2022.07.28

ファッションを通して見つめる世界。 私たちの知らないバングラデシュの話

スーパーで買い物をするときに、食材の産地を気にする人は多い。では、日々身にまとう衣服に関してはどうだろう。買う前に素材はチェックしても、原産国まで気にする人はいったいどれくらいいるだろうか。
「Made in Bangladesh(バングラデシュ製)」とタグに記載された服を、一度は目にしたことがあるかもしれない。かつてアジア最貧国といわれたバングラデシュだが、今や中国、ベトナムに次ぐ規模のアパレル輸出大国。世界を代表するファストファッションの多くが、バングラデシュの縫製工場で製造されている。2,000円にも満たない値段で売られているドレスや、数回着ただけで簡単に捨てられてしまうTシャツ。そこにはいったいどんな人たちの、どんな思いが詰まっているのだろう。遠い国で懸命に生きる、顔の見えない誰かの声に耳を傾けたい。20年以上にわたってバングラデシュの人々に寄り添い続けてきた南出和余さんに、話を聞いた。

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Profile
南出和余さん|神戸女学院大学文学部英文学科 准教授。専門は、文化人類学、バングラデシュ地域研究。1990年代からバングラデシュの農村部などでフィールドワークを行い、現地の社会変動を追い続けている。

目覚ましい経済成長を支える、
バングラデシュのアパレル産業

文化人類学の視点からバングラデシュの人々の生活を研究し、神戸女学院大学の准教授として活躍する南出和余さん。バングラデシュとの出会いのきっかけは、大学時代に参加したNGOのスタディツアーだった。当時はまだバングラデシュがアジア最貧国といわれていた1990年代。現地の人々の温かさに惹かれて、研究の道に入ることを決意した。

農村部の子どもたちを対象に、2000年からフィールドワークを開始。村の小学校に約1年間通いながら、現地の子どもたちと生活を共にした。その後、2003年に再び同じ村の学校へ。バングラデシュが経済的に急成長し始めた時期でもあった。南出さんは当時の劇的な変化をこう振り返る。

2000年の調査時は、村の家のほとんどは土かトタンで造られていて、電気もほとんど通っていない状況でした。その2年後に再び村に滞在したときには電線が引かれて、携帯電話も入っていたんです。海外への出稼ぎ者も出てきて、彼らの仕送りで建てたレンガ造りの大きな家もポツポツできていました。たった2年でも変化が目に見えて現れるのですから、この20年の変化は本当に目まぐるしいものでした」

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研究室には、南出さんが大学時代に初めてバングラデシュの農村を訪れたときの写真が。

2000年以降のバングラデシュの経済成長率は常に6%以上。日本の0.7%と比べるといかに高い数値かがわかる。その目覚ましい成長を支えてきたのが輸出型のアパレル産業だ。世界的な不況下でのファストファッションの流行を受け、グローバル企業が安い労働力を求めてバングラデシュに生産拠点を移し、下請けの縫製工場が次々と建設された。そこで働くのは、おもに低所得層の若い女性たち。経済的な理由で進学が難しく、働かざるを得ない女性たちが低賃金で雇われ、安価な衣服を大量に作っている。

アパレル産業は完全な機械化が難しく、つねに人の手が必要とされる。なぜなら服作りにはたくさんの工程があり、シーズンごとにデザインも変わるからだ。そのなかでコストを抑えて量産するためには、安い労働力に頼らざるを得ない。南出さんは、はにかみながらもこう漏らす。

「私は裁縫が趣味なのでよくわかるんですけれど、服を作るのって手間がかかるんですよね。Tシャツ1枚にも、何十もの製造工程があります。実は今着ているワンピースも自分で作ったのですが、たまにこれとよく似たデザインのものが、驚くほど低価格で売られているのを見かけるんです。そのときはちょっと悲しい気持ちになります」

「先進国向けの服」を作る、貧困層の女性たち

私たちが気軽に手に取るファストファッションの裏側で、経済的に恵まれない10代、20代の女性たちが重労働を課せられている。この事実を学生たちに知ってもらうべく、コロナ禍以前は現地の工場での実習プログラムを行っていた南出さん。2020年にはバングラデシュ映画の字幕制作プロジェクトを立ち上げ、映画『メイド・イン・バングラデシュ』の日本語字幕を英文学科の学生たちと共に手がけた。縫製工場で働くひとりの女性労働者が、劣悪な労働環境を改善すべく、仲間と共に闘う勇敢な姿を描いた作品だ。

