グッチやバレンシアガなどのラグジュアリーブランドを擁するケリング・グループが、サステイナビリティ戦略の一環として実施している「ケリング・ジェネレーション・アワード」。ファッションやビューティ分野における持続可能なスタートアップ企業の表彰・支援を目的に、2018年に発足した。
2024年春には、日本企業を対象にした「ケリング・ジェネレーション・アワード・ジャパン」を初めて開催。ファイナリスト11社の中から最優秀賞に輝いたのが、発酵技術で未利用資源*に新たな価値を見出し、循環型社会の構築を目指すファーメンステーションだ。化粧品や食品・飲料領域への発酵技術を使ったバイオ原料の提供と、それに伴う研究開発を主な事業としている。同社の取り組みが、環境や社会にどのようなインパクトをもたらしているのだろうか。
*未利用資源とは、有効活用されずに廃棄物とされていた資源のこと。食品加工段階で出た残さや規格外の農産物、山林や田畑に放置された間伐材など、さまざまなものがある。
岩手県奥州市にあるファーメンステーションのファクトリーの外観
国内初、休耕田で栽培されたオーガニック米由来のバイオエタノールを製造
「世の中にあふれるゴミが、もっと活用できたら面白いのに」。2009年に創業したファーメンステーションは、代表の酒井里奈さんのそんな思いから生まれた。微生物の働きで有機物を分解し、有益な物質を生成する発酵の技術を使えば、ゴミがゴミではなくなるのではないか。事業性と社会性を両立させたビジネスを確立できるのではないか。そう考えた酒井さんは、当時勤めていた金融機関を退職し、発酵技術を学ぶべく東京農業大学の醸造科学科に入学した。
ファーメンステーション代表取締役の酒井里奈さん
大学在学中に出会ったのが、日本有数の米どころ、岩手県奥州市の米農家と自治体の人びとだった。政府の減反政策や農業人口の高齢化により、耕作放棄地や休耕田が増加している問題を受け、奥州市が休耕田を再生させるプロジェクトをスタート。休耕田で栽培された米を発酵・蒸留させてバイオエタノールを製造し、その工程で発生する発酵粕を飼料としてアップサイクルするという実証実験が始まった。酒井さんは同プロジェクトに発酵技術アドバイザーとして参加。2013年に市からプロジェクトを引き継ぎ、バイオエタノール製造事業を本格的に展開していった。
市場に流通している一般的なエタノールには、植物由来と石油由来のものがあるが、具体的に何から作られたか分かるものはほとんどない。それに対して、ファーメンステーションのバイオエタノールは完全にトレーサブル。奥州市の休耕田で栽培された無農薬・無化学肥料のオーガニック米(JAS有機米)から作られたもので、米の香りがふわりと漂うのが特徴だ。
ファーメンステーションのバイオエタノールは、世界基準であるコスモス認証を取得しているという点においても稀有な存在。マメ クロゴウチのフレグランスをはじめ、環境意識の高いブランドのオーガニック化粧品や香水の原料として活用されている。
独自の発酵技術で、食品廃棄物のアップサイクルにも注力
オーガニック米由来のバイオエタノール以外にも、ファーメンステーションではさまざまな未利用資源を活用し、バイオ原料を開発している。近年は、世界的に深刻な課題となっている食品廃棄物に着目。独自の発酵技術で、より高付加価値のある機能性原料へと生まれ変わらせるアップサイクルに注力している。例えば2024年に実施したポーラとの取り組みでは、高知県で大量に廃棄されるゆずの搾汁かす(白い薄皮の部分)から有用成分を抽出し、ボディ洗浄料の原料を共同開発した。
そのほかにも、森林の剪定や伐採後に発生する木材、畑の収穫後に出る茎や葉、穀物の脱穀時に発生するもみ殻、一次産業における産業廃棄物、工業製品の製造過程で発生する副産物などの活用にも積極的に取り組んでいる。
特筆すべきは、未利用資源に関するデータベースや、麹・酵母・細菌などの多様な微生物のライブラリー、発酵法に関する知見を豊富に保有していること。そのため、ファーメンステーションにはさまざまな有機物に対して適切な技術や条件を適用できるノウハウがある。さらに、奥州市の自社工場でバイオ原料を製造し、事業化まで一気通貫で手がけられることも大きな強みだ。
食品・飲料領域にも参入。さらなる未利用資源の活用を目指して
自社工場の奥州ファクトリー
ファーメンステーションでは、これまで化粧品原料の製造・販売をメインとしていたが、2024年からは食品・飲料市場にも本格参入した。発酵ならではの特長を活かして、食品や飲料の風味やコクを向上させるバイオ原料を開発し、パートナー企業に提供している。本来食べることのできない未利用資源に、食品原料としての新たな付加価値を与えているところが画期的だ。
宝酒造との共同開発事例では、搾汁後に廃棄されていた柑橘の果皮を独自の技術で発酵・蒸留し、アルコールの風味をつける原料化に成功。低アルコールながら飲みごたえを実感できる商品「発酵蒸留サワー」に採用されている。それ以外にも、複数の大手メーカーとの共同開発プロジェクトが進んでいるという。
ファーメンステーションの研究開発ラボ
今後の目標は、パートナー企業が持つ未利用資源を同一企業の商品として開発・製造するだけではなく、別の企業にも広く採用してもらうこと。「循環型社会へシフトしていくためには、より多くの企業を巻き込んでいく必要があり、そのためには1:1ではなくN:Nの活用を成立させることが重要です。発酵技術によるアップサイクルを汎用的に広めることで、消費者がアップサイクル製品を手に取る機会をさらに増やしていきたいと考えています」ファーメンステーションで広報を担当する渡辺麻貴さんは、そう意気込む。
奥州市から欧州へ。サステイナビリティ・サミット「ChangeNOW」に出展
「ケリング・ジェネレーション・アワード・ジャパン」授賞式。左から3番目が酒井さん
事業性と社会性を両立させたファーメンステーションの企業活動は国際的にも高く評価され、2022年3月には、公益性の高い企業を認証する「B Corp」を国内スタートアップ企業として初めて取得した。
「ケリング・ジェネレーション・アワード・ジャパン」では、新たな資源の負担をかけることなく、植物由来の機能性成分を生み出している点、生成プロセスのライセンス供与により、地理的な制限なくビジネス展開できる将来性が高く評価され、最優秀賞に選ばれた。
2025年4月には、パリのケリング本社をはじめとするヨーロッパ研修に参加。同月24日から3日間開催される欧州最大規模のサステイナビリティ・サミット「ChangeNOW」では、ブース出展も行う。ケリングの支援を足がかりに、グローバル市場での成長が期待されている。
ファーメンステーションという名前は、「発酵(fermentation)」と「駅(station)」を掛け合わせた造語だ。生産者、事業者、消費者など多領域のステークホルダーが、ファーメンステーションという「発酵の駅」を通過することで、より良くなり続けていく。発酵技術によるアップサイクル事業を通じて、より多くの人びとが積極的に未利用資源を活用し、環境負荷を低減していく。そんな社会のあり方を目指している。発酵で循環型社会を構築する仕組みを、奥州市から世界へ。ファーメンステーションの挑戦は、これからも続いていく。