美青年オーランドーが突然女性へと変貌し、300年以上にわたって生き続けるというヴァージニア・ウルフの小説『オーランドー』(1928)。その一節を引用しながら、多くのデザイナーのインスピレーションをかき立てる名作の魅力に迫るファッションストーリー。

ヴァージニア・ウルフが『オーランドー』ののタイトルイメージ

ヴァージニア・ウルフが『オーランドー』の装いを通じて描いたこと

美青年オーランドーが突然女性へと変貌し、300年以上にわたって生き続けるというヴァージニア・ウルフの小説『オーランドー』(1928)。その一節を引用しながら、多くのデザイナーのインスピレーションをかき立てる名作の魅力に迫るファッションストーリー。

ディオール

ジャケット¥720,000・シャツ¥340,000・ピアス¥85,000・チョ−カー¥780,000/クリスチャン ディオール(ディオール)

今季のディオールは『オーランドー』が着想源の一つとなり、主人公の装いをイメージしたルックが登場した。ホワイトシャツのラッフルの襟は取り外し可能で、性別や時代を軽やかに乗り越えるオーランドーのように自由にスタイルを変えられる。フェルトウールのルダンゴト風ジャケットには、メゾンのアイコニックな「バー」ジャケットから続くテーラリングの伝統が息づく。内側には、ファスナーでドッキングしたビスチェが。

アライア ジェイエムウエストン

コート¥3,911,600・レザーのチョーカー¥174,900・タイツ¥29,700(すべて参考価格)/リシュモン ジャパン アライア(アライア) 靴¥156,200/ジェイエムウエストン 青山店(ジェイエムウエストン)

男性だった頃のオーランドーは華やかなファーのマントをまとうことも。時代や場所、境界線にとらわれない美を表現する彫刻家、マーク・マンダースの姿勢に共鳴したアライアのシアリングのコートを羽織って。

エルメス ベスト オブ モリス

ラムレザーのコート¥3,894,000・カシミヤシルクのニット¥311,300・イヤカフ各¥60,500・ブーツ¥475,200・ベスト・パンツ(ともに参考商品)/エルメスジャポン(エルメス) ページ右側の生地〈110×100㎝〉¥2,200/モダ ジャパン(ベスト オブ モリス)

時が過ぎ、

オーランドーは自らの夢に包まれながら、

生きる歓びや宝石のような

なかなか巡り合えないタイプの彼女を、

完全に、永遠に

自分のものにする方法のことばかり考えていた。

ドレープを描きながら体を包み込むコートの下は、ニットとキルティングのショートパンツ。自信に満ちた青年オーランドーのように、颯爽と歩を進める。

マックイーン カルティエ

ドレス¥1,640,760・イヤリング¥154,880・ハンドカフ¥240,790・ブーツ¥240,790(参考価格)/マックイーン クライアントサービス(マックイーン) リング〈Pt、エメラルド、ダイヤモンド〉¥24,684,000/カルティエ カスタマー サービスセンター(カルティエ)

オーランドーは女になっていた

それは紛れもない事実である。

 

女性は

(私自身の短い経験から判断すると)

生まれつき従順で、貞淑で、

良い香りがして、

おしゃれをしているわけではない。

オーランドーは、マックイーンが参照したヴィクトリア朝時代も生き抜く。シルクジョーゼットのドレスは、プリーツ加工のボディにアシンメトリーなスカートが重なっている。

アン ドゥムルメステール カルティエ エントワフェイン

つけ襟¥61,600・シアリングのストール¥148,500・カーキのシャツ¥191,400・ベスト¥619,300・中に着た白いシャツ¥169,400・レースのつけ袖¥83,600〈すべてメンズウェア〉/M(アン ドゥムルメステール) リング〈Pt、エメラルド、ダイヤモンド〉¥24,684,000/カルティエ カスタマー サービスセンター(カルティエ) 帽子¥74,800/エントワフェイン

ロックテイストが感じられるアン ドゥムルメステールもラッフルのつけ襟を用いている。指には、作中オーランドーが愛用していたエメラルドのリング。3.07カラットのクッションカットのエメラルドを、二つのテーパーダイヤモンドが包み込んでいる。

