2023.02.10

超高額の陶器を日々触る仕事!? 【オークション会社 中国美術スペシャリスト】にインタビュー

世の中をぐるりと見渡すと、あまり知られていないけれど、魅力的かつやりがいのある職業がこんなにも! 従事する人たちのバックグラウンドや仕事内容に迫る連載第1回は、日本とも深く結びつきのある中国美術のプロフェッショナルにフォーカス。

中国美術スペシャリストとは

オークション会社にて、中国美術作品の売買をサポート。国内外の専門家と連携し、発展する中国美術市場における、美術館やコレクターなどの顧客へのアドバイスやマーケティングも行う。顧客と信頼関係を築くための高い専門知識や情熱、語学力を含めたコミュニケーション能力を必要とする仕事。

今回取材したのは、サザビーズジャパン中国美術スペシャリスト 瀬谷瑞香さん

サザビーズジャパン中国美術スペシャリスト 瀬谷瑞香さん

大学ではフランス語を専攻し、在学中はフランスへ1年留学。卒業後は大手IT企業に就職し営業を経験。その後転職し、へッドハンティング会社を経て、2002年にサザビーズジャパンに入社。現在は主に中国美術を含むアジア美術の分野を担当している。世界40カ国80支社の中で、中国美術スペシャリストはわずか20名ほど。瀬谷さんは、聡明さに加え、風通しがよい人柄で周囲をぱっと明るくする。

作品の売り手と買い手をグローバルにつなぐ仕事

名品が次々と競り上がっていく緊迫した会場で、落札のハンマーが鳴る——。映画や海外ドラマにたびたび登場するオークションは、実際にロンドンやニューヨーク、香港、パリで開かれている。それを主催する最も歴史あるオークション会社のひとつが「サザビーズ」で、瀬谷さんは東京支社に籍を置く。そもそもオークション会社とは?

「“売りたい”側のお客様から作品をお預かりし、基準になる値段を提案。オークションで価値に見合った値段で売り、金額をお支払いするというのが一連の流れ。一方、“買いたい”お客様には、事前に作品を直接見ていただいたり、それが叶わない場合は写真や動画などでご覧いただいたりして、オークション会場とお客様をつなぎながら、入札のお手伝いをします。世界をマーケットにして、個人で作品を売ったり買ったりするのは大変なこと。正しい知識とともにナビゲートしながら、それにかかる手間や負担を軽くする役目というと分かりやすいでしょうか」

サザビーズジャパンは小規模の精鋭で成り立っている。「営業まわりを担当するクライアントサービスと、値付けができる知識があり、オークションでの査定価格を提案するスペシャリストに分かれています。私は後者で、印象派・近代美術、コンテンポラリーアート、日本美術、時計・ジュエリーなどジャンルごとに専門分野が分かれているなか、中国美術を担当しています」

オークションにかけられる中国美術

1月下旬、サザビーズジャパンの社内でオークションの下見会が開催された。「年に一回あるかないかの、作品を肉眼で見て、触れられる機会です」。ずらりと並ぶ作品は、かつて瀬谷さんの上司でもあった平野龍一氏が営む「平野古陶軒」の宋磁コレクション。オフィスの会議室をギャラリーのようにしつらえるのも瀬谷さんの仕事。

国宝指定の焼き物の半分以上が、中国陶磁器

オークションの下見会の様子

下見会の様子。「『百聞は一見にしかず』ですので、下見会ではお預かりした作品をお客様(古美術商や学者、個人のコレクターなどさまざま)に見ていただきます。長きにわたって愛玩される作品は、柔和な雰囲気で、ぬくもりが出ます。不思議ですよね」

「サザビーズ」と言えば、ピカソやアンディ・ウォーホル、草間彌生さんなど、西洋美術や現代アートとのつながりが深いイメージがあるけれど?

「中国美術も当社において歴史が長く、非常にやりがいがあります。私は主に焼き物全般や漆、青銅器など立体の作品を扱う担当。古くから日本との結びつきが強い分野で、国内に素晴らしい作品がたくさん現存している。例えば、東大寺の正倉院には中国からの舶来品も数多く保管されていますし、曜変天目茶碗をはじめとする国宝指定の焼き物は半分以上が中国から伝わったもの。私たちが多く扱うのは主に、1911年まで続いた中国史上最後の王朝・清朝時代までの古美術なのですが、それらには現代の作品では味わえない、長い歴史に裏打ちされたロマンがあふれている。見ていると『昔の人も同じような感覚を持っていたんだろう』とさまざまな想像が湧き上がってきます」

