10人の映画通が厳選。今こそ観るべき、社会派映画のすすめ

紛争、差別、虐待、性被害……耳を塞ぎたくなるような出来事が、世界中でたくさんたくさん起きている。どうして世の中はこんなにも理不尽なんだ。もううんざりだ。それでも、私たちは生きている限り前を向き、明るい未来を目指して進まなければならない。目をそらしていては、きっと何も変わらない。さまざまな社会問題に精通する10人の映画愛好家が、今観るべき骨太作品をレコメンド。ゆったりとした時間を過ごせる年末年始こそ、名作を通して考えるきっかけを作るのもいいかもしれない。

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紛争、アイデンティティについて考える

「ただ生きたい」と願うガザの人々の想いを届けて/SPUR.JPエディター 横山沙羅

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©︎Canada Productions Inc., Real Films Ltd.

『ガザ 素顔の日常』

東京23区の6割ぐらいの場所に、約200万人のパレスチナ人が暮らすガザ地区。2007年以降、イスラエルは物資や人の移動を制限する封鎖政策を続けており、ガザは「天井のない監獄」と呼ばれる。2014年と2018年の戦争を経て、それでも力強く生きようとする、ガザの人々の日常を描いたドキュメンタリー。今まさに起きている破局的な人道状況を受け、全国各地の劇場で緊急上映されている。

「2007年から完全封鎖状態にあるガザ。その言葉だけでは想像がつきにくい、軍事封鎖の中で生きることの意味を、この映画を通して知ることができます。漁師、デザイナー、アーティスト、学生、父親に子どもたち、みんな私たちと同じ人間なのに、パレスチナの人々はただそこに生きているというだけで、人間としての尊厳を奪われた暮らしを強いられている様子がうかがえます。ガザ地区の若者の失業率は半数以上、80%の人が何らかの人道支援に頼って生活しているうえ、たびたび激しい爆撃にもさらされます。若者たちはみな、ただ普通の暮らしを送ることを夢みているのです。安全な場所で不自由なく暮らす私には、彼らの言葉一つ一つが胸に刺さりました。
ここ2ヵ月以上にわたる激しい攻撃により、前代未聞の苦難を強いられているガザの人々。今壊されゆく人々の日常が、どんなものであったのか。ニュースで報道される数字だけではなく、この映画を通してガザの人々の抱く思いや夢を知ってほしい。多くの人に届くことを願っています」

横山沙羅プロフィール画像
SPUR.JPエディター横山沙羅

カルチャー、SNS担当。学生時代は映画学を専攻し、シネマ研究会に所属するなど映画三昧の日々を送る。大学では一時期パレスチナ映画について学んだことも。休日はたいてい映画館で過ごす。映画を通して世界に触れることが好き。

『ガザ 素顔の日常』
監督:ガリー・キーン、アンドリュー・マコーネル
2019年/アイルランド・カナダ・ドイツ/92分
配給:ユナイテッドピープル

全国の劇場で緊急上映中
https://unitedpeople.jp/gaza/

どんな場所でも「自分らしく」生きる/フォトジャーナリスト 松村和彦さん

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© 2021 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

『ベルファスト』

北アイルランド、ベルファスト出身のケネス・ブラナー監督が手がけた、自らの幼少期の体験を投影した自伝的作品。1960年代から1998年まで続いた北アイルランド紛争による激動の時代を、9歳の少年の純粋な視点で描いた。分断される故郷と家族を愛する、悲しくも多幸感あふれる物語。第94回アカデミー賞で脚本賞を受賞。

「幼馴染と遊んだ路地、胸を躍らせた映画館、恋、大好きなおじいちゃんとおばあちゃん。1969年、ベルファストで『自分らしく』生きる少年バディの純粋さに釘付けになると思います。きっと誰もがバディのような子ども時代を知っているから。でも、大人たちが宗教や立場の違いを理由に北アイルランド紛争を起こし、バディは故郷に住み続けるのが難しくなってしまう。小さな胸に大きな悩みを溜め込んだバディに、ある家族がこう言います。『お前は(自分が何者か)わかるか? お前はベルファスト15のバディだ。お前がどこに行って何になろうと一生変わらん』。まさにそのことばを贈るタイミングで、窓から明るい光が差し込む瞬間が捉えられているのが印象的でした。
モノクロの映像は、彼らに落ちる影を黒として克明に捉える一方、それでも失われないユーモアや愛を、黒の対になる白が象徴しているように感じました。世界各地で今も故郷や安全を奪われる子どもたちがいます。アイデンティティが、命が、どれほど大切なものか、この映画は教えてくれます」

