障害がある人もない人も、すべての人にとって「世界一」の帝国劇場に。We Need Accessible Theatre!

全盲の舞台役者であり、熱烈な演劇ファンでもある美月めぐみさんは、2024年5月に都内で開かれた記者会見でこう話した。

「障害のある人も心から観劇を楽しめるように、劇場スタッフの方々の理解が進んだらどれほどいいだろうと常日頃思っていました。私は視覚障害者であるにもかかわらず、劇場側にそういった要望をすることをずっと怠ってきました。自分さえ我慢すればいいと思っていたからです。帝国劇場の建て替えに関する報道を機に、行動を起こそうとしている人たちがいると聞いたとき、これまでの自分を反省しました。私も呼びかけ人となり、この活動に参加しよう。そう心に決め、今ここに座っています」

全盲の舞台役者であり、熱烈な演劇ファンでもある美月めぐみさんは、2024年5月に都内で開かれた記者会見でこう話した。

「障害のある人も心から観劇を楽しめるように、劇場スタッフの方々の理解が進んだらどれほどいいだろうと常日頃思っていました。私は視覚障害者であるにもかかわらず、劇場側にそういった要望をすることをずっと怠ってきました。自分さえ我慢すればいいと思っていたからです。帝国劇場の建て替えに関する報道を機に、行動を起こそうとしている人たちがいると聞いたとき、これまでの自分を反省しました。私も呼びかけ人となり、この活動に参加しよう。そう心に決め、今ここに座っています」

帝国劇場のアクセシビリティを求める署名活動

青空のもと、そびえ立つ帝国劇場の写真
©︎Change.org Japan

国内の純洋式劇場として最も古い歴史を持ち、演劇の聖地とも呼ばれる帝国劇場が、2025年を目処に一時休館する。建物の老朽化が進んでおり、建て替え工事が行われるためだ。この改築が公表されたことをきっかけに、障害のある舞台ファンや舞台関係者、手話通訳者、文字通訳者らが連帯し、市民団体「We Need Accessible Theatre!(ウィー・ニード・アクセシブル・シアター)」を立ち上げた。同団体は2023年11月から、障害の有無を問わず誰もが利用しやすい劇場に生まれ変わることを求めるオンライン署名活動を開始。半年間で2万1千筆もの署名を集めた。

市民団体「ウィー・ニード・アクセシブル・シアター」のメンバー3人の写真
市民団体「ウィー・ニード・アクセシブル・シアター」のメンバー。(写真左から)障害がある人の観劇サポートの普及活動を行うNPO法人「シアター・アクセシビリティ・ネットワーク」理事長で、ろう者の俳優としての経験を持つ廣川麻子さん、「きこえない宝塚歌劇ファンの会」を主宰する難聴者の山崎有紀子さん、「バリアフリー演劇結社ばっかりばっかり」で活躍する全盲役者の美月めぐみさん。©︎Change.org Japan

団体名にある「アクセシブル(Accessible)」は、英語で「利用できる」という意味。さまざまな障害がある人も利用しやすく、誰もが気持ちよく楽しめる劇場を作ってほしいという思いが込められている。

「ウィー・ニード・アクセシブル・シアター」の署名活動は、帝国劇場を運営する東宝株式会社と、国の行政機関(文化庁、国土交通省、厚生労働省、経済産業省、内閣府)に働きかけることを目的に進められている。2024年5月10日、同団体は東宝と面会し、建て替えに際して障害当事者の意見をヒアリングすることを求める要望書を、2万1千筆の署名とともに提出した。その後の記者会見で、団体メンバーの廣川麻子さんは次のように振り返った。

「東宝の方と意見交換をしたところ、帝国劇場の建て替え事業は、東宝、三菱地所、出光美術館の3社が共同で進めるプロジェクトであり、これからいろいろなことを協議していかれるタイミングだということがわかりました。今回私たちが提出した署名や要望書、資料については3社間で共有してくださるとのことだったので、今後の動きに期待したいです」

障害がある人の観劇サポートの普及活動を行うNPO法人「シアター・アクセシビリティ・ネットワーク」理事長の廣川麻子さんが、記者会見で手話で発言している写真
©︎Change.org Japan

続く5月16日には盛山文部科学大臣と面会し、劇場の課題点を伝え、署名を手交。今後、各省庁に対しては、劇場のアクセシビリティに関する法整備と具体的な指針の策定、観劇サポートなどの助成や支援の増強を求める要望活動を進めていくという。団体メンバーで文字通訳者の菅波尚子さんは、わかりやすい支援の仕組み作りの必要性を訴える。

「バリアフリー法や障害者総合支援法などの法律のもと、各省庁がさまざまな支援をしています。しかし、それぞれが絵に描いたような縦割り行政になっていて、どこに何を訴えればいいのかわからないのが現状です。
例えば某劇団では、耳で観劇を楽しめない人のために台本などの文字情報が保存されたタブレット端末の貸し出しを行っているのですが、とある舞台の途中で歌の歌詞が表示されなくなったんです。問い合わせたところ、著作権の許諾問題が関わっていることがわかりました。このように法と法がぶつかり合うとき、どのように解決していけばいいのか。そういったことについて、わかりやすく横断的な仕組みができてほしいと思っています」

