02 愛するプリンたち

SPUR7月号より始まりました、わたくし平野紗季子の連載「スイーツタイムトラベル」。「たったひとかけらのお菓子は、時間を巻き戻すこともできるのだ」。お菓子を時間旅行の装置と捉え、味に歴史に文化に記憶、そのお菓子が持つストーリーをビジュアルとテキストでお届けします。8月号の第2回目に登場したのは、広尾こぬれの「プリン」。

photo:Masaya Takagi styling:Keiko Hudson

その内容はぜひ誌面でご覧いただくとして、こちらの番外編?というかおまけ?コーナーでは「他にもあります、愛するプリンたち」を徒然なるままに紹介したいと思います。来る日も来る日もスイーツ求めて右往左往、お菓子食い平野のプリンメモ。糖分不足の休憩タイムなんかにぜひゆるりとお読みください〜。




人形町芳味亭のプリン

「まだ自分が美しいことを知らない少女が一番美しい」に似た感動。きっとこのプリンは自分がインスタ映えすることを知らない。そんな風に思える飾らない素朴さがビリジアンカラーのテーブルの上で燦然と輝いている。時たまボディに”す”が入っているのも愛おしい。芳味亭は昔ながらの老舗洋食店。洋食屋なのに畳敷きだったり、店内でしか食べれないのに料理がお弁当箱に入っていたりするあべこべ感がたまらない。メニューはいろいろ悩みがいがあるけど、行き着く先はいつだって洋食弁当。ハンバーグとカニクリームコロッケを隔てる仕切りがハムだという事実にも泣いてしまう。そして最後にこのプリンがやってくるんだから、ねえ、もう言うことがないくらいに完璧です。




新宿タカノフルーツパーラーのプリンアラモード

やっぱりプリンアラモードが好きなのです。この気持ちを隠すことなどできないのです。百花絢爛色とりどりのフルーツ、その中央にプリン。「わたしお葬式はこんな感じにしてもらいたいわ」と思ってしまうくらい、プリンが最も華やかな最期を迎えている光景。だったらやっぱりフルーツはおいしい方がいいよねってことで、タカノフルーツパーラーのプリンアラモードが好きです。ドラゴンフルーツなんて入っちゃって賑やかこのうえなしです。ボート型のガラスの器も効いてます。プリンは卵が強すぎず、食べやすい軽さがあるのもよいのです。それからフルーツパーラーのひんやりとした清潔な空気も大好きです。




国立 台形のプリン

変なお店です。国立の台形。お昼でもめっぽう暗い小さな店内には、民俗学や美術史や歴史学の本がずっしり積層し、壁に貼ってある石ころをよく見ると「やじり 縄文or弥生(¥2000)」と書いてありました。やじりを売っていました。そんなマッシヴなフォークロア文化に体当たりできる店内ではひとしきりの動揺もやむをえませんが、むっちりしたキャラメルソースのかかった見事で正常なプリンを食べ終える頃にはすっかり心も整って、いつしか安心感で満たされています。ここにあるもののほとんどが私よりも長生きなのだよなあ。「弥生人の四季」を読みながらのプリンタイム。なかなかこんな取り合わせはありません。




銀座マルディグラのプリン

「大人になればわかるのさ子供のままじゃわからないそうさ」。このプリンを食べた時、くるりのリバーが流れてきました。お肉料理のレジェンド的存在・和知徹さんのレストラン・マルディグラは前菜からメインからなにからなにまでおいしたのしの名店で、もちろんデザートだってぬかりなし。食後でもすうっと胃袋に収まる魅惑のサンデーと共に欠かせぬマストオーダーが、漆黒にほど近い濃密なカラメルに包まれたプリン。ほろ苦さと甘さのぎりぎりをゆく絶妙なバランスは、なんとも銀座の夜の終わりにふさわしい、大人のためのプリンなのでした。

平野紗季子プロフィール画像
平野紗季子

1991年、福岡県生まれのフードエッセイスト。小学生から食日記をつけ続ける生粋のごはん狂。雑誌での連載を中心に活動するほか、お菓子やイベントのプロデュースなども手掛ける。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)がある。日々の食生活はインスタグラムにて。

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