松村和彦さんプロフィール画像
フォトジャーナリスト松村和彦さん

京都新聞社の写真記者。ビデオレンタルショップを経営する実家で育ち、子どもの頃から多くの映画に触れる。2017年より認知症のプロジェクトに取り組み、2023年春、京都国際写真祭・KYOTOGRAPHIE 2023のメインプログラムとして展覧会「心の糸」を発表。同年夏に著書『認知症700万人時代ー ともに生きる社会へ』(かもがわ出版)を上梓。

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『ベルファスト』
監督・脚本:ケネス・ブラナー
出演:カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナンほか
2021年/イギリス/98分

Blu-ray¥2,075/DVD¥1,572(税込)
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
※商品情報は記事公開時点のものです。 

Amazonプライムビデオで配信中

ジャーナリズム、正義とは何かを学ぶ

正しいことを正しいと表明できる社会であるために/映画ライター 萩原麻理さん

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©︎2015 SPOTLIGHT FILM, LLC.

『スポットライト 世紀のスクープ』

2002年1月、アメリカ東部の新聞、ボストン・グローブの一面に、地元ボストンの数十人もの神父による児童への性的虐待をカトリック教会が隠蔽してきたという記事が掲載された。長年タブー視されていたスキャンダルを暴いた、実話にもとづくストーリー。被害者の元少年たちの悲痛な叫びを世に知らしめるべく、立ちはだかる権力と対峙しながらも、地道な取材を積み重ねた記者の姿を克明に描いた。

「ウォーターゲート事件を扱った『大統領の陰謀』(1976)と同様、硬派/社会派アメリカ映画のベンチマークとなった一作。ジャーナリズムの意義を問い、俳優たちのスターパワーを活かす点も同じです。聖職者による性的虐待をボストンの新聞記者たちが調査するなか、それぞれの立場によって、人の感情も対応も変わり、それでもなんとか正しさを求めようとします。善悪に分けてしまうわけでもなく、記者をヒーロー扱いしないところもいい。地方紙というメディアがなくなろうとするいま、その存在価値も訴えています。良質の社会派映画は、テーマや問題を取り上げてクリアにするだけでなく、そこにいる人々を通じてより繊細なニュアンスや複雑さも描くヒューマン・ドラマになっていると思います」

萩原麻理さんプロフィール画像
映画ライター萩原麻理さん

ファッション誌やカルチャー誌の編集、ライターを経て、フリーランスの映画ライターとして活動中。翻訳も手がける。数多くの海外映画やドラマ作品を観ているだけでなく、さまざまなカルチャーにも精通。独自のユニークな視点で綴るレビューにファンが多い。主な訳書に、ハワード・スーンズ『27クラブ』(作品社)、『ボビー・ギレスピー自伝』(イースト・プレス)など。

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『スポットライト 世紀のスクープ』
監督・脚本:トム・マッカーシー
出演:マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムスほか
2015年/アメリカ/128分

Blu-ray¥5,280/DVD¥4,180(税込)
発売元:バップ

Amazonプライムビデオで配信中

抑圧された小さな声をすくい上げる/Sister代表 長尾悠美さん

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© Black Ticket Films

『燃えあがる女性記者たち』

インドに約2億人存在するとされる、カースト制度から外れた人たち。アウトカーストとして差別を受けるインド北部の女性たちが、カバル・ラハリヤという独立系新聞社を立ち上げた。2002年の創刊以降、農村ジャーナリズムとフェミニストを掲げ、大手新聞社が注目しないような地元の生活に密着した草の根報道を続けている。紙媒体からデジタルメディアへの移行に戸惑いながらも小さな声に耳を傾け、命の危険すらある状況においても取材し、発信し続ける女性記者たちを追ったドキュメンタリー。インド出身の監督、リントゥ・トーマスとスシュミト・ゴーシュが完成までに5年の歳月を費やした長編作で、第94回アカデミー賞にノミネートされた。

