#45 まだ見ぬ景色を、ナンタケットと共に【エルメス】

そろそろ私もいい腕時計を。30歳の節目のときにそう思ってから、もう何年彷徨い続けているのだろう。優柔不断もいいところで、いまだに運命の相棒を見つけ出せずにいる。「時計は自分のキャラに合ったものを選ぶといい」。今や誰が言っていたかも思い出せないけれど、いつかどこかでそんな話を聞いたことがある。そういえば昔、ニューヨークの企業でインターンしていたことがあるのだが、配属された部署にものすごく仕事ができて部下思いでオシャレな上司がいて、彼女の左腕にはいつもシンプルなロレックスの時計が光り輝いていた。完璧な人には完璧な時計が似合うんだなと腑に落ちたし、ペネロペ・クルスのようなスペイン語訛りの英語を話す彼女の印象が強いせいか、「ロレックス」と口に出して言うときに「ロ」と「レ」の発音が少しだけ巻き舌になる癖ができてしまった。

人のことはよくわかるのに、自分のこととなれば途端に何も見えなくなる。気がつけば自分のキャラもよくわからないまま40年近く生きてきたし、今さらあえてわかりたいとも思わない。でも、この数年でファッションのスタイルが定まってきたからだろうか、ようやく時計の好みがはっきりしてきて、クラシックな正統派よりもモダンで遊び心のあるものに惹かれることが多くなった。エルメスの名作「ナンタケット」はまさにそのひとつだ。

歴史が深そうに見えるが、実は1991年に誕生したモデル。自分の生まれ年に近いうえに、自分の方が若干センパイ。「私みたいな若造がスイマセン」というおこがましい気持ちが薄れ、いい意味で重みを感じさせない。それに、なんといっても惹き込まれるのがその愛嬌あるフェイス。小ぶりでシュッとしているのにどこか楽しげで、「ただ律儀に時を刻むだけじゃつまんないでしょ?」と誘われているよう。そのコンテンポラリーなデザインは、メゾンを代表する「シェーヌ・ダンクル」に着想を得ている。文字盤のユニークなタイポグラフィを見れば、あの鎖のコマがモチーフだとすぐにわかるのも、いちファンとしてはグッとくる。シックなレザーベルトももちろん素敵だけど、個人的にはステンレススチールのソリッドなチェーンベルトが気分。暑い夏は、手もとに視線を落とすたびに涼を感じられそう。手首にぴたりと沿わせるよりも、少しゆるめに、しゃらりとまとわせて。何かとギスギスしがちな世の中だからこそ、シャキッとしなきゃいけない季節だからこそ、この程よいゆとりにホッとさせられる瞬間があるかもしれない。タフで存在感がありながらも、凛としていてユーモラス。待てよ、それってつまり、私の理想とする女性像なんじゃないか。「一生もの」と気負うことなく、頼もしきパートナーとして、日々背中をそっと押してもらいたい。

ウォッチ〈ステンレススチール〉¥389,400 ©Calitho

エルメスジャポン
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illustration:Uca text:Eimi Hayashi

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