2023.02.20

アフリカの農村に笑顔を届けたい。ロンハーマンが導入した、三井物産のトレーサビリティシステム「ファーマーズ 360° リンク」とは?

原材料の調達から製造、販売まで、長く複雑なサプライチェーンを抱えるファッション産業。これまでブラックボックスだった部分をどう見える化するか、トレーサビリティをどう改善していくかといった課題が広く認識されるなか、三井物産が始めたプロジェクト「ファーマーズ 360° リンク(farmers 360° link)」がいま注目を集めている。同社が開発したネットワークシステムを通じて、“服の原材料を作る生産者”と“服を購入した消費者”をつなぎ、商品価格の一部を生産者に還元する仕組みを構築した。2023年春からロンハーマンでの導入がスタートする、新たなプロジェクトの魅力に迫る。

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服の原材料であるコットンの袋に2次元コードを付けて、生産情報を集約するシステムを開発した。

アフリカの小規模零細農家を支援するために

インターネットはもちろん、水道も電気もガスも通っていないアフリカ・ザンビアの農村部。人口の大部分を占めるのは、家族経営の小規模零細農家だ。生活環境の向上が課題となっているこの地域の開発支援を目的に、2021年9月、三井物産の「ファーマーズ 360° リンク」プロジェクトが始動した。

服の原材料となるコットンを作るザンビアの農家のほとんどは、昔ながらの方法で綿花を手作業で栽培しているため、生産性が低いうえに労働に見合った対価を受け取れていないという問題を抱えている。一方、機械を使わない分、化学肥料や水の使用量が抑えられており、大規模農家による大量生産よりも環境負荷が低いのが利点だ。事実、環境にやさしい農法で作られる彼らの綿花は、国際認証の「コットン・メイド・イン・アフリカ」を取得している。三井物産は、同社が出資するアフリカの農業関連会社、ETC Group Limited(ETG)と連携し、ザンビアの小規模綿花農家から調達したコットンの価値を消費者に伝える仕組みを作ることで、農家への還元を目指す。

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ザンビアのコットン農家の人々。

顔の見える生産者を“応援”するトレーサビリティシステム

生産者と消費者をつなぐ「ファーマーズ 360° リンク」プロジェクトでは、コットンの生産にまつわる情報をブロックチェーン技術を用いて可視化させ、消費者が服を購入する際に確認できるようにする。その情報とは、単なる産地証明にとどまらないのが大きな特徴だ。生産者がどんな人なのか、どんな環境で、どんな種子や農薬を使い、どんな農法で綿花を栽培しているのかといった、サプライチェーンの一番川上の部分を透明化することで、ほかに類を見ない高精度のトレーサビリティシステムを実現させた。

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商品タグに付いた2次元コードを読み込むと、原材料を作った生産者の情報を詳細に知ることができる。

生産者情報の可視化に加えて、消費者が生産地を直接応援できる仕組みを作ったことも、本プロジェクトのユニークな試みのひとつ。「ファーマーズ 360° リンク」のコットンを使用した服を購入すると、売上げの一部が現地の農家に還元されるのだが、その還元方法を購入者自らが選択できるようになっている。具体的には、商品タグに付いた2次元コードからサイトにアクセスし、「肥料を渡して収穫量UP!」「井戸作りで水汲みをラクに!」「電気を灯して、夜でも勉強!」などのプランのなかからひとつをセレクトするという流れ。サイトへのアクセス以外に余計な手間はかからず、ボタンひとつで完結するシンプルな設計になっている。

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複数のプランのなかから、農家への応援手段を選べる。悩んだら「おまかせ」という選択肢も。

さらに特筆すべきは、応援したらそれで終わりではなく、その後もストーリーが続くこと。購入時にLINEやメールアドレスを登録しておくと、自分が選んだ応援プランに関する活動報告や、農家からの感謝のメッセージが写真付きで送られてくる。これによって現地の実情がより鮮明にわかるだけでなく、自分の選択が生産者の暮らしをどう変えるかまでを知ることができるのだ。顔の見えない誰かに「売上げの一部を寄付する」という一方通行のアクションではなく、一着の服を通じて、顔の見える生産者とのコミュニケーションが生まれてゆく。日本では前例のない、新たな消費体験となりそうだ。

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応援すると、後日LINE上に現地の様子を伝えるメッセージが届く(デモ画面)。

独自に開発したネットワークシステムで、生産データを管理

ところで、通信技術やインフラが整備されていないザンビアの農村部から、どうやって農家一軒一軒の収穫物の情報を取得し、データベース化できたのだろうか。Wi-Fi環境のない農村部では、これまで収穫物の管理はすべて紙面上で行なわれてきたが、「ファーマーズ 360° リンク」プロジェクトの実施にあたり、三井物産がオフラインでも使えるモバイルアプリを開発。現地の農家にスマホを供給し、紙からアプリ上のデータ入力に切り替えてもらったという背景がある。

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アプリでのデータ入力方法をレクチャーする様子。

アプリに入力されたデータをサーバーにアップロードすることで、ブロックチェーンに情報が書き込まれる。これによって、各農家の収穫量や使用された肥料の種類など、細かな情報をすべてデジタル上で管理できるようになった。その結果、収穫されたコットンが紡績や裁断、縫製などの長い工程を経て消費者の手に渡った後でも、生産情報を知ることができるようになったのだ。

「既存のトレーサビリティシステムは、原材料を糸にする紡績の段階から追跡できるものがほとんど。原材料調達の段階から生産者情報を追跡できるシステムを完成させるのは、至難の技だった」
そう話すのは、「ファーマーズ 360° リンク」プロジェクトを担当する三井物産の池田竜一さん。同社のスタッフが現地へ頻繁に足を運び、農家の人々にスマートフォンやアプリの使い方をレクチャーするところから始め、オペレーションを一から作り上げていった。池田さん自身も出張を重ね、現地の人々の肉声を丁寧に拾っている。2021年は約1,000軒の農家を対象にデータの蓄積を行なったが、2022年は約3,000軒に対象農家を拡大。スマートフォンを活用し、綿花を効率よく生産するためのコンテンツも充実させた。

2023年春から、ロンハーマンでの導入がスタート

新たなエシカル消費体験を創出する「ファーマーズ 360° リンク」にいち早く目をつけたのが、スペシャリティストアのロンハーマンだ。オリジナルブランド、8100(エイティワンハンドレッド)の2023年春夏コレクションにおいて、Tシャツやスウェットパンツなどの全6型に「ファーマーズ 360° リンク」のコットンが採用される。

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ロンハーマンのオリジナルブランド、8100(エイティワンハンドレッド)で展開される、「ファーマーズ 360° リンク」のコットンを採用したアイテム。3月25日から発売予定。

展開アイテムは、鮮やかな色使いとやわらかな肌触りが魅力。日常を明るく彩りながらも、優しく寄り添うような心地よさを感じられるデイリーウェアだ。購入者には、「綿花の生産量を上げるための肥料の支援」、「未来を担う子どもたちのための食事の支援」、「インフラを支えるためのソーラーパネルの支援」という三つのプランが用意され、それぞれが応援したいプランをひとつ選べる。その素材は誰がどのように作ったものなのか、環境への負荷はどのくらいあるのか、支払った金額がどう活かされるのかをこの目で見られるとしたら、商品価値はよりいっそう高まるはずだ。

エシカル消費をより親密で説得力のあるものにする可能性を秘めている「ファーマーズ 360° リンク」。ロンハーマン以外にも導入を検討しているアパレル企業が何社かあるという。日本では前例のない画期的な取り組みが今後どのような成長を見せるのか、ますます期待が高まる。

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