じりじりと照りつける陽の光を受けて鮮やかに映えるドレス。到着したばかりのプレフォールのルックから想像の翼を広げて歌人・作家の川野芽生さんが5首の短歌を詠む
シャネル
ヴィルジニー・ヴィアールは今季のメティエダール コレクションで、メゾンのコードに英国のカルチャーをちりばめて提案。1960年代のユニフォームのようなウールツイードのドレスには、グリーンで揃えたハウンドトゥース柄のシルクブラウスを合わせて。紅茶缶を思わせるバッグが、ティータイムのような安らぎを日常に運ぶ。
プラダ
ベースとなっているのは驚くほど軽やかなリネン。やわらかいベビーピンク色に染め上げられ、波打つようなカッティングが施されている。二つのスクエアをトップとスカート部分で連結させたジオメトリックなパターンながら、繊細なレースで縁取られ、手仕事のぬくもりも漂わせる。胸もとにはシグネチャーのロゴが編み込まれて。
炎天と膚のあひだに挟むひときれの薄布、花の色
「服をまとうという行為自体を詠みました。服を着ることは日常的な行為ですが、"世界と自分のあいだに何かをさしはさむこと"と考えてみれば、少し違う見え方ができる気がします。夏の炎天の下で、このドレスを着る。レーシーで繊細で、心もとなさを感じるほど覆われる面積の少ないドレスですが、かたい鎧のような防具ではなくとも、自分と世界をたしかに隔ててくれるものとなります。下の句は、"句またがり"にして、リズムの変化をつけました」(川野芽生さん)
マルニ
温暖化に伴い、求められる生地の主流が薄手になるなか、マルニのプレフォールではこのドレスのようなコットンポプリンなど軽やかな素材に、花柄、ストライプ、幾何学模様といったブランドらしいプリントをのせて提案している。チャコールペンシルで手描きしたような花柄がノスタルジーを喚起する。
足跡を読み解きながらゆく砂の上、コットンが風に騒立つ
「ドレスの柄から連想して作った歌です。今シーズンのMARNIを象徴する手描きの花模様のドレスですが、じっと見つめていると砂浜の上の足跡のようにも見えてくる不思議な柄だなと感じたんです。さらに想像を膨らませていくと、このドレスを着た人物の後ろ姿が映し出され、強めの風にはたはたとゆれる裾からのびたその人の足の運びが、砂地にこの柄をまた作りだしていく、二重の入れ子のような構造が思い浮かびました。」(川野さん)
ジバンシィ
ユベール・ド・ジバンシィの後期のコレクションからインスパイアされたプレフォールコレクション。フレンチスリーブのラインに並行する深いVネックがきりりとした印象に。暑い昼間には涼しく、肌寒い夜には温かさを保つ着心地よいシルクリネン素材を採用した。オレンジ色が真夏の日差しによく映える。
ボッテガ・ヴェネタ
ジグザグにカットしたシャツのヘムからスカートをつなぎ合わせたデザイン。水色とイエローが織りなすオプティカルチェック柄がスカートの動きと相まってリズミカルな視覚効果をもたらす。リネンコットンの表面にわずかなシワ加工を施し、夏にうれしいシアサッカー風に仕上げている。
問ひと答への入り交ぢるがに月かげはあらゆる水の面へ流れ込む
「黄色から緑にグラデーションされた線の動きを見ていると、稲妻や麦畑など、さまざまな光景が浮かびました。最終的には、月の光が夜の海の水面に落ちていくイメージを選んだのですが、この柄は上と下との垂直的な対立ではなく融合であるように感じられ、対話のなかで問いだったものが答えとなり、答えが問いとなって入りまじるさまと重ね合わせられる気がしました。月の光と海という視覚的な連想の上に、問いと答えという比喩を加えることで、もう一段階、新しい驚きの感覚を歌に与えられたと思います」(川野さん)
ロエベ
軽やかなソフトコットンポプリンのドレスは潔いまでのホワイト。二着のドレスをレイヤードしたように見えるトロンプルイユのデザインや、縦に長く誇張されたビブで、夏の定番にロエベらしいアーティな遊び心を加えた。スカート部分にはたっぷりとドレープをきかせて大胆なボリュームを実現。
火には火を 純白に身を鎧ふとき天より偸む焔と思へ
「真夏の太陽に対抗する、ドレスの白のまぶしさという苛烈な世界の戦いを描いてみました。襟つきのひざ下丈のワンピースはしばしば清純さの象徴のようにも見られますが、私はむしろ鮮烈な強さを見出したい。白だからこその激しさを。この人は太陽光を受けて反射しているだけでなく、プロメテウスのように天から火を盗んで、自ら炎となってぶつかっていく。それが、"鎧う"という動詞につながっています。炎天との戦いは葉月のドレスというコンセプトを考えるなかでひとつの共通するテーマとなりました」(川野さん)
フェラガモ
