
パリ19区、オーガスト バロンのアトリエにて。トルソーに着せたのは、ヴィンテージを土台とした2026年春夏コレクション。
手作りのファッション雑誌から発展したオルタナティブなブランド「オールイン」、改め「オーガスト バロン」。雑誌のローンチからちょうど10年を数える2025年初秋、創始者デュオ、ベンジャミン・バロンとブロー・オーガスト・ヴェストボの名字を組み合わせた名前で、ブランドは再出発した。
「僕たちの活動、その内容やサイクルは何も変わりません。ただ、自然な成り行きで始まったブランドを今後はよりプロフェッショナルに展開していきたいんです。自分たちの名前を冠することで、よりパーソナルな意味合いにもなります」と語るのは、自分たちを常に進化するユニットだと自負するベンジャミン。彼は10年を振り返りさらにこう続ける。
「大学で専攻した写真のコースでは、アメリカのランドスケープを撮り続けたスティーブン・ショアを研究し、自分自身の世界観を探求することを推奨されました。でも僕は多くの人たちと出会い、チームで何かを一緒にすることに興味があったんです。
そこで目を向けたのは、ニューヨークの若手デザイナーたち。雑誌作りは彼らと交流する手段として、楽しむために始めました。多くのサポートを受け、クラウドファンディングで可能になったプロジェクトです。今思うと、デジタル時代に突入していた当時、すでに紙媒体の存在価値は疑問視され始めていましたが、先のことはあまり考えていませんでしたね」。
当時の彼は、趣味の延長として始めた企画が将来ファッション界の新潮流を牽引し、公私共にパートナーとなるブローとの出会いのきっかけを作るとは、予想だにしていなかった。
違うから惹かれ合った二人の共通点は、ヴィンテージ愛

大きな窓から自然光が燦々と差し込むアトリエは、一部屋のみのオープンスペース。サンプル製作に携わる彼ら以外のスタッフは、ほんの4、5人だ。
2026年春夏の着想源は 着脱の際、揺れ動く精神

ALL-IN誌は、読者にページ順を変えたり取り出して壁に貼ったりする自由を与える目的で、両面印刷のルーズリーフで構成。毎号サイズやラッピングなどの形態が異なる、シリアルナンバー入りのコレクターズアイテムだ。この春発表された最新号(第8号、すでに完売)のタイトルは、「Fan Fiction」。ブランドSWEDISH STOCKINGSからのサポートを受け、B5弱サイズの700ページはストッキングでくるまれ販売された。
彼らのコレクション作りはまず、ミューズとなる女性像の構想からスタートする。
「話し合いを通じて、キャラクターを練り上げていきます。ムードに合うプレイリストを編集し、ヘアメイクアップやショーのロケーションも、早いうちから世界観の一つとして考慮するんです」とブロー。
そして2026年春夏コレクションで彼らが描いたのは、1950年代のハウスワイフ。ほぼすべてを二人で行うものの、ビジュアルやブランディングを司ることが多いベンジャミンは、こう説明した。
「昨年夏に日本を訪れた際、古書店でボンデージの写真集を見つけたんです。特に面白かったのは、1950年代のアメリカのハウスワイフをイメージしたもの」。
とはいえ、彼らの着眼点は倒錯的なコスチュームではない。貞節な主婦が日常の服を脱ぎ捨てて挑発的な衣装をまとう。そして、今度はそこから本来の服に着替える。彼らが掘り下げるのは、その精神的な揺れ動きと、着替える際に生まれる、相反する服のレイヤーだと言う。ページ冒頭のトルソーに見るドレスは、そんなプロセスに寄り添うアイテムだ。
女性像の輪郭が出来上がると、ヴィンテージを土台とする実際の服作りへ。ファッションを学んだだけあって、カッティングを心得ているブローは言う。
「特定の年代やスタイルへのこだわりはありません。選ぶヴィンテージは、作りが面白いもの。それらを観察し、時には部分的に解体して、どこを残してどう変えていくべきかを模索するんです。手の加え方はピースによって異なり、ひな型はありません。僕たちなりの自由なアイデアで、形を作っていきます。過去のものをどうモダンに変化させるかが面白いんです」

"リアルハウスワイフ"がテーマの’26年春夏コレクション。
このような考えで始まった、チームALL-INによるコレクションは、最初はヴィンテージを使った一点もののみ。そのため、環境問題への意識から発展したサーキュラーファッションの流れと相まって、〝DIYブランド〟としての評価が高まった。しかし彼らは次第にハンドメイドの一点をサンプルに設定し、オーダーに基づく商品生産をするようになった。
「DIYのイメージからは脱したいんです。アーティザナルなアプローチを大切にしながら一点ものを作り続けていますが、今は量産可能な物作りに移行しています。コレクションに占める一点ものとプレタポルテの割合は、その都度変わります」とブローは語る。
極端、かつリアルな、スタイルのコラージュ

