唯一無二の世界観を構築し、こだわり抜いたものづくりを披露して多くの人々を魅了したメゾン マルジェラの2024年「アーティザナル」コレクション。今年1月にパリで披露した本コレクションにまつわるインスタレーションが、東京へ巡回するにあたり、クリエイティブ・ディレクターのジョン・ガリアーノにインタビュー。コレクションや展示、メゾンの未来について、キーワードとともに話を聞いた
伝説となったショー、メゾン マルジェラ 2024年「アーティザナル」
ショーは今年1月、オートクチュール・ファッション・ウィーク期間中に開催された。会場は、1920年代のブラッセリーを設えたパリ・アレクサンドル3世橋の下。フランス人アーティスト、ラッキー・ラヴによる歌でスタートし、スクリーンでモノクロのショートムービーを上映。画面から抜け出すように登場したモデル、レオン・デイムがトップを飾った。陶器の質感を思わせるメイクアップを施した多様なタイプのモデルウォーキングにもキャラクターの個性を投影。ラストには俳優のグウェンドリン・クリスティーが登場した。
コレクションに通底する世界観は、いったいどんな要素で構成されているのか。ものづくりをはじめ、ショーの演出、ヘアメイクアップにも影響を与えた着想源を掘り下げる
ジョン・ガリアーノ
1960年生まれ。’85年自身の名を冠するブランドを設立。ジバンシィ、ディオールを経て、2014年10月メゾン マルジェラのクリエイティブ・ディレクターに。
1 写真家 ブラッサイ(Brassaï)
1930年代初頭を生きるパリの人々を撮った写真集で脚光を浴びたブラッサイ。彼の作品に惹かれた理由は?
ブラッサイの写真から、パリについて非常に多くを学びました。彼は、街を歩くとき普通なら見逃してしまいがちな物事を教えてくれました。たとえば、明かりの灯った窓をのぞき見してそこに反射している素晴らしい建築に気づいたり、水たまりを見て、そこで何が起こっていたのか考えてみたりする。それは、オフラインにして、その瞬間を生きるということです。ブラッサイは、ブラッセリーに座るマダム・ビジュー・ラ・モームという驚くべき人物を撮影しました。テーブルの上には酒のグラスが積み重なり、足もとの詩的にも見える破れたストッキングはずり下がっている。そして、きれいに磨かれた靴に、着古したコート。とにかく、とてもパリジャン的なのです。コレクションにはその姿をイメージし、ストッキングで覆ったアイテムがあります。
それらのピースはショーのプロローグとして上映したフィルムのストーリーの着想源でもあります。
橋の下でたむろする、おそらくはスケートボーダーの不良少年たちの一人が盗まれた宝石を偶然見つけて、ブラッセリーにいるマダムに見返りを求めて持っていく。でも、もちろん彼女は捕まりたくないから、宝石を急いでウォッチなんかと一緒にストッキングの中に詰め込むのです。私はそういうエネルギーやさまざまな階級の要素の交錯に強く惹かれます。クールだと思います。
1 宝石を手に、雨風に身を縮めながらマダム・ビジューのもとへ向かう不良少年のよう
2 裂けたストッキングの中にパールやウォッチが詰め込まれている足もと
3 スポンジ製のジャケットは、ストッキングで覆われている
パリで開催されたインスタレーションでは、ガリアーノが所有しているブラッサイの『マダム・ビジュー』(1932)のプリントも展示された。手前のシューズはストッキングで覆ったクリスチャン ルブタンとのコラボレーション
2 人形(Dolls)
メイクアップやルックのディテール、モデルの動きに人形らしさが表現されていたのはなぜなのか
人形からは常にインスピレーションを得てきました。とりわけ、アンティという名の美しい球体関節人形が発想の大きな源となっています。アンティは偉大なアーティストたちのためにモデルとしてポーズを取ったり、何らかの姿勢を保ったりしていたのだと想像しています。私たちは最も暗く孤独な時を人形と一緒に過ごし、人形は自分とともに目覚め、眠ると信じています。
人形は友達なのです。時には捨てられることもありますが、人形たちと意思の疎通ができたらどうなるだろうと思うのです。私にいったい何を思い出させてくれるのか。多くのことを見ている人形は、若い頃の自分に、どんな人生が待ち受けているかを賢明にも教えてくれたかもしれません。そして私は陶器の人形の質感、陶器の輝きが大好きです。
