浜田敬子さんの新刊『男性中心企業の終焉』から考える、私たちの働き方の未来

2022年に世界経済フォーラムが発表したジェンダーギャップ指数(※1)によると、日本の順位は146カ国中116位。とりわけ「経済」「政治」分野において男女格差の改善が進まず、日本はジェンダー後進国となってしまっている。この現実から目を背けることなく、ダイバーシティ&インクルージョン(以下D&I)の取り組みを進めながら、働き方、価値観を変革し続ける日本企業の奮闘を取材し、『男性中心企業の終焉』(文春新書)を上梓した、元『AERA』編集長でジャーナリストの浜田敬子さんと話す、社会のジェンダーギャップを埋めるために今できることとは?

(※1)世界経済フォーラム「Global Gender Gap Report 2022」
https://www.weforum.org/reports/global-gender-gap-report-2022/

なぜ、やらないの? ジェンダー平等の達成

浜田敬子さんの写真

―――日本企業のジェンダーギャップの現状と解決策が書かれた本書は、読んでいて女性としてもすごくためになりましたが、男性中心企業で決定権のある男性たちに向けて書かれたんだなという強い意識を感じました。

浜田敬子さん(以下H) もちろん女性にも読んでもらいたいと思っていますが、特に男性の経営者、人事担当者、上司というポジションの方に向けて、ある種の警告として読んでもらいたいという思いで書いたものです。トップにいる人たちの意識が変わらないと、企業は変わりませんから。その理由は、今後加速度的に人口が減っていくなかで、既に人材が足りないと困っている企業がある。「目の前にいる、自社で働いている女性たちにもっとチャンスを」と言いたくて。当たり前に男性に与えられる機会を女性にも与えれば、女性たちはやる気が出るし、お給料も上がるし、結果的にやりがいを感じられる。両者にとっていいことしかないんです。

―――シンプルなことのように感じますが、それが見えない人が多いんですね。

H 見たくないんですよね。2015年9月の国連持続可能な開発サミットでSDGsという概念が掲げられて以降、グローバルにその重要性は叫ばれ続けています。SDGsは「誰一人取り残さない」ことをゴールにしているので、本来D&Iに取り組まないといけないのですが、日本でその理解は進んでいないと感じています。だから、SDGsのバッジをつけているおじさんたちに、「SDGsの意味を本当にわかっていますか?」ということを問いたかった。気候変動については取り組むのに、人権問題である5番目の目標“ジェンダー平等の達成”についてはなぜ本気にならないのか。総論ではダイバーシティは必要だと言いながら、実際の取り組みなど各論に落とし込む過程では「実力がないのに抜擢するのは逆差別だ」、「女性だけ優遇するのか」という声が出てきます。本音では「男性のポジションがなくなってしまう」といった不安と恐怖があるから手をつけたくないのだと思います。この本で各社の先進的な取り組みを紹介したのは、各論の解決方法を具体的な事例を示して提案しないと、どこから手をつけていいのかわからないという企業が多いという状況があるからなんです。 

企業が自らダイバーシティの重要性に気づくために

男性中心企業の終焉の書影
2022年10月に刊行された『男性中心企業の終焉』(文春新書)

―――本書では、なぜ男性と遜色ない人材である女性の積極的な登用が進まないのか、その理由をひとつひとつ噛み砕いて説明されていますね。

H こんなに働きたいと望んでいる女性たちがいるのに、その能力を生かさないという状況は、企業にとって損失ですからね。多様性が欠如した組織ではイノベーションが生まれないことは広く知られています。男性ばかりの企業は今後投資家からも見放され、成長しない企業という烙印を押されてしまう。投資家からの指摘によって変わった企業もあります。逆に言えば、企業は投資されないかもしれない、取引先やサプライチェーンから外されるかもしれないという危機感を覚えたら、やっと重い腰を上げる。でもそれだと変化が遅くなるし、言われて仕方なくやるのは楽しくないですよね。納得していないから。やっぱり、必要だと主体的に思って変わってほしかったんです。

―――D&Iに取り組むメルカリ、富士通、資生堂、丸紅といった大手企業への取材を軸に、浜田さんが女性として子育てをしながら管理職になり、今はフリーランスとして働かれているという経験からのエピソードもふんだんにちりばめられているので、自分たちも何かできるかもしれない、と考えるきっかけになりました。

H 自分自身が企業で働いて、管理職と子育てを両立していた当事者でもあるので、私のような一管理職でも、お金をかけず、制度も変えることなく、意識を変えるだけで始められるということを書けば、他のD&I推進本と差別化できるかなと。例えば女性が多い部署をマネジメントするときに、どうやったら彼女たちの力を引き出せるのか。気持ちよく働いてもらうために何ができるか。苦労しながらもよちよち歩きの管理職として取り組んだ経験が、今、管理職についている人にとって、少しでも参考になればいいなと。だから、自分の失敗談も入れましたし、今回取材した企業に関しても、綺麗なかたちで始まったわけではありませんよ、という具体例を提示したかったんです。

