「せっかく買ったのにサイズが合わず、タンスの肥やしになっている……」、「お直ししたものの、イメージ通りにならず全く着なくなってしまった……」。きっと誰もが経験したであろうこれらの失敗を解決してくれるのが、アトリエロングハウス主宰のモードフィッター、長屋恵美子さん。他のお直し店とは一線を画すアプローチと技術に迫ります。
モードフィッターとは、洋服を多角的に捉える鋭い洞察力と幅広い知識、高い技術を活かし、服のリフォームから自分だけの一着のフルオーダーまでを請け負う仕事。一般的なお直し店とは全く異なる、ファッション業界におけるプロフェッショナルワーカー。
今回取材したのは、モードフィッターの長屋恵美子さん
1968年、名古屋学芸大学短期大学部卒業。博報堂名古屋支店にてスタイリストとして勤務しながら、1969年に名古屋モード学園師範科を卒業する。1972年には委託デザイナーとして数十社と契約を結び活躍し、その後オートクチュールデザイナーに。1983年アトリエロングハウスを創業。日本モードフィッターズ協会の設立、モードフィッターズ学院の開校といった新しい人材の育成を目的とした活動も行いながら、ファッションショー、舞台、テレビ、CMの衣装の製作、著書の執筆などを中心に活躍中。
あのエディ・スリマンがかつて率いたディオール オムから「一緒に働かないか?」と誘われたというエピソードを聞けば、長屋さんがファッションシーンでいかに偉大な存在なのかが伝わるはずだ。
エディがアーティスティック・ディレクターに就任し、2000年代にカルト的な人気を誇っていたディオール オム。日本でシークレットイベントを開催した際、ショーを2日後に控えて到着したサンプルが、予定より2サイズも大きいというトラブルが発生。スタッフ全員が混乱する中、いちフィッターとして参加していた長屋さんが偶然声をかけられ、その場で行ったピンワークにエディが感動。すべての服のお直しを依頼されることに。当日もエディは彼女と相談しながらジャケットの袖をカットオフするなどのアレンジを加え、エディは大満足、ショーも大成功に終わった。
そしてディオール オムのスタッフが帰国する際、「君もこのボストンバッグに入ってフランスに行かない?」と声をかけられたという。仮に冗談だったとしても、これ以上ない褒め言葉だと言えるだろう。
スタイリストやオートクチュールデザイナーを経た、幅広い経験
雛人形や鯉のぼりといった和雑貨を販売する両親の下で育った長屋さんは、幼い頃から綺麗なものに囲まれて育ち、着飾ることも大好きだった。ただ当時は、既製品はほとんどなく、オーダー服が当たり前の時代。着たい服は自ら作るしかなく、高校生の時には初めて自分で水着を作ったそう。「作った水着は鮮やかな山吹色。周りはみんな黒か紺だったのでかなり目立っていたと思いますね(笑)。この頃からおしゃれに目覚めていたのかもしれません」
5歳上の姉が服飾系の大学に通っていたこともあり、美術大学のファッションデザイン科に進学。卒業後は名古屋モード学園の師範科へ。同時に、モード学園を立ち上げた故・谷まさるさんからの勧めで博報堂名古屋支店にスタイリストとして入社し、CMなどの衣装製作を主に行った。
そして多くのブランドから声をかけられたのをきっかけにデザイナーに転身。自身の世界観と仕事量のバランスを取るためオートクチュールのデザイナーとして活躍した後、アトリエロングハウスを設立した。設立時は明確な方向性が定まっていなかったが、ジョルジオ アルマーニからお直しを依頼された一着をきっかけに、モードフィッターへの道を進むことになる。
モードフィッターになることを決定付けたジョルジオ アルマーニの一着とは?
