西村宏堂さんカップルが見つめる、同性婚が認められる未来。性別が同じでも“家族”になれる社会へ

「性別も人種も関係なく、みな平等。私たちは自信を持っていい存在なのです」。メイクアップアーティストであり、僧侶であり、LGBTQ当事者である⻄村宏堂さんは、穏やかに、胸を張ってこう言った。人権活動家として世界を舞台に活躍する彼が、コロンビア人のパートナーであるフアン・パブロ・レジェス・ディアスさんと国際結婚をしたのは2023年9月。同性婚が認められているコロンビアで結婚の手続きを行い、現在は同性婚が許されない日本で生活を共にしている。ふたりにとって、結婚とはどのような意味を持つのか。かけがえのないパートナーと、どんな未来を見据えているのか。それぞれの思いを語ってもらった。

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同じ国で一緒に暮らせることが、当たり前ではなかった

ふたりの出会いは、2022年5月のバルセロナ。宏堂さんが自身の半生を綴ったエッセイ『正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ』(サンマーク出版)のスペイン語版を出版するタイミングで、バルセロナを訪れたときだった。たまたま入ったバルで宏堂さんの隣の席に座ったのが、ヨーロッパを旅行中のフアンさんだった。宏堂さんから思い切って話しかけてみたところ、ふたりはすぐに意気投合し、惹かれ合った。

「フアンは、コロンビアで若者に向けて薬物乱用や性感染症にまつわる啓発活動に取り組んでいると話してくれました。私自身もLGBTQの当事者として、自分らしく生きることの大切さを発信しているので、お互いに似ているところがあると思ったんです。出会ったその日に、運命的なものを感じました」と宏堂さん。

フアンさんも、「日本人と話したのは宏堂が初めてでしたが、知性があって魅力的な人だと感じました。バルセロナの滞在期間は残り数日しかなかったのですが、彼との関係を進展させたいと思いました」と振り返る。

バルセロナでの出会いから数ヵ月後、ふたりはコロンビアで再会し、そのまま一緒にロンドンへ渡った。3ヵ月半の同棲生活を通じて絆は深まり、そのままロンドンに住み続けようと考えた。だがイギリスでのビザがおりなかったため、それぞれの母国へ帰国することに。愛し合うふたりが安心して共に暮らせる場所はどこにあるのか。国籍の違いという大きな壁に直面し、たどり着いたのは「結婚」という選択肢だった。

「結婚という形にこだわりたかったわけではないのですが、国籍の違う私たちが一緒に暮らすためには、そうせざるを得なかったというのが実情です。将来的に、私たちのどちらかが同性婚を認めている国に住めることになった場合、私たちが婚姻関係にあれば配偶者ビザがおりる可能性があります。法的に婚姻関係を結ぶことで、今後一緒に暮らせる国のオプションが増えるんじゃないかと思いました」(宏堂さん)

前例のない、日本とコロンビアの国際同性結婚

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ふたりが結婚の報告をした際、フアンさんの両親は心から祝福してくれたという。

結婚の手続きは、フアンさんの母国であり、同性婚が認められているコロンビアで行うことになった。2023年2月、宏堂さんは再びコロンビアへ。5週間の滞在期間中にすべての手続きを終えるつもりだったが、道のりは想像以上に険しかった。

「通常、国際カップルが結婚するためには、婚姻要件具備証明書という書類が必要です。でも日本の法務局に問い合わせたところ、同性婚の場合は発行できないと言われてしまい、一度は諦めました。その後、コロンビアの通訳の方に相談すると、独身証明書で代用できることがわかったんです。そのほかの手続きも煩雑で、目がまわるようでした。おそらくコロンビアと日本の国際同性婚の前例がなかったこともあり、必要な文書を不備なくそろえるのにかなり時間がかかってしまいました」(宏堂さん)

5週間の滞在中に手続きを終えることはできず、宏堂さんは仕事のため、やむなく日本へ帰国。半年後の2023年9月にもう一度コロンビアへ渡り、ようやく結婚することができた。フアンさんの正式なパートナーとしてコロンビアで共に暮らすことも検討したが、仕事のことなどを考えると今すぐ移住するのは現実的ではなかった。ちょうど同じ時期に、フアンさんがかねてから日本で申請していた就労ビザが許可されたため、同年10月にフアンさんが来日。ふたりは日本で仕事をしながら“家族”として暮らしている。