変化を促すのは、危機感を抱くこと

浜田敬子さんの写真3

―――愛知県瀬戸市に本社を置くトラック会社、大橋運輸のD&Iへの取り組みが自然発生的なものだったのも印象的でした。 

H 大橋運輸が女性を採用するようになったのは1990年代で、当時はD&Iという言葉も概念もあったわけではありません。最初は規制緩和による人手不足に対する危機感から始まったんです。中小企業の場合、大企業よりも切迫して人材が不足していて、働いてくれる人は全員大事にしたいという前提があった。それでも短時間勤務の女性を管理職に登用する時には社内には反発もあったそうですが、社長の鍋嶋洋行さんは反対する理由を細かく聞いていき、それは反対する理由に当たらないよね、とひとつひとつ説得していったというエピソードが印象的でした。鍋嶋さんはこうおっしゃるんです。「人の意識を一気に変えることは難しい。でも知識を高めたら意識は高まります」と。この鍋嶋さんの言葉を私は経営者向けの講演などで紹介するのですが、皆さんの心に刺さるのがわかります。学び続ければ変われるんだということですよね。

男性中心の組織に同化していた社員時代

浜田敬子さんの写真4

―――浜田さんも、自分が女性であることを忘れ、男性中心の組織に完全に同化していたと書かれていましたが、変わらなくてはという意識の変化はいつ訪れたんでしょうか? 

H 危機感を感じたのは、自分が管理職になってからです。気づかせてくれたのは、就職氷河期時代に入社した10歳下の後輩なのですが、彼女に「自分で子育てをしたい。その範囲で仕事も頑張りたい」と言われたことが、私には衝撃だったんです。私たちの世代は仕事を続けるためにはある程度プライベートを犠牲にする、後回しにしなければと思い込んでいて。だから私は、出産後も仕事で成果を出さなければと両親を東京に呼び寄せて、ほぼ子育てを丸投げでお願いしました。でも、手取り足取り教えた部下だからといって、育休や時短勤務といった制度が充実してきた時代に生きる彼女が、自分と同じような感覚のはずがないなと気づいたんです。子育ても仕事も、という感情が出てくるのも自然、変わって当然だなと。 

時代とともに価値観を上書きしていく

男性中心企業の書影2

―――浜田さんのように、時代ごとに変化する価値観の違いを当然なこととして受け入れられない人たちもいますよね。

H いますね。もちろん、同性でも「私たちの世代はこんなに頑張ってきたんだから!」と主張する人もいますし、先進的な価値観を持つ経営者であっても、ジェンダー意識という点では変われていない男性が意外といる。そういう方は、自分の妻が専業主婦で、自身が家事育児に全く参画してなかったりする。そういう経営者にジェンダー平等、具体的には男性がもっと家事育児に参加しやすいような労働環境を整えて欲しいと訴えると、自分が責められていると思われてしまう。あなたを責めているわけじゃなくて、あなたが入社した頃と時代は変わったし、もっと多くの女性たちが働きたいと願っているし、働かないと食べていけない時代になってきている。働いて自己実現したいと思うのは当然の人権で、そこに性差があるのはおかしくないですか、ということが言いたいんです。

―――まさに私たち女性からすると人権の問題と捉えていますが、男性は国際競争力、経済合理性の視点で見ている。その溝は深いですよね。 

H 少し反省しているのは『AERA』編集部時代、企画を通すために“ジェンダー”や“フェミニズム”といった言葉をあえて使わなかったんです。男性が嫌悪するから。どういうアプローチをしたかというと、働く女性を上手く使ったほうが企業が成長します、少子化対策になりますと。そういう文脈でメディアも発信せざるを得なかった時期は長く続きました。でも、それだけじゃない。多様性があるほうがイノベーションが起きるというハッピートークも大事だけれど、女性にチャンスがない、機会を奪われているということは差別であり、根本的には人権の問題。欧米の企業がそう舵を切ったのも、ここ10年のことだと思います。時代が変わって、自分たちは遅れていると気づいたら、今の時代の波に乗る。今改めるという意味で価値観を上書きしていくことは恥ずかしくないと私は思います。

人権の観点から、ダイバーシティを考える

浜田敬子さん写真5

―――さまざまな企業に取材をされる中、人権の視点からD&Iを進めている企業も増えていると実感しますか? 

H 企業の研修の講師として呼んでいただく際に、ダイバーシティを経済合理性だけではなく、人権の観点から話してほしいとオーダーされる機会は少しずつ増えています。何がハラスメント、あるいはマイクロアグレッションに当たるのか。さまざまなマイノリティが共に暮らす欧米では、人権感覚が研ぎ澄まされ、新しい概念がどんどん生まれてきているので、グローバル社会の一員として企業も私たちも学び続けなくてはいけない。最近取材した企業で面白かったのは、武田薬品工業。オランダのNGO、エクイリープが2022年6月に発表したジェンダー平等グローバルランキング(※2)で、武田薬品工業は208位だったんですが、200位以下なのに日本ではトップなんです。 

―――なぜ武田薬品工業がトップだったんでしょうか?  

