荻上チキさんと振り返る2023年。社会問題とこれからのメディアのあり方

紛争、性加害問題、マイノリティ差別。不穏なニュースが多かった2023年も残すところあとわずか。1年を振り返りつつ、未来に向けて私たちが考えるべきこととは? TBSラジオのニュース番組でパーソナリティを務める、評論家の荻上チキさんとともに考えてみたい。

人権的観点からニュースを掘り下げ、「ポジ出し」する

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――ラジオ番組『荻上チキ・Session(以下、Session)』がスタートして10年。番組を長く続ける上で、大切にされていることは何ですか?

ラジオというのは、「中規模なメディア」なんです。テレビ、新聞といった「大規模なメディア」ともまた異なり、特定のテーマに関心が高い人に届きやすい。そして、リスナーコミュニティを作りやすい。そんな中で、私たちは「メディア生態系」を意識しながら放送します。
リスナーはほかのニュースソースも得つつ番組を聴き比べるので、一般的に話題となるニュースも紹介しながら、ほかのメディアから漏れた視点を補う情報発信を常に考えています。例えば「特に」を深掘りするために特集コーナーを設けたり、動画や写真がなくても配信できるラジオならではの機動力を活かし、柔軟に放送内容を決めていったり。その上で、自分たちの番組では何が提供できるのかを考えたとき、強く意識しているのは、人権と学問です。研究者やジャーナリスト、NGOの方々に話を伺いながら、科学と人権の観点からニュースを丁寧に掘り下げ、リスナーと共有することを目指しています。

――ポジティブな改善策を提案する「ポジ出し」という精神のもと、毎回ゲストの方と良質な議論を展開されていますよね。

『Session』の放送が始まった2013年は、民主党政権から安倍政権に変わった翌年でした。経済政策が注目される一方で、生活保護バッシングや排外主義なども激しくなっていました。一方で在野の研究者やNGOは、目の前にある具体的な課題を解決していこうとしている。現場の力が動き出していく中で、今ある問題に対する処方箋や代替案を出していくことが必要だと、放送開始当初から考えていましたし、今もその意識は変わってはいません。
最近は、エビデンスや根拠にもとづいた議論をしようという機運が高まる一方で、再び冷笑的な空気が世の中に広がってきているので、改めて「ポジ出し」の理念を見つめ直す必要があると思っています。新しいアイデアを出すだけでなく、「政治資金規正法の改正を」「取調べの可視化を」といった、オーソドックスな要求をしても、いまだに「提案」になってしまう現状には歯痒さを覚えます。

――ネット上ではさまざまなデマや陰謀論、排外的なムードも蔓延しています。

例えば関東大震災の直後に起きた朝鮮人虐殺事件に関していうと、2019年まで刊行されていた雑誌で、朝鮮人虐殺はなかったという内容の連載が掲載されていました。それが2009年に産経新聞出版から書籍化され、ちょうどその頃からインターネット上で「朝鮮人虐殺否定論」が広がっていきました。それまでは、「虐殺があったことは認めるが、6000人も死んでいないはずだ」といったような「数の話」をするのが否定論の主流でしたが、明確に作られていくプロセスを目の当たりにしました。これからも新たな形で、排外主義や歴史改ざん主義が育つこともあるかと思います。メディアの応答性や機能が問われていると感じています。

歴史に重大な影響を与えるガザ紛争。問われるメディアの応答力

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――2023年に起きた出来事を振り返ってみて、いかがでしょうか?

重大なのはやはり、パレスチナ自治区のガザ地区で起きている、非対称的なジェノサイドです。親イスラエルの立場をとる国は、ウクライナに対する支援疲れを加速させる可能性もあり、他方でロシアとイスラエルの行為の評価をめぐる二重基準が各所で問われています。「次の9.11」を用意するような、大きな火種となるのではないかと懸念しています。ロシアによるウクライナ侵略や、ガザに対する民族浄化などが、ひとつの「成功体験」となれば、かつての植民地主義の残滓とともに、剥き出しの「力の時代」に近づくことになります。

――ガザの紛争について議論する際に、メディアとして状況を中立に見ることについてはどのようにお考えですか?

まず、日本には放送法がありますが、そこに「中立」規定というものはありません。放送法の根幹は、不偏不党と自律性です。特定の意見を表明してはいけないという意味ではありません。権力から干渉されることなく、公平で多角的な内容を目指すというものです。
イスラエルに対するハマスの攻撃は無差別的で残忍なテロであった。その後、対ハマス作戦として行われているのは、無差別かつ過剰なまでのジェノサイドである。まずは停戦を行い、人道支援の持続性を保ち、安定状態が継続したことを事実化することを求める。こう主張したとしても、放送法上は何の問題もありません。
破局的な人道状況や差別などを見過ごしたり、「それぞれの言い分があるからどちら側にも立たない」と避ける態度をとったりすることは、現状肯定につながる場合があります。実態を伝えつつ、人権意識にもとづいた提案をすることは、現在の放送であっても可能です。

――『Session』では、具体的にどのような切り口でガザの問題を取り上げているのでしょうか?