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映画『メイド・イン・バングラデシュ』の一幕。 ©2019 – LES FILMS DE L’APRES MIDI – KHONA TALKIES– BEOFILM – MIDAS FILMES

「本作の主人公には実在するモデルがいて、バングラデシュの労働運動に携わってきたダリヤ・アクター・ドリさんの体験がもとになっています。大阪アジアン映画祭に単独で来日されたときにお話を伺ったのですが、彼女いわく『映画の95%が実際の経験』だそうです。じゃあ残りの5%は?と尋ねると、『労働組合の立ち上げに反対する夫はもっとひどい男だったし、労務局との交渉はもっともっと壮絶だった』と仰っていたのが印象的でした」

皮肉にも、縫製工場で働く女性たちは既製服を着ていないと南出さんは言う。彼女たちが日常着や晴れ着としてまとう、色鮮やかなサリーや民族衣装のサルワル・カミースは、自分だけのために仕立てられた一点もの。工場で作る服はあくまで「先進国の人たちのもの」であり、バングラデシュの女性たちにとって、それはファッションではないのだ。

地域、階級、ジェンダー、さまざまな格差のなかで

20年以上もバングラデシュでフィールドワークを続けている南出さんは、2000年はじめの調査で出会った村の当時の小学生たち38人と今でも連絡を取り合い、彼らのその後の生活を追い続けている。それぞれが別々の人生を歩んでいるものの、先述した映画の主人公の境遇に似た生活をする者も少なくないという。

「映画の主人公のシムは、10代の頃に親に結婚を強いられ、それが嫌で農村を逃げ出し、首都ダッカの縫製工場で働くようになります。実際にバングラデシュの農村部では、今も10代半ばで学校をやめて、親が決めた相手と結婚する子が少なくありません。私が調査で追い続けている女の子たちも、全員が18歳までに、親の決めた縁談で結婚しました。恋愛結婚が当たり前になってきている都市部の大学生やエリート層とはずいぶん状況が違います」

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フィールドワーク期間中に南出さんが撮影した、農村部の小学生たち(2003年)。
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上の写真と同じ子どもたちの12年後の姿。南出さんの研究室には2枚の写真が並べて飾られている。

バングラデシュでは、地域や階級の格差に加えて、男女間の社会経済的立場の格差も大きい。アパレル産業の場合、女性たちは軒並み縫製工場でミシンを踏む仕事に就く一方、男性たちは品質管理やスーパーバイジングなどの役職を任される機会がある。女性は男性と比べると、圧倒的に選択肢が限られるのが現状だ。

「バングラデシュの工場では、縫製をする人は女性だけれど、現場を管理するマネージャーは縫製経験のない男性というケースが多いです。海外から技術指導者を招いても、実際に指導を受けるのは現場の女性ではなく男性マネージャーなんです。彼らは自分でミシンを踏んだ経験がないので、その技術を現場の女性たちに的確に伝授できない。その結果、なかなか技術が上がらず、品質も上がらないという構造上の問題にもつながっています」

ラナ・プラザ崩落事故を経て、
高まるコンプライアンスとエンパワーメント

そんななかで起きたのが、2013年4月のラナ・プラザ崩落事故。ファストファッションブランドの縫製を請け負う工場が集まる雑居ビルが突然崩壊し、1,127人もの労働者が犠牲になった。痛ましい事故を受け、建物の安全性をはじめとする労働環境の改善を求める運動が世界的に広がっていった。

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ラナ・プラザの事故後に増えた、設備の整ったグリーンファクトリー。©getty images

事故をきっかけにコンプライアンスが強化され、環境や安全面にまつわる基準を設けた認証制度も作られた。その基準を満たせない工場は閉鎖に追い込まれる一方、設備の整った「グリーンファクトリー」が増えていく。2021年時点で、バングラデシュにはグリーンファクトリーの認証を受けた会社が150社あり、その数はなんと世界最多。現地の状況は、かなり改善されているのだろうか?

