建築家の安藤忠雄さんから、未来を担う子どもたちへの贈り物。日本各地に広がる【こども本の森】プロジェクト

「人間って、内臓5つなくても生きていけるもんやね」。これまでに2度のがんを患い、すい臓や十二指腸など5つの臓器を摘出する大手術を受けた安藤さん。大病を経て、近年積極的に進めているのが、子どものための図書館づくりだ。

「人間って、内臓5つなくても生きていけるもんやね」。これまでに2度のがんを患い、すい臓や十二指腸など5つの臓器を摘出する大手術を受けた安藤さん。大病を経て、近年積極的に進めているのが、子どものための図書館づくりだ。

安藤さんが私費で建てる、子どものための図書施設

建築家の安藤忠雄さんから、未来を担う子どの画像_1

「こども本の森 中之島」の外観

「こども本の森」と題した安藤さんのプロジェクトは、2017年に始まった。児童向けの図書施設を安藤さんが自費で設計・建設し、日本各地の地方自治体に寄贈している。2020年7月には第1弾として、「こども本の森 中之島」が安藤さんの地元・大阪にオープンした。

中之島公園の両側を流れる堂島川と土佐堀川に沿って弓なりに伸びる、コンクリート造りの建物。中は吹き抜けの3層構造で、階段やブリッジが立体迷路のようにめぐる。壁面すべてが本で埋め尽くされ、まさに“本の森”に迷い込んだかのような遊び心あふれる空間だ。

建築家の安藤忠雄さんから、未来を担う子どの画像_2

大階段に座って本を読む子どもたち ©︎いとう写真

蔵書は約20,000冊で、ブックディレクターの幅允孝さんが選書を手がけた。対象年齢やジャンルに縛られることなく、「動物が好きな人へ」「大阪→日本→世界」「生きること/死ぬこと」などといった独自のテーマに沿って配架されている。本の貸出はしていないが、子どもたちは館内の好きな場所で自由に読書を楽しめるほか、中之島公園内であれば本を1冊持ち出すこともできる。

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本の中の印象的な短文が、立体文字に。空間に浮かぶように掲出されている ©︎いとう写真

連日多くの家族連れで賑わう同施設の昨年の来館者数は約13万人。すべての運営資金は、法人や個人から募った寄付で賄われている。当初、5年にわたり年間30万円の支援を企業に募ったところ、600社以上からの申し出があった。将来において安定的・継続的な運営を行なうために、現在も引き続き寄付金を募っているという。「建物は建てたら終わりではなく、育てていかなくてはならない」という安藤さんの思いが、施設運営にも反映されている。

こども本の森プロジェクトは、中之島を皮切りに日本各地に拡がっている。2021年7月には岩手県遠野市に、2022年3月には神戸市に、2024年4月には熊本市に、そして今年の7月には松山市にも開館した。現在は、バングラデシュや台湾など海外でも建設が進んでいる。

瀬戸内海に浮かぶ「こども図書館船 ほんのもり号」

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安藤忠雄さんが購入し、改修した「こども図書館船 ほんのもり号」 ©︎香川県

子ども本の森プロジェクトは、陸の建物だけにとどまらない。2025年春からは、瀬戸内海の島々をめぐる「こども図書館船 ほんのもり号」が就航した。19トンの小型船を安藤さんが購入し、改修して香川県に寄贈。瀬戸内の島々を結ぶ旅客船として約20年間活躍していた船舶が、子どもたちのための移動式図書館船として生まれ変わった。「未来を担う子どもたちには、たくさんの本を読んでほしい。自分だけの大切な1冊と出会って『生きる力』を養い、瀬戸内から世界へ羽ばたいていってほしい」。安藤さんはそう願う。

香川県には、24の有人島がある。離島では県本土以上に高齢化や人口減少が進み、地域活力の衰退が課題だ。香川県地域活力推進課の滝本海翔さんは、「ほんのもり号の就航は、島の魅力を多くの方に知っていただけるよい機会になると感じました。また、本を通じた非日常体験を提供することで、子どもたちの郷土愛の醸成にもつながると期待しています」と意気込む。

子どもたちを好奇心の海へ

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木製本棚とベンチが設置された船内 ©︎香川県

コンセプトは、「本を手に好奇心の海へ」。ほんのもり号に乗船した子どもたちは、窓ガラス越しに瀬戸内の穏やかな海を望みながら、本の世界に浸ることができる。そこには、ほかの図書施設では味わえない唯一無二の体験が待っている。全長約20m、幅約4mの船内には、特注の木製本棚が設置され、絵本や児童書、図鑑など約2,000冊が並ぶ。選書は、県立図書館や市町立図書館の司書が担当。海を感じられることをテーマに、「いのち」「せかい」「ゆうき」「あそび」「かこ・みらい」の5つのカテゴリーに分類されている。 

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©︎香川県

船内中央の本棚には、安藤さんが青春のシンボルとしてデザインした、青りんごのオブジェが置かれている。これは、安藤さんが大切にしているというサミュエル・ウルマンの『青春の詩』に想を得たものだ。

詩の冒頭では、「青春とは人生のある時期ではなく、心のありようなのだ」と謳われている。いかに年を重ねようとも、夢をあきらめない心を失わない限り、人は老いることなく生きられるという内容だ。「目指すは甘く熟れた赤いりんごではない。いつまでも青いまま、挑戦する心を忘れてはいけない」。安藤さんの青りんごには、そんなメッセージが込められている。

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©︎香川県

ほんのもり号の運営費用の一部は、寄付で賄われている。2024年度は、個人・法人合わせて1,500万円を超える寄付があった。蔵書は約7,000冊で、県内外から寄贈されたもののほかに、寄付金をもとに購入した本もある。

乗船定員は12人(12歳未満は0.5人換算)で、対象者はもちろん子ども優先。平日は学校行事で利用されることが多いが、休日のイベントに合わせて寄港する際には、県内外を問わず誰もが利用できる。

滝本さんは、ほんのもり号に乗船した子どもたちの様子をこう振り返る。「本州と四国をつなぐ瀬戸大橋の下をクルーズした子どもたちからは、その迫力に歓声があがっていました。船内には海や船に関する本をたくさんのせているので、瀬戸内海への興味関心を高めてくれたように思います。また、係留中の船内を観覧する際には操舵室へ入ることもできるのですが、子どもたちは操縦席に座ったり、双眼鏡を覗いたりと興味深々でした。船員さんと話をして、船や海の知識を深めている姿も印象的でした」。

運航期間は春から秋まで。今年度は男木島や小豆島など県内の離島への運航を年間40回ほど実施する。冬季は波風が強くなるため、運航は11月までだが、12月以降も定期的に高松港へ係留し、船内を開放する。ほんのもり号は、今後5年ほど運航する見通しだ。特別な思い出づくりに、親子で訪れてみるのはどうだろう。

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©︎香川県

子どもの頃に出会った本は、大人になってもずっと心に残るもの。読書は人生を豊かにしてくれる、想像力の源だ。大阪市の下町で生まれ育った安藤さんは、少年時代の読書体験がほとんどなかったという。17歳でプロボクサーになり、大学へ行かずに独学で建築を学び、世界へ大きく羽ばたいた異色の建築家はこう願う。「未来ある子どもたちには、読書を通じて想像力と好奇心を養い、好きなことに自由に挑戦してほしい」。安藤さんの熱意と気迫が多くの人の心を動かし、たくさんの街の子どもたちに本と笑顔を届けている。80歳を過ぎた今も走り続ける安藤さんの「青春」は、まだまだ終わらない。