ドリス ヴァン ノッテン TASAKI

ジャケット¥306,900・シャツ¥91,300・パンツ¥152,900・パテントのダービーシューズ¥155,100〈すべてメンズウェア〉/ドリス ヴァン ノッテン ピアス〈YG、あこや真珠、ブラックスピネル〉¥292,600・ネックレス〈約120㎝/WG、あこや真珠〉¥1,980,000/TASAKI ヴィンテージチェア¥99,000/ケントストア静岡本店(アーコール) 帽子¥74,800/エントワフェイン アンティークのプレイヤーブック¥19,910/ラ・シエネガ ストッキング・ウエストの紐/スタイリスト私物

衣服は私たちの世界観を変え、

私たちに対する世間の見方を変える。

オーランドーは、女性になってからも時折男装をしていた。テーラードスーツにボウタイシャツを合わせ、ウエストからストッキングをのぞかせたスタイルには、妖艶なムードが漂う。パールのネックレスはオーランドーの愛用品。

フィービー ファイロ ラ・シエネガ

ドレス¥497,000・靴¥178,000/フィービー ファイロ アンティークのプレイヤーブック¥19,910/ラ・シエネガ

誰しも、ある性から別の性へと

揺れ動くことがある。

男性もしくは女性らしく見せているのは

服装だけで、実のところは

正反対ということもしばしばあるのだ。

(以上Virginia Woolf 『Orlando A Biography』Oxford World's Classicsより)

詩作にふけっていたオーランドーは、30歳で突然女性になる。そして装いの違いに戸惑いつつ、内面は両性具有的に変化していく。トップがスパンコールで埋め尽くされたしっとりと体に沿うドレスを身につけているからといって、性別を決めつけることはできないのだ。

ヴァージニア・ウルフが装いを通じて描いたこと

『オーランドー』ヴァージニア・ウルフ著、杉山洋子訳(ちくま文庫)

『オーランドー』ヴァージニア・ウルフ著、杉山洋子訳(ちくま文庫)

『オーランドー』は1928年にイギリスの小説家・批評家のヴァージニア・ウルフが発表した小説。美青年オーランドーが突然女性の体になり、結婚や出産も体験しながら300年以上生きる姿を描いている。奇想天外なストーリーに驚かされるが、英文学者の小川公代さんは、小説が書かれた当時の時代背景が設定に関係しているという。

「ウルフは一般的に“モダニズム文学の旗手”と言われていますが、実はヴィクトリア朝(1837〜1901年)の後期の生まれ。結婚するにふさわしい女性になるための道徳・礼儀作法書“コンダクト・ブック”が多く出版されるなど、まだまだ女性には窮屈な時代でした。彼女は女性であることに葛藤を持ち続けた人なんです。『オーランドー』を書くにあたっても、ただ女性が自分の意見を述べても、簡単には受け入れてもらえないことをわかっていた。オーランドーを男性からスタートさせたのは、女性の葛藤を社会に投げかけるための実験だったのです」

ヴァージニア・ウルフ

ヴァージニア・ウルフ(1882-1941年)

『オーランドー』には詳細な衣服の描写が多いのも特徴。そこにはウルフのファッション愛が反映されている。
「ウルフが属していた文化人の集まり“ブルームズベリー・サークル”が家父長的な価値の代替をエキセントリックなファッションで示していこうとしていたこともあり、服は好きだったはずです。彼女は、“女性らしさ”を押しつけるドレスに批判的なまなざしを持ちつつも、魅力を感じていたんです。『オーランドー』にはそんな葛藤も読み取れます」

オーランドーは、女性になった途端、相続権や文学に興じる特権を剥奪され、装いをはじめとした男女の違いに戸惑うことになる。

「ウルフは窮屈な時代を生き抜いた人なので、オーランドーにもそれを経験させようとしました。18世紀にオーランドーが初めてドレスを着用したとき、“もしこの巨大なドレス姿で海に飛び込んだとしたら、水夫に助けてもらわないといけない”と思うシーンがあります。女性用の服によって行動が制限されていたことがわかります。オーランドーはかつて男性だったからこそ、モノのように扱われたり、美醜で評価されたり、従順で、純潔でなければならない女性って大変なんだな、と気づいていくのです」