メイクアップアーティスト、パット・マクグラスとの仕事で、その心に染み入るような美しさをイメージしました。
1・2 パット・マクグラスによる陶器人形のようなメイクアップはネット上でも話題となり、実際に試す動画が続出。レザーのブレストプレートも陶器のような仕上がり
3 人形の写真や絵も参照した
4 紙や粘土などで作った関節のディテールつきのグローブも人形らしさを高める。グウェンドリン・クリスティーはじめ、モデルの演技力も光った
3 画家 キース・ヴァン・ドンゲン(Kees van Dongen)
20世紀初頭、自らの感覚と自然との関係を色彩で表現しようとした「フォーヴィスム」の一員の魅力とは
一生本棚に作品集を並べていたいアーティストです。静寂の中でそれらを見ると、描写や色使い、並列させた色をどのようにあの黒ずんだ目と調和させているかに夢中になってしまいます。絵画の質感をどう感じ、理解するか。スタジオのメンバーに彼の作品を紹介したところ、みんな気に入りました。ヴァレンタイン(インハウスモデルでミューズ)を彼のキャンバスから踊り出てきたように見せられるのではないかと考えたのです。
リサーチのための大量の本の中にはキース・ヴァン・ドンゲンの画集も。彼の作風はチュールやモスリンにひだのようなドレープを寄せるテクニック「アクアレリング」に大きな影響を与えている
4 身体矯正(Body Modification)
豊満な胸、極端に細いウエスト、大きなヒップという体型や陰毛を見せるスタイルはどこから来たのか
私の偉大なヒロインであるエセル・グレンジャーの写真にインスパイアされて、形態論的ボディを創り上げました。彼女は夫とともに形態論(肉体改造)に取り憑かれ、1950年代にウエスト13インチ(約33㎝)のギネス記録を残しています。以前コルセットを手がけたことはありますが、今回はブラッサイの写真で見た、豊満な胸でウエストがくびれた驚くほど官能的なレディたちを参考にしました。そして初めてその体型に合わせて生地をバイアスカットしたのです。これは私にも、チーム全員にとってもまったく新しい領域でした。バイアスにカットした生地はそれ自体がまるで命を持っているかのように独特の動きをします。腰や背面、太ももの寸法はかなり極端で、とても力強く、肉感的で、フェミニンなシルエットに。輪郭をはっきりさせ、洗練させなければならなかったので、服よりも、コルセットや下着のほうにより時間をかけました。
でも、正解がないことを探究するのは、とにかく楽しかったですね。私たちは3つの補正具を作りました。シンチャー(ウエストをシェイプする下着)と、エセルにインスパイアされたもの、チューリップと呼ばれる、丸みを帯びたコルセットです。それらをシリコン製のサイクリングショーツのような人工装具の上につけました。フィッティングは何度も繰り返しました。まるでウエストの訓練であり、ピラティスでありヨガ。モデルたちは下部胸郭や軟骨をどう閉じ、会陰から上や、横隔膜をどう引き上げて上体で呼吸するのか覚えなければなりませんでした。スリル満点でしたね。私たちは細心の注意を払いながら、コルセットトレーニングに10日ほどかけました。私もコルセットを着用した経験がありますが、ゆっくりやらなければならないし、とても私的な行為だと思います。さらに、マーキンを取り入れました。初めて見たとき、とても美しいと思ったのを覚えています。用いるべきかどうか悩んだ末に、ボディスーツの上につけることにしました。観客は、陰毛のあたりに美しい宝石で隠されたマーキンを見て、ボディスーツを肌だと錯覚してしまった。私たちもパット・マクグラスによるメイクアップが施され、マスクをしたトータルルックを初めて見たときはまさにそう感じました。
1 ヒップを大きく見せるシリコンの補装具の上にシルクサテンのシンチャーを着用
2 ウールのカーディガンの下から、きつく締められたシルクサテンのコルセットがのぞく
3 インスタレーションでは棚にさまざまなコルセットやシンチャーを並べていた
4 マーキンとはいわばアンダーヘアのかつら。チュールのドレスから透ける様子はまるで本物のように見え、人々を驚かせた
5 展示の様子。モデルの肌の色にマッチしたシルクチュールに人工毛を刺しゅうした
