシャネルという枠を超え、パリとダカール、異なる技術(メティエ)、そしてアーティストやアルチザン(職人)と一般市民、とあらゆるベクトルでの交流を意図した企画展なのだ。

若い世代に伝えたいのは、手仕事の素晴らしさ

「le19Mダカールは、過去と現在の対話を、未来へとつなぐ機会です」。シャネル グローバル ファッション部門 プレジデント兼シャネル SAS プレジデント、ブルーノ・パブロフスキー氏はこう語る。「シャネルの使命の一つは、サヴォアフェールを後世代に伝えること。この展覧会が現地の若い世代に、手仕事に携わりたいと感じさせる機会になれば」

思えば、昨年はフィレンツェでのイベントでも、シャネルは現地の学生たちを招き、ペネロぺ・クルスやキャロリーヌ・ド・メグレらと質疑応答の機会を提供した。「我々がサヴォアフェールに従事していることを伝え、手仕事というヘリテージをシェアしたいのです」と、氏は続ける。

ところで、なぜle19Mの場外展、しかもダカールなのか?「旅とは出会いであり、クリエーションの糧。世界の事象に触発されることで、カルチャーが混ざり合ったクリエーションが生まれるんです。ダカールには他国からやってきた多くのアーティストたちが住み着いていて、実にエネルギーにあふれています。だから単にショーを開催するにとどまらず、もっと広義でのこの地とのつながりを目指しました」

氏いわく、コラボレーションの仕方は何通りもある。ここでは、現地のデザイナーや職人たちがシャネル製品の製作にあたるわけでも、ブティックオープンを計画しているわけでもない。『Sur le fil展』に終わらず、旧司法宮の修復と整備を経済的に支援し、一方ではセネガルにおける極力エコロジカルな、最良の品質のコットンの生産にも取り組んでいるシャネル。だからこそダカールは、この展示を通じてシャネルを熱く迎え入れた。熱狂をそのままに、今度は本展が、パリへと旅する。ダカールではフランス語のタイトルだったが、パリでは西アフリカのネイティブ言語、ウォロフ語で。こんなディテールにも、シャネルが築くパリとダカールの良縁が象徴されている。

ダカールとの橋渡し、刺しゅうのモンテックス

【シャネル 2022-’23年 メティエの画像_9
©Badara Preira

le19Mダカールの導入部分で展示されたのは、刺しゅう工房モンテックスのアーティスティック・ディレクター、アスカ・ヤマシタによる作品《Brodorythme》。無数のピースをつなぎ合わせた5枚のパネルから成っている

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©Minako Norimatsu

《Brodorythme》部分。モンテックスのアイコニックな柄をプリントし、レーザーカットしたレザーピースに、ビーズ刺しゅうを施した

地図のタペストリーをビジターの共同制作で

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©Minako Norimatsu

la Galerie du 19Mで提案されていたのと同じく、la Gal erie du 19M Dakarでも、参加型刺しゅうアトリエを併設していた。両側を木枠で挟んでピンと張ったトワルに描かれたのは、ダカールの地図の下絵。インストラクターのアドバイスを受けながら、ビーズを刺していく

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©Khalifa Hussein

地図の制作風景

国境を越えた織りや刺しゅうが、世界をつなぐ

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©Badara Preira

le19Mダカールより、フランス人アーティスト、ポーリーヌ・ゲリエの作品。自ら考案した機織り機では、彼女または参加者がメタルのサークルを回転させ、ビーズを通した糸を紡いでいく。左手の壁に掲げられたのは、ヤシネ・メクナッシュによる刺しゅうタペストリー。もともとグラフィティのアーティストだった彼はパリを拠点に、世界の異なる場所に特有なステッチを探求する。本作品にはビーズとチューブ、メタルの糸で、南インドの伝統的な刺しゅう、ザルドージを施した。制作は、ルサージュ・アンテリユールの仕事を担う、インドのヴァストラカラ工房

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©Axel Aurejac

ポーリーヌは会期前からダカールに滞在し、連日現地の市場に通って素材を調達した

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©Minako Norimatsu

ヤシネの作品のディテール

パフォーマンス形式の作品は、会期を通じて進化する

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©Badara Preira

二人のアフリカ人女性アーティスト、ジョアンナ・ブランブルとファティム・スーマレによる機織りデュオ。最初は数メートル離れて両側から、縦糸をシェアして織り始めた

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©Pierre De Perouges

右奥はデザイナー、ビビ・セックによる家具の一連。背後中央に見えるのは、現地のファッション・デザイナー、シェイカ・シギルによる、光沢のある刺しゅう糸で覆ったトーテム。左手には現地のアーティスト、アリウヌ・ディウフのコラージュが。8の二つの機織り機は、仕事が進むにつれ接近する

INFORMATION

【シャネル 2022-’23年 メティエの画像_18
le19M パリ/オーベルヴィリエのギャラリーでグループ制作された、刺しゅうタペストリーの完成品

la Galerie du 19M Dakarでの『Sur le fil展』は場外展逆輸入の形をとり、『Sūnu Diganté』(西アフリカのネイティブ言語、ウォロフ語で"私たちのつながりは、私たちの豊かさ"の意)とタイトルを変えつつ、ほぼ同じ内容でパリのle19Mにて展示中(〜7月30日)。

le19M Paris/Aubervilliers 2 place Skanderbeg 75019 Paris, Rosa Parks RER
営業時間:11時〜18時
定休日:月・火曜

FEATURE