ドラマ「フュード/確執 カポーティvs. スワン」が米国で放映中。作家トルーマン・カポーティは20世紀半ばの上流社会の女性たちを"スワン"と称し、愛した。彼女らのスタイルは今もモードのお手本だ。そこで90年代に日本のファッション界を牽引した4人にフォーカス。時を重ね、独自のスタイルに磨きをかけていく姿は私たちにとっての"スワン"だ。文筆家の山崎まどかさんによる解説とともにスワンの魅力について触れたい
りょう●高校卒業後にモデルとして雑誌やファッションショーで活躍。1996年フジテレビ系ドラマ「ロングバケーション」で俳優デビュー。7月7日(日)より博多座にて、順次東京・大阪で、劇団☆新感線の夏秋公演 いのうえ歌舞伎「バサラオ」に出演。
いちかわ みわこ●90年代にモデルとしてデビューし、雑誌『CUTiE』や『Olive』などで活躍。その後俳優として映画やドラマなどにも活動の場を広げる。2023年度後期NHK連続テレビ小説「ブギウギ」での演技も記憶に新しい。
たなべ あゆみ●モデル。16歳で単身渡仏、トップモデルとしてパリコレクションなどで活躍した。現在はモデル業も続けながらアパレル「ari」のデザイナーの顔も。ariは主にオンラインで展開。6月に東京でホップアップショップを開催予定。
しみず しゅり●1992年にモデルデビュー。2000年代の東京コレクションで活躍し、多くの雑誌やCMなどにも登場しているモデル。子育てと仕事を並行しながら、アーティスティックなインプットも心がけている。
シックな黒の奥深さを知る
東京版スワンを演じたのは、90年代にモデルのキャリアをスタートした4人。市川実和子さんはシャネルのアルチザンの技が感じられるラグジュアリーなセットアップを、ブラックスワンのように艶やかに着こなした。コットンジャージのマテリアルで着心地軽やか。そこに比類なきエレガンスを感じさせる黒のスパンコールを敷き詰めた圧巻のルックだ。ほどよく肩の力が抜けたラグジュアリーなセットアップは、大人の余裕こそ最大のエッセンス。
ボーダーを飛び越える、クールビューティ
田辺あゆみさんと清水朱里さんは90年代を代表するアンドロジナスなムードを持つふたり。オーセンティックなトレンチコートをモダンに魅せる。
【田辺あゆみ】新生カルヴェンのオーバーサイズトレンチはハリのあるシルエットが特徴的。ウエストマークして、フィット&フレアのドレスのように着こなしたい。
【清水朱里】神話・神秘に着想を得て、太陽や薬草などのモチーフをちりばめたトレンチコート。ボタニカルなモチーフはキャリアに裏づけされた自信を可憐に引き出す。
グラマラスな魅力を、知的にまとう
俳優としても活躍中のりょうさんはジュエリーとのマッチングを楽しむスタイル。エルメスを代表するモチーフである"シェーヌ・ダンクル"のアンカーチェーンを贅沢にあしらったジュエリーバッグを主役に。知恵の輪のように複雑に絡み合う美しいシルバーのポシェットはカットワークレースのシャツドレスにマチュアな輝きを加えてくれる。同モチーフのシンプルなリングもマッチ。
鍛錬された体が発するポジティブなエナジー
今もなおバレエを続けているという清水朱里さんは、カメラの前に立つだけで洋服の持つパワーやメッセージを明確に伝えるレジェンド的モデル。ヴィラ ノアイユの庭園をテーマにしたシャネルの印象的なピースをノンシャランに着こなした。ダブルCと大輪の花々が躍るように咲くプリントはどこかピースフルなムードを醸し出す。花々にあしらったストラスが時折輝き、ロマンティックさも感じさせる。
90年代のパワフルなムードを携え東京スワンたちの美しさが花開く
ひとりひとりが強いパーソナリティを確立しているからこそ、ラグジュアリーな服やジュエリーがいっそう魅力的に映る。美しさの基準をアップデートし続ける4人の東京スワンたち。その凛とした佇まいは永遠だ。
【田辺あゆみ】リネン混の仕立てのよいジャケットスーツをクールに着こなす。素肌に直にまとうことで、女性の体のしなやかなフォルムを優雅に描く。
【市川実和子】ウルトラモダンなグッチのロングジレ。腕や足、胸もとなど、肌の見せ方も計算し尽くされている。
【清水朱里】和の美しさをテーマにしたロロ・ピアーナの世界。淡く儚く花開く情景をプリントで表現。リネンコットンの優しい肌ざわりも上質な証し。
【りょう】高品質なゴールドは大ぶりなブレスレットやピアスで身につけて、シックなスタイルに。黒のドレスがまとう人の成熟した美しさを引き出す。
クリーンな装いがパーソナリティを引き立たせる