数多く用いられたテクニックの中から、ガリアーノが2024年「アーティザナル」で特に注目すべき4つを厳選。それぞれの定義や、革新的なポイントを教えてくれた
1 レトログレーディング(Retrograding)
下書きの線画のようなドレスに見せるという考え方
生地やテクニック、色、質感を"劣化"させて―言い換えると完璧な状態よりも程度を落として―ドレスを作るという発想です。下書きの線画のようなものだとイメージしてもらえたら。面、輪郭、首の線を描く。それからバストの上に水彩絵の具を塗ります。質感は少し濃くなりますが、それでもまだかなり透け感が残ります。この作用はヒップより下のあたりにかけて最も激しくなり、裾までのカット、質感(ライン、色、すべて)が、線画ではなく、ほぼ油絵のように不透明になる。私は"レトログレード"(劣化)をそういうふうに考えました。欠けていく月から着想を得ました。
1 ポニースキンの「タビ」ブーツは、ハンドペイントで色を薄くしていっている
2 黒のドレスにレトログレーディングを採用
3 ロゼットアップリケが裾から上方に向かって変化していくドレス
4 タフタのグローブはシリコンで劣化させた
2 アクアレリング(Aquarelling)
画家の水彩絵の具の使い方にならいひだのようなドレープを寄せる技法
チュールやモスリンを使った絵画。ドレープは水に浸かったファブリックを思わせ、また肌にまとわりつくようなモスリン、チュール、サーモコラント(接着芯地)の表面に寄せたひだは、濡れた布地のような印象を与える彫刻のようにも見えます。
1 ひだのようにドレープを寄せたチュールは濡れているような印象で、彫刻にも見える
2 ドレープを寄せたチュールのマスク
3 ビーズ刺しゅうが施された、肌にまとわりつくようなドレープを描くシルクとモスリンのドレス
3 エモーショナル・カッティング(Emotional cutting)
人間の動作や感情的な身ぶりをもとにしたカッティング
ジェスチュラルカッティング(動作をもとにしたカッティング)をさらに探究したテクニックです。今回、私はインハウスモデルでミューズのトーマスとヴァレンタインの魂と心を捉えたかった。ジェスチャー(身ぶり、動作)がカッティングに影響を与え、さらに感情が伴ってくるのです。
1・2 水滴に見せかけたビーズが刺しゅうされたピーコートやスーツには、雨の中で身を守るジェスチャーが染み込んでいる
3 ミリタリーコートは、身を隠すようなジェスチャーを表現している。ウールのキャップにもエモーショナル・カッティングが採用されている
4 シームレース(Seamlace)
継ぎ目のないように作られたレース
過去に従来のぴったり合わせるシーム(縫い目)を刺しゅうの継ぎ目に溶け込ませ、花をイメージしたバイアスカット・ドレスを試したことがあります。モデルがレースの中にエアブラシで消されたかのように見せたかったのです。
とにかく縫い目がない。それでいながらゴデットにボリュームを出しました。レースのあらゆる部分を切り抜き、同時にドレスのフィッティングをし、その後、つけ直しをする。はめ込み細工みたいなものですね。そうすると、縫い目がまったくなくても、バストの上にも下にもボリュームを出すことができるのです。
上質なレースのストッキングを編むのと原理は似ています。手作業でしかできないテクニックです。
1・2 インスタレーションでは手術台の上に置かれたグローブと一体化したドレス。シルクのベルベット、サテン、モスリン、ジョーゼットを使用し、シャンティイレースの断片を貼り合わせている。手作業により、9カ月もの期間が費やされた。背中には蝶の刺しゅうが
ルック一体ずつ、モデルの写真やリファレンス、生地、メモなどが貼りつけられた冊子が作られ、人物像が設定されていた。果たして彼らはどんな人々なのか
2022年「アーティザナル」コレクションで提案した『シネマ・インフェルノ』の登場人物、カウントとヘンがシーズンを越えたミューズです。カウント役のレオン・デイムとヘン役のルル・テニーは本当に刺激的でした。彼らはそれぞれのキャラクターを演じることに大変な熱意を持ち、献身的に取り組んでくれました。カウントとヘンは永遠のループの中に存在していて、今もそこにいます。何シーズンにもわたって、マルジェラボーイとマルジェラガール、マルジェラのすべて、マルジェラワールドを象徴しているのです。
