障害の有無にかかわらず、読書が困難な人は誰でも利用できる施設
高知市の中心街にある図書館複合施設「オーテピア」は、3つの施設からなる。2階と3階は、中四国最大級の蔵書数を誇る「オーテピア高知図書館(以下、高知図書館)」、5階にはプラネタリウムを備えた「高知みらい科学館」、そして1階エントランスホールのすぐ奥にあるのが、バリアフリー図書を豊富にそろえる「声と点字の図書館」だ。高知県民を支える情報拠点として、2018年の開館以来500万人を超える人びとが訪れる。
「声と点字の図書館」は、「図書館」と名前がついているが、「図書館法」に基づく公共図書館や学校図書館とは異なり、「身体障害者福祉法」に基づく視覚障害者情報提供施設として位置づけられる福祉のための施設である。
前身は「高知点字図書館」で、高知市民図書館に併設されていた。その名称から点字利用者のための施設というイメージが強く、来館するのはごく一部の決まった人だけだった。そこで、点字を読めない人やロービジョン(見えにくさがあり、日常生活に支障をきたしている状態)の人、視覚障害以外のプリント・ディスアビリティのある人たちも利用できることを知ってもらうべく、オーテピアの開館に合わせて現在の名前に。誰もが気軽に入れるようなオープンスペースに生まれ変わった。
入口の間口を大きく取った明るく開放的な閲覧スペースには、点字や録音図書をはじめとするさまざまなバリアフリー図書や、視覚障害者向けの福祉機器などが展示され、誰でも自由に体験することができる。
一人ひとりに寄り添った読書のかたちを提案
「声と点字の図書館」で取り扱う図書には、本を点字に転換した点字図書と、本を読み上げてカセットやCD、USBに収録した録音図書、パソコンやタブレットで音声を聞きながら文字や画像を見ることができるマルチメディアデイジー図書などがある。触ってわかる資料として、音声解説付きの3Dプリンタ造形モデルも貸し出している。なお、これらの利用対象者はプリント・ディスアビリティのある人に限定されている。
「声と点字の図書館」の利用者の中で大部分を占めるのが、録音図書ユーザーだ。ベストセラー小説をはじめ、ノンフィクションや専門書など、利用できるデータは10万タイトル以上。主査の伊藤嘉高さんは、録音図書のニーズが高まっている背景について次のように述べる。
「電子書籍の読み上げ機能やオーディオブックなど、読書バリアフリーのリソースはここ数年で格段に増えました。しかし、プリント・ディスアビリティのある方の中には、パソコン操作がスムーズにできず、それらを選んで購入するところまでたどり着けない方も多いです。当館では、そういった本を選ぶのが難しい方々から、録音図書の問い合わせをいただいています」
2023年度の「声と点字の図書館」の利用登録者数は828人。館長の西岡和美さんは、オーテピア開館以降、視覚障害以外のプリント・ディスアビリティのある人の利用も少しずつ増えてきていると話す。
「視覚障害のある方に限らず、病気や高齢などさまざまな理由で活字の読書がむずかしい方も、当館の利用の対象になります。点字図書や録音図書を貸し出しする際、障害者手帳をお持ちの場合は提示をお願いしていますが、必ずしも手帳や病院の診断書がなければ利用できないわけではありません。どんな読みづらさがあるのか、職員が一人ひとりの困りごとを聞き取りながら、その方に合ったバリアフリー図書の選択肢をご案内しています」
無料郵送貸出から対面音訳まで、誰もが読書を楽しめる充実のサービス
遠方や障害などの理由で、来館できない人はどうすればいいのか。「声と点字の図書館」では電話でのリクエストを受け付け、点字図書や録音図書の無料郵送貸出を行っている。繰り返し利用している人の場合は、職員が好みを把握し、おすすめの作品を送ることもある。
録音図書やマルチメディアデイジー図書を再生する機器やタブレットも、貸し出しの対象だ。「声と点字の図書館」では約300台の再生機を備え、来館できない人には無料で郵送する。