「インド社会には、いまだに根強い階級差別や家族の呪縛が存在します。アウトカーストの女性であるということで、階層やジェンダーなど幾重にも差別を受けながらも、真摯にジャーナリズムに向き合うカバル・ラハリヤの記者たちの姿勢に、胸が熱くなりました。彼女たちの存在を知り、今の日本の報道はどうなのか、日本社会に生きる私はどんな発信ができるだろうか、と自分自身に問い直しています。『声をあげても何も変わらない』というシニシズムが蔓延する今、たくさんの人にみてほしい作品です」

長尾悠美さんプロフィール画像
Sister 代表長尾悠美さん

渋谷区松濤にあるセレクトブティック「Sister」代表。フェミニズムへの関心が高く、毎年国際女性デーに合わせてイベントを開催。映画や書籍などを通して、女性をエンパワーする活動を続けている。2023年10月よりTOKIONで「女性」をテーマにした映画連載「Girls’ Film Fanclub」がスタート。

『燃えあがる女性記者たち』
監督:リントゥ・トーマス、スシュミト・ゴーシュ
2021年/インド/93分
配給:きろくびと

https://www.writingwithfire.jp/

移民、人種差別の問題を見つめ直す

美しくも残酷な愛の物語/Sister代表 長尾悠美さん

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© RAINER WERNER FASSBINDER FOUNDATION

『不安は魂を食いつくす』

ダグラス・サーク監督作『天はすべて許し給う』(1955)の物語を下敷きに、ドイツを代表する映画監督、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーが1974年に製作。夫と死別し、掃除婦として働く60代女性と、モロッコから来た若い移民労働者が運命的な出会いを果たし、惹かれ合う。人種も文化も、年齢すらも異なる2人の愛は、周囲から好奇の目で見られ、蔑まれ、次第に追い詰められていく。移民に対する差別意識に深く切り込み、問いかける不朽の名作。

「多くの監督に影響を与えたライナー・ヴェルナー・ファスビンダーによる、社会の周縁に追いやられた女性と移民男性の恋愛物語。70年代のドイツはまだ東西の分断があった時代で、高齢女性の恋愛や移民に対しては今よりもかなり冷ややかだったと思います。移民差別の根強いヨーロッパ社会で、人種も年齢も異なる者同士が愛に生きることには制限があるということを知らしめる、美しくも切ない作品です。本作を通して、日本の入管法問題や、移民の受け入れの少なさについても考えさせられました」

長尾悠美さんプロフィール画像
Sister 代表長尾悠美さん

渋谷区松濤にあるセレクトブティック「Sister」代表。フェミニズムへの関心が高く、毎年国際女性デーに合わせてイベントを開催。映画や書籍などを通して、女性をエンパワーする活動を続けている。2023年10月よりTOKIONで「女性」をテーマにした映画連載「Girls’ Film Fanclub」がスタート。

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『不安は魂を食いつくす』
監督・脚本:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
出演:ブリギッテ・ミラ、エル・ヘディ・ベン・サレム、バーバラ・ヴァレンティン、イルム・ヘルマンほか
1974年/西ドイツ/93分

2024年2月9日発売予定
Blu-ray¥5,940(税込)
発売元:シネマクガフィン

小さな善意が指し示す希望の光/写真家 齊藤幸子さん

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© SPUTNIK OY, 2017

『希望のかなた』

名匠、アキ・カリウスマキが「難民三部作」と名付けたシリーズの一作。シリア難民の青年が、生き別れた妹を探してフィンランドの首都ヘルシンキに流れつく。無情にも難民申請を却下され、差別や暴力にさらされる一方、救いの手を差し伸べ、あたたかく迎え入れてくれる人々にも出会う。不寛容な社会をユーモアとやさしさがにじむ世界観で描写し、深刻化する難民問題に向き合った。2017年のベルリン国際映画祭で監督賞を受賞。

「フィンランドの労働者階級を描いてきたアキ・カウリスマキ監督が描く、シリアから逃げてきた青年カーリドをとりまく人情劇。この作品は、難民であるカーリドを、清廉潔白で可哀想な青年として描いていません。監督の作家性である独特のユーモアや静謐なカメラワーク、美しい照明、音楽とともに、故郷を失った人を『隣人』として描いています。また、難民であるカーリドは『不法』入国をして『不法』就労をするのですが、それらの何がいけないのか。人間の尊厳の前に立ちはだかる『不法』とは何かを問いかけます。そして社会的弱者を助けることに冷笑的な風潮さえある現代で、カーリドを助けるフィンランド人たち(彼らもまた労働者階級の中で苦しんでいる)の『善意』が、排他的な世の中に存在する『希望』を確かに指し示しています」