イスラエルとパレスチナの対立の歴史を紐解くために、イスラエル建国の歴史をたどり、ユダヤの人々から見た世界はどのようにリアリティを構築しているかを検証しました。数々の迫害やホロコーストを経験したうえでシオニズムが拡大し、「ようやく獲得した場所を二度と手放さない」「次は徹底して戦う」という意識が育まれてきたこと。またイスラエル国内にもタカ派と融和派がある中で、支持率的には不安定な現政権も、よりタカ派的な立場にアピールしつつ、政治責任を追及されない状況を作る動機づけがあることなどについて考えました。
一方でガザでは、インフラも食糧も限られた、「天井のない監獄」と呼ばれる封鎖状況が長らく放置されています。ヨルダン側西岸では、イスラエルによる入植が続いています。その歩みと、これまでどのような支援が行われてきたのかを、専門家やNGOの方などに話を伺いました。
日本はUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)を通じた支援を行ってきましたが、今後の仲裁や休戦要求にどのように動くのか。現地の支援団体に対して何ができるのか。『Session』では、「私たちはこういったものの見方で、このように考えていますが、みなさんはどうお感じですか?」とリスナーに問いかけます。自分の立ち位置を透明化するというより、その都度説明しながら問いかけます。

紛争や戦争を止められない国連は無力なのか?

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――先ほどUNRWAの話が出ましたが、国連に対しては懐疑的な声も聞かれます。

ロシアもイスラエルも止められていない状況ですし、国連改革が必要だという議論は重要ですが、具体的アイデアが乏しいのが現状です。こと安保理については、無力感を覚える人もいるでしょう。それでも、短期停戦を求めたり、「どの国がどういうアクションを行っているのか」を可視化する役割は重要です。また、国連には幅広いセクションがありますし、UNRWAはパレスチナ問題について長年取り組んでいます。こうした問題にコミットし続けている団体があることによって、被害をなんとか最小化しようという努力が行われ続けているのも確かです。それをひとくくりに国連は無力だとか、SDGsはまやかしだとか言ってしまうと、これまでの日々の蓄積を無効化してしまうことになりかねません。

――SDGsが一種の流行のようになっている点については、どう感じていますか?

SDGsって、世間的には環境問題に関する概念だと思われているように思います。「エコ」の現代版のようなイメージとして。しかし実際にはより包括的な概念です。17の目的を共有し、国、企業、個人ができることを行う。それは、個別のミッションとして重要なだけでなく、結果として紛争が起きないような環境を作ることが、そもそもの役割です。
第二次大戦後にできた国連は、二つの大戦への教訓から、戦争を再び起こさないためには、単に不戦条約を構築するだけでは不十分だ、という認識に立ちます。貧困や差別をなくし、戦争や紛争の種を取り除いて未然に防ぎ、平和を持続させること。平和というのは、ただ戦争が起きていない状態ではなく、地球上の人類が日常的に満たされている状況を指すとし、あらゆる不平等や争いの火種をなくしていくというミッションを目指します。
ご承知の通り、これは未完のプロジェクトであり、SDGsというのはその手段の一つです。貧困をなくそう、ジェンダー平等を実現しようなどと17のゴールが設定され、それら共通のゴールに国連加盟国がサインすることが実現したわけですよね。実際には戦争も紛争も起きてしまっているけれども、貧困対策なんていらないという理論はさすがにないし、ジェンダー平等については国によって温度感はあるものの、理念を掲げるところまでは辿り着けた。あとはこのミッションをどういうふうに続けていけばいいのかを考えていくことが、今とても重要なタイミングだと思います。

立場の弱い人へのハラスメントを可視化させ、問題を社会化する

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――日本国内では、ジャニー喜多川氏による性加害問題が大きく取り上げられました。

現在スマイルアップ(旧ジャニーズ事務所)が、被害を受けた方々の「法を超えた救済」を進めています。ですが、性加害問題に沈黙を続けたテレビ業界や芸能界に対して、どの程度の圧力や忖度があったのか、それらを明らかにする調査に関してはまだ不十分です。テレビ各局は独自に検証や調査を行っていますが、各局の横断的なヒアリングはされていません。この現状を踏まえて今年11月、社会調査支援機構チキラボの代表として、第三者機関による幅広いメディア横断調査を求める記者会見を開きました。民放連(日本民間放送連盟)や日本新聞協会、日本雑誌協会などに要望書も送っています。
同時にチキラボでは、メディア関係者向けの独自調査を始めました。自分たちで調査設計したアンケートフォームを用意し、スマイルアップをはじめとする芸能事務所から、出演見合わせや報道内容の変更などの圧力を受けた事例を集めて、来年公表する予定です。今回のような権威性を使ったハラスメントの再発防止策を構築するためにも、より踏み込んだ検証を行い、その上で何ができるのかを提示していく必要があります。児童虐待防止法の改正や刑法の改正、問題行動を長期間にわたって隠蔽した企業に対しては行政指導を行えるようにするなど、打つべき手段を考えていかなければなりません。

――チキラボでは、おもに社会的事案に関するリサーチを行っているのでしょうか?

