建築家・藤本壮介さんが語る、木材にとって一番幸せなリユースの方法。レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校の会場から木の可能性を考える

ヴァン クリーフ&アーペルの支援のもと、2012年にパリのヴァンドーム広場に創設された、ジュエリーと宝飾芸術の学校「レコール」。年齢や経験を問わず、ジュエリーの世界に興味を持つすべての熱意ある人々に門戸を開き、ほかでは得られない貴重な学びの場を提供している。パリと香港を拠点としながら、日本でもこれまでに2度、特別講座が実施されているが、今年再び東京に「レコール」が戻ってきた。会場は京都芸術大学の外苑キャンパス。前回に引き続き、内装を手がけたのは建築家の藤本壮介さんだ。木材を有効活用しながら、会期後にはリユースできる、コンテンポラリーでサステイナブルな空間が完成した。世界を舞台に活躍するクリエイターが考える、持続可能なデザインとは? ご本人に直接話を伺った。

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木材にフォーカスした、リユース可能な空間づくり

――「レコール」香港の常設キャンパスや、2019年の日本特別講座の内装も手がけられた藤本さんですが、今回はサステイナビリティがひとつのテーマとなっていますね。

昨今は建築の世界でもサステイナビリティが重要課題となっていて、特にヨーロッパではここ数年でかなり意識が高まっています。僕はパリにも事務所を構えているので肌で感じているのですが、コロナ禍の少し前から、木造あるいは自然素材を使ったプロジェクトを求められることが増えてきました。そういった背景もあって、今回の「レコール」では木材を有効活用しながら、なおかつ会期後もリユースできるデザインにできないかと考えたのです。そこで採用したのが、四角い木材を合理的に組み合わせていく方法です。10.5cm角の標準的なモジュールを使って、それらを複雑に加工するのではなく、シンプルに互い違いに積み上げることで空間全体を構成していきました。会期が終わって解体した後は、もとの10.5cm角の木材に戻り、また別の用途に使えるようになります。

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「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」日本特別講座の会場。四角い材を合理的に組み合わせた本棚やカウンター、ベンチなどによって空間全体が構成されている。会期後にはすべて解体され、リユースされる。

――解体後にもとの角材に戻るということは、釘やネジなどは使わずに接合されているのでしょうか?

そうですね。ネジを打ち込むとバラすのが大変ですし、見た目も美しくないので、代わりに角材の交点となるところに小さな穴を開けて、そこにダボという細いピン状のパーツを差し込んで固定しています。今回木材を提供してくださった住友林業が開発した、プラスチック素材のダボを使いました。木製のダボを使うこともできるのですが、解体時に折れてしまう可能性があるので、あえてプラスチック素材にしています。もちろんこれらに関しても、解体後に廃棄されるのではなく、角材と同様に再利用されます。

――使われている角材は、今後どのようなものにリユースされるのですか?

具体的に何に使うかは、まさにいま議論をしているところです。ヴァン クリーフ&アーペルや住友林業の方々と僕たちとで話し合いながら、どういう形でリユースするのがこの木材たちにとって一番幸せなのかを考えています。ただ、一般の住宅にも使われる標準的な角材ですし、特殊な加工を施しているわけではないので、汎用性はすごく高いんじゃないかと思います。

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上質なヒノキの角材を使い、無駄なく精緻に組み上げられている。

エレガンスと卓越した技術。最小限の材を用いて、メゾンのフィロソフィーを最大限に表現

――今回の内装は、シンプルでありながらも洗練された空間が気持ちいいです。

ヴァン クリーフ&アーペルという歴史的なジュエラーが誇る、精巧なクラフツマンシップとエレガンス、これらを空間としてしっかり表現したいという思いがあったので、上質な木材を精緻に組み合わせることにこだわりました。先ほど申し上げたように、たくさんの角材を細いダボで接合しているのですが、差し込む穴が1ミリでもずれるとはまらないので、作る方々にはかなりの手間と時間をかけて組み上げていただきました。それと、今回は東京での開催ということで、日本的な要素を組み込めないだろうかとも考えていました。日本の伝統的な木造建築は四角い材を精密に組み合わせて作られていますので、そのあたりともうまく響き合うデザインになっていると思います。

――材質にもこだわられたのでしょうか?

すべて住友林業が管理する森から切ってきた国産のヒノキ材で、木目がなるべく表に出ない最上級のものを使っています。伐採から製材まですべてトレースできる、合法的な木材です。ヒノキは丈夫であるだけではなく、色味も美しく香りも素晴らしいので、メゾンの世界観を表現するのにふさわしい材だと考えました。

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会場全体を包み込むヒノキの香りが心地よい。なめらかな触感も含め、五感全体で楽しめる空間に。

――年齢や職業を問わず、さまざまな人たちが集まる場となりますが、その点は空間づくりにどう反映されているのでしょうか?

