きれいで快適、の裏にある山小屋の見えない仕事
今回、「山小屋の仕事に興味があるなら」と訪問をすすめられたのが、赤岳鉱泉。初心者向けのアイスクライミングイベントを開催したり、宿泊者の夕食にステーキを提供したりなど、ホスピタリティあふれる魅力的な活動でファンも多い八ヶ岳の山小屋です。
「北沢」というコースはきれいな川を途中眺めながら、登山口から3時間も歩けば到着するアクセスのよさ。迎えてくれたのは、33歳のご主人・柳沢太貴さん。食堂から大部屋、個室、山の名著やコミックが充実の図書室、お風呂、メーカー協力のもと最新のウェアやギアが展示されたスペース、改築したばかりのバルコニーまで、小屋のなかを案内していただきました。
井之脇(以下I) こんなに大きな小屋だと思ってなかったです。整備も行き届いていて、快適ですね。小屋のご主人になって12年目なんですよね?
柳澤(以下Y) 曽祖父のころから山小屋を営んでいて21歳からこの世界に入りました。でも実は山が嫌いで(笑)。車の整備士の勉強をしていたんですが、長男ということもあり、父が怪我をした際に覚悟を決めて家業を継ぎました。でも、小屋の仕事は好きなんですよ。
I 山が嫌いとは(笑)。小屋の仕事ってどんなことをされるんですか?
2 小屋の名にもなっている鉱泉を沸かしたお風呂が。これも豊富な水源のおかげ
3 山小屋では珍しいベッドがある個室!窓からは赤岳が見える
4 「周囲の目を気にせず、着替えや化粧ができるように」と改築された洗面台、鏡も完備の女性専用更衣室
Y お客さまに快適に泊まってもらうための料理や掃除、設備の手入れもありますし、登山道整備やレスキューといった安全登山に関するものもたくさんあります。うちは水力発電をしていて、その管理も大変です。
I 1年のうち、8カ月の電力を水力発電でまかなっているんですよね。
Y 北沢の豊富な水のおかげです。電力の確保は山小屋にとって大変なことですから。山の仕事は自然相手で日々同じではないですし、不便な場所にあるので、なにかを修理するにも業者さんではなく自分たちでやったほうがいい。そうしたことが自分の力、生きる術につながるな、と感じるんです。山で会う人とのコミュニケーションが好きですね。スタッフやお客さん、ガイドさん、山岳メーカーさんなど、人に助けられています。
I 「アイスキャンディフェスティバル」など、アイスクライミングのイベントも開催されていますよね。
Y 冬の八ヶ岳は、海外からも多くの人が登りにくるくらい有名なんです。アイスクライミングできる場所が10カ所以上あるけれど、へたしたら命を落とすリスクも。なにかあったら県警よりも先にレスキューに行くのは僕らになるので、僕らだって危ないときもある。「小屋の前に人工氷瀑を作って、そこで練習してもらうといいんじゃない?」とガイドさんからアイデアをいただいて、18年前から初心者でも技術を安全に学べるように「アイスキャンディフェスティバル」を企画しています。このほかにも山のスペシャリストに声をかけて、安全に山を楽しむためのイベントや講習会を年中やっています。講習内容も楽しみながら学んでもらえるものにしていますね。
I いいですね。僕も前回の連載でクライミングを教えてもらって楽しさを知ったから、冬にも来たいなあ。
Y コロナ禍以前は、氷壁にプロジェクションマッピングをしたり、ナイトクライミングしたりなど、夜も楽しめるイベントも企画していました。こういう山で過ごす楽しさをSNSでも発信しています。それが「安全に楽しむ登山」、そして「山の雇用」につながればいいなと思っていて。山の仕事は、常に人手不足ですから。
I そうやって支えてくれる人あっての快適な小屋であり、山なんですよね。
赤岳鉱泉
南八ヶ岳の人気の山・赤岳、横岳、硫黄岳などの足がかりとなる山小屋・赤岳鉱泉。夕食は名物のステーキ、19もある個室、お風呂、暖房便座完備の水洗トイレと近代的な設備で、山小屋初心者でも快適に過ごせるはず。7月〜9月には、テント泊をバックアップするイベントを開催予定(予約制)。Instagram: @akadakekousen_gyoujyagoya
Profile
いのわき かい●俳優。父の影響で登山を始め、日本百名山を制覇することが目標。インスタグラム(@kai_inowaki)では、山の写真も発信。ドラマ「プロミス・シンデレラ」(火曜22時〜・TBS系)に出演中。
やなぎさわ たいき●1988年長野県生まれ。カートレーサーや車整備の専門学校を経て、21歳で赤岳鉱泉の小屋主となる。今夏よりの八ヶ岳地域初となる診療所開設に尽力するなど、率先して安全登山に取り組む。
SOURCE:SPUR 2021年9月号「井之脇海、山と自然を遊びつくす」
photography: Kazuhiro Shiraishi hair & make-up: Naoki Ishikawa edit: Tomoko Yanagisawa