2025.03.30

マザーオブパール、ありのままで。【KOHKOH】のリング #115

スクエア型のシルバーリングの台座にセットされたのは、雪山か、岩石か、はたまた懐かしのたんきり飴か。いや、ちがう。というか、ちがうに決まってる。天然石でもパールでもないそれは、真珠の母貝、マザーオブパール。

スクエア型のシルバーリングの台座にセットされたのは、真珠の母貝、マザーオブパール

無骨なフォルムは、「殻頂」という母貝の根元の部分を切り出したもの。ジュエリーに使われるのは珍しい。端正な台座から荒々しく隆起する様子は、大自然の情景を彷彿させる。余分な装飾を省いた意匠が、素材そのものの強さをいっそう引き立たせている。

一方で、シェルならではの繊細さもあわせ持つ。見る角度や光の当たり方によって表情や色合いが変化し、ときに虹色の輝きを生み出すのがマザーオブパールの魅力。やさしく、まろやかな光沢を見るにつけ、それが真珠を育む母体であることを思い出させてくれる。

ブランド名は、KOHKOH(コウコウ)。金属部品の加工や真珠の養殖などを行う企業を母体とし、ジュエリー作家の小嶋崇嗣さんのディレクションのもと、2023年にスタートした。新しい技法に挑戦し、「煌々」と輝くジュエリーを作りたい。作品を通じて、社会を照らす「光」について「考」えていきたい。そんな思いが込められている。

真珠を主な題材としながら、母貝にも光を当てるのには理由がある。通常、真珠を取り出した後の母貝は、副産物としてジュエリーや装飾、彫刻などに利用されるが、大半は使われることなくそのまま廃棄されている。「母貝は、部位によって厚みや表情がまったく異なります。手に取ると、生命力が伝わってくるんです。命を無駄にしないためにも、できる限り余すところなく使って、母貝の魅力を表現したい」と小嶋さん。真珠養殖に携わったからこそ、クリエーションにおける視座が高まった。

リング〈マザーオブパール、シルバー〉¥44,000
リング〈マザーオブパール、シルバー〉¥44,000

スクエアリングを指につけると、心地よい重量感がある。自分がよく知る、均一でなめらかで清楚なマザーオブパールのジュエリーとは、明らかに一線を画している。そのゴツゴツした前衛的な佇まいは、既存のイメージに対して高らかと拳を突き上げているよう。「私たちは、何をもって美しいと感じるのか」そう問われているような気がしてくる。

削りや磨きなどの加工をあえて施さず、母貝から切り出したそのままのかたちが、四角い台座におさまっている。一つひとつの母貝の表情が異なるように、ひとつとして同じ形状のものはない。自然が生み出したありのままの姿が、ジュエリーに昇華されている。


マザーオブパールの岩のような凹凸を見ていると、浮き沈みの激しい自分の心を映し出しているようにも思えてくる。定期的に「自信喪失期」が訪れる私に、いつかある人がこう言ってくれた。「いつものことだから大丈夫。それでこそ、あなただ」。一瞬うまくかわされたような気もしたけど、ああ、この人はこんな私を受け入れてくれているんだなと、静かに心が満たされた。

KOHKOHのリングを見ながら、私はその人の言葉を思い出していた。いつも穏やかで、笑って前を向いていられたら、それが一番よいに決まっている。そんなのわかっているけれど、そんなの無理だということもわかっている。だって毎日、精いっぱい生きているのだから。

「それでいい。それでこそ、あなただ」。母貝のリングに指を通したとき、あのときの満たされた気持ちがふわっと蘇った。なにか、やさしくてあたたかいものに包まれているような心強さを感じた。生きていることが、いつもよりほんの少しだけ、うれしく感じられた。

KOHKOH/コウコウ
https://kohkoh-jewelry.com/

連載「寝ても覚めてもきらめきたいの」:SPURエディターがパーソナルな感情とともに綴るジュエリーエッセイを堪能して。

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