ただ、ウルフは「女性らしさ」を否定したり拒絶しているのではない。1990年代に台頭した「第三波フェミニズム」を先取りしたような視点を持っている。

「“コルセットを締め上げて、洗顔に化粧、着替えであっという間に時間がたつ”という“規範的な女性”風の描写があります。でもかなり誇張していて、思想家・哲学者のジャン=ジャック・ルソーが提示した“女性が容姿や衣服に気をかけ、魅力的であろうとするのは男性のためである”という考え方への風刺やパロディ的な要素を感じます。英文学者のセリア・マーシックが指摘するように、オーランドーはアイデンティティの“パフォーマンス”として装っていたんです」

2010年代半ば頃から多様性の尊重が声高に叫ばれるようになり、今はヴィクトリア朝時代とはかなり状況が違っている。『オーランドー』を読むことで、現代に生きる私たちはどんな学びを得ることができるのだろうか。

ヴィタ・サックヴィル=ウェスト

ヴィタ・サックヴィル=ウェスト(1892-1962年)

「『オーランドー』は、ウルフ自身がバイセクシャルであることから生まれました。彼女の恋人だった女性、ヴィタ・サックヴィル=ウェストの半伝記的な物語です。本作を読むと、ノンバイナリーを自認する人たちは性別を区分けしないことがわかるし、オーランドーは衣服を媒介として、規範から自由になろうとしている。私たちは、本当にこれを着たいと、自覚して買い物ができているかどうかを考えるきっかけになります。ただ、ウルフは“女性らしい”ドレスを買うことに躊躇していた。消費文化の圧力に苛まれる現代の消費者と同じような葛藤を抱え込んでいたことも伝わってきます」

オーランドーのような自由さは、時代を問わず求められるもの。しかし一方で、型にはまることに固執する人々もいる。

「私も仕事用の服装を選ぶときは“これは安心かな”とか、“受け入れてもらえるかな”と形式的に考えたりします。でも、それはケースバイケースで、時には自分が何に惹かれるのか考えて、選び取っていってもいい。そのすごくよい教科書が『オーランドー』なんです」

気兼ねなく好きな服を着ることができるのは幸運なことなのかもしれない。いまだ女性にとって窮屈な環境はたくさん存在しているのだ。

「哲学者ジュディス・バトラーが言うように、どういう“仮面”をつけたら自分が居心地がよく、男性にも“報復”されず、日々の暮らしを闘っていけるのか。そういうファッションを“パフォーマンス”を通して知っていくのがすごく大事です。絹のドレスを着ていたオーランドーが内心は血気盛んだった、というシーンがありますが、私も好きなワンピースを着ながらも、心の中では男性中心の学会で登壇者と闘っています。“女なんだからお茶を淹れろ”が当たり前の世界にいる人や、“本当の自己”を求めてしまう人たちには『オーランドー』は絶対に救いになります。オーランドーの中には、“男らしさ”“女らしさ”の揺らぎがあるだけ。本当の自分を求めるのではなく、常に変えていけばいいんです」

小川公代プロフィール画像
小川公代

おがわ きみよ●上智大学外国語学部教授。著書に、『オーランドー』を取り上げている『ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる』(岩波新書)など。刊行100周年を迎えたウルフの代表作『ダロウェイ夫人』の記念論集でもオーランドーとドレスの関係について言及予定。

なぜファッションは『オーランドー』を愛するのか

これまで数多くのファッションデザイナーたちを魅了してきた『オーランドー』。それはいったいなぜなのか。服飾に関する資料を収集・保存し、研究・公開している京都服飾文化研究財団(KCI)のキュレーター、石関亮さんと五十棲亘さんに話を聞いた。

1855年頃のイギリスで着用されたドレス 1895年頃のコルセット

1 1855年頃のイギリスで着用されたドレス。2とともに©京都服飾文化研究財団、畠山崇撮影
2 1895年頃のコルセット。10月から開催される『アール・デコとモード 京都服飾文化研究財団(KCI)コレクションを中心に』展で実物を見ることができる

