広島平和記念公園内に「原爆の子の像」が建立されたのは1958年。終戦から13年目のこどもの日だった。高さ9メートルの巨大なモニュメントの頂上に、すっくと立つ少女のブロンズ像。金色の大きな折り鶴を頭上に掲げるそのおさげの少女は、被爆者である佐々木禎子さんをモデルに作られた。
2歳のときに広島で被爆した禎子さんは、小学6年生のときに突然白血病を発症し、たった12歳という若さでその生涯を閉じた。「生きたい」と強く願い、病床で千羽を超える鶴を折った禎子さん。彼女の物語は絵本やアニメとなって世界に語り継がれ、「原爆の子の像」には毎年たくさんの折り鶴が捧げられるようになった。
広島に毎年届けられる、約1千万羽の折り鶴
平和のシンボルとして世界中から広島に届けられる折り鶴の数は、年間約1千万羽、重さにして10トン以上。大量の折り鶴はその後どうなっているのかというと、実は2001年度までは焼却処分されていた。だが2002年度から広島市は方針を転換し、折り鶴は長期保存されることに。一定期間公園内に飾られた後は、広島市内の未利用施設に保管されている。
ほっとする事実ではあるが、今度は保管先をどうするかという問題が浮上する。そこで広島市は、折り鶴に託された思いを昇華させるべく、2011年から折り鶴の再利用を推進。再生のための取り組みを行う個人や団体に、折り鶴を無償で配付するようになった。譲り受けた折り鶴たちは、どのように姿を変えていくのだろうか。平和の祈りが込められた折り鶴の「第2の人生」とは?
折り鶴に新たな命を吹き込む「ONGAESHI(恩返し)」
広島市が推進する取り組みに賛同し、折り鶴をよみがえらせようと力を注ぐ企業がある。紙リサイクル製品の開発事業を行う「カミーノ」が独自に実施するのは、「ONGAESHI(恩返し)プロジェクト」という折り鶴再生製品を活用した平和教育活動だ。折り鶴を贈ってもらった恩に感謝しつつ、それを新たな製品として再生させ、今まさに平和な毎日を夢見る世界中の子どもたちのもとへ届けることで恩返しがしたい。そんな思いから、2012年に本プロジェクトは始まった。
広島に寄贈された折り鶴には、鶴同士をつなぐための糸やビーズなどといった紙以外の素材も含まれている。折り鶴で再生紙を作るためには、まずそれらを手作業で丁寧に取り除く必要があり、手間がかかるという課題があった。そんななか、カミーノは機械で自動的に異物を除去する技術を導入することで、作業の大幅な効率化を実現。大量の折り鶴を短時間でリサイクルすることに成功した。
カミーノが開発した折り鶴再生紙は「ONGAESHI Paper(恩返紙)」と名付けられた。折り鶴再生パルプ(30%)と牛乳パックを主原料とした再生パルプ(70%)からなる恩返紙は、機械抄き和紙の技術で作られており、生成り色の柔らかく素朴な風合いが魅力。そのところどころに色とりどりの折り鶴の破片が混じり、よりいっそう味わい深い表情を見せる。
カミーノはこの恩返紙を、画用紙や折り紙、名刺、賞状台紙などの紙製品として販売しているほか、原発事故や戦争、災害の被災地で平和実現のために活動している学校や団体に寄贈している。
平和の風を世界に届ける、デザイン扇
「恩返紙」に加えて注目したいのが、折り鶴再生紙を使ったデザイン扇の「FANO(ファーノ)」。「タケオ キクチ」の元チーフプレス、田辺三千代氏がプロデュースを手がけたこの扇は、360度ぐるりと開く丸い形状が印象的。色や柄が豊富にそろうだけでなく、カスタムオーダーもできる。2015年には広島市の平和祈念式典での来賓向け公式グッズとして採用されたほか、「sacai(サカイ)」をはじめとする人気ファッションブランドが、コレクションのショーやイベントのノベルティとして使用したことでも話題を集めてきた。
また、2022年3月からは、ウクライナの支援のために国旗カラーをモチーフにしたファーノを限定数販売。ウクライナの人々に平和が訪れることを願って、売上金全額を国連UNHCR協会のウクライナ緊急支援活動に寄付するチャリティキャンペーンも実施した。
折り鶴をアップサイクルしたスニーカーの誕生
折り鶴は再生紙だけでなく、Tシャツやタオル、バンダナなどの再生繊維にも生まれ変わっている。2022年5月には、広島のスニーカーブランド「スピングルムーヴ」とカミーノとのコラボレーションにより、折り鶴をアップサイクルしたスニーカー「SPM-1005」を発売した。アッパーには、折り鶴から作った再生糸「折り鶴レーヨン」と、綿糸で織り上げたキャンバス生地を採用。繊細な折り鶴レーヨンで丈夫なキャンバス生地を作るのは至難の業。開発に1年以上かけて、ようやく誕生した一足だ。
ベロの部分には色鮮やかな折り鶴の写真、インソールには折り鶴モチーフのデザインがプリントされており、さりげなくアクセントを効かせている。ライニングには使用済みペットボトルや繊維くずなどから作られる再生素材が使われていたり、アウトソールには植物由来の繊維素材が配合されていたり。サステイナブルな素材にこだわっているのもうれしい。
平和への思い、循環させて
広島に捧げられた折り鶴は、こうしてさまざまなものに形を変えて、新たな価値を生み出している。この地球上のどこかに住む誰かが、平和の祈りを込めて丁寧に折った鶴。その鶴が新たな命を得てよみがえり、また別の誰かの夢や希望となって受け継がれてゆく。
戦争を経験していない私たちは、戦争の真の恐ろしさを身をもって伝えることはできないかもしれない。しかし、否、だからこそ、平和を願う確固たる思いを次の世代へとつないでいかなければならない。世界中からやってきた折り鶴が、今度は世界に向けて大きく羽ばたいていくことを願って。8月6日、午前8時15分。広島に祈りを捧げたい。
text: Eimi Hayashi