停滞していた航空業界にも、ようやくかつての活気が戻ってきた。だが地球温暖化は引き続き深刻な課題で、待ったなしの状況が続いている。「現在の技術では、航空業界は化石燃料なしには成立しません。このままでいいのかという葛藤は常にあります」そう話すのは、ジップエア(ZIPAIR Tokyo)代表取締役社長の西田真吾さん。コロナ禍の2020年に初就航を迎え、逆風のさなかでスタートした格安航空会社(LCC)でありながら、LCCとして世界初の太平洋横断路線を開業。2023年は業界でいち早く、カーボンニュートラルの実現にも踏み切ることができた。2023年5月8日からは、ロンハーマンとのコラボレーションフライトも運航予定。「ニュー ベーシック エアライン(NEW BASIC AIRLINE)」を掲げる同社のチャレンジングな取り組みについて、西田社長に語ってもらった。
ホノルル線全便でのカーボンニュートラルを実現
2022年10月、国連の国際民間航空機関(ICAO)は、2050年までに国際航空分野におけるCO2排出量を実質ゼロ(カーボンニュートラル)にする長期目標を採択した。これに伴い、航空各社はカーボン・オフセット(*1)をはじめとする温暖化対策を加速させている。そんななか、ジップエアが2023年4月から始めるのが、成田-ホノルル線の全フライトでのカーボンニュートラル化。2023年度のホノルル線におけるCO2排出量は約4万トンの計算だが(週4便の往復運航を想定した場合)、これを相殺して実質ゼロにすることを約束した。同社によると、路線単位でカーボンニュートラルを実現したフライトを通年で行なうのは、世界初の試みとなる。
ホノルル線でのカーボンニュートラルなフライトを実現させるために、ジップエアではふたつの取り組みが実施される。ひとつは、カーボンクレジットの導入。カーボンクレジットとは、CO2などの温室効果ガスの排出削減量に価格を付け、それを排出権としてクレジット化することで、企業間で売買できる仕組みのことだ(上図参照)。日本国内では住友林業を通じて森林由来クレジット(*2)を、海外では総合商社の双日を介して、ICAOが定めた認証クレジットを購入する。この2社を提携先に選んだ背景について、西田社長はこう説明する。
「規模と質の両面から、最も相性がよいと判断した企業とパートナーシップを組ませていただきました。住友林業は、森林を適切に管理しながら植林活動も行なう企業です。日本の林業は高齢化の課題を抱えているので、今回のカーボンクレジットの購入が森林保全事業の後押し、ひいては日本の林業の活性化に少しでもつながればと願っています。
我々は日本の航空会社なので、日本で生み出される排出権を積極的に購入したいと考えていますが、国内で生み出される排出権の規模は、まだそこまで大きくはありません。一方、海外には大規模に排出権を生み出している会社がたくさんあるので、なるべくいろんな国の企業からクレジットを購入できるように、商社の双日にマッチングをお願いすることにしました。国内のクレジットは住友林業から、海外のクレジットは双日から、という形で役割分担してもらい、ホノルル線での年間のCO2排出量をオフセットしていきます」
*1 カーボン・オフセットとは、経済活動のなかでどうしても排出されてしまうCO2などの温室効果ガスについて、何らかの形で排出量を相殺すること。
*2 森林由来クレジットとは、間伐などの森林の適切な管理を行なうことによるCO2吸収量を、クレジットとして国が認証したもの。森林の適切な管理には経済的な負担が伴うため、クレジットを購入することで管理を応援することにもつながる。
代替燃料SAFをはじめ、グローバルで進む技術開発
カーボンニュートラルを実現するもうひとつの手立てが、石油由来ではない代替燃料の活用。現在世界中で研究開発が進んでいるのが、SAF(Sustainable Aviation Fuel)と呼ばれる持続可能な航空燃料で、その原料は農業廃棄物や廃食用油、藻類などさまざまだ。
今回のジップエアの機体には、食用油の廃油や動物性の油脂を利用したSAFを搭載し、ホノルル線で使用するジェット燃料の1%相当をこれに置き換える。たった1%、と思うかもしれないが、それにはわけがある。
「SAFはまだまだ開発途中で普及には至っておらず、需給バランスが取れていません。そのため、十分な調達が難しく、従来のジェット燃料の数倍以上のコストがかかってしまうのです。しかし、開発競争は世界中で始まっていますし、日本でも官民協議会が設立され、国内でSAFを製造しようという動きになってきているので、今後徐々に環境は変わってくるはずです。
SAF以外の技術革新も急ピッチで進んでいます。例えば、大気中からCO2を分離させて回収するダイレクトエアキャプチャー技術や、CO2を大気中から直接回収して地下に閉じ込めるというテクノロジーなど。この分野の開発は非常に盛んなので、あと数年でいろんなことが変化するんじゃないかと期待しています」
「やってみよう」の精神で、誰も踏み入れていない第一歩を
カーボンクレジットもSAFも、導入するにはかなりのコストが必要だ。しかし、運賃を引き上げることは考えていないと西田社長は言う。追加のコストをどうやって回収するかで二の足を踏む航空会社が多いなか、LCCでありながらほかのエアラインに先駆けて路線単位でのカーボンニュートラルを実現できたのはなぜか。