H 海外の製薬大手と統合するなどして、今や日本国籍の従業員比率が11%しかいないので、変わらざるを得ないんだと思います。武田薬品工業の役員や管理職は自社で開発したアプリを通じて、マイノリティグループの社員が社内外で実際に受けた差別や不利益の事例に対して、どうやって応えるかというアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)トレーニングを繰り返し受けているんですね。ビジネスパーソンの基礎教養として、そういったバイアスを越えるさまざまな視点を、管理職試験や研修の場で生かしていくことは大切だと思います。

(※2)『GENDER EQUALITY GLOBAL REPORT & RANKING 2022 EDITION』
https://equileap.com/equileap-reports/

リモートワークがもたらした、働きやすい環境

浜田敬子さんの写真6

―――コロナ禍で、リモートワークが子育て中といった事情がある人のものでなく、みんなに平等に開かれたことで、女性が働ける時間内で主体的に働きやすくなったということにも触れられていますね。  

H リモートワークの利点は単純に時間を効率よく使えるだけではないんですね。これまでオン・オフをはっきりさせて、仕事場に家庭を持ち込まないのが美徳だった時代が終わり、独身の人も家庭がある人も仕事場と家庭がシームレスになったんですよね。共働きで夫婦がともにリモートワークをする場合、子どもが目の前にいたら知らん顔はできなくなるはずです。また、管理職や上司の男性が良かれと思ってやっていた「子どもがいて大変だから、早く帰りなさい」というような好意的差別も減っていくと思います。こうした過剰な配慮によって子育て中の女性を重要な意思決定の場に呼ばずに情報から遠ざけることが、女性のチャンスを奪い、モチベーションや自信を削いでいることに彼らは気づいていません。コロナ前にすでに子育てや介護といった事情がある人のためのリモートワークの制度があった企業は少なくありません。でも大事なのは、そういった事情のある人を「特別扱い」することが、制度を使いにくくする。誰もが柔軟に働けることが大事なんだと思います。

女性が働きやすい未来のために、声を上げ続けること

浜田敬子さんの写真7

―――女性が自分には管理職なんてできないと思ってしまったり、自己肯定感や自己決定力が低い傾向があるという状況を打破するためのアドバイスはありますか?

H 若いときからの教育が大事で、それは一人でどうにかするのは難しいんですよね。横山広美さんの著書『なぜ理系に女性が少ないのか』(幻冬舎新書)によると、日本の女子学生の数学や科学の学力は世界でもトップレベルなのに、女性の理系進学率は先進国の中で最下位であると。その原因をいろんな調査で調べた結果、優秀さは男性のものであるという社会風土が一番影響していると書かれていたんですね。実際は理系に行ったほうが就職状況もいいのに、優秀であることが女性は恥ずかしいから選択しない。優秀さをアピールできない、誇りにできない、怖がられてしまう社会だからです。だから、女性が大きな仕事をしたい、成長したいと堂々と言える社会に変えていく必要がある。とはいえ社会はすぐには変わらないので、女性同士でサポートし合いながら研修をすることも重要ですし、「君はできるからやったほうがいい」と難易度の高い仕事を男性と平等に与えて、意識付けをし、期待してあげることが大事かなと。

―――非正規雇用で不安を抱えながら働く女性も多い中で、ジェンダー後進国から脱するために一人一人が今できることは何だと思いますか?

H やっぱり、声を上げることだと思います。今は人材が足りないので、簡単には人を辞めさせられない状況がある。今こそ声を上げて、波風をちゃんと立てる。相手と喧嘩する必要はないですが、なぜこの発言が不快なのか、駄目なのかを伝える。人権感覚が薄かったり、人材を買い叩くような企業からは逃げて、よりよく働ける環境へと移ること。辞めるときは一身上の都合で片付けずに、辞める理由をはっきり言う。でないと企業側も反省する機会がなくなってしまいます。女性管理職を増やしているなど、応援したいと思える企業を支援し、サービスやプロダクトを買うこともできることのひとつです。変わることを自然に待つのではなく、少しでも早くちょっとずつ前に進むために、今が声を上げるチャンスだと思います。 


photography: Sachiko Saito
text: Tomoko Ogawa

浜田敬子プロフィール画像
浜田敬子

ジャーナリスト/前『Business Insider Japan』日本版統括編集長/元『AERA』編集長。現在は、フリーランスのジャーナリストとして、『Works』編集長を務める。『羽鳥慎一モーニングショー』『サンデーモーニング』のコメンテーターを務めるほか、ダイバーシティや働き方などについて多数の講演を行う。著書に『働く女子と罪悪感「こうあるべき」から離れたら、もっと仕事は楽しくなる』(集英社文庫)がある。

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