2023.04.24

顧客の人生に寄り添うコンシェルジュ。 【伊勢丹 外商部】の吉村朋代さんにインタビュー

耳にしたことはあれど、私たちの多くが体験することのない外商。ごく一部の限られた顧客の元に赴き、高級な宝飾品や骨董品を販売している……? そんな漠然としたイメージを抱きがちなサービスが実際はどのようなものなのか、伊勢丹新宿店でプライベートスタイリストとして活躍する吉村朋代さんに聞いた。

プライベートスタイリストとは?

プライベートスタイリストとは、外商部のスタッフを指す呼称。衣食住すべてのジャンルにおいて、顧客の要望にマッチする商品を的確に提案し、売り場を介さずに直接販売する。

今回取材したのは、 プライベートスタイリストの吉村朋代さん

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吉村朋代さん

三越伊勢丹外商統括部個人外商グループ伊勢丹外商部セールスマネージャー。1996年に伊勢丹に入社し、6年間の紳士衣料品部スポーツの販売員を経て、2002年伊勢丹新宿店メンズ館のメンズクリエイターズへ異動、その後ストアアテンダントに就任。2017年から外商部に所属。

販売員として約20年、メンズファッション一筋

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「私も販売員として店頭に立っていた頃は、皆様と同じく『外商って何をやっているんだろう?』と疑問に思っていました。“外で商う”と書くので、文字通りお客様のご自宅に伺って売りたいものを提案しているのだろう……という程度のイメージしかなかったんです」

同じ百貨店内で働いている吉村さんですら、実際に現在の部署に所属するまで、外商の具体的な業務内容をほとんど知らなかったという。

大学時代にアルバイトとして携わったことをきっかけに、ファッションを介してたくさんの人とコミュニケーションが取れる百貨店の魅力に触れ、伊勢丹に入社。「人事の方からは、身長が172㎝もあって目立つからという理由で店内案内の役職を勧められたのですが、販売員として魂を込めて接客がしたかったので『絶対に嫌です!』と(笑)。それでメンズ館に配属されました」と当時を振り返る。

「最初にスポーツ衣料品部門を担当し、コム デ ギャルソンやアンダーカバーをはじめとする高感度なブランドを取り扱うメンズクリエイターズへ。後々外商の顧客様になり得るお客様を店頭でサポートするストアアテンダントを務めた時期を含め、約20年にわたり販売員としてメンズファッションに関わってきましたね。そして2017年に外商部に配属されました」

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まるでニュールックが現代に蘇ったかのような、ディオールのベストを主役にした着こなし。ボリュームシルエットが目を引くキルティングスカートは、担当している顧客が手がけているブランドのオブリ。「応援しているからこそ、お客様のブランドを着ることが多いです」

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自らが身に着けるジュエリーも、顧客への提案のひとつ。この日はブレスレットはティファニーのロックとカルティエのパンテール、リングもカルティエのパンテールを着用していた。「ネイルはシンプルに」が吉村さんのマイルール。

時代に合わせて変わる外商像

顧客の割合は70%が男性、30%が女性。「通常の外商では女性が7割を占めることが多い」そうで吉村さんのケースは珍しいのだが、前出の販売員時代の経験が大きいと言う。

「ご来店されている方の中には経営者だけでなく、有名アスリートや芸能関係の方もとても多くて。若いスタッフは様子を伺ってしまいなかなか接客できないので、フロア責任者として背中を見せて教えようと思い、積極的にお声をかけることにしました。定期的にお手伝いすることで私自身がお客様のことを深く知り、欲しているものをちゃんとご提案することで喜んでいただけるというストーリーを肌で感じられて、より仕事が楽しくなりましたし、自ずと顧客化にも繋がったんです」

また、伊勢丹外商部は、昨今の30〜40代を中心とする新富裕層の台頭に伴い、豊富な知識と店頭経験を持つ20〜40代のプライベートスタイリストを増員した。ひとりの担当にひとりのお客様が基本だった顧客への対応も、セールスマネージャーとして吉村さんが管轄する現在はチーム制に移行。前年度は6人のメンバーで約200名もの顧客を抱えていた。