個別の相談を請け負うこともありますが、自主的な調査も行います。社会に足りない情報のハブになるという役割意識を持ってやっています。直近の活動では、表現の現場調査団の量的調査のサポートを行い、表現の分野に携わる方々がどのようなハラスメントを受けたのかを分析しています。これまでの調査でも、例えばアートや写真の分野では強固な師弟関係が存在し、その関係から離れると業界にいられなくなるケースがあったり、漫画や小説の分野では、担当編集者との間にハラスメントが起きやすかったり。ジャンルごとにさまざまなハラスメントがある一方で、指導者は厳しくあって当然であることが自明視されていて、当事者がハラスメントに気付かないケースが多いことが可視化されました。2021年に行った実態調査では、指導や教育の名のもとに行われる理不尽な行為を「レクチャリングハラスメント(レクハラ)」と名付け、記者会見や報告書の作成などを通じて問題提起を行いました。理不尽に対する名付け、言語化することが、世の中を動かすと考えます。

それぞれの歴史の重み。知る努力を続けること

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――『Session』では今年の夏、朝鮮戦争に関する特集を放送されていましたね。ほかのニュース番組では取り扱わないようなテーマだと思います。

韓国に行き、ジャーナリストの方の案内のもと、朝鮮戦争の動きやその影響について取材をしました。日本の教科書では「朝鮮特需」といって、朝鮮戦争が起きたことで日本経済は復活したと説明されていますね。その背景にはたいへんな重みがあります。日本の植民地支配の後、アメリカとソ連による朝鮮の分割統治が行われます。北朝鮮側の南進によって始まった朝鮮戦争といのは、同胞・家族だった者同士の殺し合いです。双方による拷問や虐殺があちこちで起きたという事実は、韓国では広く学ばれていることですが、植民地主義の加害国である日本ではあまり深く学びません。また、チキラボの調査活動として、昨年はウクライナに、今年はフランスに取材に行きました。各国の歴史や現状などについて、ラジオの特集形式で伝えています。

発見は改善の一歩目。回復力のある社会を目指して

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――世の中に「冷笑的な空気が広がっている」と言われますが、荻上さんは今の社会に希望を感じていらっしゃいますか?

もちろん悲観はしますが、悲観できているだけ先が見えているんじゃないかとも思うんです。目の前にあることと理想とのミスマッチによってがっかりすることはあるが、理想そのものについては自覚してきているという印象でしょうか。排除的といわれる人でさえ、「これは差別ではない」という言い方を用いて、差別主義ではないというアピールをしなくてはならないほどには、「何が差別と言われるのか」という議題は、かつてよりも広がっているように思います。
冷笑はシニシズムの一種ですが、シニシズムは「他人のことを、損得のみで動く存在と認識する」という、利己的な帰属バイアスを意味します。また、道具的な解決手段やサポート手段を知らない、あるいは信頼していないがゆえに、サポート活動などに否定的な態度をとります。その結果、「無意味なことをしている愚か者が、売名行為という利己的な動機のためだけにやっている」という世界認知によって自己防衛がなされる。これはさまざまな有害なアクションにつながりますが、課題も見えます。あらゆるサポート手段を社会に埋め込み、「確かに効果がある」という信頼を作ることです。こうした状況の達成のために、いろんな人々が努力しているのを、私たちは知ってもいます。

――荻上さんにとっての理想的な社会について教えてください。

回復力のある社会です。「レジリエンス」という言葉が震災の時に使われましたが、個人の困りごとを社会的に解決しやすい社会。「つまずいても大丈夫」と言える社会。それが理想だと思います。

荻上チキさんプロフィール画像
荻上チキさん

兵庫県生まれ。評論家。一般社団法人 社会調査支援機構チキラボ 所長。『荻上チキ・Session』(TBSラジオ)のパーソナリティのほか、特定非営利活動法人 ストップいじめ!ナビ 代表理事を務める。著書に『みらいめがね それでは息がつまるので』『もう一人、誰かを好きになったとき―ポリアモリーのリアル―』など。12月22日に新著『社会問題のつくり方 困った世界を直すには?』を上梓予定。

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