「大きくはふたつあって、まずひとつは、事業規模の拡大によるスケールメリットを活かせるということです。現在ジップエアは4カ国6都市に4機で運航していますが、2023年夏には新たに3機を追加投入し、サンフランシスコとマニラの2地点で新規路線を開設します。事業規模が拡大すると経営効率も上がるので、ホノルル線のカーボンニュートラルにかかるコストをその分でなんとかカバーできるという算段をつけています」
「もうひとつは、我々は“太平洋を横断する世界初の中長距離LCC”という前例のない目標を達成したのですが、常にチャレンジングなことをやっていくのが当社の存在意義であると考えるからです。今回のカーボンニュートラルについても『実際にやって何が起こるか確かめてみよう』という意志決定がスムースにできたのは大きかったですね。
CO2削減は航空業界全体の責務ですが、どこのエアラインにも長期的な目標がありますし、それがあるがゆえに今すぐ実行に移すところまで踏み切れていないのが現状です。我々の場合、規模が小さい会社だからということもありますが、誰もやったことのない第一歩を踏み出すためのアクションを早く起こせたのが、ほかのエアラインと違うところだと自負しています。挑戦は始まったばかりですが、2025年度には全路線でのカーボンニュートラル化を目指しています」
女性の活躍を後押しする取り組みも
ジップエアでは2018年の創業以来、カーボンニュートラル以外にもさまざまな持続可能な取り組みを実施してきた。日本航空(JAL)傘下の同社は、JALからリースしたボーイング787-8型機を導入しているが、機体を改新する際に座席モニターを取り払うことで、機体総重量を0.5トン軽減させ、燃費効率を図っている。また、機内食サービスの事前予約制を導入し、フードロスの削減に努めているほか、機内食容器には紙や再生プラスチックを採用。アルミ缶やペットボトルは客室乗務員が機内で分別収集し、目的地に到着後リサイクルにまわすようにしている。2022年7月からは、環境負荷の低いタンパク源として近年注目されている、食用コオロギパウダーを使用した機内食の販売も始めた。
環境面だけでなく「女性活躍推進」に向けた独自の試みも進めている。2021年には吸水ショーツブランドの「ベア(Bé-A)」を展開するベア ジャパン(Be-A Japan)と業務提携し、吸水ショーツの機内販売をスタート。小中学生向けの企画として「生理×未来のお仕事セミナー」と題した航空教室を開催し、実際の機内サービスを子どもたちに体験してもらいながら、女性特有の体調や心の変化について考える機会を設けた。また、桜美林大学のビジネス研修プログラムに客室乗務員がゲスト講師として参加し、女性活躍をテーマにジップエアが向き合うべき課題を考えてもらう授業を行なうなど、活動内容は多岐にわたる。
仕事に“思い”を込めて、気づきを500倍に
現在ジップエアの社員は約500名。客室乗務員はフライトに加えて、前述のような地上業務も兼任している。SDGsのための活動は、スタッフ全員が参画する“通常業務”との位置づけだ。
「ジップエアが大切にしているのは、社員が気づいたことがあれば、本来の業務ではなくてもどんどん実行に移すことです。会社として決めたことを社員にやらせるのではなく、現場スタッフの思いが込められたサービスをやる方が、よりお客様に寄り添ったものになると信じています。アイデアを思いついた人がいたら、『よく思いついた! やってごらん!』という感じで言い出しっぺにやらせる文化なので、“言うだけ番長”は禁止です(笑)。社員全員がいろんなアイデアを考えてくれるおかげで、気づきも500倍に。これは我々の大きな強みだと思っています」
オフィス内や空港内で会ったスタッフには気さくに声をかける、フレンドリーな人柄で慕われている西田社長。社員は親しみを込めて「西田さん」と呼び、会社の休憩スペースでは社長をまじえて自然と会話が生まれる。風通しのよい職場だからこそ、社歴や役職を問わず、全社員がアイデアを出せる環境になっている。
「会社は、社員ひとりひとりがやりたいことを実現するための場。幸運なことに、ジップエアは既存の航空会社と違うことをやれといわれてできた会社なので、自分たちが作りたい航空会社を作っていいといわれたに等しいと、私は解釈しています。中長距離の国際便は伝統的なフルサービスキャリアが主流ですが、我々のスタイルは着実にお客様に受け入れられていると肌で感じているところです。今後も次世代のLCCを担う会社として業界全体を盛り上げながら、一歩先のことをやっていきたいと思っています。極東の小さな会社ではありますが、注目していただければありがたいです」
2023年5月8日〜10月28日の期間中、成田-ホノルル線のカーボンニュートラル便で、ロンハーマンとのコラボレーションフライトが運航予定。機内では、ウォーターボトルやオーガニックコットン製のビーチバッグやハンドタオルなど、環境に配慮したオリジナル商品も販売される。
合理性を追求しながらも、あっと驚くような創意工夫を凝らす。独自のスタイルで、航空業界の常識にとらわれず進化し続けるチャレンジャー。まだ誰も踏み入れたことのない世界へと飛び立ったばかりの彼らは、次にどんな景色を見せてくれるのだろう。