ロマンあふれる中国美術

「オークションにかけられるのは絵画などあまり触れられないものも多いですが、陶器は積極的に触ってOKなジャンル。手に取ってみてこそ、良さが分かります」

転職活動を経て、愛を注げる中国美術に出会う

中国美術について語る瀬谷さんは生き生きしていて、中国美術への愛が止まらない様子。最初からこの分野に造詣が深かったのだろうか。

「業界には大学で美術を学んだ人や、英才教育を受けてきた古美術界のレジェンドの子息もいますが、私は全然(笑)。アートやバレエなど美しいものは幼少期から好きで、旅先では美術館を中心に計画を立てるタイプではあったけれど、最初の就職先は大手IT企業でした。就職活動のときは、情熱を持ってやりたいと思えることが何なのか分からず、『大企業がいいな』くらいの気持ちで選んだ面もありました。良い会社でしたが、コツコツ自学していた英語を活かせる仕事に就きたいと思って転職活動をしました。 上手くいかなくて困っていたときに、母が新聞の求人広告でたまたま見つけたのが、英語必須のサザビーズジャパンでした。最初はクライアントサービスとして働いていましたが、来日したスペシャリストのアテンドをしながら何百点、何千点もの作品を一緒に見ているうち、だんだんと価値が分かるように。上司の後押しもあり、40歳頃からスペシャリストの道へギアを切り替えました」

サザビーズジャパン中国美術スペシャリスト 瀬谷端香さんが生き生きと語る

40歳頃からスタートした美術スペシャリストとしての人生。「中国美術と人生をともにするとは思ってもみなかったし、こんなにも愛を注げるんだ!と自分でも驚く日々です」

どんな一日を送ることが多いのですか?

「基本の就業時間は9時30分から18時まで。延びることも少なくないですし、時差のある海外とのやり取りも多いので、帰宅してからオンラインでミーティングをすることも。ちなみに絵画には、作者のサインがあり、真贋を証明する鑑定機関もあるけれど、古美術にはそれがないんです。年間500点ほどの作品を見て、文献や古い資料を調べたり、海外のスペシャリストと意見交換したりしながら、正しい価値を探ります。ゆえにグレーゾーンの作品はオークションにまで辿り着かないことも多いですね。サザビーズが行っているのは、一流が集まって安全な環境のもとでオークションを行う信用ビジネス。作品の本質を見抜く目を養うため、私たちは日々勉強なんです」

今年4月上旬に開催される香港オークションには、1月の下見会でお披露目した「平野古陶軒」の宋磁コレクションが出品される。「3月からお客様にご案内をし始め、オークション開催期間の約1週間は香港の会場へ出向きます。期間中の私は、買い手のお客様に作品を紹介したり、オークショニアがハンマーでトントンやっている前で、日本にいるお客様の電話入札をお手伝いしたりしていると思います。例えば『今、作品についてよく分かっている方が値段を上げてきました』などと、中継映像では伝わらない情報を付け加えながら、誰がどんなふうに競っているのかをお伝えするんです」

オークションは、意外と気軽に参加できる!

香港でのオークションを準備中

「下見会のあとは厳重に梱包し、貴重品を輸送する専門の運送業者に託します」。オークションは4月と10月の年に2回。今回の作品は、春にオークションが開催されるサザビーズ香港の会場に、全ジャンル合わせて3000点の出品の一部として並ぶ。

この仕事に必要な素養とは?

「この仕事は、素晴らしい作品を間近で見たり、触れたりして、この上ない幸せな時間を味わえる職業。スペシャリストになるために必要な技能や年齢制限は明確には決まっていませんが、“もの”に関心があって、出会いのたびに学習し、吸収していく力は必要かと。何事も1万時間学習すると、ある程度のレベルになるらしいのですが、私は昔から反復練習が好きでして。古美術についても反復によって作品を見抜く力を付けてきましたし、まだまだ養っているところ。昔から地道に勉強していた英語も、まさに反復。海外のスタッフと意見が合わなかった時に、丁々発止のやり取りができるよう、こちらも日々勉強です(笑)。

オークションは一部の富裕層のもの、というイメージがありますよね。でも、近年はオンラインオークションの開催も盛んで、実はメールアドレスを登録し、与信審査さえクリアすれば誰でも参加できるんです(※編集部注:日本にはオークション会場がないのでオンライン(sothebys.com/jp)で参加を)。もちろん何億円もする高額商品も中にはありますが、比較的手が届きやすい数十万円台の作品もたくさん。バブルの頃は、オークションで作品を手に入れることは成功者の証としての意味合いが強かったけれど、今はそういう気運ではない。値段に関係なく、本当に気に入ったものを自宅に飾ってみると、一瞬で空間が自分色になり、気持ちがほわっと温かくなると思います。それに作品って、トラブルがなければ、自分よりも必ず長生きするもの。作品が何千年か残るとしたら、そのうちの何十年かをお預かりできるなんて、尊いですし、やっぱりロマンがありますよね」

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