彼らとともに、ストーリーを持つ、ある種、自分の運命を完全にコントロールできているように見える女性たちがいます。私は"夜の女性たち"と呼んだのですが。ほかには、まさにブラッサイらしいスタイルの作品に写っていた人物にインスパイアされたキャラクターも何人かいます。それらの写真には何の偏見も感じられず、彼らはその瞬間を生きています。
1 NY出身の人気モデル、ルル・テニーは、演劇と映画を融合したようなフォーマットで発表された2022年「アーティザナル」でヘン役を熱演
2 カウント役を演じたドイツ出身のレオン・デイムは、2020年春夏メゾン マルジェラのドラマティックなウォーキングでも話題を呼んだ
今年でクリエイティブ・ディレクターに就任して10年。ブランド名を変え、数々のシステムを構築し、前代未聞の表現形式に挑戦してきた彼は、その先に何を見ているのか
メゾンに息づく哲学と私との共通点は破壊的であるということだと思います。私は創設者、マルタン・マルジェラの精神を理解した上で仕事をしているつもりです。彼がやっていたことを私にもできるなどとは、考えることすら、厚かましい。 デザイナーが前面に出ないメゾンであることは魅力的ですし、むしろ楽しんでいます。さまざまなテクニックを駆使し、服そのものに再びスポットライトが当たるようにしたいです。
カウント&ヘン
『シネマ・インフェルノ』と名付けられた2022年「アーティザナル」コレクションに登場した。義理の兄妹となった二人がいつしか愛し合い、不運な運命をたどっていくストーリー。
「パリの影は光となって――1930年代ブラッサイ写真の世界」
着想源の一つ、ブラッサイについて写真史を専門とする東京大学 大学院教授・今橋映子さんが解説
2024年パリは、オリンピックの全世界放映を通じて、いかに「舞台」として使える街であるか、改めて私たちに見せつけた。その半年前の2月、ジョン・ガリアーノは、セーヌ河の橋の中でも最も豪奢で知られるアレクサンドル3世橋を、「アーティザナル」コレクションの会場に選んだ。エッフェル塔にもほど近い高級住宅街で知られる地区。しかしガリアーノが選んだのは、何とその「橋の下」だったのである。ジョン・ガリアーノは、「ネットから離れ(……)私たちが見過ごしているエリアへと意識を向けることで見えてくる情景」を現出させたという。 ショーの模様は、動画サイトで自由に見ることができる。たった30分あまりの映像を見て驚いた、そしてどこか胸が一杯になった――そこにはオリンピックの今ではない、1930年代の写真家ブラッサイとその仲間たちが紡いだ、モノクロ写真の「影と光」の織りなす世界が浮かび上がっていたからだ。豪奢な橋の真下には、それとは真逆の、危険と魅惑が隣り合わせの「夜のパリ」があった。
ブラッサイとは誰か
ガリアーノはこのショーを制作するにあたって、ブラッサイから啓示を受けたとはっきり語っている。姓も名も区別がない「ブラッサイ」という写真家――その正体をちゃんと知っている人は、実は少ない。本名ジュラ・ハラース(1899―1984)は、ハンガリー東部(現・ルーマニア中部)のトランシルヴァニア出身。父はフランス文学者で穏やかな家庭だったが、不穏な政権下、ブラッサイは亡命者として、1920年代にベルリンを経てパリに来た。食うや食わずの生活の中で、偶然始めたジャーナリストとして、写真の技術を磨く。ブラッサイは戦後フランス国籍を取得し、一生祖国に帰ることなくパリを撮り続けた。ブラッサイの最初の写真集『夜のパリ』(1932年)は、驚きをもって写真界に迎えられたという(現在では古書市場で数十万円にもなる人気を誇る)。『夜のパリ』はリング綴じの珍しい写真集で、裁ち切り画面のため、読者は夜のパリに潜入したかのような臨場感がある。驚くのは当時の機材で「夜」を鮮やかに撮る技術だけでなく、その被写体の多様性にある。もちろんエッフェル塔のネオンも、光の波に輝くコンコルド広場のオベリスクも、オペラ座の劇場内部もあるのだが、同時にブラッサイはそのページの隣に、橋の下でうずくまる路上生活者、工事現場、下水くみ取り作業車、どこかの建物の火事現場、早朝にパンを焼く職人、野菜市場の運搬車で寝る労働者、暗い街角に立つ女……など、正反対の風景や人々を活写するのである。社会階層の高低も、名所旧跡や場末の区別も、この写真集には存在しない。夜の闇の中で、わずかな光に照らされればそこには、人間のありのままの人生や活動、生命のありかが平等に写し出されてくるのである。