自身のファッションブランドも手がける田辺あゆみさん。世界のランウェイや海外の雑誌でも活躍をした逸材はいつだって最先端のモードとの相性が抜群だ。新しいクリエイティブ・ディレクター、サバト・デ・サルノを迎えたグッチのスポーティなブルゾンを凛と着こなす。ボンディング仕立てでシルエットを美しくキープするブルゾンは、ストリートすぎない絶妙なバランスが素晴らしい。
ブラックドレスと宝石さえあれば、何もいらない
大人のワードローブにおいて、ブラックドレスとパワフルなジュエリーに勝るものはない。自立した女性たちをエンパワメントするデザインを選び抜きたい。
【りょう】ごろりと大粒の色石はチャーミングなピンクトルマリンを選んで存在感のある手もとが完成。遊び心のあるダブルリングを重ねて、レイヤリングも楽しんで。
【市川実和子】ネックラインにコサージュのポイントをきかせたシアーなロングドレス。細やかなプリーツなど、体をきれいに見せるあしらいも素敵。胸もとのポケットが粋なアクセントに。
トルーマン・カポーティのミューズであった4人の女性。今なお輝きを増す彼女たちの物語を、文筆家の山崎まどかさんに聞く
20世紀半ば、マンハッタンの高級レストランが〝劇場〟のような存在だった時期がある。ニューヨークの上流階級の美しい婦人たちが着飾り、食事ではなく社交のために、何よりも自分の存在を誇示するためにランチタイムをながながとレストランで過ごした。スティーブン・ソンドハイムがミュージカル『カンパニー』の「ランチするご婦人たち」で曲にした光景である。
かつてマンハッタンの55丁目、セント・レジス・ホテルの向かいにあった「ラ・コート・バスク」はそんな「ランチするご婦人たち」のメインステージだった。常連は作家トルーマン・カポーティと、彼が「スワン」と呼ぶエレガントで裕福な婦人たち。誰もが美しく、贅沢な趣味と優美な長い首の持ち主だった。湖を泳いでいく白鳥は、水面下で必死に足を動かしている。カポーティはその内情についても、知り尽くしていた。
カポーティのスワンたちの中には、アメリカのファッションに大きな影響を及ぼした4人のアイコンがいる。
CBS会長のウィリアム・ペイリーの妻だったバーバラ・ペイリー、通称ベイブ。彼女は儚げな美貌と完璧なファッションで知られていた。デザイナーたちは世界的ベスト・ドレッサー・リストの常連であるベイブに、こぞって服を提供したがった。彼女の装いは伝説的だ。ある暑い日、レストランで彼女が首のスカーフをはずしてバッグの持ち手に巻くと、すぐにそれは大流行し、スタイルとして定番化した。
ボストンの名家出身のC・Z・ゲストは、アメリカ上流階級の美学が結実したような存在。その清潔感で「アイスクリーム・レディ」の異名を取った。ディオールのニュー・ルックが席巻していた50年代のパリに、ツインニットとツイードのスカート、モカシンの靴で現れて注目をさらったという逸話が残っている。同じカポーティのスワンでも、メキシコ出身のグロリア・ギネスはそれが命綱とばかりに最新ファッションにこだわったが、C・Zの優先順位は邸宅と庭園にあった。
リー・ラジウィルはジャクリーン・ケネディの妹。少女時代から姉よりも繊細な美しさと趣味のよさで知られていた。ジャクリーンは14歳の妹のドレスを借りてニューヨークの舞踏会で「今年のデビュタント」に輝いた。リーはポーランドから英国に亡命したスタニフラフ・ラジウィル王子と結婚し、ヨーロッパの特権階級的なセンスを身につけていく。
カリフォルニア出身のスリム・キースは鉄火肌の美女。映画監督ハワード・ホークスと結婚していた頃、彼女はファッション誌でローレン・バコールを発見し、夫の映画のヒロインに抜擢させた。ホークスの『脱出』(1994)に出演したバコールの役のあだ名は「スリム」。千鳥格子のスーツの着こなしをはじめ、スリムにそっくりだった。アメリカにおけるハンサムな女性の源流は彼女にあると言っていい。
スワンたちへのカポーティの優しさと冷徹な観察眼
上流階級に憧れと飽くなき好奇心を抱いていたトルーマン・カポーティは、パーティや劇場で彼女たちに出会うとその懐に入り込んだ。スワンたちは気がつくと、彼に秘密を打ち明けていた。
社交界の女性たちのライフスタイルは、夫の資産によって成り立っている。それ故、彼女たちは対等なパートナーと決して見なされず、屈辱的な立場に甘んじていた。ウィリアム・ペイリーは常に妻に完璧であることを求め、社交生活や家の中に不備があると激しく責め立てた。交通事故で歯を失っていたベイブは、朝も入れ歯と薄化粧なしでは夫と顔を合わせようとしなかったという。
