背景に物語があるものづくりこそ、価値がある
次のシーズンで発表予定のルックを試作中。ドレス、エプロン、オールインワン、3wayで着こなせる一着。無駄のない、究極のシンプリシティを意識したコンセプトを、PRのレイラ(写真・左奥)に説明しながら手を動かす。「桑田さんはテーラーとしての経験も豊富。実際にボディに生地を当て、スタッフと相談しながら、その場でデザインすることが多いです」と語る、アシスタントの菖さん(写真・右)
「たんすにたくさんの着物が収められた家で幼少期を過ごしました。折り畳まれることで、袖にできるシワを見て『美しい』と思った経験がSETCHUの始まり」と語るのは、デザイナーの桑田悟史さん。ブランドを始動するまでの20年間は「自分に足りないものを満たすために」さまざまなブランドで経験を積み、技術を磨いた。その結果、「どこへ行っても通用するのは時代を超越したスタイル。クラシックなファッションの新しい見方を探究すること」と気づく。よりコンセプトが明確になると「折衷」という名前も自然に生まれた。そして、最初に誕生したのが人気の定番アイテム〝折り紙ジャケット〟だ。
「SETCHUの魅力は、多くの人が関わって完成した一枚のジャケットにも物語があることなんです。たとえば、『イタリアの工場で職人が丁寧に生地を織り、縫いつけ加工を施した』『アイデア次第で、幾通りにも着こなす方法がある』など。身にまとうだけでなく、そういった背景にあるストーリー、付加価値を楽しんでもらえたら」
明確なディレクションができる、唯一無二のデザイナーになりたい
ロンドンのサヴィル・ロウにある老舗テーラーで学んだテーラリングをベースに、彼らしい"崩し"を加えた「スポーティ&ドレッシー」なコレクション。折り紙や着物からヒントを得た、折り目が特徴的なデザインで着心地は抜群
2020年に日本でブランドを始める計画を立てたものの、パンデミックが起こり急遽予定を変更。サンプル制作を依頼できるイタリアの工場を探し、ミラノに活動を移した。「当初は自分のしたいことがどこまでできるのか」と、半信半疑だったと語る。
「でも、やってみたら素晴らしい完成度。僕が正直に、そして全力でぶつかると、周囲の人々がそれにこたえてくれたんです」。ファブリック・リサーチャー&ディベロッパーのマッシモ(写真下・右)はその一人。「彼の存在なくしてSETCHUは語れない」と桑田さんは断言。名だたるメゾンをクライアントにもつ生地メーカーの社長を自ら説得し、コレクションのコンセプトをもとに生地のリサーチを務める。
「情熱家のマッシモは布のエキスパートです。僕がこだわる布の開発も担っています。デザイナーとしてのエゴで何千枚とサンプルを作るよりも、彼のようなプロフェッショナルの意見を聞き、その力を借りて、厳選したものを作る方法を選びたい。よりよいものができるということが目標だから」
素直な感動と、驚きの声を聞くために
新しい生地を桑田さんに早く見せるため、アトリエに駆けつけたファブリック・ディベロッパーのマッシモ(写真・右)。子どものように目を輝かせて、「素晴らしいプリント技術、発色の美しさ。想像以上のものができました!」と、笑顔を見せる
パリ・ファッションウィーク前、SETCHUはLVMHプライズのセミファイナリストに選ばれた。プレゼンテーションを行う会場に現れたのは、ディオールのクリエイティブ・ディレクターのマリア・グラツィア・キウリ。桑田さんは服の生地をさわった瞬間に彼女が見せた、驚きの表情を見逃さなかった。「僕のコレクションを見る人、生地に触れる人は『あっ』と驚きます。その声を聞くために今の仕事を続けていると言っても過言ではないですね」
SETCHUで使用している生地の色や柄はすべてオリジナルで、一から手がけている。「オートクチュールの生地に負けない自信があります。メゾンブランドは1型数千mオーダーできるのに対し、僕らは50mがやっと。でも、素材はエッセンシャルで、創作の出発点です。最後まで諦めずに作ります」
6月に発表予定の2024年春夏コレクションのデザイン画の数々。「毎シーズン、コレクションの半分は定番品で構成しているんです。そのほうが愛着を持って、長く着てもらえると思うので、サステイナブルですよね。服づくりの工程はほぼ手作業。それに伴い、経験を重ねている職人の技術もどんどん向上していっているんですよ」
みんなと一緒にデザインすれば、思いがけない相乗効果が生まれる
限られた時間で次のコレクションの準備をする中、料理が得意な桑田さんは自らキッチンに立ち、手際よく野菜を切り始める。「どんなに忙しくても、なるべく仕事の合間にスタッフや友人を料理でもてなします。カジュアルな会話を大切にする。これがSETCHU的な働き方です!」。みんなで食卓を囲み、食事をすれば自然と打ち解け、コミュニケーションも円滑に
桑田さんにとって忘れてはならない存在がスタイリストのタニヤ・ジョーンズだ。「売れっ子スタイリストの彼女と仕事がしたい」という熱意を本人にストレートに伝えると、2023年秋冬シーズンから積極的に参加してくれることに。取材日も、次のコレクションのためタニヤと打ち合わせをしていた。生地を直接ボディに当てて、柄合わせやシルエットを考察。彼らの会話では経験と知識、そして二人が歩んできたカルチャーを凝縮したクリアな言葉が飛び交っている。
「タニヤとのセッションはとても楽しい。ピタリと意見が合致し、着こなしが決まる瞬間も最高です。彼女は僕にないセンスを運んできてくれるんです」と満面の笑みを見せる。「まだ知り合って日が浅いけれど、僕たち二人で力を合わせれば、100%以上のものを生み出せる関係だと思っています」
昼時になると、ブランドPRのレイラが「チャオ!」と挨拶をしながら、アトリエに顔を見せる。床で作業をしていた桑田さんはその手を休めてキッチンに立ち、自ら料理を始めた。
「アトリエに集まるメンバーはバックグラウンドが面白い人たちばかり。心からありがたいなと思っています。だから、僕のプロジェクトに協力してくれるみんなと、カジュアルに食卓を囲むことを大切にしているんです。特にレイラとは定期的に会いながら、ブランドとしての方向性を話し合っていますよ」と語る。軽やかに会話を繰り広げながら、〝よりよいSETCHUの在り方〟を模索する。
「デザイナーとPRって、一緒に子育てをしているような関係だと思いませんか? 共同でブランドを成長させようと試行錯誤する。僕はビジネスもデザインの一つだと思っています。将来的には、クリエーションとビジネスをうまく両立させるのが夢なんです」
躍進する、SETCHUの目指すものは?
