じりじりと照りつける陽の光を受けて鮮やかに映えるドレス。到着したばかりのプレフォールのルックから想像の翼を広げて歌人・作家の川野芽生さんが5首の短歌を詠む
限られた31字から、読者の脳内に最大のイメージを拡張させる
鮮やかな一瞬のイメージに豊かな抒情を重ね合わせ、短い31文字のなかに閉じ込める。短歌は、奈良時代末期にはすでに『万葉集』が編まれたように、究極にして身近な文章表現として日本人に親しまれてきた。長い短歌の歴史にあって、今また新しい感性の歌人たちが登場し、「令和の短歌ブーム」が起きている。その牽引者のひとりである川野芽生さんは、純度の高い言葉による世界の彫琢を得意とし、文語旧仮名遣いの格調高い短歌で、読む人の心を震わせてきた。ときに「ことば派」とも呼ばれる彼女にとって、短歌で世界を表現することとは?
「短歌は音数が少なく情報量も限られているので、どうすればひとつの言葉から最大のイメージを読者の脳内に引き出せるかを考えています。小説のような微に入る描写なしに、読む人がその光景を思い浮かべられて、さらには繰り返し歌を鑑賞するなかで新しい発見を体験してほしい。イメージの拡張を味わえることが短歌の魅力ではないでしょうか。私たちは言葉を日常的に用いて生活していますが、じつはその言葉のポテンシャルを部分的にしか使っていない気がします。用例の蓄積だったり音韻だったり、言葉にはもっと豊かな力がある。短歌ではそれを全部持ってきたいと思いますね」と川野さん。
今回の5首からはそれぞれたった31文字とは思えない認識の驚きがもたらされる。具体的なドレスから、読者を異界に連れ出してしまう連想の力とはどういうものだろう。
「短歌は上の句から下の句へ至るイメージの移り変わりや、見える景色の違い、別の言い方をすれば、時間の流れを無視して詠むことはできません。具体と抽象もはっきり分かれるわけではなく、さまざまな具体物が異界への扉となりえます。今回の夏のドレスたちはイメージの飛翔にぴったりで、なおかつ物語を内包していると感じました」
服を着ることも自己表現の方法のひとつだといわれるが、川野さんご自身にも服飾へのこだわりが感じられる。ファッションと創作の関係についてはどうだろう。
「私は、肉体は不要で、魂だけ、言葉だけの存在でありたいという〈心身二元論〉的な考え方に親しんでいるのですが、それでも服をまとうことで身体との和解が少しかなう気がしています。肉体は所与のものとして脱げないけれど、それに一層、服を重ねることで自分の選択した自分になれる。服を着た私こそ、私の精神に近いと感じます。他者にどう見られたいかの観点ではなく自己との対話です。スカートの裾のこのレースが、あるいはブラウスのこのなめらかな質感が、魂のかたちに合っているからそれをまといたい。文章表現でいえば、助詞のたった一文字が「は」か「が」では決定的な違いがあり、それにこだわりたいです。一方で言葉には意味があるし、服には機能があり、どちらも一定のコードがなければ成立しません。望むと望まないとにかかわらず、社会の中にあるという点でも共通していますね」
気高さにおいて、女性をエンカレッジする作風を持つ川野さんにとって、文学とは?
「文学や芸術は人生にとって不可欠な楽しみです。私が短歌を詠み、小説を書く理由はそれだけでいいと思います。でも、差別が存在するせいで、その楽しみを享受する機会も平等ではない。私は困難な状況にある人にこそ文学を届けたいと思っているんです」
1991年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科満期退学。2021年、歌集『Lilith』で現代歌人協会賞を受賞。硬質で抽象度が高く美しい作品に注目が集まる。小説の発表にも意欲的で『月面文字翻刻一例』や『奇病庭園』の幻想世界にファンが多い。『Blue』は芥川賞候補になった。新刊歌集に『幻象録』。