誰も排除しない劇場に求めるもの。ハード面だけでなく、情報保障の充実を

「ウィー・ニード・アクセシブル・シアター」は、署名に賛同した人たちを対象に、新しく建て替えられる帝国劇場に求めることについて、自由回答式のアンケート調査も実施。10日間で約140名の回答が集まった。最も多かったのは建物のバリアフリーに関する要望だったが、それ以外にも字幕表示や手話通訳、音声ガイドなどの情報保障の充実を求める声が数多く寄せられた。団体メンバーの山崎有紀子さんは、自身の思いをこう語る。

「私は難聴のため、舞台に字幕をつけてほしいと普段からさまざまな劇場にお願いをして観に行っています。字幕公演は小劇場や公立劇場を中心に少しずつ増えていますが、残念ながら帝国劇場の公演に字幕表示はありません。台本データの入ったタブレットを借りることはできますが、役者さんがどの部分を話しているか分かりにくく、字幕がほしいと思うことが多々あります。
演劇関係の方に字幕がつけられない理由を尋ねると、本当は対応したいがその費用がない、人手が足りないなどといった声をいただきます。コロナ禍による疲弊もあり、劇場側の自助努力には限界があるのでしょう。多様な人が集まる豊かな場に劇場が変わっていくためには、国や自治体による観劇サポートに特化した助成金制度などの支援が必要だと感じています」

記者会見でマイクで話す、「きこえない宝塚歌劇ファンの会」を主宰する難聴者の山崎有紀子さんの写真
©︎Change.org Japan

長年の演劇ファンであり、役者としても活動を続ける美月めぐみさんは、視覚障害がある人ならではの困りごとについて実情を打ち明けた。

「帝国劇場は、視覚障害者が単独で行きやすい劇場です。なぜかというと、東京メトロ有楽町線の有楽町駅からエレベーターで直結しているからです。私は帝国劇場にかれこれ40年ぐらい通っていますが、席によっては階段が非常に狭くて急なところがあり、とても怖い思いをすることがあります。音声ガイドの提供もありません。そのため、劇中で歌やセリフのない場面があると、ストーリーに置いていかれることもしばしばです。
視覚障害者の中には、ひとりで移動するのが難しい方もいらっしゃいます。そういった方は同行援護という福祉サービスを受けられるのですが、観劇時のガイドヘルパーさんのチケット代は自己負担しなければいけません。帝国劇場のような大劇場は、小劇場と比べてかかる料金も大きくなります。例えば付き添いの人のチケット代を無料、もしくは減額するなどといった支援の可能性も、今後検討していただけたらうれしいです」

「バリアフリー演劇結社ばっかりばっかり」で活躍する全盲役者の美月めぐみさんが、記者会見でマイクで発言している写真
©︎Change.org Japan

当事者の声を聞き、ともに作り上げていく

アンケート調査では、障害への理解ある対応を願う声も多く集まった。「耳がきこえないといっても、きこえの程度によって求めるサポートはまったく異なります。障害というのは多様だということ、そしてさまざまな人が劇場に来ているということを理解してもらいたい」と山崎さんは強調する。

こうした演劇ファンの生の声を届けるべく、「ウィー・ニード・アクセシブル・シアター」はアンケート結果をまとめた資料も東宝に提出した。劇場側に求められるのは、障害がある当事者の意見や希望を聞く真摯な姿勢だ。「新しい建物ができても、行ってみると使いづらく感じることがあり、残念に思うことがよくあります。東宝さんは、劇場のアクセシビリティについて専門家の意見を聞いていらっしゃるということでしたが、実際に劇場を使っている障害当事者の意見も十分に聞いたうえで、よりよい劇場を作ってもらいたいです。そのプロセスが、今後のスタンダードになっていけば」と廣川さんは期待を込める。

ゴジラ像のある東宝株式会社前に立つ、6人の署名活動メンバーの写真
2024年5月10日、東宝株式会社前に立つ署名活動メンバー。©︎Change.org Japan

5月10日の記者会見の場で、美月さんはこのように締めくくった。「東宝さんとのお話で印象的だったのは、帝国劇場は世界一の劇場を目指すということです。そしてそれは、“誰にとっても世界一”というふうにおっしゃっていました。また、私たちの話を真剣に聞いてくださり、思いに向き合ってくださいました。これを機に、前向きに検討してくださるんじゃないかと大きな期待を持っています」

署名簿を持つ盛山文部科学大臣と、3人の活動メンバーの写真
5月16日、盛山文部科学大臣と面会し、署名を手交。©︎Change.org Japan

障害がある人への「合理的配慮」の提供が義務化され、アクセシビリティ向上に関する議論は少しずつ進んできている。一方で演劇やコンサートなどの舞台芸術においては、設備やサービス面で十分な配慮が得られずにいる人が少なくないことが、「ウィー・ニード・アクセシブル・シアター」の活動を通じて明らかになった。障害があってもなくても、誰もが豊かでより良い生活を望む権利がある。そのことを今改めて認識する必要があるのではないか。

同団体は現在も署名活動を続けており、国への要望活動を進めている。また、同団体の活動を受け、東宝は障害当事者の意見を聞くことを前向きに検討しているという。今後の動きに引き続き注目していきたい。

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