基本的に今回は、四角い材の組み合わせだけで家具や本棚、カウンターなどの空間全体を構成していて、それ以外に壁を立てたり、何かを大きく設えるということはしていません。ジュエリーという共通の興味を持つさまざまな方がここにいらっしゃったときに、自然と交流が生まれるといいなと思ったので、場所と場所を仕切りすぎないように、なるべくオープンな場にしています。それに、期間限定の会場にたくさん壁を立てて作り込むと、廃棄物がかなり出てしまいます。それはもったいないですし、「レコール」の理念にも合わないだろうと。ひと目で空間全体が見渡せる流動的な場でありながら、同時に歩き回れる楽しさもある。そんなフレキシブルな空間を目指しました。無駄を省いたシンプルな作りですが、場所によって台の高さや距離感を変えているので、いろんな空間体験ができるんじゃないかと期待しています。

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ひと目で空間全体が見渡せる会場の奥にはケータリングスペースも。受講者間のコミュニケーションが生まれる場となっている。
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同じデザインでも高さや距離感が違うため、さまざまな空間体験を楽しめる。会場のどこにいても、木に包まれるような感覚に。

――2019年に手がけられた「レコール」の内装は、流れるような曲線のラインが印象的でした。今回は正反対のデザインになりましたね。

そうですね、前回のデザインに関しては、曲線が持つエレガンスとアーティスティックなジュエリーとの親和性が高いこともあり、ヴァン クリーフ&アーペルのみなさんにもすごく喜んでいただけました。ただ、曲線的な造形というのは確かに美しいですが、削りカスが多く出てしまいますし、その後の使い道が限定されてしまうことを実感していました。今回の直線的な案を最初にお見せしたときは、みなさん一瞬「えっ?」という感じだったのですが、最小限の材でリユースもできるということと、日本ならではの直角の美学を組み合わせるのがいまの時代にふさわしいんじゃないかという話をしたところ、すぐにご納得いただけました。そういう意味でも、この4年で時代がガラリと変化していることが、2019年と2023年のデザインの違いに現れている気がします。

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暖色のライティングが木材を彩り、洗練されていながらも温もりのある雰囲気に。

森を循環させ、育てていく。見直される木造建築

――木を伐採して新しい木材を使うことについては、持続可能性と矛盾しないのでしょうか?

木材を伐採したら、そこに苗を植えることによって森林が循環されます。伐採された木にはCO2が固定され、また新たに木を植えると、育った木がさらにCO2を吸収してくれる。それは、木という命の循環でもあり、森を育てていくということでもあります。新しい木材を使うこと自体が悪いわけではなく、そこには森林を育てていくという目標があるので、ある意味ではこれからの地球環境をよりよいものにしていくひとつの行為だと考えています。ただ、それを使いっぱなしで廃棄してしまっては意味がないので、その後もリユースしやすいように考えながらデザインすることがとても重要です。

――ヨーロッパでは木造建築が注目されているということですが、日本でもその流れはありますか?

まずヨーロッパでは、この5年ぐらいで木造建築が注目されるようになりました。同時に、環境性能や持続可能性、循環ということも強調されるようになってきました。環境的に配慮されていない建物というのはあり得ないくらいの状況になってきています。一方、日本では、大規模建築を積極的に木造で作っていくことに関してはやや消極的で、それをこの5年間でひしひしと感じていました。伝統的な木造建築物や一般的な木造住宅は多いものの、高層ビルや大規模な建物を木造で作るという方向になかなか舵を切れていませんでした。理由としては日本の林業が活性化されていないというのもありますし、防火に関する規制が厳しく、大規模な木造を建てるハードルが高いというのもあります。

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藤本さんが会場デザインプロデューサーを務める、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)のパース図。リング状の大屋根がシンボリックなデザインで、完成すれば世界最大級の木造建築物となる。©︎藤本壮介+東畑建築事務所+梓設計

ただ、ようやく日本でも去年ぐらいからそのあたりを見直そうという風潮が高まってきたように感じています。僕はいま、2025年に開催される大阪・関西万博の会場デザインのマスタープランを担当しているのですが、会場のリング状の大屋根を木造で作ろうとしています。かなり大規模ですが、万博というせっかくの場なので、ぜひ木材を使うべきだと僕は考えていました。最初は抵抗もありましたし、本当にそんなものが作れるのか、コストが合うのかなどいろいろ懸念点はありましたが、それらをひとつひとつ丁寧に検証していき、昨年ようやく木造で作ることを発表できました。おそらく世界で最大規模の木造建築物になると思います。

――藤本さんご自身も、木材に可能性を感じていらっしゃるんですね。

はい。ここ数年は木材の持つ可能性にすごく注目していて、いろいろと試みています。今回の「レコール」の内装もそのひとつ。規模こそ小さいですが、日本人が培ってきた丁寧な職人技を感じ取ってもらえるという意味では、非常に素晴らしい機会になると思っています。作る方々が、とても丁寧な仕事で組み立ててくださった空間です。心を込めて作ったものだけが持つ価値や豊かさがそこにはあると思うので、ヒノキの香りや触感も含め、五感全体でこの場所を感じ取っていただきたいです。プレジデント兼CEOのニコラ・ボスさんをはじめ、ヴァン クリーフ&アーペルの方々が今回のデザインに共感してくださったという点においても、グローバルに通用するプロジェクトになっていると思います。

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藤本壮介さんプロフィール画像
建築家藤本壮介さん

北海道生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、2000年に藤本壮介建築設計事務所を設立。2014年フランス・モンペリエ国際設計競技最優秀賞(ラルブル・ブラン)に続き、ヨーロッパ各国の国際設計競技にて最優秀賞を受賞。国内外で多数のプロジェクトを進めながら、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)の会場デザインプロデューサーも務める。©︎David Vintiner

「レコール ジュエリーと宝飾芸術の学校」日本特別講座

開催期間:~2023年3月10日(金)
会場:京都芸術大学 外苑キャンパス
(東京都港区北青山1-17-15 2階)
申込方法:レコール 日本特別講座 公式サイトにて受付
https://www.lecolevancleefarpels.com/jp/ja

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