2050年に世界の人口は100億人に到達するといわれている。肉の消費量や廃棄物量の増加は喫緊の課題である一方、途方に暮れるほど大きなこれらの問題に、私たちはどう向き合えばいいのか。考えのヒントをくれる2本の映画が、「エシカル・ライフ・シネマ特集」として公開中だ。ひとつは、フードサイエンスの最先端である培養肉について。もうひとつは、増え続ける廃棄衣料を削減する循環型ファッションについて。「次の世代が何とかするのを待っていてはいけない」という使命感に突き動かされた変革者たちの、情熱と奮闘の物語に目を向けたい。
世界を変えるフードイノベーション。培養肉の商品化に挑むパイオニアのサクセスストーリー
リズ・マーシャル監督が手がけたドキュメンタリー映画、『ミート・ザ・フューチャー~培養肉で変わる未来の食卓~』(2021)。〈ミート〉には、Meet(出会う)とMeat(肉)の二つの意味がかかっている。培養肉のスタートアップ企業、アップサイド・フーズ(旧メンフィス・ミート)のCEO兼共同設立者のウマ・ヴァレティ博士が、培養肉の開発、商品化に挑む姿を描いた本作。マーシャル監督は、ヴァレティ博士と彼のチームに2016年から2019年まで密着し、アメリカにおける培養肉産業の誕生を記録した。
広大な土地と水を使い、大量の温室効果ガスを排出する現行の畜産業は、環境負荷の大きさが問題視されて久しい。その解決策となり得るのが、世界中の企業で研究開発が進められている培養肉だ。動物の体内から細胞組織だけを取り出し、それを体外で増殖させることによって、ビーフやチキンなどの食用肉を作る。何十億もの動物を飼育することも、命を奪うこともなく、“本物の肉”を細胞ベースで持続的に作り出せる。そんなSFのような世界が、すでに現実に存在しているのだ。シンガポールは2020年、国として初めて培養肉を承認。アメリカにおいても、国の認可が間近に控えている。
インドで幼少期を過ごしたヴァレティ博士は、「肉のなる木」を夢見る少年だった。のちに心臓専門医となり、患者の⼼臓に幹細胞を注⼊して⼼筋を再⽣させたことをきっかけに、培養肉の開発に情熱を注ぐことを決意。2016年、世界初の培養ミートボールの製造に成功し、翌年には世界初の培養チキンフィレ肉を発表。当初は5人ばかりのチームで始めたビジネスだったが、1年後にはビル・ゲイツ氏をはじめとする資産家たちから大規模な資金を調達。世界最大の食肉会社であるタイソン・フーズからも出資を受け、培養肉の合法的な商品化、大量生産化に向けて尽力する姿が描かれている。
世界を変えるフードイノベーション、培養肉産業のパイオニアでありながら、家族思いの一面も覗かせるヴァレティ博士。映画の冒頭で、起業直後の単身赴任生活の辛さを語るシーンでは、「年に20日以上も家を空けたことがなかったのに」と、カメラの前でため息を漏らす。仕事にも家庭にも献身的なひとりの人物にフォーカスし、彼の目を通して業界の目まぐるしい成長を追うことができる本作。エポックメイキングでありながらも、人間味あふれる温かな物語に引き込まれる。
ファッションを“リファッション”する。廃棄衣料削減にかけるイノベーターたちの想い
毎秒トラック1台分のゴミが、地球上のどこかに廃棄されている。中でも重大な社会問題となっているのが、世界有数の人口密集都市である香港。毎年、地形図が変わってしまうほどのスピードで山を削り、埋立地を拡張し続けている。その背景には、中国が廃棄物の輸入を禁止したことがある。ファストファッションの流行による廃棄衣料の増加もまた、深刻な要因のひとつだ。
香港を拠点に活躍するジョアンナ・バウワーズ氏が監督を務める映画『リファッション~アップサイクルでよみがえる服たち』(2021)では、廃棄衣料削減を目指す香港の起業家たち3人の挑戦が、登場人物それぞれの視点で丁寧に描かれている。
本作でフィーチャーするのは、香港繊維アパレル研究所(HKリタ)のCEOエドウィン・ケー氏。2018年、香港の繊維メーカーであるノベテックスと、非営利財団のH&M基金の協力のもと、廃棄衣料を繊維に戻し、再び新たな衣類にアップサイクルするシステム、G2Gを開発した。「チームの科学者に開発の相談をしたら、初めは“不可能”だと言われました。それが4週間かけて検証したところ、“かなり大変だ”に変わった。不可能から大変は、大きな進歩です」。ケー氏はそう語りながら、道なき道を突き進む。
ミニ・ミルズ(ミニ紡績工場)と呼ばれるそれは、全長約12メートルのコンテナほどの大きさのマシーン。着なくなった服を投入すると、繊維レベルに裁断されて撚糸となり、それらを3D編み機で再び編み上げることで、新たなファッションアイテムへと生まれ変わらせる。原料を調達する必要がなく、水や化学薬品もいっさい使わない。環境への負荷を大幅に抑えることができる画期的な技術だ。本作では、ミニ・ミルズの試作段階から工場オープンに至るまでの世界初のプロジェクトに密着。ケー氏率いる研究チームによる前代未聞の挑戦が記録されている。
ケー氏のプロジェクトのほかに、高級子供服の古着を販売するオンラインプラットフォーム、リタイクルを手がけるサラ・ガーナー氏、香港で分別廃棄されていないペットボトルを回収し、リサイクル素材への再生を目指すVサイクルの創設者、エリック・スウィントン氏の取り組みも並行して紹介される。起業家たちの奮闘を描いたこの作品を通じて、ファッション業界、ひいては社会全体の“リファッション(改造)”の必要性を訴えるバウワーズ監督は、このようにコメントする。
「私たちは今、サステイナビリティをより意識するようになり、ファッションブランドも同じように意識するようになりました。観客の皆さんには、自分たちも変革の一翼を担えるというインスピレーションを感じてもらいたい。何が問題で、どのような解決策があるのかを知ってもらいたいのです。そして、その後のことは皆さんに委ねたいとも思っています。私たちの映画を観た後、もしあなたが服の買い方や扱い方を見直すとしたら、それはとても大きなことです」
ひとりひとりができることは、確かに微力かもしれない。だが「自分ひとりの力では何も変わらない」と諦めている人と、「もしかしたら自分にもできることがあるかもしれない」と信じる人とでは、目の前に広がる景色がきっと違うはず。今を生きる私たちの意識ひとつで、世界はもっとよりよい方向に変わっていけるかもしれない。2本の映画に、心を動かされてほしい。