「プレクストークという録音図書再生機がありますが、これは視覚障害手帳1、2級の方であれば、日常生活用具の給付対象になっています。しかしそれ以外の方が使うためには、機器を全額負担で購入しなければならないので、どうしても利用のハードルが高くなります。当館では、視覚障害手帳1、2級以外の方にも録音図書を聞いてほしいとの思いから、オーテピアのリニューアルオープンに伴い、積極的に再生機の貸し出しを始めました」(伊藤さん)
貸し出し中の機器が故障した場合は、利用者の自宅まで取り換えに行ったり、初回なら機器の操作方法を説明しに行ったりすることもある。職員が高知県内全域に訪問し、サポートしている。
利用者が希望する図書や資料をボランティアスタッフが読み上げる、無料の対面音訳サービスもある。「高知図書館」との共同のサービスで、1コマ2時間以内、事前予約制。電話やスカイプでの音訳にも対応する。ほかにも、読書にまつわる困りごとの相談や、福祉機器を通じた視覚障害者支援など、提供するサービスは“図書館”の枠を超えており、じつに手厚く、幅広い。
地域ボランティアに支えられた図書製作
利用者が限定される点字図書や録音図書、マルチメディアデイジー図書は、著作権法第37条により、著作権者の許諾がなくても製作できる。そのため、「声と点字の図書館」ではバリアフリー図書に変換する作業を行っている。具体的には、選書会で投票数の多かった作品を各ジャンルから数冊ずつ選び、それぞれ点字図書と録音図書を製作。これとは別に、利用者からのリクエストに応えてプライベートな点訳や音訳を行うこともある。
また、製作した点字や音声データはインターネット上のネットワークシステム「サピエ図書館」にも共有されるため、利用者は自宅にいながらコンテンツをダウンロードすることもできる。
2023年度の製作図書タイトル数は、点字図書が356、録音図書が66、マルチメディアデイジー図書が11。ベストセラー作品は、発売から数ヵ月で音声データができあがるという。これらの製作を支えているのが、総勢300人近くのボランティアスタッフだ。「当館の活動は、ボランティアさんあってこそのもの」と伊藤さん。高齢化によるボランティアの減少が危惧される中、「声と点字の図書館」ではボランティア養成講座や研修を実施し、点訳や音訳、デジタル資料製作のスキルアップに積極的に取り組んでいる。
読書バリアフリーを社会とつなぐために
バリアフリー図書は、点字図書と録音図書、マルチメディアデイジー図書だけに限らない。通常よりも大きな文字で書かれた大活字本、絵や写真が多くやさしい言葉で書かれたLLブック、触って楽しめる布の絵本や点字つき絵本、朗読CDなども含まれる。これら利用者が限定されない資料は、「高知図書館」に収集されている。
サービスが重複しないよう、「声と点字の図書館」と「高知図書館」がうまく連携・協力しながら、さまざまな読書のかたちを提案しているのがオーテピアの強みだ。それでも「まだまだバリアフリー図書やサービスが知られていない」と西岡館長は言う。大切なのは、県内全域に数万人規模で存在する、プリント・ディスアビリティのある人たちに広くその存在を知ってもらうこと。そのためにも、彼らと関わりの強い福祉施設や特別支援学校、医療機関を巻き込んだ取り組みが進められている。
バリアフリー図書の多くは市場流通が少ない。だからこそ、地域住民の情報拠点である公共図書館は、とても重要な役割を果たしている。「声と点字の図書館」と「高知図書館」が所蔵するバリアフリー図書を、障害者施設や市区町村図書館などの団体にセットで貸し出しする「さくらバリアフリー文庫」は、その一例だ。
活字が見えにくい、ページがめくりにくい、長時間集中して読むことができない。シンプルにそう言い表すことはできても、実際の読書の難しさは人によって異なる。一方で、それぞれが直面するバリアを取り除くための多様な方法が用意されている。そして、その方法を知らずに諦めてしまっている人に、しっかりと寄り添ってくれる人たちもいる。オーテピアは、そんな人と人とのつながりを実感できる、心温まる場所だった。本を読む楽しみは、すべての人に開かれている。ここに来れば、今見ている景色は大きく変わるかもしれない。