寝室のすぐ手前のコーナー。家具デザイナーのハンス・J・ウェグナーによる「ハートチェア」の背もたれに、さらりと掛けているのは旅先の思い出の品。「兄が招待してくれたブータンで出合った美しいジャカード織りの布。僕の宝物です」
「僕のインスピレーションの源泉は、とにかく日々観察すること。親友でアーティストのルイ(写真下・右)とは美しいもの、エモーショナルなものを求めて、旅行をするんです。旅で見た湖の景色を思い出し、水をテーマにコレクションを考えたことも」と桑田さん。透明でピュアで、気ままに流れるように前へ進む。現在はデザイナーとして服づくりに注力しているが、「将来は、目に映るものすべてをデザインするライフスタイルブランドにしたい」とも。さらには、人道支援のプロジェクトも計画している。
「国連で働く兄とよく話すんです。アフリカには、スーツがなくて会社の面接に行けない貧しい人が大勢いる。誰もがオンラインでダウンロードした型紙を使い、簡単に作れる衣服をいつか提案したいと思っています」
彼は自身が目指す場所に行くために、何が必要なのかをわかっている。そんなSETCHUのゴールは「永遠にモダンであること」。100年後に誰が見てもかっこいいものづくりを目指して、今日も歩みを進めている。
画家で、プリントデザイナーでもあるルイと行ったモロッコ旅行にて。「郷に入っては郷に従え」が二人のモットーだ。街で出会う人の服装が気になったら、すかさず声をかけて、話を聞く。その土地ならではの生地を手に入れ、現地のアルチザン直々に縫ってもらったことも
「一人で釣りを始めたのは小学生の頃。本格的にスタートしたのは、僕が19歳のときに勤めていたビームスで知り合った先輩・横溝賢史さんが連れて行ってくれたのがきっかけですね」。好きな釣りスポットは中央アフリカ・ガボン。壮大な自然の中で生き物と触れ合う時間も大切にしている
床に座って作業することが多い桑田さん。スケッチを描き、新しい型紙を生み出す床は彼にとって"仕事場"でもあり、"遊び場"でもある
上質なシルク混のウール素材を用い、防寒性に優れたダッフルコート。アウターとしてはもちろん、カッティングが入った袖を結び、ケープのようにもまとえる一着。前面に配したトグルボタンには京都の竹を使用した。「衣服にさらなるラグジュアリーな空気を添えるのは、留め具などのディテール。細かい部分にも意匠を凝らしています」。コートの下にはラペルレス・ジャケット。糊つけ加工を施したようなハリ感を与えた素材を採用した。ボトムにはSETCHUのアイコン製品、通称"折り紙パンツ"を。ウエスト内にはドローコードが備わっているので、サイズの調整も自在。
今シーズン新たに登場するメンズライクなオーバーシャツには、ベストセラーの一つ、チノパンを合わせ、セットアップとして。ユーティリティウェアを彷彿とさせる装いには、シワ加工を施した白のシャツドレスを下に仕込むのが桑田さんのおすすめ。裾からちらりとのぞかせれば、コンテンポラリーな印象にアップデート。「僕がSETCHUの服を手に取ってほしい、と思う人の性別や年齢、体型はさまざま。ターゲットは特にセグメントしていないんです。ブランドを心から愛する人に、自分が本当に心地よいと思えるサイズやアイテムを選んで、ぜひ着てほしいと思っています」。
SETCHUが初めて発表したのが"折り紙ジャケット"だ。多くのファンを獲得している定番品に、ラムレザーが仲間入り。「カンボジアを旅行をしたときのこと。高温多湿な土地で、現地の人々が着ているシャツに興味を持ったのがきっかけで生まれました」という"折り紙シャツ"をイン。さらりとした着心地を目指した桑田さんは生地選びにも抜かりがない。日本で企画し、タイで生産され、イタリアのコモで仕上げたファブリックをセレクト。「一見ベーシック、でもひと筋縄ではいかないデザイン。シャツの襟を取りはずせば、異なる雰囲気を楽しめます」。
デザイナー渾身のカシミヤ100%のトレンチコート。彼のフィルターを通せば、クラシックなアイテムもモダンな佇まいに。袖の内側に配したジップを開閉し、ガンフラップをスカーフのようにアレンジすることも可能。「今季はカシミヤ素材の製品の評判がよかったので、次のコレクションでも挑戦したい」。また、今シーズンのキーカラーとなったのがベージュ。レオパード柄のドレスとパンツもワントーンでまとめ、シックな装いに仕上げて。「一見シンプルだけど、細部に目を向けるとこだわりが垣間見える。そんな洗練されたスタイルがトレンドになると思います」と語る。
※SETCHUの問い合わせ先はオフィシャルサイト(https://www.laesetchu.com/)をチェック! 2023年秋頃から、伊勢丹 新宿店でも取り扱い予定。