ブラッサイ・ピカソ・プレヴェール
驚くことに、ブラッサイはあのピカソの親しい友人だった。ピカソはスペイン出身。ともに「パリの異邦人」だった彼らは、ドイツ占領当時の危険な時代にパリを生き延び、だからこそ厚い友情で結ばれていた。フランス人詩人ジャック・プレヴェールも、その仲間だ。ブラッサイの『夜のパリ』の世界は、当時すでにピカソやプレヴェールを熱狂させた。彼らはようやくパリが解放された1945年、ブラッサイの写真を大きく引き伸ばしたプリントを舞台装置に仕立てたバレエ『ランデヴー』を制作する。振付家は駆け出し時代のローラン・プティ。「星占いで死を予告され、その通り刺客に襲われた不幸な青年は、世界一の美女に会う約束がある、と嘘を言ってようやく夜のパリに逃れる。ところが本当に一人の人妻をひと目見て恋に落ちたその男は、結局その女に殺されてしまう」――。夜のパリに潜む危険な薫り。恋愛と死が交錯する残酷な物語。1930年代パリのイメージはこうして、フランス文化の中に深く刻まれてきたのである。さらに映画『夜の門』『天井桟敷の人々』など、同じ系列の作品を挙げると、どれもがブラッサイの写真美学と深く通じ合っているのがわかる。
パリの異界、再び。
写真、バレエ、映画……とジャンルをわたって展開してきた『夜のパリ』の異界は、90年後、ガリアーノのショーで再び蘇った。モノクロフィルムの冒頭すぐに、ブラッサイが撮ったのとほぼ同じ構図の深夜のパリが現れ、犯罪と官能が混じり合った、切迫した映像が展開する。そこから会場に滑り込む登場人物が、コレクションモデルに変貌していく。見慣れないシルエットのモデルが次々と現れ、招待客に近寄り、誘惑したり拒絶したり、まさしく一幕の劇に招待客は巻き込まれていくのである。 私たちは誰でも、都市には影と光がない交ぜになっていることを知っている。見慣れた日常風景ではなく、名所旧跡でもなく、はるかトランシルヴァニアからパリに来た異邦人が、目を瞠ってパリのすみずみを探検するように、私たちもまた、無意識に都市に潜む「驚異」の瞬間を求めている。モードの最前線は、まさにそうした共通の記憶を探り当てたと言えるのだろう。
ブラッサイをもっと知りたい人に
『夜のパリ』ブラッサイ著、飯島耕一訳、みすず書房、1987年
『未知のパリ、深夜のパリ』ブラッサイ著、飯島耕一訳、みすず書房、1987年
『ブラッサイ写真集成』アラン・サヤグ/アニック・リオネル=マリー編、堀内花子訳、岩波書店、2005年[ポンピドゥー美術館2000年展の日本語版]
『ブラッサイ パリの越境者』今橋映子著、白水社、2007年
パリで関係者向けに開催されたコレクションを解剖するインスタレーションが東京に上陸。意図や見どころ、チェックすべきポイントを本人が解説
今回のショーの反響は非常に大きく、人々がアルゴリズムで予測したものではなく、いかに本物に反応するかということがわかりました。創造の力を思い出させられた人もいたと思います。本インスタレーションは、とにかく何よりもテクニックにスポットライトを当てています。いわばコレクションの"検視"です。作品とそのストーリーのレイヤー(層)を、シルエットを探究しつつリサーチ本を見て、テクニックを理解し、1枚ずつ剥がしていくイメージです。コルセットをはじめ珍しいものが収められた"キャビネット・オブ・キュリオシティ"や、私がリサーチに用いた人形の本、さらにメイクアップやカラーリングの参考にしたキース・ヴァン・ドンゲンの本などをご覧ください。
1 シンチャー、エセル・グレンジャーに着想を得た型や丸みを帯びたコルセットが並べられた「キャビネット・オブ・キュリオシティ」
2 リサーチのために用いた本のほか、コレクションのルック一体ずつに作られた冊子も見ることができる
Information
『メゾン マルジェラ アーティザナル 2024 インスタレーション』
期間:2024年11月2日(土)~11月24日(日)
住所:東京都渋谷区恵比寿南2の8の13 2-3F
事前予約優先
詳細は公式サイト(www.maisonmargiela.com)をご覧ください