しかしどんなに美しく装い、パーティで見事なホステスぶりを発揮しても、スワンの夫たちは平気で浮気を繰り返し、彼女たちの女性としての自尊心を踏みにじった。
スワンの苦悩を、カポーティだけが知っていた。男性は彼女たちの内面生活には興味を示さず、同じ階層にいる女性同士はみんなライバル。そんな環境の中で、南部出身のゲイの作家は、唯一心を許せる相手だった。それまで本当に親密な相手のいなかったベイブにとって、彼は生まれて初めてできた親友だった。お互いにつらいことがあると、スズランの花束を贈り合うような、優しい関係だ。
しかし実際は、スワンたちの話はカポーティのほかの友人たちに筒抜けだったのだ。
カポーティのスワンたちへの憧れのまなざしは、自分には決して手が届かないものに対する嫉妬と憎しみと表裏一体だった。また、カポーティにとって彼女たちは〝題材〟でもあった。彼は上流階級に入り込んでゴシップを集め、彼らの風俗や精神を後世に残すような作品を夢見ていた。目指したのは、自分たちと同じ階級の人々を描いたイーディス・ウォートンやプルーストのような小説だ。
その作品となるはずの『叶えられた祈り』の一章を構成する「ラ・コート・バスク」を雑誌『Esquire』の1976年11月号に発表する前、カポーティは作中人物のモデルになった人たちが気を悪くするのではないかと、友人たちから警告を受けた。
「あの人たちはお馬鹿さんだもの、誰が誰だかわかりっこないよ」とカポーティは笑い飛ばした。
しかし「ラ・コート・バスク」で〝ランチするご婦人たち〟が話すゴシップのモデルたちはすぐに特定されて、ニューヨークの社交界に激震が走った。作中で夫を殺したとされる女性のモデル、アン・ウッドワーズが自殺したため、さらにスキャンダルとなった。
ゴシップをまくし立てるレディ・アイナのモデルにされたスリムは激怒し、カポーティとの関係を絶った。夫の浮気の生々しいエピソードを暴露されたベイブのショックは誰よりも大きく、彼女は打ちのめされた。その頃、すでにがんを患っていた彼女に、この仕打ちはこたえた。2年後、ベイブは失意のうちに亡くなったが、カポーティは彼女の葬儀からも締め出されてしまった。
「ラ・コート・バスク」のスキャンダルによって、ニューヨークの社交界全体がカポーティに背を向けるようになった。中にはC・Z・ゲストのように態度を変えなかった人もいる。「ラ・コート・バスク」に登場しなかったことについて「私がカポーティにしゃべったことは、書くほどの価値がなかったってことね」とC・Zはクールに言っている。しかし、トルーマン・カポーティとスワンたちとの蜜月期は終わり、カポーティはさらに酒やドラッグに溺れるようになっていった。
21世紀によみがえるスワンたちとカポーティの『叶えられた祈り』
発表当時は下世話な評判しか呼ばなかった「ラ・コート・バスク」だが、ある時代の上流階級の風俗と精神性を物語る作品として、今では重要視されている。その証拠が、ヒットメイカーのライアン・マーフィらがプロデュースした「フュード/確執 カポーティ vs.スワン」だ。「ラ・コート・バスク」のスキャンダルを中心に、カポーティと上流階級の女性たちの関係を描いたこのドラマに、マーフィは彼の「スワン」とでも呼ぶべき俳優たちを集めた。ベイブの役にナオミ・ワッツ、スリムはダイアン・レーン、C・Zにはクロエ・セヴィニー、リー・ラジウィルにはキャリスタ・フロックハート。
カポーティはスワンの真価は若さの盛りを過ぎてから発揮されると信じていた。持って生まれたもの以上に、自分で磨いて作り上げたスタイルがものを言う年代であり、その頃の魅力こそが大事なのだと。スワンたちを演じる俳優たちも同じことが言える。
スワンたちのドラマは魅力的だ。彼女たちのストイックなまでの美とスタイルに対する追求心と、優美な外見の下で彼女たちをコルセットのように縛りつけた抑圧や苦悩について、現代の私たちは知っている。皮肉なことに、彼女たちを破滅させると信じられていたカポーティの作品が、スワンの存在を永遠のものにしたのである。
20世紀のアメリカ上流階級を描いた傑作を残したいというカポーティの願いは、未完の小説で一部かなったのだ。まるで祈りが通じたかのように。そして『叶えられた祈り』のエピグラフに引用された聖テレサの言葉通り、かなえられなかった祈りよりも、かなえられた祈りの上により多くの涙が流されたのである。
『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。エッセイ本『ランジェリー・イン・シネマ』『映画の感傷』『優雅な読書が最高の復讐である』など著書多数。