齊藤幸子さんプロフィール画像
写真家齊藤幸子さん

SPUR.JPをはじめ、さまざまな媒体で活躍中。「個人が社会的背景によってどのように条件づけられるか」をテーマに、作品を制作する。日本の移民問題に向き合い、外国人労働者を取材した記事の執筆も行う。2021年、日本国内で暮らすクルド人の現在を映し出した作品が、写真アワード「Portrait of Japan」でグランプリを受賞。

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『希望のかなた』
監督・脚本:アキ・カウリスマキ
出演:シェルワン・ハジ、サカリ・クオスマネンほか
2017年/フィンランド/98分
配給:ユーロスペース

各種配信サイトにてデジタル配信中
https://www.kibou-film.com/

分断社会で必死にもがく若者たちの軌跡/写真家 齊藤幸子さん

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© 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.

『行き止まりの世界に生まれて』

かつて栄えた製造業や重工業が衰退し、「アメリカで最も惨めな町」といわれるイリノイ州ロックフォード。夢を失った町に暮らす若者3人にフォーカスを当て、彼らが大人になっていく12年間を描いた、パーソナルなドキュメンタリー。その3人の若者の中には、監督自身も含まれている。明るく見える彼らの等身大の姿を捉えながら、希望の見えない環境や大人になる痛み、根深い親子の溝など、さまざまな分断を露わにした。

「イリノイ州ロックフォードを舞台にしたビン・リュー監督によるドキュメンタリー。被写体はスケボー仲間の友人とその家族。個人的で親密な映像からは、彼らの背景にある貧困や暴力、人種差別が見えてきます。そしてビン監督は、自分自身にもカメラを向けます。彼は継父から暴力を受けていました。そんな監督が母親とカメラを通して対話をするシーンは、みていてとても苦しい。けれど傷を持った他人を撮るだけで終わることなく、自分自身を撮ろうとする姿勢は、被写体に対してフェアであり、誠実だと思います。
この映画の製作過程そのものが、被写体にとってセラピーになったといわれています。良いドキュメンタリーとは、そのような効果ももたらすのかもしれません」

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写真家齊藤幸子さん

SPUR.JPをはじめ、さまざまな媒体で活躍中。「個人が社会的背景によってどのように条件づけられるか」をテーマに、作品を制作する。日本の移民問題に向き合い、外国人労働者を取材した記事の執筆も行う。2021年、日本国内で暮らすクルド人の現在を映し出した作品が、写真アワード「Portrait of Japan」でグランプリを受賞。

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『行き止まりの世界に生まれて』
監督:ビン・リュー
2018年/アメリカ/93分

Blu-ray¥5,280(税込)
発売元:TCエンタテインメント
提供:ビターズ・エンド

Amazonプライムビデオで配信中

正義を貫き闘ってきた人たちがいること、忘れないで/SPUR.JPエディター 林瑛美

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©2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

『ティル』

1955年8月28日、アメリカのミシシッピ州マネーで実際に起きた「エメット・ティル殺害事件」を劇映画化。黒人差別の激しい南部を訪れた14歳の少年エメットが、白人による集団リンチを受け、惨殺される。息子の変わり果てた姿と対面した母は、ひどく傷つけられた遺体を公開することを決意。不当な人種差別を訴える彼女の行動が原動力となり、アフリカンアメリカンの基本的人権を要求する公民権運動が一気に加速し、1964年の公民権法制定へとつながっていった。最愛の息子を失い、絶望の淵に立たされながらも、たったひとりで抑圧された社会に立ち向かった母親の勇気と正義の物語。