シルクのパネルをアシンメトリーに配置した、エレガントなロングドレス。プリントはサルヴァトーレ・フェラガモが過去にデザインした、帆船をハンドペイントしたアーカイブスのシューズから着想を得たもの。スカーフのようなスリーブが風に揺れて、ドラマティックなムードを放つ。
帆船と電線すれ違はざりし歴史に繰り返さるる陽炎
「服地の柄に抽象的な帆船が描かれ、それははり巡らされた電線のようでもあり、いろんな想像が膨らみます。帆船と電線は音の韻では似ていますが、大航海時代に活用された帆船と電気が実用化される18世紀以降では時代的な隔たりがあり、踵を接することがなかった。実際には出合わなかったものが日差しのもとで陽炎のような幻となって立ち現れ、共存しているというイメージから作った歌です。歴史的、空間的な広がりを、ひとつのドレスのなかから読みとりました」(川野さん)
マックスマーラ
体のラインにぴたりと沿うロングドレスは、肌にとろけるようになじむシルクカシミヤ製。大人の女性を美しく彩るベージュカラーをのせて。胸もとをホールドするディテールが、シンプルなドレスにモダンなタッチを添えている。
限られた31字から、読者の脳内に最大のイメージを拡張させる
鮮やかな一瞬のイメージに豊かな抒情を重ね合わせ、短い31文字のなかに閉じ込める。短歌は、奈良時代末期にはすでに『万葉集』が編まれたように、究極にして身近な文章表現として日本人に親しまれてきた。長い短歌の歴史にあって、今また新しい感性の歌人たちが登場し、「令和の短歌ブーム」が起きている。その牽引者のひとりである川野芽生さんは、純度の高い言葉による世界の彫琢を得意とし、文語旧仮名遣いの格調高い短歌で、読む人の心を震わせてきた。ときに「ことば派」とも呼ばれる彼女にとって、短歌で世界を表現することとは?
「短歌は音数が少なく情報量も限られているので、どうすればひとつの言葉から最大のイメージを読者の脳内に引き出せるかを考えています。小説のような微に入る描写なしに、読む人がその光景を思い浮かべられて、さらには繰り返し歌を鑑賞するなかで新しい発見を体験してほしい。イメージの拡張を味わえることが短歌の魅力ではないでしょうか。私たちは言葉を日常的に用いて生活していますが、じつはその言葉のポテンシャルを部分的にしか使っていない気がします。用例の蓄積だったり音韻だったり、言葉にはもっと豊かな力がある。短歌ではそれを全部持ってきたいと思いますね」と川野さん。
今回の5首からはそれぞれたった31文字とは思えない認識の驚きがもたらされる。具体的なドレスから、読者を異界に連れ出してしまう連想の力とはどういうものだろう。
「短歌は上の句から下の句へ至るイメージの移り変わりや、見える景色の違い、別の言い方をすれば、時間の流れを無視して詠むことはできません。具体と抽象もはっきり分かれるわけではなく、さまざまな具体物が異界への扉となりえます。今回の夏のドレスたちはイメージの飛翔にぴったりで、なおかつ物語を内包していると感じました」
服を着ることも自己表現の方法のひとつだといわれるが、川野さんご自身にも服飾へのこだわりが感じられる。ファッションと創作の関係についてはどうだろう。
「私は、肉体は不要で、魂だけ、言葉だけの存在でありたいという〈心身二元論〉的な考え方に親しんでいるのですが、それでも服をまとうことで身体との和解が少しかなう気がしています。肉体は所与のものとして脱げないけれど、それに一層、服を重ねることで自分の選択した自分になれる。服を着た私こそ、私の精神に近いと感じます。他者にどう見られたいかの観点ではなく自己との対話です。スカートの裾のこのレースが、あるいはブラウスのこのなめらかな質感が、魂のかたちに合っているからそれをまといたい。文章表現でいえば、助詞のたった一文字が「は」か「が」では決定的な違いがあり、それにこだわりたいです。一方で言葉には意味があるし、服には機能があり、どちらも一定のコードがなければ成立しません。望むと望まないとにかかわらず、社会の中にあるという点でも共通していますね」
気高さにおいて、女性をエンカレッジする作風を持つ川野さんにとって、文学とは?
「文学や芸術は人生にとって不可欠な楽しみです。私が短歌を詠み、小説を書く理由はそれだけでいいと思います。でも、差別が存在するせいで、その楽しみを享受する機会も平等ではない。私は困難な状況にある人にこそ文学を届けたいと思っているんです」
1991年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科満期退学。2021年、歌集『Lilith』で現代歌人協会賞を受賞。硬質で抽象度が高く美しい作品に注目が集まる。小説の発表にも意欲的で『月面文字翻刻一例』や『奇病庭園』の幻想世界にファンが多い。『Blue』は芥川賞候補になった。新刊歌集に『幻象録』。