ラックにはデザインの土台となるヴィンテージや最新作が混在。
ルールがないのがルール〟という考えを貫く彼ら。コレクションとALL-IN誌との関係についてベンジャミンはこう語る。
「コレクションと雑誌は特にリンクしていません。もちろん多少なりとも影響はありますが、ALL-IN誌は独立したプロジェクト。コラボレーターたちを招き入れることで、新しいアイデアを模索するんです」

アトリエの一画ではスタッフがサンプルを製作中。
創始者のベンジャミンは、当初のファンジン的なアプローチを今でも守り続けている。ファッション誌なら必ず突き当たる壁、各プレスルームから希望ルックのサンプルを撮影設定日に確保する必要性に対して、自らの服作りは解決策であり、同時にクリエイティブな表現の手段であった。
同時にヴィンテージ好きの彼らがしたことは、デザイナーのアーカイブスにアプローチすること。たとえば、パワー・ドレッシングが主流だった80年代に、ミニマルかつロマンティックな形と草木や土を思わせるカラーパレットでファッションの潮流を変えたといわれる、ロメオ・ジリ。彼が90年代に入り、名前の使用権も自らの作品ストックへのアクセスも失ったのは知る人ぞ知る話だが、とにかく昨今では残念ながら話題に上ることはまれ。ブローとベンジャミンは彼にコンタクトし、保持していた数少ないアーカイブ・ピースを借りて撮影した。
ほかにこれまでアーカイブスを借りて撮影したデザイナーは、ミゲル・アドローヴァー、アン=ソフィー・バック、ギャスパー・ユルケヴィッチなど。そんな彼らが崇拝するデザイナーは、マーク・ジェイコブス。その理由は「さまざまな要素を模索しているから」

窓から見えるのは、パーキングと近代的な建物。"古きよきパリ"ではない、どこだかわからない景色は決して美しくはないが、規範にとらわれないオーガスト バロンのエスプリにかなっている。
二人と話していると、ベンジャミンはミレニアル、ブローはZ世代なのに80〜90年代のファッションやサブカルチャーに異常に詳しいことに驚く。たとえば二人が好きな映画は、廃材を使ってクリエーションする帽子デザイナーを描いた、ジェームズ・アイヴォリー監督の『ニューヨークの奴隷たち』(’89)。知る人ぞ知る作品だ。
「見るもの、聞くものが自然に記憶に蓄積されていくんです。常に忙しくてリサーチにかける時間はあまりありませんが、唯一時間があったのは、コロナ禍。オンラインで公開されたイタリア版『ヴォーグ』のバックナンバーを、1ページ1ページ、くまなく熟読しましたね」と、ベンジャミン。
「僕たちのやり方は、いわばスタイルのコラージュ。実験的だけど現実に即しています」と語るブローに同意するベンジャミンによると、「シーズンごとの女性像は極端だけど、リアル。僕たちの服は、既存のカテゴリーに当てはまらないものの、誰にでも訴えかけるものだと思います。背後にある何かしらのレファレンスに対して、見る人、着る人の読み方も反応も異なるけれど、とにかく親しみやすいものを心がけています」

ダイアナが履いている"レヴェルブーツ"を含め、シューズはオーガスト バロンの人気アイテムだ。
最後に二人はこう締めくくった。「既存のルールに挑んで、自分自身のルールを確立する。僕たちはこうして進んできたんです」とベンジャミン。ブローは「大事なのはオープンマインド」と続ける。
春夏のショーが終わったのち、徐々に近い将来のファッションストーリーのアイデアを練り始めるという二人。リブランディングによる彼らの新境地は雑誌のディレクションに反映されるのか? 「話に乗る」「全力投球」といった意味を持つ言葉「ALL-IN」はタイトルとして継続されるのか? それは半年後のお楽しみだ。
Diana aouise Bartlett
今回の撮影を担当したのは、パリとニューヨークを拠点とするアメリカ人、ダイアナ・ルイーズ・バートレット。写真を撮るだけでなく被写体となることも多い、マルチなタレントだ。ベンジャミンとブローとは共通の友人もいて、意気投合。撮影中に2025-’26年秋冬コレクションからオーガスト バロンの定番ブーツとトリプル・フーディ、ミリタリージャケットを着想源としたミニスカートをまとって、セルフィーを決めた。