日本でも、同性カップルが幸せに暮らしていることを知ってほしい

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同性婚が認められていない日本では、ふたりの婚姻関係は成立しない。宏堂さんとフアンさんは、東京都港区が導入している「みなとマリアージュ制度」に登録した。性的指向や性自認にかかわらず、人生を共にしたい人と暮らすことを尊重するために設けられた制度だ。本制度によりパートナーシップが認められると、住宅への入居や病院での付き添いなどで理解されやすくなる。ただし、それ以上の法的な効力を発揮するものではない。

「自治体のパートナーシップ制度に登録したからといって、フアンに配偶者ビザはおりません。それに、相続権や税金の控除などの法的権利が得られるわけでもありません。せめてパートナーシップ制度が結婚と同じような扱いになってくれたらいいなと思います。フアンが大学の学位を持っていたことで就労ビザを取得できたから、今こうして日本で一緒に暮らすことができていますが、ビザの取得も決して容易なものではありませんでした。もしもビザがおりないままだったら、私たちは今も離れ離れだったかもしれません」(宏堂さん)

同性愛者であり、日本では「外国人」とされるフアンさんは、性的・民族的マイノリティとしての日本社会での生きづらさを吐露する。

「私の故郷であるコロンビアの首都ボゴタでは、LGBTQの人たちは珍しい存在ではありません。街を歩いていても同性カップルをよく見かけますし、ボゴタの前市長はレズビアンであることを公言していました。コロンビアは多民族国家なので、人と違って当たり前という雰囲気が社会全体に根付いているのですが、日本には人目を気にする文化がありますよね。日本で暮らしていると、ときどき自分がジャッジされているような感覚になるんです。私は在日外国人として、日本の社会や習慣をリスペクトしていることを示さなければならないと思っています。そしてそれは、自分にとってのプレッシャーでもあります」

とはいえ、日本で暮らすことを悲観的に捉えているわけではない。「宏堂と結婚し、日本に来て、人生の新章を迎えたような気持ちでいます。私たちはともに学び、成長し、より大きな夢を共有し合える素晴らしい関係なので、正しい選択をしたと確信しています」とフアンさん。

ふたりは一緒に街を歩くとき、なるべく手をつなぐようにしている。日本にも同性カップルがいて、異性カップルと同じように幸せに暮らしていることを多くの人に知ってもらいたいからだ。

「もちろん、周りの目がまったく気にならないわけではありません。でも、私が気にしていてはいけないんじゃないかという思いもあります。日本には、婚姻の自由を認めると子どもが生まれにくくなり、国力が弱まると指摘する人もいます。そうした理由から、同性愛が不十分なもの、あるいは劣っているものであるかのようにみられることも。
日本のLGBTQの人たちの約80%が、職場でカミングアウトできていないという統計データを見たことがあります。私たちの周りにも、まだ言えていない方がたくさんいる。そう思うと寂しい気持ちになりますが、だからこそ『私たちは自信を持っていい存在なんだ』という断固とした意志を示すことが重要だと思っています。こうしてふたりで取材をお受けしたり、私たちの関係性を公にしたりしているのは、そういった思いが根底にあるからです」(宏堂さん)

同性婚の法制化に向けて、次のステップへ進むことが大切

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2019年2月14日以降、「結婚の自由をすべての人に」訴訟が日本各地で起こされ、同性婚を認めない現行法は「違憲」とする判決が次々に示されている。ゆっくりとではあるが、日本の司法は動き始めている。ふたりはこうした現状をどのように見つめているのだろうか。

「司法が違憲判決を下していること自体は進歩的ですし、希望を感じますが、一方で政府の動きは鈍いように思います。早く次のステップに進まない限り、真の意味での変化は期待できないのではないでしょうか」(フアンさん)

「じつは、私は結婚に対してあまり良い印象を持っていませんでした。というのも、日本では独身であることに劣等感を感じさせるような風潮があるからです。しかし、パートナーと性別が同じという理由だけで婚姻の平等が認められない状況は、やはり問題だと思います。
同性婚に関する世論調査*では、70%以上の人が認めるべきだと回答しています。国の制度を変えるためには、有権者が選挙で投票することが大事なんじゃないでしょうか。日本の若者の投票率の低さは周知の通りですが、例えばオンライン投票を採用したり、YouTubeで候補者の公式紹介動画がまとめて見られるようになったり、誰もが投票しやすい環境づくりが進むといいなと思います」(宏堂さん)