「70年近く前にアメリカで起きた、日本ではほとんど知られていない事件です。なのに、こんなにも身近に感じられてしまうということがまずショックでした。遺体が実の息子であることを証言するために出廷した母メイミーは、理不尽な審理に『息子は二度殺された』と嘆き、評決を聞く前に法廷を去ります。差別を受け、問題を訴えた被害者側を加害者に仕立て上げる逆転の構図は、今も変わらないように思います。
途中スクリーンを見るのが辛い場面がいくつもあり、何度も目を背けそうになるのですが、劇中のメイミーの『でも、見なくてはいけない』という言葉にハッとさせられました。不当な差別から目を逸らさず、声を上げ、必死に闘ってきたメイミーのような人たちがいたからこそ、世界は少しずつでもいい方向に変わってきた。本作を通じて、そのことを改めて思い知らされました。今秋大きな話題になった森達也監督の『福田村事件』同様、負の歴史にしっかり向き合うことの重要性を示唆しています。メイミー役のダニエル・デッドワイラーの魂の演技に、終始圧倒されました」

林瑛美プロフィール画像
SPUR.JPエディター林瑛美

2015年よりSPUR編集部に所属。ファッションとSDGs担当。20歳で単身ニューヨークへ渡り、現地の大学で国際政治やアフリカンアメリカンの歴史について学ぶ。人権問題に関心が高く、SPUR.JPでもさまざまな活動家や研究者、ジャーナリストにインタビューを行い、記事を執筆中。

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『ティル』
製作:ウーピー・ゴールドバーグ、バーバラ・ブロッコリ
監督・脚本:シノニエ・チュクウ
出演:ダニエル・デッドワイラー、ウーピー・ゴールドバーグ、ジェイリン・ホール、ショーン・パトリック・トーマス、ジョン・ダグラス・トンプソン、ヘイリー・ベネットほか
2022年/アメリカ/130分
配給:パルコユニバーサル映画

TOHOシネマズシャンテほか全国公開中
https://www.universalpictures.jp/micro/till

過去のトラウマ、メンタルヘルスと向き合う

子どもには、想像もつかないようなこと/編集者 平岩壮悟さん

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© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022

『アフターサン』

11歳の少女が、離れて暮らす父親と2人きりで夏休みを過ごし、互いにビデオカメラを向けながら親密な時間をともにする。20年後、父と同じ年齢になった彼女はビデオ映像の中に、当時は知らなかった父の一面を見出していく。スコットランド出身のシャーロット・ウェルズ監督が自身をモデルに、大切な人との大切な記憶をみずみずしく描いた作品。

「人生は一方通行です。20年後に見る景色は誰にも想像がつきません。『アフターサン』は、11歳のソフィと彼女の若き父親カラムがトルコのリゾート地でバカンスに興じる場面で幕を開けます。ビデオカメラを片手に仲睦まじい時間を過ごす2人。ところが画面には時折、父親のおかしな挙動が映り込んできます。不可解で、暴力的で、ゾッとする挙動。しかし、その奇行を知っているのは視聴者だけ。娘のソフィには見えていません。それでもおよそ20年後、大人になったソフィは父親の心境を想像し、すべてを悟ります。ビデオカメラに残されたテープ映像を介して、そして“若き親”というカラムと同じ境遇に立つことによって――。
ホラー的にすら見えるカラムの言動の背景にあるもの。それは社会的なプレッシャーであり、メンタルヘルスの問題です。本作ではそうした現代的なイシューが、詩的でアバンギャルドな手法のうちに扱われます。映画にしかできない、バッチバチの視覚表現。しかも監督の長編デビュー作というのだから『ヤバい』と言うほかありません。フランソワ・トリュフォーの映画に『大人は判ってくれない』と邦題がつくのであれば、この映画はさしずめ『子どもには想像もつかない』といったところでしょうか」

平岩壮悟さんプロフィール画像
編集者平岩壮悟さん

仕事以外ではだいたい映画館に行くか、本を読んでいるフリーランスの編集者・ライター。前職のi-D Japan時代は1日1本以上のペースで映画を観ながら、映画をはじめとする社会問題とカルチャーが交差する記事を数多く担当。2024年は、自身が編集担当したロシアのアートアクティビズム集団「プッシー・ライオット」の書籍が刊行予定。

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『アフターサン』
監督・脚本:シャーロット・ウェルズ
出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオほか
2022年/イギリス・アメリカ/101分

2024年1月10日発売予定
Blu-ray¥5,500(税込)
発売元:株式会社ハピネットファントム・スタジオ

U-NEXTでデジタル配信中 

人間の尊厳と権利にまつわる、衝撃の展開/SPUR.JP編集長 五十嵐真奈

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©︎ 2023 Moving On Productions, LLC.  All Rights Reserved.

