ステイホーム。僕は本を読んでいます【井之脇海と、山の話 第14回】

 ここしばらくは家で過ごしています。外出は控えて、普段なかなかできないような、部屋の細かな部分を掃除したり(シンクまで磨きました!)、ピアノの練習を再開したり、夜はベランダに出て月を見たり(4月に見たスーパームーン大きかった!)。この時間を無駄にしないようにといつもの3倍は映画や本に触れるようにしています。僕にとって仕事のためのインプットは、映画と本なんです。

 山関連の映画で、絶対的におすすめしたいのが『MERU(メルー)』というアメリカのドキュメンタリー。僕が大学の3年か4年くらいのときだったかな。公開しているのは知っていたんですが、当時は観ていなくて。動画配信サイトで見つけて「あのとき観られなかった作品だ!」とさっそく視聴。いやー、すごかった! メルーってヒマラヤ山脈の山のひとつなんですけど、その中央にそびえるのが「シャークスフィン」という岩壁。垂直にそびえ立っていて、世界中の登山家、クライマーたちが「いつか登ってやる!」と競い合っていたわけです。シャークスフィンの中でも誰も登ったことがない難ルートに3人の登山家たちが挑戦する、という展開なのですが、うちひとりがプロのカメラマンで、その映像がすごい! 垂直の壁を少しずつ頂上目指してクライミングしては、岩壁からロープでテントをつり下げてその中で休む。これを数日繰り返してじわじわと登るしかないんですが、宙づりのテントの中で寝るなんて考えられない! カメラの技術が進んでいるからきれいな山や迫力ある映像はある程度誰にでも撮れるかな、と思うんです。が、このテントの中の様子やハラハラする登攀の場面は本人だからこそ撮影できたシーン。生きるか死ぬかの瀬戸際でもカメラを回すどん欲さ。カメラを回すことがこの人にとって生きることなんだ、と凄みを感じました。彼らは、一度は撤退するんですが、このあとがドラマなんです。3人にはそれぞれ事情があって、それでもまた結集するという。あとは観てほしい!

 おすすめしたい本は、この連載で対談もさせていただいた写真家・石川直樹さんの『ぼくの道具』。極地登山に必要な道具が直樹さんの目線で紹介されているんですが、中学時代に買ったバックパックでチョモランマに登った話とか、旅先でバスの運転手さんに目印代わりに直接ザックに「日本人」と現地の言葉でマジックで書かれた話とか、登山をしない人でも面白いと思います。

 もう1冊が『新編 山小屋主人の炉端話』。実在する山小屋のご主人の話を集めたものなんですが、めちゃめちゃいい。僕は怪談って信じないんですけど、北八ヶ岳の白駒荘の「消えた河童」というエピソードを読んだら、そのリアルな描写や河童が消えざるを得なかった理由から、昔は本当にいたのかも、と考えさせられました。家にいて山を思う。僕のステイホームでした。

1・2 今回の写真は、自宅でセルフィー!「本はだいたいリビングで読みます! お風呂では読まない派」

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映画は動画配信サイトで。本は、普段は書店派。今は買いに行けないので山の本をAmazonで8冊ほど買いました。まだ読めてない本もたくさんあるので、この機会に読みまくるぞ〜!

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山で料理をしたいと思っているので、UL(軽量)な道具を買いました。ナイフはなんと17g! ご飯を炊く練習を家でしてみようかな。早く山で使える日が来ますように

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(左)『MERU』(右)©2015 Meru Films LLC 配給: ピクチャーズデプト 

こんな垂直の岩壁を食料もほぼない中登るなんて……。山に取り憑かれた彼らの生々しい姿を見てほしいです

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(左)『新編 山小屋主人の炉端話』(右)『ぼくの道具』

(左)表紙は山を愛した版画家・畦地梅太郎さんの作品。燕岳の燕山荘には、畦地さんによる山男の石像が置いてあるとか。燕岳、行きたい。『新編 山小屋主人の炉端話』(山と渓谷社・1,300円)

(右)K2登攀記も収録。直樹さんが撤退を決めたことも書いてあって、一流の人が諦める、という決断を下す心情が興味深いです。 『ぼくの道具』(平凡社・1,500円)

Profile
いのわき かい●俳優。1995年生まれ。神奈川県・横須賀市出身。父の影響で登山を始め、日本百名山制覇が目標。7月16日(木)よりスタートする、ドラマ「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」(フジテレビ)に出演。

SOURCE:SPUR 2020年7月号「井之脇海と、山の話」
photography: Kai Inowaki edit: Tomoko Yanagisawa

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