いつでも誰でも行ける! 【低山】の楽しみ方をエディター・若菜晃子さんが紹介

山岳の世界に魅せられ、その魅力を伝える著作や記事を多く手がける"山のプロ"、若菜晃子さん。スケール感を味わう山行とはひと味違う、低山ならではの醍醐味を、余すところなく語り尽くす!

1. 山の自然を味わうべし

illustration: Ayako Taniyama

山って登ったら気持ちよさそうだし、一度行ってみてもいいと思ってはいるけれど、道具もないし、時間もないし、体力もないし、第一どこに登ればいいのかわからない。東京だったら高尾山? でも人が多そうだし、ちょっと今の私は自信ない……と、そんなふうに思っている方は多いかもしれません。いえいえそれではもったいない。ぜひ一度トライしてもらいたいのが、街から電車や車で1時間もあればアクセス可能な近場の低山。登って下って3時間以内、散歩気分で自然のよさを感じられる山は山ほどあります。

illustration: Ayako Taniyama

まず、登山口から入ると、普段は耳にしたことのない鳥の声が降ってきます。最近、鳴き声でお互いが会話していることが判明して話題になった、シジュウカラもさえずっています。仲間のヒガラやコガラ、小型キツツキのコゲラと集団移動することが多く、鳴き声に交じるコゲラのコツコツ音が判別できるようになったらしめたもの。私の知人は街にはカラスとスズメとハトしかいないと思い込んでいましたが、山で見かける彼らも街の電線に止まっています。そんな鳥の声が覚えられたら素敵ではありませんか。

illustration: Ayako Taniyama

鳥だけではありません。低山を深々と覆うのはさまざまな樹木。新緑の季節、惜しみなく放たれる澄んだ香りに包まれ、暖かな春の光とひんやりとした山の空気を体いっぱいに吸い込めば、体と心が一新! 昨日飲んだアルコールも食べ尽くしたスナック菓子も、日々の生活でため込んだ疲れもよどみも歩くうちに霧散していきます。そしてたどり着いた山頂からは見渡すかぎりの絶景が。丸い石の上や柔らかな草地に座ればスミレ、チゴユリ、ホトケノザと昔なじみの可憐な花々。一面の人工お花畑もよいものですが、人知れず春の野山に咲き集う花もまた美しい。そう、どれだけ人類が進歩しても自然だけはつくれないもの。気軽に触れられる山の自然にたっぷり浸って、あなたの中の人間性を取り戻してください!

2. 山のパワーを感じるべし

illustration: Ayako Taniyama

山は古来人々の信仰の場でもありました。どんなに低い山でも山中には小さな奥社や古寺が静かに佇んでいることが多く、火伏せの神様、雨乞いの神様、学問の神様、五穀豊穣、心願成就、さまざまな願いを込めた神仏が祀られています。登ったからこそ得られる御札御守、お祓いを受けにお目当ての社寺に向かうのもひとつの目的。祈願もできて体力もついてまさに一石二鳥。そして山は、そのものが生み出す自然のパワーに満ち満ちています。樹木に囲まれ空気を吸って土道を歩くだけでも不思議と心が安らぎます。

illustration: Ayako Taniyama

特にその力を感じられるのが水辺。山岳信仰の修行の場でもある滝の近くで清冽なしぶきを受けるだけでも心身が清められます。私も長年滝の魅力が理解できなかった部類ですが、ある山で細くたおやかな小滝の、るるるという絶え間ない水流を目にして以来、その美と力に開眼しました。滝だけでなく、沢の流れや湖の水面など水のある景色には心を鎮め、平らかにしてくれる作用を感じます。さらに山で水といえば山の湯。地中から湧き出した温泉に心ゆくまで浸かって、明日への活力を再び全身に巡らせましょう。

3. 下山後の味と文化を楽しむべし

illustration: Ayako Taniyama

さて、山から下りて町に出ると、別のお楽しみが待っています。低山のある地域は普段は訪れない場所。この機会にぜひ地元の味を堪能しましょう。手っ取り早く味わうなら、大人の愉しみである居酒屋や蕎麦屋でしょうか。海沿いなら新鮮な魚介を、深山なら摘みたての山菜を。むろん登ったあとの一杯は何物にも代えがたいおいしさ(山中では危険度アップのため原則禁止!)。日本酒などは地域限定銘柄も多いので美酒や珍味をぶら下げて帰るのもうれしい。そのあたりはしっかり下調べをしてまいりましょう。けれども登山も旅の一種、ネッ上の既存情報にはない思わぬ出合いがいちばんの思い出になることも。

車派は残念ながら酒とは無縁ですから、帰りは道の駅へ。今や各地の道の駅は地元産の新鮮野菜、果物、豆類、粉類などの宝庫。しかもうまい安い珍しいの三拍子が揃っています。私の友人は、「道の駅で買い物がしたいから、またあのあたりの山に行きたい」とせがむ始末。甘党や気の置けない人へのお土産は昔ながらの製法のお餅やまんじゅうなどを。今や手作りの郷土の味は貴重になりつつあります。帰ってからも存分に山の余韻を楽しみましょう。

illustration: Ayako Taniyama

さらに低山ハイクの利点は、歩行時間が比較的短く、朝から歩けば昼過ぎには下山できてしまうこと。歩き始める時間を調節すれば、地元の美術館や記念館、ギャラリーにも十分間に合います。わざわざそのために遠出するのはおっくうでも、山のついでなら苦になりません。自然の中で過ごしたあとに芸術に触れるなんて、贅沢な時間の使い方ではありませんか。時には見逃していた展示が巡回している幸運も。ほかにも地質、歴史、人物の博物館や酒蔵、地元産業の資料館なども地域の成り立ちを学ぶのに最適。大人の社会科見学は得るものが多いです。時間の許すかぎり山麓の町をそぞろ歩けば、町角の伝統工芸店や工房、古道具店に思わぬ逸品が待っています。都心では手が出ない工芸品も、現地でなら手の届くお値段になっていることも。私もひと目惚れしたあけびづる籠を入山前に後先考えずに購入し、ザックにくくりつけて登った過去が。できればザックの中に収まるくらいの品を選びたいですね。

若菜晃子プロフィール画像
編集者、文筆業若菜晃子

わかな あきこ●登山専門出版社に勤務後独立、著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『街と山のあいだ』(アノニマ・スタジオ)ほか。2023年は『続・地元菓子』(新潮社)を刊行予定。鋭意編集中!

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