『ムービング・オン 2人の殺人計画!?』

親友の葬儀で久々の再会を果たした2人の女性。そこには、亡くなった親友の夫の姿もあった。傲慢な彼を長年憎んでいた2人は、彼を殺害することを決意する。なぜ、2人は親友の夫をそこまで憎んでいたのか。そして、復讐を果たすことができるのか。再び自分たちの人生を取り戻すため、トラウマに向き合っていく。

「ジェーン・フォンダ扮するクレアの最初の台詞『私はあんたを殺す。今度の週末にね』の幕開けから、この作品はコメディなのか?とオーディエンス側は刷り込まれるのですが、じつは違うんですよ。人間の尊厳と権利、性暴力にまつわるストーリーが展開されていきます。アクティビストでもあるジェーンが選んだだけあるなと思いました。クレアに共謀の計画を持ちかけられる、エヴリン役のリリー・トムリンとの阿吽の呼吸も素晴らしく、互いの信頼関係があってこその名演技だと思いました」

五十嵐真奈プロフィール画像
SPUR.JP編集長五十嵐真奈

1996年に集英社に入社後、SPUR編集部に配属。ファッション・ビューティ担当として両分野で記事制作を続け、2017年にSPUR編集長に就任。SDGsや社会問題にも積極的に取り組む。公式インスタグラムでは「SPUR編集G」として投稿中。SPURおやつ部部長。

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『ムービング・オン 2人の殺人計画!?』
監督:ポール・ワイツ
出演:ジェーン・フォンダ、リリー・トムリンほか
2022年/アメリカ/85分
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

各種配信サイトにてデジタル配信中
https://www.sonypictures.jp/he/11364388

見たくない部分を逃げずに見つめる/ライター スズキナオさん

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© 1970 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.

『ハズバンズ』

インディペンデント映画の名匠、ジョン・カサヴェテス監督による1970年公開作。友人の突然の死をきっかけに、自分たちの生活が空虚なものになってしまっていることに気づく、3人の「夫」たち。精神的危機に直面し、人生の壁に突き当たる彼らの姿を滑稽かつ辛辣に映し出した。

「私がこの映画を知ったのは、敬愛する濱口竜介監督が幾度となくその作品から受けた影響について言及していたからでした。大阪市内にあるミニシアターで観たのですが、142分の上映時間の間、ずっと苦しかったです。
親友同士の男性4人組のうち1人が亡くなり、遺された3人が葬式へ行くところから映画は始まります。よっぽど強い“男の絆”で結ばれていたのか、やり切れない思いを抱えた3人はそのまま飲んだくれ、家に戻らずに飛行機に乗ってロンドンへと旅に出る。男であることを絶えず確認し合い、周囲にアピールせずにはいられないような3人の姿は、マチズモ、ホモソーシャルといった言葉を強く想起させます。
カメラは3人組を執拗に、異様に近い距離で捉え続けます。男性としてその様を延々見せられることは、なかなかの苦行でした。決して誰にでもおすすめできるような作品ではないのですが、同作を観た知り合いの女性から『男同士の関係の暴力性や滑稽さを逃げずに見つめ続けようとしている姿勢は伝わってきた』と感想を聞き、それに少しだけ救われた気がしました」

スズキナオさんプロフィール画像
ライタースズキナオさん

東京生まれ、大阪在住のフリーライター。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』(新潮社)など。数ヵ月おきに集中的に映画をみまくりたい時期が訪れるシネマ・アディクト。『ハズバンズ』を劇場で観て以来、カサヴェテス作品にすっかり夢中に。

『ハズバンズ』
監督:ジョン・カサヴェテス
出演:ベン・ギャザラ、ピーター・フォーク、ジョン・カサヴェテスほか
1970年/アメリカ/142分

U-NEXTでデジタル配信中

孤独、虐待の苦しみを知る

個人の問題は、社会の問題に通じる/NINE STORIES主宰 かとうさおりさん

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©2016 BLACK BALANCE, MEDIA BRIGADE, ALEF FILM&MEDIA, LOVE.FRAME, FRAME 100R, ODRA-FILM, SPOON, BARRANDOV STUDIOS, MICHAEL SAMUEL SON LIGHTING PRAGUE, FAMU, ARIZONA PRODUCTIONS.