「実習プログラムで学生たちとグリーンファクトリーを見学したのですが、すごく綺麗なうえに、託児所や医療室などの施設も備わっていて驚きました。そういう工場が増えたという点においては、状況は確実によくなっていると思います。ただ、グリーンファクトリーは整備にお金をかけているので、その分人員を削減して機械化しています。すると今度は、現場で働く女性たちが失業する事態に陥ったのです。
貧困層の労働者たちは、食べるために働かなければなりません。そこで失業後はヨルダンやバーレーンなどの中東諸国に出稼ぎに行き、現地の縫製工場で働くようになりました。でもそこでは、彼らは外国人労働者になるわけで、人権団体もなければ労働組合も作れない。なかには『文句があるなら自分の国へ帰れ』と言われながら働いている人もいると聞きます。労働環境的にいえば、国内で働いていたときよりも過酷といえるでしょう」

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社会運動に積極的に参加するバングラデシュの女性労働者たち。©getty images

一方、縫製工場で働く女性たちが単なる犠牲者かというと、必ずしもそうではないと南出さんは述べる。

「縫製工場で働くことは、女性の自立の方法として明るく見られている仕事ではありません。しかし縫製工場の広がりによって、貧困層の女性たちに経済活動の機会がもたらされたのは明らかです。今では妻や娘が稼ぎ手になって、生活を支えています。
イスラームの社会では、男の子が生まれることが重要といわれてきましたが、最近では女の子も必要だといわれるようになってきました。貧困層でも女性が頼りになるという感覚が出てきたのは、彼女たちが低賃金でも働くようになったことが大きいと思います。
また、ラナ・プラザのような大きな事故が起きて問題が露呈すると、バングラデシュの女性たちは階級を超えて団結し、行動を起こしてきました。それは、彼女たちが抑圧されながらもエンパワーされていることの証しです」

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神戸女学院大学の学生たちの現地でのフィールドスタディの様子。

その服を誰が作っているのか、想像してほしい

結局のところ、私たちはファストファッションを買うのをやめるべきなのだろうか? 南出さんによると、答えは「ノー」だ。短絡的に不買運動を起こしても、末端の工場がつぶれて新たな失業者を増やすだけで、なんの解決にもならない。では、どうすればいいのか。そこに明確な答えはないのかもしれないが、私たち消費者がもっと関心を持つ必要があると南出さんは訴える。

「学生のなかには、ファストファッションのような安価な服は完全に機械で作られていると思っていたという者も少なからずいます。グローバル経済でこれだけ多国籍に物流と生産がなされると、遠く離れた国の若い女性たちが長時間体をかがめてミシンを動かして作っているところまでは、なかなかイメージできないかもしれない。でも、そこを想像することが大切です。
服を買うときに、その服がどこで作られているのかをタグで確認してみてください。今はハイブランドであってもファストファッションであっても、サステイナブルな取り組みをアピールしなければならない時代です。だからこそ私たち消費者が、どれだけそこに興味を持ってファッションを楽しめるかにかかっていると思います。その関心が、安い服を短期間で買い替える消費行動を少しずつでも変えていくはず。そしていずれは、グローバル企業を動かす大きな力になると信じています」

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自分がいる環境を「仕方ない」と思わないで

先進国に住む私たちは恵まれていると思いがちで、遠い異国の出来事を対岸の火事として捉えてしまう人も多いかもしれない。だがジェンダー格差は日本社会にも通じる問題だ。所得格差も年々拡大しており、日本も他人事では済まされない。「自分がいる環境を、仕方がない、当たり前だと思わないでほしい」と話す南出さんは、日本の女性にも温かなまなざしを向ける。

「バングラデシュの女性は強いですが、日本にもリーダーシップを持って頑張っている女性がたくさんいます。ただ、日本社会はどうもそういう人たちに対して厳しく、『働く女性は(家庭と仕事を両立する)完璧な女性でないといけない』という風潮があるように感じます。頑張る女性=スーパーウーマンになりがちですが、みんながスーパーウーマンになれるわけではないし、そもそも男性はみんなスーパーマンじゃないですよね。しんどいことはしんどいと言えて、無理なく自分らしく頑張っている女性たちが、もっと注目される社会になればいいなと思います。そうなれば、日本はもっといい方向に進むのではないでしょうか」

photography: KAOLI ARAI text: Eimi Hayashi

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