「ジョルジオ アルマーニからスカートのお直しを依頼されたのですが、いざ届いてみると薄いシフォンが5枚くらい重なったすごく繊細なもので……。10cmの丈詰めとはいえ、シフォンを一枚ずつ手でまつってカットしなければいけないのに、期限は翌日(笑)。でもそのスカートの美しさに引き寄せられたのか、自然と手が進んでいました。それがスタートですね。
クリツィアからはアマゾンのうなぎ革のスカートの修正を依頼されたことも。ほかにもエルメスやプラダ、フェンディ、フェラガモといった錚々たるブランドから、百貨店までもがお声がけくださるようになり、最も多い時で36名の裁縫師を抱えるほどに規模が大きくなったんです」
目からウロコな、長屋流“馴染ませるフィッティング”
長屋さん自身が“普通のお直し店とは一線を画す”と説明する通り、彼女のアドバイスと技術は他店とは全くの別物。一度でも他店のお直しを経験したことがある人なら、必ずやその違いを実感できるはず。
「私が大切にしているのは、馴染ませるフィッティングとピンワーク、そしてシルエットを崩さないこと。例えば買ったジャケットが少し大きかった場合、何気なく着ると肩が合っていないので肩幅を詰めたくなってしまうのですが、それは絶対にNG。縦のラインに手を加えるとシルエットが崩れるから、幅は詰めません。本当に合っていないのはネック位置であることが多く、そこを補正することで肩や袖の位置も変わって解決できるんです。
洋服は関節を基準にパターンに落としているため、それを無視してお直しをしてしまうと、すべてのバランスが壊れて、二度と着たくなくなってしまう。だから身体にしっかりと馴染ませながらフィッティングを行い、身体から不自然に離れた箇所を直すべきポイントとして的確に探し出した上で、ピンワークで本来あるべき姿を見せながらアドバイスするようにしています」
銀座三越内のアトリエロングハウスでの取材中、同じく銀座三越に入る某メゾンブランドでパンツを買った若い女性が、そのショップスタッフからの紹介で初めて来店した。
「ここに持っていけば間違いないと言われたようで(笑)。パンツそのものはとても気に入ったのだけど丈がどうしても合わないとのことで、丈詰めとスリットの幅出しをすることになり、お値段は¥30,000弱。たかが丈詰め、されど丈詰め。正直、他店より価格設定は高いのですが、ただお客様が言った通りに直すのではなく、すべて私自身がフィッティングしてアドバイスするので、結果的にご満足いただけてリピーターになってもらえることが多いですね。最近は若い方もたくさん来てくれて、彼ら・彼女たちに『大切な一着を長く、おしゃれに着たいと思える服にするなら、アトリエロングハウスしかない』と言ってもらえるのが本当にうれしいです」
他店では「イメージが損なわれるから」「技術的に難しい」とお直しを断られるような服だとしても、長屋さんが断ることはない。「この仕事を始めた時に、技術的に誰も真似できないお直し屋になることに加え、絶対に断らないと決心したんです。お客様が安心して預けられて、期待に100%応えられる場所で在りたいから」
以前、SPURの記事をきっかけにアトリエロングハウスのことを知り、今や熱心なファンとなった20代の顧客に話を聞くことができた。
「印象的だったのが、The Rowのワンピースのお直しをお願いした時です。購入した時点では、私にはサイズが大きく、丈も長くてドレッシーすぎる印象なのが悩みでした。
そのフィッティングの時の言葉が、衝撃的だったんです! 長屋先生は、『このお洋服はざっくり着るものなのよね。だから、身幅は少し大きいままでも良いと思うの』と仰いました。ブランドタグを見ないうちから、私が気に入っていたThe Rowらしいエフォートレスな雰囲気をくみ取ってくださり、ただ服のサイズを身体に合わせるだけではない仕事ぶりに驚きました。それ以来、『デザインは好きだけれどどうやって着たらいいか分からない。自分が着るイメージが描けない』という服は、すべて長屋先生にお願いしようと決めました。
そして、いつもその服のスタイリングまでアドバイスしていただけるのも、本当にありがたいです。私よりずっと歳上ですが、そのセンスは抜群で、常にトレンドをキャッチアップどころか先取りしていることにも驚かされます!
もちろん、クオリティも完璧で、特殊な生地もアトリエロングハウスなら寸分の狂いもなく仕上がります。その丁寧な仕事ぶりからは、自分のお気に入りの服を大事に扱ってもらっていることを感じ、嬉しく思います。
長屋先生に直してもらった服を着ていると、まるでオートクチュールを着ているような気持ちになれるんです。どんな服も私らしく見える一着に変えてくださり、一生着続けたくなります。長屋先生のこれまでのご経験がそうした精度の高さを生んでいると思うと、そんな方にお任せできることがとてもありがたいです。人間的な魅力にあふれた方で、仕事との向き合い方や生き方にも憧れます」
設立40周年を迎えたアトリエロングハウスは、今年3月に銀座三越の本館4階から本館3階に移転リニューアルオープンしたばかり。世界中の名だたるデザイナーをも唸らせた卓越した技術で、着られずに眠っている大切な一着を蘇らせてみては。
■仕事をする上で支えになった言葉は?
お客様の声ですね。移転リニューアルオープンするに当たり、フロアも変わるし面積も少し小さくなるので正直とても不安だったんです。でも、リニューアルオープン当日、若い女性のお客様が来店して、「大切な服で長く着たいからこそ、ここに持って来た」と言ってくれたのが励みになりました。
■モードフィッターになるために必要な資格、資質は?
特別な資格はなく、現在は体系的な育成制度もありません。未経験でも、とにかく謙虚であることが大切です。
■仕事がハードな時の癒しアイテムは?
エステに行ったりマッサージに行ったり、鍼をやったりお灸をやったり。最近はインディバを初めて体験しました!