*2023年2月に実施された朝日新聞社による全国世論調査。

「いろんな人がいていい」という価値観が広がることを願って

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寺のひとり息子として生まれ、昔から「お寺を継がないの?」と周囲に言われてきた宏堂さんは、僧侶になることに抵抗感があった。しかし、何も知らずに拒否するのは偏見になると思いを改め、自ら向き合うことに。実際に学んでみると、仏教が「多様性」を認める教えであることがわかった。

「仏教では2500年前から、性別も人種も関係なく、みな平等に生きられるということを唱えています。例えば阿弥陀経では、極楽浄土の池に咲く蓮の花はいろんな色に輝いていると説かれています。周りに何と言われても、自分の価値を疑わずに輝いているのが美しいということです。ほかにも、同性愛や着飾ることを肯定するような教えもあるとわかり、私自身がとても救われた気持ちになりました。そういった教えが、ほかの誰かの生きるヒントになるかもしれないと思い、発信を続けています」(宏堂さん)

同性婚に向けた日本の法整備は遅々として進まず、差別や偏見は今も根強く存在し、政治家までもがヘイト発言を繰り返す。学校や職場でのいじめに悩まされ、自死に追い込まれるLGBTQの若者もいる。私たちは、そんな不平等な社会で生きている。一方で、宏堂さんやフアンさんのように正々堂々と振る舞う人たちがいるおかげで、日本でもセクシュアルマイノリティの存在が可視化されるようになってきた。当事者であるふたりは決して希望を失わず、互いに手を取り合って進み続けている。より良い未来を見据えるふたりに、日本がどんな国になってほしいか尋ねた。

「日本はとてもクールな国です。そして今後はもっと多様化が進んでいくと思います。偏った価値観に引っ張られないためにも、ひとりひとりがもっと自由に、自分の考えを主張できる社会になってほしいですね。真の多様性とは、人をカテゴライズするものではなく、それぞれの違いを受け入れ、それぞれの声に耳を傾け、尊重し合うことだと思っています」(フアンさん)

「以前、知り合いが私にこんな話をしました。『男性は荷物が少ないから、バッグが小さくてすむわね』と。それを聞いたとき、その人の言う“男性”って誰のことだろうと思いました。性別のカテゴリーを超えて、いろんな人がいるという価値観が広がれば、より多くの人たちがしがらみから解かれるんじゃないでしょうか。そのためには、自分と異なる考え方や背景を持つ人と出会うことが大切だと思います。海外旅行に行ったり、日本に来た外国の人と話をしてみたり、SNSでは踏み込めない領域で心の対話ができたら素敵ですよね。『いろんな人がいていいんだ』という考えに変わっていく社会が、これからの日本の姿であってほしいです。仏教が時代とともに変わっていくように、法律もそうだと信じています」(宏堂さん)

結婚という法的な結びつきができたことで、「椅子の脚が増えたような安心感がある」と宏堂さんは言う。自分たちのことを隠さず、明るく前向きに生きていく。日本が、そんなふたりを心から祝福する国になる日は、きっとそう遠くはないはずだ。

西村宏堂さん プロフィール画像
メイクアップアーティスト・僧侶西村宏堂さん 

東京都生まれ。ニューヨークのパーソンズ美術大学を卒業後、ニューヨークを拠点にメイクアップアーティストとして活動。2015年に浄土宗の僧侶となる。LGBTQ活動家として、ハーバード大学、ニューヨーク国連人口基金本部などで講演。2021年には『TIME』誌の「Next Generation Leaders(次世代リーダー)」に選出された。 

フアン・パブロ・レジェス・ディアスさんプロフィール画像
クリエイティブディレクターフアン・パブロ・レジェス・ディアスさん

コロンビア・ボゴタ市出身。コロンビアの広告代理店と出版社でグラフィックデザイナー、クリエイティブディレクターとしての経験を積む。2020年にデジタルマガジンを立ち上げ、中南米の若者向けに政治や薬物乱用などの課題について啓発発信を行う。2023年より日本在住。

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