やさしい棘を持ちましょう。【シシ ジュエリー】 #84

やさしい棘を持ちましょう。【シシ ジュエの画像_1

世にも不思議なジュエリーに出合ってしまった。大輪のバラを咲かせ、ダイヤモンドの星をちりばめた、イエローゴールドのシグネットリング。エナメルのハンドペイントのやさしいタッチに、ひと目見て引き込まれた。アンティークの植物スケッチのようなクラシックな趣。だけど決してそれだけにとどまらない。なんというか、おしゃれなロンドンガールが気まぐれに入れたタトゥーみたいに、どこか肩の力の抜けたラフさがあり、ほのかにパンクなマインドも感じ取れる。

直径1㎝程度のミニチュアのキャンバスに刻まれた、ローズとダイヤモンドが奏でるストーリーとはどんなものか。ちなみに1本の開花したバラと3つのつぼみの組み合わせは、「永遠に秘密を守る」という花言葉をもつらしい。つまりそれは、自分だけが知る物語。幼い頃に見聞きした懐かしのおとぎ話というよりも、まったく新たな冒険譚を予感させるワクワク感に満ちている。

デザイナーのCece Fein-Hughes(シシ ファイン ヒューズ)は、イギリス南西部のダートムーア出身。ダートムーアに行ったことがないので画像検索してみると、映画に出てきそうな荒涼とした丘陵地帯の写真がたくさんヒットした。神秘的な動植物モチーフをデザインに取り入れた彼女の独自のスタイルは、幼少期に大自然に囲まれて育ったからこそ確立したものなのだろう。大学では美術史を専攻していたが、中世ヨーロッパのエナメル芸術と金細工に魅了されてジュエリーの道へ。2021年に自身の名を冠したブランド、Cece Jewellery(シシ ジュエリー)をスタートさせると、瞬く間にファンを増やし、たった2年で売上が約70倍に急拡大。2023年に、30歳未満のイノベーターを表彰するFORBES 30 Under 30に選出された。ファインジュエリー界に彗星のごとく現れた、今もっとも勢いのある若手デザイナーのひとりだ。

やさしい棘を持ちましょう。【シシ ジュエの画像_2

可憐なピンクローズを繊細に表現するために、取り入れたのは伝統的なシャンルヴェ エナメルという技巧。金属の土台に絵柄を彫った後、職人が手作業でエナメルを施し、焼成と研磨を繰り返す。ただ地金にエナメルを塗っているわけではなく、彫った箇所をエナメルで埋めているのだ。大雑把に生きてきた私なんかは、その精緻な工程を聞いただけで気が遠くなってくる。片手でたやすく握り込んでしまえるほどの小さなリングに描かれたタイニーローズに、クラフトマンの情熱が凝縮されている。『情熱の薔薇』と歌ったのはザ・ブルーハーツだが、このシグネットリングもまさに、情熱の花を咲き誇らせている。

やさしい棘を持ちましょう。【シシ ジュエの画像_3
Rose&Diamond Ring〈YG、ダイヤモンド〉¥657,800

「美しい花には棘がある」ということわざがある。美しいものは危険性も孕んでいるから気をつけなさいという意味で使われているけれど、そもそもバラの花にはどうして棘がついているのだろう。しかも、危険な棘があるのになぜ「愛の象徴」とされているのだろう。シシのリングを見ていると、そんなことがふと気になってしまって、ふたたび調べてみる。

いくつか説はあるようだが、そのうちのひとつに「自分自身を支えるため」というのがあった。バラはツル性の植物なので、自分で立ち上がることができない。そのため、棘をフックのように周囲の植物に引っ掛けることで上に伸びていくことができる。つまり、誰かを傷つけるための棘ではなく、自分で起き上がれないときに、そばにいる誰かに支えてもらうための棘なのだ。なんて人懐っこくてやさしい棘なんだろう。途端に愛しさが込み上げてくる。棘を引っ掛けられる相手も、ちょっとぐらい痛くても肩を貸してあげようという気持ちになりそうじゃないか。いいな、私も欲しいな、そんな憎めない棘が。

40歳を目前に思うのは、年齢もキャリアも重ねれば重ねるほど、誰かに頼ることが難しくなっていくということ。時には鋭い棘をむき出しにしてでも「助けて!」と叫びながら、思いっきり誰かに寄りかかってもいいのかもしれない。愛と情熱とウィットに満ちたシシ ジュエリーのローズが、大事なことを思い出させてくれた。

cherish inc.(シシ ジュエリー)
03-6427-6773
https://cecejewellery.com/

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