『私、オルガ・ヘプナロヴァー』

1973年、22歳のオルガはプラハの中心地で、路面電車を待つ群衆の中にトラックで突っ込む。この事故で8人が死亡、12人が負傷。オルガは逮捕後も反省の色を見せず、チェコスロバキア最後の女性死刑囚として絞首刑に処された。犯行前、オルガは新聞社に犯行声明文を送り、自分の行為は多くの人々から受けた虐待に対する復讐であり、社会に罰を与えるものだと示す。13歳のときから深い鬱病に悩まされ、誰にも理解されず、助けてもらえず、孤独のどん底に突き落とされたひとりの人間の内なる怒りがあふれ出す衝撃作。

「まだあどけない少女のような顔立ちとは裏腹に、複雑なパーソナリティの持ち主の主人公オルガ。自分を孤立させ、人生をめちゃくちゃにした社会への復讐として、彼女は凶行に走りました。印象に残ったのは、誰かと一緒にいても分かりあえることもなく、モノクロームの世界で、いつも一人きりで佇んでいるオルガの姿。徹底的な孤独感と、個人と社会との関わりが上手く機能しない危うさを、上映中ハラハラしながら見守りました。
実際にチェコで起こった事件だということに驚かされますが、日本でも類似の事件があったことを覚えている人も多いと思います。個人の問題は、社会問題に通じることでもある。慌ただしい日々の中でつい忘れがちですが、考え続けていきたいです」

かとうさおりさんプロフィール画像
NINE STORIES主宰かとうさおりさん

主に書店でのポップアップストアを中心に各地を巡回し、色彩・記憶・物語をテーマに制作活動中。自主企画として、映画上映やトークイベントの企画に携わるほか、映画館や配給会社とのコラボレーション企画も行う。プライベートでは週に1、2本のペースで作品を鑑賞する映画ラヴァー。

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『私、オルガ・ヘプナロヴァー』
監督・脚本:トマーシュ・ヴァインレプ、ペトル・カズダ
出演:ミハリナ・オルシャニスカ、マリカ・ソポスカーほか
2016年/チェコ・ポーランド・スロバキア・フランス/105分

2024年1月10日発売予定
Blu-ray¥5,500(税込)
発売元:クレプスキュール フィルム

U-NEXTでデジタル配信中

人々の意識が変われば、過去も変えられる/映画ライター 萩原麻理さん

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Netflixシリーズ『アンビリーバブル たった1つの真実』独占配信中

『アンビリーバブル たった1つの真実』

レイプ被害を訴えた18歳の少女が、警察からその真偽を疑われ、高圧的な取り調べに耐えられず供述を撤回すると、今度は虚偽の報告をしたとして逆に起訴されてしまう。2008年に米ワシントン州リンウッドで実際に起きた事件をベースにドラマ化した、Netflix独占配信シリーズ。2人の女性刑事が捜査に乗り出し、残された証拠から真実を追う。非道なレイプ犯罪を全8話にわたって丹念に描写し、性犯罪被害を訴えることの難しさを示した。

「映画ではなくシリーズですが、性被害を描く作品としていちばん印象に残っています。レイプを訴えても信じてもらえない、むしろ糾弾されるつらさがひしひしと伝わる前半。でも年月が経ち、捜査の仕方や人々の意識が変わっていくことで、過去も変えることができる――そんな後半に勇気づけられます。トニ・コレットらが演じる女性刑事が本当に頼もしい」

萩原麻理さんプロフィール画像
映画ライター萩原麻理さん

ファッション誌やカルチャー誌の編集、ライターを経て、フリーランスの映画ライターとして活動中。翻訳も手がける。数多くの海外映画やドラマ作品を観ているだけでなく、さまざまなカルチャーにも精通。独自のユニークな視点で綴るレビューにファンが多い。主な訳書に、ハワード・スーンズ『27クラブ』(作品社)、『ボビー・ギレスピー自伝』(イースト・プレス)など。

『アンビリーバブル たった1つの真実』
監督:リサ・チョロデンコ、マイケル・ディナー、スザンナ・グラント
出演:トニ・コレット、メリット・ウェヴァー、ケイトリン・デヴァーほか
2019年/アメリカ/全8話

Netflixで独占配信中
https://www.netflix.com/jp/title/80153467