——1586年から1928年までの時が流れる『オーランドー』では、各時代の衣服の描写が多く見られますね。

五十棲 16世紀はバラ飾りつきの靴、刺しゅうやレースといった装飾でオーランドーが上流階級であることを表し、チャールズ2世時代(1660〜’85年)はバロック的華美が極まった時代なのでハリエット皇女の服には襞襟の装飾や金糸が用いられています。アン女王の治世下(1702〜’14年)にはパニエ、ヴィクトリア朝時代にはクリノリンつきのドレス(1)が登場する。作中では身体を拘束するコルセット(2)への苦悩が描かれているように服飾史や時代背景への目配りも感じられます。

ディオール コム デ ギャルソン

3 ディオール2025-’26年秋冬
4 ’19年にウィーン国立歌劇場で上演されたオペラ『オーランドー』
5 コム デ ギャルソン’20年春夏

——今季はディオール(3)が『オーランドー』を着想源の一つとしましたが、これまでほかにどんなブランドが題材としてきたのでしょうか。

五十棲 2019年のコム デ ギャルソンのオーランドー3部作、フェンディ’21年春夏クチュール(6)、ジバンシィ’20年春夏オートクチュール(7)などがあります。ただ、たとえばコム デ ギャルソン’20年春夏(5)は多様な時代のモチーフを再構築していて、クリストファー・ベイリー手がけるバーバリー2016—’17年秋冬(8)はメンズウェア、ウィメンズウェアの要素を融合している。着眼点が異なるので、必ずしも同じような表現に着地してはいません。KCIが開催した展覧会『LOVEファッション─私を着がえるとき』(2024—’25年)で、コム デ ギャルソンのオーランドー3部作を展示するコーナーを設けましたが、オペラの衣装になった(4)こともあり、演劇的な印象。舞台のようなセットで映えました。一方で今季のディオール(3)は、服飾史上の装飾を参照しつつ、あくまでもリアルクローズだったように思います。

石関 作品の世界観を参照するだけではない深い考察や共通性を感じました。クリエイティブ・ディレクターのマリア・グラツィア・キウリは一貫してフェミニズムを訴えてきたので、その観点で研究されている『オーランドー』を取り上げるのに違和感はありませんでした。

フェンディ ジバンシィ バーバリー

6 フェンディ’21年春夏クチュール
7 ジバンシィ’20年春夏オートクチュール
8 バーバリー2016-’17年秋冬

——なぜここ10年ほどの間、多くのデザイナーたちが『オーランドー』を参照しているのでしょうか。

石関 時代や性別を超えるという設定が、ウィメンズ、メンズの境をなくそうとする今のファッション業界の動きと親和性が高いのでは。アーカイブスをはじめ過去のものを新しさとして取り入れていこうとする動きとも相性がいいのかもしれません。文学作品なので自由にイメージを膨らませることができるのでしょう。

五十棲 100年ほど前に書かれた作品ですが、今でも同じ問題を共有できるうえに、文学的な価値が確立されているので説得力のある着想源になります。

石関 100年前の人も同じようなことを思っていたんだ、といった連続性のようなものもデザイナーたちを惹きつけているのでしょうね。今、自分の内面の多様さを認めてもらうために服装が重要なツールになってきている気がします。『オーランドー』にも、外見を変えることが内面にも影響を及ぼすことが描かれている。既視感があることをわかったうえで、時を置かずしてさまざまなデザイナーたちが『オーランドー』を扱っている。ポジティブに共感しやすい題材で、そのメッセージにアクチュアリティがあると考えているからかもしれません。

五十棲 衣服には、私たちの内面に影響を及ぼすほどのパワーがある、というウルフの思想も、デザイナーたちが共感するポイントだと思います。

石関 亮プロフィール画像
石関 亮

いしぜき まこと●京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。2001年よりKCIに勤務し、’11年キュレーターに就任する。『ドレス・コード?──着る人たちのゲーム』展(’19)で西洋美術振興財団賞・学術賞を受賞。

五十棲 亘プロフィール画像
五十棲 亘

いそずみ せん●神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士課程前期課程修了。2022年よりアシスタント・キュレーターとしてKCIに勤務。『ファッションセオリー──ヴァレリー・スティール著作選集』では共訳を担当。