「ご自宅に伺うこともありますが、どちらかというとパッとご来店されてすぐにお選びいただけるよう事前にヒアリングして商品をご用意することが多いですね。最近はお客様と私を含むチームメンバーでグループLINEを作り、その中だけで完結することも増えました。高いタイムパフォーマンスが求められるため、常にチームの誰かが対応できるいまの体制はとても喜んでいただけています」

ちなみにギフト需要が多いとのことで、「相手のインスタグラムのアカウントとともに『この人にギフトを贈るんだけど、予算50万円でいいものを提案してもらえませんか?』と連絡をいただき、ご提案からご配送までをこちらで行います。人のハートが籠った通信販売のようなものですね」と笑う。

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バッグはジェイアンドエムデヴィッドソンのもの。リサーチで歩き回ることも多いことから常に小さめのものをチョイス。基本的にロゴが目立つデザインは持たず、会う顧客に合わせて服装もバッグも変えるのだそう。

売ることよりも大切な、顧客の人生に寄り添うという価値観

扱う商品はファッションのみならずインテリアにアートに食にと多岐にわたる。過去にはそれぞれの専門部署や業者と手を組み、プライベートジェットや家を販売したこともあるというから驚きだ。また、販売するのはモノだけに留まらず、コト消費、さらに吉村さんが意味消費と呼ぶ、ワインのチャリティーオークションに顧客を参加させたようなオリジナリティあふれる事例もある。

そのための情報収集も日々欠かさない。多い時はリサーチのために1日に店内を2万歩も歩き、顧客の近況を常にチェックして会話に広げ、例えば子どもがいつ小学校に入学するかといった家族構成も把握している。ただ、タイミングを見極め、無茶な押し売りはせず余白を持たせる。すべては、顧客に満足してもらうため。

「一時の買い物ではなく、お客様の人生に寄り添うのが外商。すべてがチャレンジなので難しくはありますが、皆様の人生のカレンダーをしっかりと頭に入れて深く理解することで、プライベートな部分をお手伝いできるのが醍醐味ですね」

最も思い出深い仕事は、オートクチュールドレスの販売

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そんな吉村さんが最も印象深い仕事として挙げるのが、パリでオートクチュールのウエディングドレスを販売したことだ。

「パリのオートクチュールコレクションにお客様をお連れする企画を立てた際、偶然あるブランドのアトリエに入れていただくことができたんです。ドレスを作る予定はなかったのですが、実際にショーで見たサンプルを前にしてすごく感動されて。ちょうどご結婚を控えたタイミングだったこともあり、特別に作っていただけることになりました。結婚式が行われるイタリアのコモ湖に直接納品してもらう手筈を整えたのですが、完成して届いたのは式前日(笑)。到着するまで不安で眠れなかったものの、お取り組み先と社内のメンバーで助け合いながらお客様にすばらしいドレスを提供できたことがいまでも忘れられません。伊勢丹外商部とご支援を頂いたたくさんの方々の力で豊かな経験を提供できたという事実が、更なる信頼関係を築くきっかけになっていると実感できました」

ここまでご覧いただければわかる通り、常に働き続けている吉村さん。そんな状況にいる自分のために、プライベートスタイリストとしてどんな企画を立てたいかを最後に聞いた。

「ライフスタイルが仕事と子育てでできていまして……。自分の時間が全くないので、船で時間をかけて海外やアートツアーに行きたいですね。美容にも時間を割いていないから韓国の美容ツアーもいいですね!」

最後に、吉村さんに一問一答!

■吉村朋代さんが仕事をする上で支えになった言葉。

上司からかけてもらった「新規無くして成功無し」という言葉。常にチャレンジの連続で肩の荷が重い中、モチベーションになっています。

■プライベートスタイリストになるために必要な資格、資質は?

コミュニケーション能力と共感力。いかにお客様に寄り添えるかにかかっているので。あとはお客様を知るための好奇心ですね。

■仕事がハードな時の癒しアイテムは?

娘とのハグ。ずっと仕事で携帯電話ばかり触っているので、たまに娘に隠されることがあります(笑)。

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